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揺り籠の守護者の遺産


 ――――――秘匿区画に眠っていたのは、パンドラの箱だった。


 上層部の団員にすら場所が知られていない元老院の指令室に保管されているデータベースの中身は、繁栄する揺り籠(クレイドル)の裏側でじわじわと蓄積されていった、テンプル騎士団の”罪”だったのである。


 任務の最中に誤って民間人の家に爆弾を投下し、住民を殺傷してしまったという情報や、円卓の騎士のスキャンダル。権力を手に入れるためにハヤカワ家の当主の暗殺を謀った幹部が銃殺刑にされたという記録。


 サクヤさんが記録をタッチしていく度に、次々にシュタージによって葬られていった記録が姿を現す。


「そんな…………こんなことがあったなんて………」


 ここにある情報を隠蔽するように命じたのは、当時の団長たちなのだろうか。それとも、テンプル騎士団の崩壊を危惧したシュタージの独断だったのだろうか。


 情報の改竄や隠蔽は、シュタージのお家芸と言ってもいい。本当の記録をなかったことにして、代わりに作り替えた嘘の情報を流すことで、この”罪”をずっと隠していたのだろう。


「………副団長、どうする」


「確か、君の義手には情報記録装置があったわよね?」


「ああ」


 敵がこのような装置に保管している記録を持ち帰る事ができるように、俺の義手には情報記録装置が内蔵されている。ここにある装置と同じ仕組みになっており、コネクターを装置に接続する事ができれば、義手に保存した情報をアップロードしたり、ダウンロードして持ち帰る事ができるのだ。


「………ダウンロードして、全部」


「持ち帰ってどうする? 公になれば、兵士たちが反乱を起こすかもしれんぞ」


「そうかもしれない」


 情報を見ていたサクヤさんは顔を上げた。


 ここに保管されている記録が開示されれば、兵士たちはテンプル騎士団へ強烈な不信感を感じるようになるだろう。下手をすれば、兵士たちが反乱を起こす可能性もある。兵力が再び強力になってきたとは言え、今の規模はまだまだ全盛期の頃の戦力には及ばない。また内戦が始まってしまえば、今度こそテンプル騎士団というともしびは完全に消え去るだろう。


 だが、彼女はそれを恐れていない。


「………でも、これをこのまま地下に隠しておくわけにはいかないわ。これが私たちの祖父や祖先の罪ならば、私たちが償わなければならない」


「開示するんだな?」


「ええ。でも、戦時中には開示しないわ」


 確かにな。帝国軍との全面戦争の最中に、兵士たちが反乱を起こしたらとんでもないことになる。


「復讐を果たし、倒すべき敵を全て倒してから――――――この情報を全て開示する」


「了解だ、ダウンロードを開始する」


 装置にコネクターを接続したまま、記録装置を稼働させる。もちろん、この記録装置もフィオナ機関で生成された魔力で動くんだが、稼働させるために必要な魔力の量はそれほど多くはないので、負担は殆どない。


 記録のダウンロードを始めると同時に、先ほど立体映像で再現されていた記録が次々にフラッシュバックする。海兵隊員が誤って民間人を誤射した映像と共に、どのくらい情報がダウンロードされているのかを表す数値も一緒に目の前に映った。


 まだ8%か、と思ったその時だった。


『ギュギュギュッ』


「ひぃ!?」


「ま、またあいつらか!」


「ボス、さっき見張っててってお願いしたよね!?」


「すっ、すまん! 忘れてた!」


 くそったれ、ヤバいぞ!


 装置に接続している左腕は動かせないので、右腕だけで何とかするしかない。唇を噛み締めながらトカレフTT-33をホルスターの中から引っこ抜いて銃口を化け物へと向け、トリガーを引く。金属製のスライドが後方へと動き、煙を纏った薬莢が躍り出る。


 肥大化した胸板を撃ち抜かれた化け物が、紫色の体液を噴き上げながら崩れ落ちる。だが、化け物は次々に触手を揺らめかせながら指令室の中へと入ってきた。


 こいつらは何なんだ、と思ったその時だった。


 この秘匿区画の中で行われていた実験の記録がダウンロードされたらしく、目の前に実験室のような場所の光景と、その中を眺めている研究者たちの姿がフラッシュバックしたのである。


