暴いてはならぬ罪
穴の底にあった通路の奥には、巨大な広間があった。一番奥には指揮官のための席と思われる座席があり、周囲には錆び付いた伝声管らしきものがいくつも取り付けられているのが分かる。その座席の前方には、オペレーターたちのために用意されたものなのか、魔法陣を立体映像のように投影するための装置が埋め込まれた座席が、まるで観客の座席のようにいくつも並んでいる。
もちろん、オペレーター用の座席にある装置はどれも機能を停止していた。装置のフレームは剥がれ落ち、千切れ飛んだケーブルが露出している。
中央指令室に構造が似ているが、テンプル騎士団全軍を指揮するための指令室と比べると、設備は簡略化されており、部屋の面積も一回りほど小さいことが分かる。
「ここは………?」
こんな地下にも指令室があったのか?
「元老院………」
「姉さん?」
「多分………ここは元老院の指令室だったのよ」
入隊したばかりの頃に、セシリアから聞いた説明を思い出す。
テンプル騎士団の中には、”元老院”と呼ばれる部署がある。自分の役目を次の世代の人材たちに引き継がせた前任者たちによって構成される組織であり、団長や副団長の役目を継承した後継者たちが、テンプル騎士団の理想のために戦い、道を踏み外さないように監視するための組織だという。もし後継者が道を踏み外した場合のために、特殊部隊並みの錬度を誇るホムンクルス部隊を保有しており、後継者の暗殺を試みることもあったと言われている。
だが、現在のテンプル騎士団は一度壊滅しており、前任者たちの大半も役目を継続するか9年前に戦死しているため、今のテンプル騎士団には存在しない部署だ。どこに元老院の指令室があるのかもシュタージによって秘匿され、上層部ですら知らない者が多かったらしいが、こんな最下層の区画にあったとは。
ちらりと司令官の座席の方を見ると、一瞬だけ幻が見えた。
年老いた蒼い髪の女性が、真っ白な制服に身を包んで司令官の席に腰を下ろしている。顔つきはジェイコブにそっくりだけど、彼と比べると目つきは鋭い。次の世代の人材――――――おそらく自分の子供だろう――――――に役目を継承させるのはまだ早かったのではないかと思ってしまうほどの威圧感を放っている。
タクヤ………。
お前も歳をとったんだな。若いうちに死んでしまった俺とは違って、お前はちゃんと老人の姿でこっちにやってきた。本当に立派だよ、お前たちは。
「………」
また、前任者の記憶が俺の記憶に混ざり合った。
記憶が混ざり合うだけでなく、最近は今のように幻を見ることもある。幸運なことに戦闘中に見ることはないんだが、眠る直前や休憩中に前任者の記憶がフラッシュバックしたり、モリガンの傭兵として戦っていた”彼”の夢を見てしまう事がある。
いくつか指が欠けた義手で頭を抱えていると、サクヤさんがコルトM1911をゆっくりと下ろし、オペレーターたちの座席を調べ始めた。
「姉さん、何をしている?」
「まだ使える装置を探して。ここが本当に元老院の指令室なら、色んな情報が眠っている筈よ。さっきの化け物の情報も見つかるかもしれない」
確かに、情報はあるだろう。
しかもここは単なる指令室ではない。存在そのものをあのシュタージが秘匿していた、極秘の設備なのだ。一般的な団員どころか上層部の団員ですら知ることが許されないほど厳重に秘匿されていた指令室なのであれば、極秘情報がどっさりと眠っているに違いない。
それじゃ、宝探しでもするとしようか。
武器を下ろし、セシリアと一緒にオペレーターたちの座席を調べ始める。だが、やっぱりどの装置も破損していた。辛うじてケーブルが無事な装置もあるが、机に埋め込まれている立体映像の生成装置の方が故障しているらしく、義手に内蔵した小型フィオナ機関からケーブルを伸ばしてコネクターを接続しても、スパークを散らせてから機能を停止してしまう。
「ぐぬ………おのれっ、どれも壊れているではないか!」
ドン、と外殻で覆った腕を装置に叩きつけながら叫ぶセシリア。苦笑いしながら「ボス、叩いたら余計壊れるぞ」と言うと、セシリアは腕を組みながら悔しそうにこっちを睨みつける。
「この機械が脆いのが悪いのだっ!」
「仕方ないわよ、元老院壊滅からずっとメンテナンスされてなかったんですもの」
そういえば、今まで通ってきた通路はあまりメンテナンスされている様子がなかったというのに、ここは少なくとも30年くらい前までは元老院のメンバーによって使用されていた形跡がある。上にあった通路や保管庫をメンテナンスしなかったのは、放棄された区画だと偽装するためだったのだろうか。
仮説を立てながら、装置を調べるサクヤさんの方を優しく叩く。先ほどの触手のせいで機嫌が悪そうなサクヤさんに睨みつけられつつ、彼女の耳元で言った。
