オーバーライド
漆黒の刀身が敵兵の首を直撃し、ヘルメットを装着した兵士の頭が鮮血を撒き散らしながら宙を舞う。首の断面から鮮血の水柱を噴き上げる敵兵の胴体を蹴飛ばし、塹壕から這い出て逃げようとする敵兵の背中に投げナイフを投擲する。
開いた左手をホルスターへと伸ばし、南部大型自動拳銃を引き抜く。血まみれになりながら応戦してくる敵兵の頭に弾丸を叩き込んで射殺し、側面からスコップを振り上げながら突っ込んできた巨漢のみぞおちへと、くるりと回転して勢いを乗せてから刀を突き立てた。
更に尻尾で脇差を引き抜き、強引にスコップを振り下ろそうとする敵兵のうなじに突き刺す。
刀を引き抜いてから、私は戦場を見渡した。
塹壕の向こうには灰色の花畑が見える。かつて、あそこには様々な色の花が咲いていて、草食動物や蝶たちが舞う平穏な草原があった。周囲を結界で覆う事でその結界の内側の気候を操る技術を手に入れたテンプル騎士団によって生み出された花畑だ。
けれども、ヴァルツ軍が侵攻した際にその結界の発生装置が破壊されてしまったらしく、灰色の砂漠で産声を上げた美しい花たちは完全に枯れてしまっており、灰色になってしまっている。
ここからヴァルツ軍がいなくなれば、きっとまた美しい花畑が生まれるに違いない。
「第6小隊よりキンジャール隊、空爆を要請する」
『了解、要請受諾。攻撃地点を教えてくれ』
「黄色いスモークだ。たっぷり爆弾を落としてくれ」
近くで空爆を要請していたホムンクルスの兵士が、胸に装着している革製のホルスターの中からワルサー・カンプピストルを引き抜いた。中に黄色の信号弾を装填した彼女は、それを複数の重機関銃で弾幕を張って抵抗する敵兵の真上へと向け、黄色い信号弾を放つ。
敵兵の頭上で信号弾が黄色い光を発し、緩やかに地上へと降り始めた。
何かを要請したという事を察知したのか、弾幕を張っていた数名のヴァルツ兵たちが射撃を中断して機関銃から離れようとする。だが、逃げるのであれば信号弾が放たれる前でなければ間に合わなかったに違いない。
プロペラの音が天空から急降下してきたかと思いきや、灰色に塗装された2機のIl-2が爆弾を投下した。爆弾が枯れた花畑を直撃して火柱を生み出し、衝撃波と爆風が機関銃もろともヴァルツ兵たちを吹き飛ばす。
空爆してくれた2機のIl-2は、火柱の周囲を旋回してから高度を下げると、生き残っていた敵兵を機銃掃射で排除し、高度を上げて退避していった。
「前進!」
血まみれの刀を振り下ろし、後続の部隊に前進を命じる。
既に我々は第二防衛ラインを突破している。被弾した兵士や戦車を後方へと下げ、後方からついてきている部隊と後退させてから、そのまま最終防衛ラインへと攻撃を行う予定だ。
テンプル騎士団が今まで実施してきたすべての攻勢を成功させてきたのは、主力部隊を敵の防衛ラインの一ヵ所へと集中させて突破し、左翼と右翼の敵に後方から攻撃される前に一気に攻め込んでしまうのである。
全盛期の頃は圧倒的な物量を誇っており、敵の戦力がテンプル騎士団側の戦力をかなり大きく下回っていることは珍しくなかった。そのため、ただ単に前進するだけで敵部隊を容易く”押し潰す”事ができたのだが、弱体化してしまっている現在ではそのような戦法は選べない。
そこで、ウラル教官と共にこの作戦を立案した。
まず、一番最初の防衛ラインの突破には全戦力を投入する。敵の防衛ラインを完全に突破したら、先頭の部隊を後方へと下げて再編成と負傷兵の治療を行わせつつ、損害の小さかった部隊を先頭にして突撃を継続する。そして次の防衛ラインを攻撃する際には先頭の部隊を下がらせて別の部隊を先頭にし、敵部隊へと襲い掛かるのである。
全戦力での攻撃は一番最初だけであるため、それ以降の攻撃では戦力は少なくなってしまうという欠点があるものの、その分はテンプル騎士団のお家芸とも言える空軍や海軍との連携でカバーしつつ、敵が体勢を立て直す前に一気に奥まで攻め込むのだ。
