古代文明
かつて、クレイデリア連邦の大半は灰色の砂漠で覆われていた。砂漠の向こうにある集落やオアシスへと向かう旅人を、砂の中から躍り出た魔物たちが容赦なく襲う地獄。産業革命が始まったばかりの頃は、砂漠の大半がダンジョンに指定されるほどの危険地帯だったのである。
その危険地帯は、今では広大な花畑に変わっていた。
石畳でしっかりと舗装された道を走るハンヴィーの助手席の窓から、様々な色の花が咲いている花畑を見渡す。もうこの辺には魔物は生息していない。家畜として飼育されている魔物はいるが、人間に牙を剥くような危険な魔物はクレイデリア国内に少しだけ残っている砂漠か、テンプル騎士団やクレイデリア国防軍の研究所へと送られて暮らしている。
砂漠が美しい花畑に変わった理由は、災禍の紅月が終結した後に古代文明の遺跡から発掘して解析し、実用化した太古の技術だった。麻薬カルテルや武装組織の殲滅のために派遣していた海兵隊の遠征軍が古代遺跡を発見し、その内部から大昔に廃れた技術を持ち帰ったのである。
彼らが持ち帰った技術は、気象や気温を自在にコントロールする技術だった。今では揺り籠と呼ばれているクレイデリア連邦のいたるところに設置されている防壁にその装置を搭載することによって、水を持たなければ砂漠の真っ只中で確実に死んでしまうほどの暑さは消え去り、水を持たずに遠くまで簡単に歩いて行く頃ができるほどの温かい気温と化した。
花畑をハンヴィーで走っていると、花畑の向こうにテンプル騎士団のエンブレムが描かれた巨大な防壁が見えてきた。
結界を発生させるための防壁ではない。敵のミサイルや砲弾から、内側にある施設を守るための堅牢な防壁だ。
その防壁は、テンプル騎士団の重要拠点の1つである『ブレスト要塞』の防壁だった。タンプル搭の東西南北に1つずつ存在する要塞のうちの1つであり、ディレントリア公国方面から吸血鬼たちがタンプル搭へと攻め込んできた”春季攻勢”の際に死闘が繰り広げられた激戦地である。
目の前にある防壁は、その戦闘の際に陥落してしまった要塞の代わりに新しく用意された要塞だ。破壊された古い方の要塞は今でも新しい要塞の傍らに残っており、戦死した兵士たちの墓地や石碑が用意されている。
ハンヴィーを運転するエリカが、その古い要塞の方へとハンヴィーを走らせる。
旧ブレスト要塞の防壁の一部は今でも崩壊したままだった。その崩壊した防壁の隙間から覗くのは、当時の戦闘でズタズタにされた滑走路や倒壊した管制塔の残骸である。
「到着しました、父上」
「ありがとう、エリカ」
助手席のドアを開け、花や草で覆われた大地を踏みしめる。かつては灰色の砂漠だった大地を覆っている花たちの間には、当時の戦闘で使用された弾薬の薬莢がまだ転がっていた。5.56mm弾や7.62mm弾の薬莢は錆び付き、ただの金属片に成り下がっている。
後部座席に乗っていたラウラもハンヴィーから降り、懐かしそうにボロボロの防壁を見上げた。
あの時、テンプル騎士団は吸血鬼に占拠された要塞を奪還するために、緊急脱出用の地下通路へアメリカ製の強力な爆弾であるMOABを運び込んで起爆し、地中からこの要塞へ攻め込んだのだ。よく見ると、その時に穿たれた大穴はまだ要塞の中に残っていて、墓参りに来た兵士たちの遺族が誤って転落しないように設置されたフェンスに囲まれている。
ここを警備している憲兵隊の兵士――――――”戦時型”のホムンクルス兵だ――――――に敬礼してから、俺たちも旧ブレスト要塞の防壁の内側へと入った。
防壁の内側には、既にあの時の戦いで戦死した兵士たちの遺族や戦友が墓参りに来ていた。中には日傘を手にした人々も見受けられる。おそらく、日光が苦手な吸血鬼たちなのだろう。
