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番人


 SMGサブマシンガンを装備した警備部隊に護衛された回収部隊がやってきたのを確認してから、俺たちはその保管庫を後にした。ここにトラップが配置されている気配はないし、単なる異世界の技術の保管庫だというのであれば敵がいるわけがない。それに、この区画にはまだ奥に何かあるようなので、俺たちはそっちを調査する必要がある。


 あのコンテナの中に、この世界の言語に翻訳されたマニュアルとかは入っているのだろうか。もし入っていなかったら、異世界の言語をこっちの世界の言語に翻訳してから解析を行う必要があるため、研究区画の同志たちは大忙しになるだろう。


 秘匿区画の構造は、幸運なことに居住区にそっくりだった。広めの通路の左右に大きめの保管庫があり、他の保管庫の中にも同じように異世界から持ってきた技術が入ったコンテナが所狭しと並べられている。


 奥にある階段を踏みしめ、軋む音を少しばかり響かせながら歩いていたその時だった。トカレフTT-33を構えながら歩いていたジェイコブが、目を細めながら唐突に立ち止まった。


「どうした?」


「………変な臭いがする」


「変な臭い?」


「何か………魚みたいな臭いだ」


 このメンバーの中で最も発達した嗅覚を持っているのは、ジェイコブである。


 彼のオリジナルであるタクヤ・ハヤカワも、キメラの中では特に嗅覚が発達しており、2km先の敵を嗅覚で索敵する事ができたと言われている。ジェイコブはタクヤの遺伝子を使って作り出されたホムンクルスであるため、彼の発達した嗅覚を受け継いでいるのだろう。


 非常に便利な能力だが、本人曰く「風向きの影響を受けやすい」らしい。


 俺も息を吸い込んでみるが、鼻腔の中に突っ込んでくるのはカビの臭いとか錆び付いた金属の臭いばかりだ。魚みたいな臭いは全くしない。


「………どういうことだ?」


「分からん。魔物でもいるんじゃないか」


「ここはテンプル騎士団の総本山ですよ?」


「………各員、戦闘態勢」


 仲間たちに指示しつつ、トカレフTT-33をホルスターへとぶち込んで、背負っていたStG44に武器を持ち替える。タクヤ・ハヤカワの時代からずっと秘匿されていた区画の中に魔物がいるとは思えないんだが、油断するわけにはいかない。


 他の仲間たちも武器を持ち替えたのを確認してから、尻尾に内蔵されているライトで階段の下を照らしながら耳を傾ける。物音はしないし、階段の下の通路には何もいない。


 錆び付いた階段を素早く駆け下り、仲間たちよりも先に下の階へと降りる。通路の奥をライトで照らし、仲間たちがついて来るのを待ちつつ通路にトラップがないか確認しておく。通路の壁や天井の一部は剥がれ落ちていて、剥き出しになった錆だらけの配管からは橙色に染まった水が滴り降りている。壁から露出したケーブルも腐食していて、床には亀裂が入っているようだ。


 床に穴が開かないか心配だな………。


 仮にトラップが仕掛けられていたとしても、100年以上前から一切メンテナンスされていない区画の中で放置されているのだから、ちゃんと機能するかどうか分からない。さっきの保管庫の扉は魔力を注入したらちゃんと動いでくれたが、この階は損傷がかなり酷い。


「かなりボロボロだな」


「亀裂があるところは踏むなよ。崩落の恐れがある」


 ここはタンプル搭の区画の中で最下層と言われている研究区画よりもさらに地下にある秘匿区画だ。もし壁とか天井が崩落したら、俺たちは救出が極めて難しい地下の中で生き埋めになるという事である。創設時にここを造ったドワーフの職人たちが、何百年もメンテナンスしなくても崩落しないほど頑丈に設計していることを祈りながら、亀裂のない場所を踏みつけたその時だった。


 ブーツの下で何かが砕けるような感覚がしたと思った直後、床を踏みしめたばかりの足が”空振りした”のである。


 空振り?


 ぞっとしながら足元を見下ろすが、奇妙な感覚の原因を理解するよりも先に、身体が下へと引っ張られ始める。


 今までに何度も経験した感覚だった。バイトで稼いだ金で、休日に明日花を遊園地に連れて行った時に乗せられたジェットコースターに乗った時もこの感覚は感じた。床を踏みしめている感覚が消失し、下へと急速に落下していく感覚である。だが、今感じている感覚はジェットコースターのような”安全な”落下などではない。安全を考慮しようがない、本来の落下だ。


 ぎょっとしながら下を振り向くと、先ほど踏みしめていた筈の床が砕け散っていた。夜空よりも暗い漆黒の大穴が、床の代わりに足元に広がっていたのである。


「!?」


「力也っ!」


 くそったれ、やっぱり崩落しやがった!