「もしかして、セシリアって機械に弱いんスか?」
「え、ええ………機械は苦手みたいよ、あの子」
やっぱりか。
苦笑いしながら後ろを振り向くと、セシリアは全く動かない機械を睨みつけながら腕を叩きつけ、機能を停止している装置たちを介錯すると言わんばかりに止めを刺しているところだった。
このままじゃ使えそうな装置まで破壊されかねないので、止める事にしよう。
「ボス、装置は俺たちが調べるから、さっきの化け物がやってこないか見張っててくれないか」
「なに?」
「頼む。しっかり守ってくれたら、昨日倭国から仕入れた高級油揚げ使ってきつねうどん作ってあげるから」
「ほ、本当かっ!?」
「本当です」
「よし、分かった! お前をしっかり守ってやるっ! ………うふふっ、きつねうどんっ♪」
セシリアさんは、油揚げをちらつかせれば何とかなる。
ちなみにこれは極秘情報であり、他の団員たち――――――特に男性だ―――――――に変なことをされないようにこの情報は秘匿してある。
スキップしながら指令室の入口へと向かい、楽しそうに歌いながら一〇〇式機関短銃を構える可愛いセシリアさんを見守ってから、俺とサクヤさんは装置を調べ続けた。
司令官の席の近くにある装置はそれほど損傷していない。フレームは外れているものの、中にあるケーブルは埃まみれになっている程度であり、千切れているものは見当たらない。これならば動いてくれるだろうかと思いながら義手のケーブルを接続して魔力を注入すると、ケーブルから伝達された魔力が装置の表面で蒼い光を発した。
その蒼い光たちは装置の上でテンプル騎士団のエンブレムを形成してから、蒼い魔法陣へと変貌していく。
「動いた………」
「なに? 動いたのか!?」
「ちょっといいかしら?」
ケーブルを装置とつないだまま、サクヤさんに場所を譲る。俺もこういう異世界製の装置の使い方は訓練で学んでいるんだが、サクヤさんは俺よりもこういった装置には詳しいらしい。かつてホムンクルスのオペレーターたちが座っていた椅子の埃を払い落とした彼女は、それに腰を下ろしてから真っ白な指で魔法陣を素早くタッチしていく。
「あ、力也くん。ケーブル外しちゃダメよ。今のあなたは人間じゃなくてバッテリーなんだから」
「ひどくないですか」
俺にも人権あるよね?
抗議しようと思ったが、サクヤさんは真面目な表情で素早く魔法陣をタッチし、次々に表示される画面を切り替えていった。様々な言語で文字が表示されているんだが、彼女は表示されている文字の意味を理解しているのかのように画面をタッチしていく。
《パスワードを有力してください》
パスワード………?
「姉さん、パスワードは………」
「………多分、これよ」
そう言いながら、彼女はこう入力した。
”リキヤに備えよ”と。
《パスワードの入力を確認しました。データベースへアクセスします》
「リキヤに備えよ……?」
「祖先から歴代の当主に受け継がれてきた言葉よ。私も、お父様から小さい頃に覚えておくように言われたわ」
リキヤに備えよとはどういうことなのだろうか。
リキヤは、おそらくこの世界を救うために転生させられていた本物の勇者たちの事を意味しているのだから、俺の事を意味しているわけではない筈だ。リキヤたちの中にヤバい奴でもいるのだろうか。
俺ではないとは思うが。
しばらくすると、蒼い魔法陣の中に無数の番号が表示された。どうやら何かの記録らしく、その画面をサクヤさんがタッチすると、魔法陣の右下にその情報が記録された日付が表示される。
どれも100年以上前の記録ばかりだった。中には30年前とか40年前のそれなりに”新しい”記録もある。
サクヤさんは、そのうちの一つをタッチした。無数の数字と魔法陣を形成していた立体映像が崩壊したかと思うと、まるで海流に呑み込まれた砂のように頭上へと舞い上がり、巨大な立体映像を形成していく。
映し出された映像は、森の中にある大きな村だった。木材で造られた伝統的な建物がずらりと並び、木製の策の内側では家畜たちが草を食べている。その周囲で遊んでいるのは、農家の子供たちだろうか。
戦争が始まる前までは一般的だった、平和な集落のようだ。
これも古代文明の技術を使った装置なのだろうか、と思いながら見上げていると、唐突に装置からノイズの音が響き、凛とした女性の声が聞こえてきた。
《1873年6月15日、我々は魔物の掃討作戦を行った》
「1873年………お祖父様が退役する一年前だわ」
サクヤさんやセシリアの祖父の代という事は、『シュンヤ・ハヤカワ』の時代という事か。テンプル騎士団で勃発した内戦が終結し、騎士団の名誉回復と戦力の再編成の真っ最中だった時代だ。