更に、一番最初の攻撃では砲兵隊による遠距離砲撃と航空隊による徹底的な空爆も実施される。その直後に全戦力が一ヵ所を集中攻撃するため、第一防衛ラインはほぼ間違いなく瞬時に突破する事ができるだろう。あとはそのまま先頭の部隊と後方の部隊を入れ替えつつ、ドリルのように敵の防衛ラインを抉っていくのだ。
もしこのクレイデリアでの攻勢を大空から見下ろしたのならば、テンプル騎士団陸軍の兵士たちが、まるで杭のように帝国軍の防衛ラインを穿ちつつあるように見える事だろう。
敵の野砲の集中砲火でも喰らったのか、車体から黒煙を噴き上げ、主砲の砲身をへし折られてしまったT-34が、砲塔の上に負傷兵を乗せながら後方へと下がっていく。すると、後方からやってきた数両のT-34の砲塔から顔を出した車長たちが、後方へと下がるT-34たちに敬礼をしてからすれ違い、増速して最前線へと向かって走っていった。
攻勢こそテンプル騎士団のお家芸なのだ。
側面からも稀に砲弾や銃弾が飛来するが、全く命中しない。進撃する兵士たちも、側面から飛来する敵の攻撃をすべて無視して正面にいる敵兵だけを攻撃している。敵兵の死体をお構いなしに踏み潰して進撃するT-34も、砲塔の側面を直撃する37mm砲の砲撃を意に介さず、そのまま正面にいる敵兵を機銃で蜂の巣にしていた。
もう既に、枯れた花畑の向こうにはタンプル搭がうっすらと見えている。岩山を覆い尽くしていた筈の花たちも枯れて灰色に変色しており、まるで火山灰で覆われた巨大な岩石のように見える。
タンプル搭上空では、タンプル搭の制空権を確保するために戦闘機たちが激戦を繰り広げているところだった。灰色の砂塵が舞う大空の中で、次々に胴体や翼から緋色の炎を放出し、部品をばら撒きながら戦闘機が墜落していく。
だが、敵の数が多過ぎる上に対空砲がまだ健在であるせいだからなのか、航空隊も苦戦しているようだった。中には高度を下げて対空砲へとロケット弾をばら撒いたり、機銃掃射で対空砲の砲手たちを射殺する勇敢なパイロットもいるが、さすがに敵よりもはるかに優秀な戦闘機に乗っていると言っても、敵機よりも数が少ない上に対空砲に砲撃されながら敵機と戦うのはかなり難しいらしい。
何機か被弾したり、操縦不能になった機体からホムンクルスのパイロットが飛び降りたのを見た私は、近くにいる通信兵を呼んでタンプル砲への砲撃を砲兵隊に命じようとした。
その時だった。
胴体に増槽ではなく爆弾をぶら下げた5機のBf109の編隊が、宙を舞う灰色の砂塵を引き裂き、タンプル搭の上空へと突撃していったのである。
「あの機体は………」
「アーサー隊………?」
アスマン帝国の飛行場から彼らが飛び立っていくのを思い出した直後、早くもアーサー隊が散開して急降下を始めた。対空砲の砲手たちがすぐにアーサー隊の機体へと照準を合わせるが、砲撃は全く当たらない。発射された砲弾はアーサー隊のBf109がとっくに通過した場所で炸裂し、紅と黒の禍々しい塗装の機体を照らし出す。
次の瞬間、散開した5機のBf109が同時に爆弾を投下し、対空砲を合計で5門も破壊した。急上昇して再び砂塵と黒煙が舞う空へと舞い上がったアーサー隊のパイロットたちは、ついでに何機かの複葉機を撃墜してから、真紅に塗装された隊長機の周囲に集合して再び編隊を組み、一旦タンプル搭から離脱してから宙返りし、一斉に敵の航空隊へと襲い掛かる。
「すごい………」
何度も旋回しているというのに、全く編隊が乱れていない。まるでガラスの部品で全ての機体をしっかりと固定しているかのように、隣を飛ぶ仲間の機体との距離すらほとんど変えずに飛行している。
対空砲を破壊して敵戦闘機と戦闘を繰り広げているアーサー隊を見守っていると、後ろで通信兵からの報告を聞いていた姉さんが微笑みながら私の肩を叩いた。
「スペツナズが中央指令室を制圧したわ」
「うむ、そうか!」
よし、よくやったぞ力也! 戻ってきたらいっぱいご褒美をやろう!