当時はテンプル騎士団と吸血鬼の過激派は全面戦争の真っ只中だったが、災禍の紅月が終結した後に不可侵条約を結んでいるため、もう敵対はしていない。
ラウラが持っていた花束を受け取ってから、要塞の中に用意されている石碑の近くへと向かった。石碑の周囲にずらりと並んでいる墓石の傍らには既に花や飲み物が供えられている。
墓参りに来たハーフエルフの母親と娘にぺこりと頭を下げてから、石碑の近くにある墓石を見下ろした。
「…………久しぶりだな。来てやったぞ、ブラド」
ここに眠っているのは、俺の親友である。
お互いに同胞を何人も殺されて憎しみ合っていたが、心の底から憎むことはできなかった友人。あの戦争さえなければ、きっと以前のように仲良くする事ができたに違いない。
けれども、俺たちは銃に手を伸ばしてしまった。
花束を彼の墓の前にそっと置きながら息を吐いた。お前が死んだ後も、俺たちは銃を持ち続けている。もうテンプル騎士団と吸血鬼の全面戦争は起こっていないが、時折一部の過激派の吸血鬼が武装蜂起することもある。
人類と吸血鬼の戦争は、完全には終結していない。
俺たちもそろそろ老いる。もう二度と銃を手に取り、最前線で戦う事の出来ない身体になってしまう。
そうなる前に、終わらせたいものだ。
吸血鬼との紛争を。
そうしなければ、お前の死は無駄だったことになってしまうのだから。
「…………ここに眠っているのは、父上のご友人ですか」
「ああ…………いい奴だったよ、彼は」
また来るよ、ブラド。
隣で墓石を見下ろしているラウラに目配せしてから踵を返す。彼女は「行くわよ、エリカ」と言ってから、自分の娘と手を繋いで要塞の出口へと向かって歩き始めた。
旧ブレスト要塞の上空を、5機のSu-35たちが編隊を組みながら通過していく。新しいブレスト要塞に所属する飛行隊なのだろうか。彼らは編隊を組んだまま青空の真っ只中で宙返りすると、轟音を響かせながら空の向こうへと飛び去って行った。
「新しい古代遺跡?」
口へと運ぼうとしていたティーカップをぴたりと止めながら、テーブルの向こうでスコーンを食べている幼い少女を見つめる。彼女が見に付けているのは白衣だけど、胸元にはテンプル騎士団のエンブレムが描かれており、テンプル騎士団所属の技術者だという事が分かる。
身長は、ハヤカワ家の男性の中でも最も小柄と言われている俺よりもさらに低い。頭から伸びている銀髪は自分の太腿に当たるほど長く、毛先の部分だけは桜色に染まっている。傍から見れば幼い子供にしか見えないんだが、一緒に”メサイアの天秤”を探したパーティーメンバーの中では最年長である。
彼女の小さな薬指には、白銀の結婚指輪がある。
彼女は俺の妻の1人であるステラ。現在ではタンプル搭の地下にある研究区画で、遠征軍や海兵隊が発掘してきた古代文明の技術の解析や研究を行ってもらっている。古代文明の遺跡から発掘された代物の大半は翻訳が非常に難しい古代文字で書かれているんだが、ステラのかつての母語はその古代語なので、翻訳や解析には適任と言えるだろう。
ハングル文字を彷彿とさせる古代文字がびっしりと並んだ古文書のページを捲りながら、ステラは首を縦に振った。
「以前に制圧した麻薬カルテルのアジトの地下に、その遺跡が存在した模様です」
「麻薬カルテルの拠点の地下とは…………」
テーブルの上に白黒の写真を置くステラ。遠征軍が撮影した写真なのだろう。麻薬カルテルが保管庫に使っていたと思われる洞窟の奥には地下へと繋がっている階段があり、その奥に古代文字がびっしりと刻まれた巨大な石の扉がある。
その洞窟を保管庫に使っていたという事は、奥に扉があるという事は麻薬カルテルも把握していた事だろう。でも、こじ開けられた形跡はない。
「おそらく、”古代デルペリア文明”の遺跡と思われます」
「なに?」
古代デルペリア文明………?