 咄嗟に床の断面から露出しているボロボロのケーブルを義手で掴む。だが、あくまでもそのケーブルは魔力とか電力をどこかへ伝達するためのケーブルであり、体重80kgの巨漢をぶら下げることを想定しているとは思えない。新品の時点でも耐えられるわけがないのだから、100年以上もメンテナンスされていないせいでボロボロになったケーブルが耐えられるわけがなかった。


 案の定、ケーブルが段々と千切れ始める。ぶち、と音が聞こえた瞬間、義手で掴んでいたケーブルが千切れ、またしても落下していく感覚が肉体を包み込む。


 だが、その感覚はすぐに途切れた。


 ボロボロのケーブルよりもはるかに強靭なキメラの腕が、俺の義手を掴んでいたのだ。


「力也、しっかり掴まってろ!」


「ぼ、ボス、すまん………!」


 セシリアのおかげで落下せずに済んだ………。


 彼女の手をしっかりと掴みつつ、ゆっくりと上がっていく。穴は結構深いようなので、落下すれば間違いなく致命傷を負うか死ぬだろう。


 穴の縁を踏みしめながら這い上がろうとしたその時だった。


 唐突にセシリアの足元に亀裂が生じたかと思うと、まるでこの穴が俺だけでなくセシリアまで飲み込むことを望んでいるかのように、彼女の足元にあった床まで崩れてしまったのである。


「――――――!」


「セシリア!」


 見守っていたサクヤさんが咄嗟にセシリアの尻尾を掴んだが、セシリアは体重80kgの俺の身体を引っ張っていた状態である。いくら筋力が発達しているキメラでも、2人の人間を一気に持ち上げるのは難しかったらしく、助けようとしたサクヤさんまで穴の中へと引きずり込まれる羽目になった。


「う、嘘でしょ………!?」


「くそっ………!」


「力也ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 穴の上にいるジェイコブたちが手を伸ばしてくるが、もう尻尾や手は届かない。


 咄嗟にセシリアとサクヤさんへと機械の尻尾を伸ばして彼女たちを引き寄せ、義手の指からナイフを一気に展開する。そのまま義手を近くにある壁へと叩きつけて”爪”を食いこませて減速を試みた。


 このまま落下を止めつつ、壁を這い上がっていくのが望ましいのだが、残念なことに義手の指に搭載されているのは対人戦闘や暗殺を想定した小型のナイフだ。ボウイナイフみたいにがっちりした代物ではないので、そういったナイフと比べると耐久性は大きく劣る。


 案の定、火花を発しているナイフのうちの一本が耐えられなくなったらしく、ボキン、と金属音を発しながら弾け飛んだ。別のナイフもへし折れ、破片が周囲に飛び散る。


 やがて、義手の指も何本か千切れ飛んだ。もちろん、この義手は機械なので痛みは全く感じない。


 止まってくれれば最高なのだが、最低でも致命傷を負わない程度に減速してほしいものだ。


 そう祈りながら義手に力を込めていたんだが――――――やがて、闇の向こうから瓦礫だらけの床が迫ってきて、セシリアとサクヤさんよりも先に俺が叩きつけられた。












 なんだか、柔らかい。


 今しがた瓦礫だらけの床に叩きつけられたはずなのに、なぜ柔らかい感触がするのだろうか。だが、背中に当たっている瓦礫や床らしきものはコンクリートの破片とか鉄骨の一部のようでかなり硬い。柔らかい感触がするのは、顔に当たっている何かだ。


 目を開けながら身体を起こそうとした瞬間、それが何なのかを理解した。


「………」


 セシリアとサクヤさんの胸でした。


 義手を壁に突っ込んで減速しつつ、2人を庇うために俺が下敷きになるように落下したので、2人が俺の上に覆いかぶさっているのだ。もちろん、こんなことをするために下敷きになったわけじゃない。上官を庇うために咄嗟に下敷きになったのだ。忠誠心だよ、彼女たちへの。


 幸運なことに、セシリアとサクヤさんはまだ気を失っているようだった。とりあえず、2人が目覚めたら確実に殺されると思うので、バレる前に離れておこうと思う。まだ死にたくないので。


 だが、2人の大きな胸から顔を離すよりも先に、気を失っていたキメラの美少女たちの瞼が開いた。


 今まで経験してきた実戦で、銃口を向けられた程度で殺されると実感した事はなかったんだが――――――今はどういうわけか、目を覚ましたばかりの2人と目が合っただけなのに、殺されると実感してしまう。


「あ、どうも………」


「り、力也………?」


「………ちょっと、何してるのよ」


「い、いや、これは………目が覚めたらこんな事に………」


 セシリアよりも先に身体を離したサクヤさんが、ニッコリと微笑みながら右手を黒い外殻で覆う。キメラは『人間サイズの戦車』と言われるほど強靭な外殻を持っており、対戦車兵器でなければその外殻を打ち破るのは難しいと言われている。なので、その外殻を纏った腕で殴られるという事は、戦車の装甲でぶん殴られることに等しい。