これでタンプル砲が艦隊へと向けて放たれることはないだろう。タンプル砲の制御は中央指令室で行っているのだから、そこを失ってしまった以上は要塞砲の砲撃どころか、様々な場所を守っている守備隊への命令もできなくなるはずだ。
いいぞ、これで各個撃破がやりやすくなる………!
「し、司令!」
血まみれになりながらドアを開けて入ってきた指揮官を見た兵士たちや、慌てて彼に肩を貸してから椅子の上に座らせた。
彼が逃げ込んだのは、戦術区画に用意された”第二指令室”と呼ばれる部屋だった。タンプル搭を接収した後にヴァルツ軍が新たに用意した設備であり、もし中央指令室が使用不能になってしまった場合に使用するための部屋である。
そのため、中央指令室ほど広くはないが、10人分のオペレーターの座席と指揮官用の席が用意されており、薄暗い部屋の中には様々な数値や映像を映し出すための魔法陣が浮かんでいる。
エリクサーを差し出した衛生兵からそれを受け取った指揮官は、錠剤を飲み込んでから兵士たちに命じた。
「ちゅ、中央指令室は敵部隊に制圧された………急いでガルゴニス砲のコントロールをオーバーライドしろ」
「はっ! おい、オーバーライドを急げ! 命令の優先順位をこっちに移すんだ!」
「了解!」
「それにしても、中央指令室にまで敵が侵入してくるとは………」
「ぐっ………おそらく、地下のトンネルを利用したのだ」
段々と塞がっていく傷口を押さえながら、指揮官は言った。
「あのトンネルは複雑だ。9年間かけても、我々はどのトンネルがどこに繋がっているのかを全然把握できなかった………。だが、あいつらはあの構造を全て知っている」
「厄介ですな」
地下のトンネルは地下鉄の線路として使われていたが、かつてはテンプル騎士団が重要拠点から兵士たちを脱出させるために用意した脱出用のトンネルである。それが他の街への移動を迅速に行うために拡張されてクレイデリア各地へと繋がったことにより、極めて複雑なトンネルが形成されたのだ。
テンプル騎士団は、それを全て把握している。
しかも、トンネルの中には緊急脱出に使うためのトンネルや、タンプル搭が敵に制圧された際に地下からこっそりと侵入して奇襲するために、存在そのものが秘匿されている極秘のトンネルも存在する。
スペツナズが中央指令室を制圧するために通ってきたのは、その秘匿された”地図に無いトンネル”であった。
「だが、ガルゴニス砲があれば我らの勝利だ………」
「司令、オーバーライド完了しました。コントロールの優先順位はこちらに」
「よし………直ちに発射準備に入れ。砲身冷却ハッチを閉鎖し、コアを薬室に接続せよ」
淡々と命じた瞬間、その命令を聞いたオペレーターたちが一斉にぎょっとした。
ガルゴニス砲の砲身の周囲では、制空権を死守するためにヴァルツ軍の航空隊がテンプル騎士団空軍の航空隊と死闘を繰り広げている。今すぐに砲撃を行えば、砲身の周囲でドッグファイトを繰り広げている航空隊の大半が衝撃波と高熱で消滅することになるだろう。
餌食になるのは航空隊だけでない。地上でバリケードを作り上げ、必死にテンプル騎士団へと攻撃を継続している守備隊の兵士たちも燃え尽きる。超弩級戦艦を一撃で消滅させるほどの熱があるのだから、それを発射する際の熱風が人間を容易く焼き尽くしてしまうのは想像に難くない。
案の定、オペレーターたちは戸惑いながら首を横に振った。
命令通りに発射スイッチを押せば、自分たちの同胞が焼け死ぬことになるのだから。
「お、お待ちください。地上にはまだ我が軍の航空隊と守備隊が………!」
「構わん、責任は私が取る。…………ここで砲撃し、敵の戦力に打撃を与えねばタンプル搭が陥落するのだ。勝利の女神が生贄を欲しているのならば、差し出してみせよう」
「司令…………!」