 どうやら、この化け物共はパラレルワールドへ派遣されたホムンクルス部隊が捕獲してきた”異世界の魔物”らしい。それをコントロールして生物兵器に転用したり、体内にある物質を抽出して研究に使う予定だったらしいが、その最中にタンプル搭が襲撃を受けて放棄されてしまったため、隔離されたこの秘匿区画に置き去りにされてしまったのだ。


 信じ難い事に9年間も何も食べずに生き続けていたらしい。秘匿区画の最下層を彷徨っていたのは、老朽化か故障で実験室の扉が開いてしまったからなのだろう。


 一緒にダウンロードされてきたそいつらの記録を見た途端、俺はぎょっとする羽目になった。


 どうやらこの魔物は、ゴブリンと同じように自分以外の生物のメスでも繁殖することが可能であり、ゴブリン以上の繁殖力を誇るため、繁殖用のメスを確保した状態ならば短期間で100体以上の群れを形成してしまうという。


 しかも、面倒なことに食事をする必要はなく、空気中の酸素を体内で栄養に変換することで生きる事ができるらしい。9年間も何も口にせずに生きていられたのは、この体質のおかげなのかもしれない。第一、あいつらにはそもそも”口”がないようだ。


 というか、ヤバくない?


 トカレフTT-33で異世界の魔物共を撃ち殺しながら、応戦するハヤカワ姉妹をちらりと見た。


 こいつらの目的は、繁殖のために他の種族の”メス”を確保する事。だから最初に遭遇した時も、俺の事は無視してあの2人にだけ触手を伸ばし続けていたのだ。


 つまり――――――もしあの魔物に2人が捕まったら、この前ジェイコブから借りた薄い本みたいなことになってしまうというわけである。


 拙いよ、それは………。


「ちょ、ちょっと、数が多いわ! 何なのよこいつら!」


「ホムンクルス部隊がパラレルワールドで捕獲した魔物だ!」


「何ですって!?」


「今、情報がダウンロードされた! こいつらの目的は胸の肥大化してる部分だ! その中に脳がある!」


 尻尾で空になったトカレフTT-33のマガジンを交換してからコッキングし、片手で異世界の魔物の胸を撃ち抜いた。弾丸がゴブリンよりも薄い頭蓋骨を撃ち抜き、脳味噌を滅茶苦茶にする。


 触手を回避しながら、一〇〇式機関短銃で同じく肥大化した胸を撃ち抜くセシリア。脳味噌を弾丸でグチャグチャにされた魔物は、傷口から紫色の体液を噴き出し、触手を痙攣させながら倒れていった。


「ちょっと、ダウンロードはまだ!?」


「あと30%!」


「くっ………セシリア、グレネード行くわよ!」


「やれ!」


 安全ピンを引っこ抜き、指令室の位置口付近に手榴弾を投擲するサクヤさん。彼女が手榴弾をぶん投げた場所はこれ以上ないほど的確だった。触手を生やした魔物たちが最も密集している上に、逃げ場がない。そんな場所で手榴弾が炸裂し、爆風と破片を周囲にぶちまければ殺傷力は更に向上するし、効率的に敵を殺傷する事ができる。


 サクヤさんは、セシリアよりも冷静な判断力がある。敵の動きを見ながら突っ込んでいくセシリアとは異なり、敵の位置をよく見て効率的に攻撃している。さすがはタンプル搭陥落さえなければ確実に団長の役目を継承していた次期団長候補だ。


 カツン、と床に落下した手榴弾が炸裂し、無数の触手と粘液が千切れ飛んだ。紫色の血液や肉片が指令室の床に飛び散って、魚の臭いにも似た悪臭をぶちまける。


 まだ通路には火炎放射器を持ってこないと掃討しきれないほど大量に魔物共がいたけれど、サクヤさんが手榴弾を的確に入り口に投げ込んでくれたおかげで、一時的に指令室に入ってきた魔物と通路へ押し寄せている魔物が分断された。


 ハヤカワ姉妹は指示すら出し合わず、数が少ない指令室内の魔物を先に片付ける事にした。とっととそいつらを殲滅し、狭い入り口から突入せざるを得ない魔物たちを薙ぎ払うためなのだろう。幼少の頃から一緒に厳しい訓練を受けていた姉妹だからこそ、言葉を交わさずに連携を取る事ができるのかもしれない。