 つまり、死んでしまう。


 2人を助けようとしただけなんです、副団長。おっぱいに触れるつもりはなかったんですよ。


 でも――――――ハヤカワ家の人は本当に容赦がない。


 弁明するよりも先に、顔を真っ赤にしたサクヤさんの右ストレートが俺の顔面を直撃した。


「変態っ!」


「ろっきーどっ!?」


「馬鹿っ!」


「まーてぃんっ!?」


 おかわりは要らないッス………。


 なぜ2回もぶん殴られたんだろうかと思っていると、まだ俺の上に乗っていたセシリアが抱きしめてくれた。


「ねっ、姉さん! 何で力也を殴るのだ!? 私たちを助けてくれたのだぞ!?」


「だ、だって、私たちの胸を触ってたのよ!?」


「む? ………力也、胸を触られるという事は恥ずかしい事なのか?」


「「えっ?」」


 なに?


 壁に突っ込んだせいでフレームが剥離している義手で口から溢れる血を拭い去りながら、サクヤさんと一緒にセシリアの顔を凝視する。


 そういえば、前にシャワーを浴びていた時もセシリアは平然とシャワールームに入ってきた。タンプル搭の居住区で生活することになった後も、彼女は歯を磨いている俺の後ろで平然と着替えを始めたりすることがある。


「ホムンクルス兵から借りて読んだマンガとかラノベにもそういうシーンがあるのだが、なぜ恥ずかしがるのか理解できんのだ………」


「せ、セシリア、普通は恥ずかしがるわよ?」


「だが、私たちも小さい頃はよく父上と一緒に風呂に入っていたではないか」


「ボス、とりあえず降りてくれないか」


「む? ああ、すまん」


 セシリアが降りてから、立ち上がってポケットから端末を取り出す。幸運なことに、リキヤ・ハヤカワが使っていた端末は無傷だった。


 端末をタッチして武器を装備しながら、先ほど下敷きになっていた時の事を思い出す。どうやら胸はサクヤさんよりもセシリアの方が一回り大きいらしい。


 新しいStG44を装備してから、周囲をライトで照らしつつ見渡す。どうやらここは先ほど歩いていた通路よりもかなり下にある別の通路のようだ。先ほどの保管庫があった場所と比べると通路が狭く、左右に保管庫らしき部屋もない。足元の一部は金網になっていて、その下には錆び付いた金属片が浮かぶ汚れた水が溜まっている。その中に沈んでいるのはケーブルのようだ。


 ここはダンジョンではなくタンプル搭の区画なので、どこかに上に行くための階段とかタラップがある筈である。そう思いながら通路の奥を凝視したその時だった。


 通路の奥から――――――魚のような臭いがした。


 ジェイコブが先ほど「魚みたいな臭いがする」と言っていた事を思い出しつつ、無意識のうちに通路の奥へとライトと銃を向ける。確かに、釣り上げた魚を放置したような臭いが通路の奥から漂ってくる。錆び付いた金属や、腐食したケーブルが発する臭いではない。


「………魔物?」


「ここはタンプル搭の中ですよ」


 そう、ここはタンプル搭の中である。魔物がいるわけがない。


 だが――――――通路の奥から気色悪い音を発し、涎らしき粘液を垂らしながらやってきたのは、グロテスクな化け物だった。


 床を踏みしめているのは、灰色の皮膚に覆われた2本の足だ。太さは人間の足と同じくらいで、指先からは鋭い爪が伸びている。身長も一般的な人間と同じくらいなのだが、上半身はグロテスクとしか言いようがなかった。


 胸板の部分はやけに肥大化し、皮膚の裂け目らしき部分からはミミズのような触手が露出しているのである。両腕の代わりに生えているのは、粘液を纏った腸のような触手だった。頭らしき部位は見当たらない。その代わりに、肥大化した胸板からは触覚のようなものが伸びているのが分かる。


「な、何だこいつは………!?」


「姉さん、これは魔物なのか?」


「いえ、こんな魔物いない筈よ………!」


 魚のような臭いを発しながらやってきた魔物が、呻き声を発しながら触手を伸ばしてくる。


 こいつが姿を現した段階で敵だと判断していた俺は、触手がこっちに伸びてくるよりも先に、アサルトライフルのトリガーを引いた。


 


リキヤ・ハヤカワ(第一部)=こうなる2部で遺跡の中で落とし穴に落下

タクヤ・ハヤカワ(第二部)=こうなる2部で遺跡の中の落とし穴に落下

速河力也(第三部)=こうなる3部でタンプル搭の中の大穴に落下


落とし穴に落ちるのは伝統ry(粛清)



※ロッキード・マーティンは航空機を製造しているアメリカのメーカーです。


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