「…………この戦いが終わったら、私も煉獄の業火で焼かれに行く。天国に行けるとは思っておらん」
唇を噛み締めてから、司令官は目の前の魔法陣を睨みつけた。
「…………もう一度命じる。ガルゴニス砲…………発射用意………!」
「…………ガルゴニス砲、発射用意」
「コア、薬室へ接続。冷却用ハッチの閉鎖を確認」
「冷却液注入装置、オールグリーン。安全弁も問題なし」
「魔力加圧開始。コアへの魔力放射を確認」
「コア内部の魔力、まもなく加圧限界」
「拡散術式、準備完了」
「…………秒読みを始めろ」
カウントダウンがゼロになれば、テンプル騎士団の兵士たちと共に、味方の兵士たちも焼け死ぬことになる。
タンプル搭陥落を防いだことは功績と言えるだろうが、その対価に部下たちを焼き殺すことになるのだから、彼は名将や英雄とは言えないだろう。
仲間を焼き殺した将校という汚名を持ったまま地獄に落ちることを覚悟しながら、司令官はカウントダウンを聞いた。
空っぽになったドラムマガジンを取り外し、新しいドラムマガジンを装着している最中に、壁の縁を敵兵が放った銃弾が掠める。舌打ちをしながら再装填を終えたトンプソンM1928を構えて.45ACP弾のフルオート射撃をぶちかまし、再びバリケードの陰に隠れた。
中央指令室を失ったことで、タンプル砲の砲撃は不可能になった筈だ。しかも守備隊への命令も出せなくなったから、これで守備隊や航空隊は他の部隊と連携して迎撃する事ができなくなる。
ヴァルツのクソ野郎共を各個撃破していけば、容易くこの要塞を制圧できるだろう。
手榴弾をポケットから取り出し、安全ピンを引き抜いてから通路の向こうへと投擲する。カツン、と壁から突き出た鋼鉄製の配管に当たってバウンドした手榴弾が兵士たちの傍らへと転がり落ち、それを目にした兵士が目を丸くする。
彼らが慌てて逃げようとした頃には、落下した古めかしい手榴弾が炸裂し、緋色の爆炎と漆黒の破片を周囲へとばら撒いていた。
傍らでは、マリウスがマドセン機関銃のバイポッドを展開し、バリケードの陰から弾幕を張っている。強引に突撃しようとした敵兵が無慈悲に蜂の巣にされ、通路に鮮血が飛び散る。
彼が空になったマガジンを取り外し、トンプソンM1928で弾幕を代わりに張ってやろうと思ったその時、トンプソンの銃声よりも先に、タンプル砲のオーバーライドを行っていたコレットが叫んだ。
「隊長、タンプル砲がオーバーライドされてます!」
「どういうことだ!?」
「別の設備からオーバーライドしている模様! ………くっ、ダメです。タンプル砲のコントロール、奪われました!」
くそったれ………! 他にもこいつをコントロールできる設備があったか!
あの指揮官を殺しておけばよかったと思ったが、どうせ敵の砲撃は観測データがない以上は当てずっぽうだ。河へと突入した艦隊の運が悪くないことを祈るしかない。
だが、その楽観的な予測を隣に座って魔法陣をタッチしているエレナの淡々とした報告が粉砕した。
「警告。タンプル砲、砲撃体勢へ移行した模様。仰角と砲口の向いている方向から推測すると、攻撃目標は艦隊ではなく地上部隊の模様」
「なっ………!」
「砲口前に術式の展開を確認。おそらく、術式を通過する際に炎の塊を拡散させて砲撃するのでしょう」
「エレナ、セシリアに緊急連絡! 今すぐにそこから離れるように伝えろ! 航空隊にも緊急離脱するように通達するんだぁッ!!」
「了解。………こちらアクーラ6。各部隊へ緊急通達――――――」
拙い………!
仲間の退避が間に合いますようにと祈った直後だった。
でっかい魔法陣に映っていた砲口から漏れていた緋色の光が濃密になって膨れ上がったかと思うと――――――真紅の光が躍り出て、術式によって拡散させられた状態で空へと解き放たれた。