 羨ましいものだ。


「ダウンロード100%!」


「脱出するわ! セシリア、もう一度グレネードを――――――」


「………いや、こっちだ」


 先ほどダウンロードした際に、フラッシュバックした光景を思い出す。


 一番最後にダウンロードされた情報に、記されていたのだ。


 ――――――”あるもの”が保管されている場所へと向かう、隠し通路の場所が。


「ちょ、ちょっと、力也くん!?」


「力也、そっちは行き止まりだぞ!?」


「俺を信じろ、ボス。こっちに隠し通路がある」


 第一、入り口には異世界の魔物共が押し寄せてるんだ。そんなところを突っ切れば、さっきのサクヤさんみたいに服を溶かされるどころか、捕まって繁殖に使われてしまうのが関の山である。


 一〇〇式機関短銃に最後のマガジンを装着したセシリアの手を引き、サクヤさんにも「早くこっちに!」と叫ぶ。彼女はドラムマガジンに残っていた.45ACP弾を魔物の群れにお見舞いして足止めしてから、もう一つ手榴弾をぶん投げ、魔物共を挽肉にした。


 指令室の中を進み、この区画が元老院の指令室として使われていた頃は映像を映し出していたでっかいモニターの真下へと移動する。モニターの画面は割れていて、割れた画面の隙間からは配線が覗いていた。


「どうするつもり?」


「こうするんだ」


 右の義手に力を込め、残っているブレードを展開して床の隙間に突き立てる。すると、その床の一部が外れ、床の下に少しばかり広い隠し通路があらわになった。


 相変わらず、メンテナンスされていないせいで通路の壁や天井は錆び付いていた。床に溜まっているのは壁から漏れ出た水だろうか。錆び付いた金属の破片が浮かんでおり、通路の隅には鼠の死体らしきものも浮かんでいる。


 顔をしかめながら、セシリアとサクヤさんを先に通路の中へと行かせた。


 腰のホルダーから手榴弾を取り出し、安全ピンを引っこ抜く準備をしながらちらりと頭上のモニターを見上げる。ボロボロになったモニターは、錆び付いた金属製の金具でぶら下がっている状態だ。成人男性が助走を付けて飛び蹴りをぶちかませば、ぐらついてそのまま落下してくるかもしれない。


 手榴弾こいつは過剰だなと思いながら、安全ピンを抜いた。頭の中で3秒ほど数えてから真上へと放り投げ、穴の中へと飛び込む。


 その直後、頭上で緋色の閃光が生まれた。照明よりもはるかに荒々しいその閃光は、爆風と化してモニターを吊るしている金具へと牙を剥いたことだろう。爆風には耐えられないに違いない。


 案の定、俺が無事に隠し通路の中へと飛び込み、錆び付いた金属片が浮かぶ水で覆われた床を踏みつけた直後、ずん、と頭上から何かが落下してきた音がして、通路の中が一気に暗くなった。


 先ほどの爆風を浴びたモニターが外れ、隠し通路の入口へと落下してきたのだ。いくら異世界の魔物でも、直径4mの巨大な正方形のモニターを退けることはできないだろう。もしそんな事をして通路の中へと折ってきたのであれば、その時は腹を括って正面突破を試みるしかないが。


 尻尾に内蔵しているライトを照らし、2人が近くにいることを確認してから奥へと進む。ぱしゃっ、と水で覆われた床を踏みしめる度に、まるで排水溝のような悪臭が舞い上がり、顔をしかめてしまう。


「何よここ………どこに繋がってるの?」


「奥に広間がある」


「そこに出口があるのか?」


「ああ」


 それに、凄い物が置いてある。


 ハヤカワ家の当主たちは、自分の役目を継承することになった子供たちに、第二世代型転生者が生産した兵器のデータを継承することで、テンプル騎士団の軍事力を維持しつつ強化してきた。だが、初代団長だったタクヤ・ハヤカワは、全てを子供たちに託したわけではなかったようだ。


 この奥に保管されているのは、彼の遺産だ。


 しばらく奥へと進んでいくと、潜水艦のハッチのような扉が通路の奥に鎮座していた。番号どころかテンプル騎士団のエンブレムしか描かれていない扉に歩み寄り、錆だらけのハンドルを義手で掴んで思い切り回す。ただ単に錆び付いていただけなのか、それともここへと入ろうとする者たちを拒むつもりだったのか、ハンドルはやけにがっちりと固定されていたけれど、フィオナ博士が義手に搭載してくれた魔力モーターのパワーの方が上だったらしく、軋む音を発しながら大人しく回転してくれた。