《掃討作戦は順調に終わり、火炎放射器を装備した歩兵たちが森を焼き払った。魔物たちの巣は完全に焼き払われて作戦は終了したが………1体のゾンビが逃げ延び、この村へとやってきた》
「………」
この平和な村に何が起こるのかを、ここで映像を見ている3人は同時に察した。
《ゾンビの発見が遅れた事により、村は大きな損害を被った。村人たちが瞬く間に噛みつかれてゾンビと化し、自分の妻や子供たちへと牙を剥いた。森の中に会った平穏な集落は、15分足らずで人間同士が共食いを繰り広げる地獄と化した》
立体映像で再現されたゾンビたちが、逃げ惑う人々へと襲い掛かっていく。子供を連れた母親にゾンビと化した父親が飛び掛かり、母親の首筋の肉を食い千切る。絶叫する母親を見て泣きわめく我が子を、ゾンビとなった父親は容赦なく咀嚼し、食い殺していった。
こういう事になるのを防ぐため、この世界では死者の遺体は必ず火葬にすることになっているのだ。戦場でも、戦死者の死体を放置する事は絶対に許されないため、敵兵の死体も一緒に燃やして埋葬することになっている。
放置すれば死体がゾンビと化し、塹壕の中で共食いをすることになるからだ。
《テンプル騎士団は海兵隊を派遣したが、感染の速度が非常に速かったため、感染していない住民だけを救出するのは不可能だった。住民の救出より、これ以上の感染を防ぐことを選択した海兵隊の将校たちは、住民の救出を命じたシュンヤ団長の命令を無視し、ナパーム弾を搭載した爆撃機を出撃させた》
「何という事を………!」
おそらく、その決断を下したのはその掃討作戦を指揮していた将校だろう。救出した住民に、自分の家族や知り合いがゾンビとなったのはテンプル騎士団が取り逃がしたゾンビのせいだという事を知られれば厄介なことになるし、間違いなく自分も処分される。だから生存者もまとめて焼き今年、証拠を隠滅する事にしたのだ。
立体映像が、ナパーム弾を搭載したB-2の群れを再現する。銃を構えているテンプル騎士団海兵隊に囲まれていた生存者たちは、助けが来たと思ったのか、それともエリクサーを搭載した飛行機がやってきたと思ったのか、空へと手を伸ばしながら微笑んでいる。
中には、爆撃機たちへと手を伸ばしながら「ああ、神よ」と言う者たちもいた。
だが――――――その爆撃機たちがウェポンベイから投下したのは、彼らを救済するためのエリクサーなどではなかった。
全てを焼き尽くすための、鋼鉄の絶望だったのだ。
無数のナパーム弾が、集落を火の海へと変貌させていく。家畜の肉や死体を食い千切っていたゾンビたちがあっという間に黒焦げになり、助けを求めていた生存者もろとも火達磨になっていった。
銃を構えながらその光景を見ていた兵士たちの中には、涙を流したり、銃から手を離して頭を抱えている者たちもいた。
爆弾を落として飛び去っていくパイロットは、コクピットの中でこう呟いた。
ああ、神よ、と。
「そ、そんな………我が騎士団は……………こんなことを……………」
最下層の区画に隠されていた事実を知り、絶望するセシリアの頭上で、立体映像が変わった。
先ほどの証拠隠滅を命じたと思われる将校たちが、両手を縛られて目隠しをさせられている。彼らの前にずらりと並んでいるのはAK-47を構えた憲兵隊の兵士たちで、彼らの後方には最高司令官であるシュンヤ・ハヤカワも立っている。
《………我が騎士団の目的は、虐げられている人々の救済だ。その理念を踏み躙り、何の罪もない人々を虐げた罪は重いぞ》
将校たちにそう言いながら、年老いたシュンヤは腰に下げたロングソードを引き抜いた。漆黒のロングソードの切っ先が天空へと向けられると同時に、ホムンクルスの憲兵たちが一斉に安全装置を解除する。
ガチッ、と安全装置が解除される音を聞いた将校たちが、一斉にびくりと震えた。
彼らを見渡して目を瞑りながら――――――シュンヤは、剣を振り下ろした。
罪人たちへと向けられた銃口が、一斉にマズルフラッシュを発する。7.62×39mm弾の群れが将校の胸板や肩に大穴を穿ち、眼球や頬を無慈悲に抉り取る。大口径の弾丸で掃射された彼らは次々に崩れ落ち、血の海を作り出す。
《………同志諸君、私は責任をとって団長を辞任する。来週の会議で後継者を決めるとしよう》
カチン、と剣を鞘に戻した年老いたシュンヤは、悲しそうな目で射殺された将校たちを見つめてから、踵を返した。
立体映像が終わったらしく、構築されていた立体映像が蒼い六角形の結晶へと変わって崩壊していく。
ダイヤモンドダストのように輝く光を見上げながら、俺は確信した。
この区画に眠っているのは――――――”闇”だ。
捕虜を拷問することで資金を得ていた程度の闇ではない。
そんな事よりも、遥かに許されない闇。決して暴いてはならない、テンプル騎士団の罪。
俺たちは、それを見てしまったのだ…………。