 潜水艦のハッチを思わせる扉を開けた途端、周囲を漂っていたカビの臭いが一気に消失した。


「「「!!」」」


 扉の向こうから流れてきたのは――――――花畑で揺らめく花たちが発するような、甘い香り。


 最下層の区画だった研究区画よりもさらに地下にある区画だというのに、扉の奥からは甘い香りを含んだ風が吹いてくる。風と共にこちらへと飛んでくるのは、蒼い小さな花弁。


 壁の隙間から漏れ出た水はこの広間の中にも入り込んでおり、水の中には錆び付いた配管や鉄パイプがいくつも沈んでいる。今まで通ってきた通路のような悪臭がしてもおかしくない筈なのだが、その悪臭を掻き消しているのは、間違いなく広間の奥に屹立する代物だろう。


 ――――――そこには、蒼い桜の木があった。


「桜………? なんでこんな地下に………?」


「し、しかも蒼いぞ………?」


 そう、その蒼い桜の木が発する甘い香りが、悪臭を全て掻き消しているのだった。高さはおよそ3mほどで、がっちりとした幹の下部からは人間の太腿くらいの太さの根が何本も伸び、水の中に沈んでいる配管やスクラップに絡みついている。根元には草や花が少しばかり咲いていて、ちょっとした小島を形成していた。


 その桜の木の近くに――――――蒼い剣と蒼い短剣が刺さっている。


 先ほど情報をダウンロードした際に見た光景と全く同じだ。


 サクヤさんが「あれ、剣………?」と呟いた頃には、俺は周囲に水飛沫を撒き散らしながらその剣に駆け寄っていた。水の中に沈んでいるスクラップに躓いて転びそうになりながら根元まで向かい、こんな地下深くで眠っていた蒼い剣を見下ろす。


 形状はクレイモアに近い。桜の木の根に、まるでエクスカリバーのように刺さっている刀身の形状はそれほどがっちりとしておらず、剣の中では華奢な方だろう。刀身の形状は蒼く染まっており、白い古代文字のような模様が描かれている。柄は少し長めになっていて、両手で掴むことも想定した剣だということが分かる。


 その隣に刺さっているのは、その剣をそのまま小型化したような形状の短剣だった。


「力也、この剣は…………?」


「タクヤ・ハヤカワが、自分の子供にすら託さなかった遺産だ」


 かつて、彼が手に入れたと言われている伝説の剣。


 タクヤ・ハヤカワはあらゆるものを子供や孫たちに継承させたが、唯一継承させなかったもの。


『――――――”星剣スターライト”と、”星剣スーパーノヴァ”』


 3人で剣を見下ろしていると、後ろから女性の声が聞こえてきた。


 ぎょっとしながらトカレフTT-33を構え、後ろを振り向く。当たり前だが、先ほどまで戦っていた魔物が喋っているわけではないだろう。俺たちの後を追ってきた何者かが、後ろにいるに違いない。


 そう思いながら後ろにいる人物へと銃口を向けたんだが、トリガーを引くことはできなかった。


 そこに立っていた人物は、俺の相棒にそっくりだったからだ。海原を彷彿とさせる蒼い髪からダガーの刀身のような角が生えている、美しいキメラの女性。後ろで蒼いラインの入った黒いリボンで結ばれたポニーテールの毛先は、お尻の辺りにまで届いているのが分かる。前髪から覗く鋭い両目は、海原のような蒼い髪とは裏腹に鮮血のような紅色だ。


 テンプル騎士団の黒い制服に身を包んだその女性は、ジェイコブに瓜二つだった。あいつが俺たちを助けに来てくれたのかと思ったが、飄々としているあいつと比べると雰囲気が違う。確かにジェイコブも目つきが鋭くなることがあるが、こいつは圧倒的な力を隠しているような、気味の悪い威圧感を纏っている。


「ジェイコブ?」


「ホムンクルス兵か? 何でこんな所に?」


「いえ、彼女は違うわ」


 サクヤさんは、その女性の正体を見抜いたらしい。


 次の瞬間、端末の前の持ち主の記憶がフラッシュバックした。巨大な防壁の向こうへと旅立っていく2人の少女を見送っているところだろうか。片方の少女は赤毛の綺麗な少女で、もう片方が目の前にいるホムンクルスにそっくりな蒼い髪の少女である。


 いや、こいつはホムンクルス兵じゃない。


 ――――――オリジナルだ。


 テンプル騎士団に所属するホムンクルス兵たちのオリジナルとなった、タクヤ・ハヤカワ。


 ホムンクルス兵たちの原型オリジン


 大昔に活躍した初代団長が、俺たちの目の前に姿を現したのだ。







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