災禍の紅月が終結した後、テンプル騎士団は世界中で発掘した様々な古代文明の技術を解析し、自分たちの組織の技術に取り込んだ。天候を自由に制御する技術や、クレイデリア上空を覆っている防御用の魔力の渦も、古代文明の遺跡から発掘してきた技術を解析して転用したものである。
古代文明の技術の発掘に本腰を入れるようになってから、俺も少しは古代文明の勉強をした。
彼女が教えてくれたその文明の名前は、ずっと前から欲していた技術と共に滅んでしまった文明の1つであった。
古代デルペリア文明は、現在から100000年前に滅亡した文明である。ステラが翻訳してくれた古文書によると、古代デルペリア文明では”未来を見る技術”を持っていたとされており、自分たちを脅かそうとする存在をその技術で先に把握し、自分たちに牙を剥く前に取り除くことで滅亡を回避してきたという。
だが、最終的には王族の権力争いに端を発する内乱で滅亡してしまっている。
白黒の写真に写っている巨大な扉を見つめながら、俺はニヤリと笑った。
この遺跡の中に、もしかすると古代デルペリア文明の人々が残した”未来を見る技術”が眠っているかもしれない。それの解析に成功すれば、テンプル騎士団も未来を見ることで滅亡を回避する事ができるようになる。
「すでに遠征軍が周囲の魔物の掃討作戦を実行し、周囲の安全を確保しています。ですが、扉の開け方が分からないそうです」
「C4爆弾で吹き飛ばすのは拙いのか?」
「最悪の場合、扉を破壊することになるでしょう。ただ、古代デルペリア文明は自分たちの技術を絶対に他の文明や異民族に渡そうとしなかったことでも有名です。本当に技術が保管されているのならば、内部には極めて高度なセキュリティシステムや魔物が用意されている可能性もあります」
「…………下手に爆破すれば、セキュリティシステムが動作する恐れがあるという事か」
かつて、古代デルペリア文明の人々は自分たちの技術を絶対に異民族には渡そうとしなかった。もちろん、彼らが未来を目にする事ができる技術を持っているという事を知った異民族が技術を奪うために何度も攻め込んだが、デルペリア文明の人々はその襲撃すら予知し、何度も返り討ちにした。
遺跡の内部にも現代よりもはるかに強力なセキュリティシステムを用意しているため、彼らの遺跡に足を踏み入れた冒険者は何人も犠牲になっている。そのため、古代デルペリア文明の遺跡は冒険者管理局から極めて危険度の高いダンジョンに指定されることが多い。
だが、彼らの技術は是が非でも我らが手に入れなければならない。
人々を守るための揺り籠を、永遠に守り続けるために。
「…………よし、俺たちも現地に向かう。悪いがステラも同行してくれ」
「喜んで」
「ラウラも連れて行こう。彼女の能力は室内戦でも索敵の役に立つ。それと、ユウヤは呼び出せるか?」
「呼び出そうとしたんですが、ギャングの幹部の人に断られました」
「あのクソガキめ」
できるならば俺の後継者はあいつにしたいんだがな………。エリカが役不足というわけではないのだが、クソ野郎を徹底的に叩き潰す役目を担うテンプル騎士団の団長には、俺の親父のように全く容赦のないあいつの方が適任なのだ。
仕方がない。ユウヤではなく、エリカの方を連れて行こう。場合によってはユウヤではなくエリカが俺の役目を受け継ぐことになるかもしれないのだから。
それにしても、ユウヤのバカはいつまで家出しているつもりなのだろう。息子を束縛するつもりはないが、テンプル騎士団団長の子供として生まれたのだから、もっと自分の役目を自覚してほしいものである。
最悪の場合はウラルに頼んでスペツナズを派遣し、強引に呼び戻そうかと考えている内に、ステラが壁際に設置されている伝声管の蓋を開けた。中央指令室に繋がっている伝声管に「エリカちゃんとラウラを30分以内に5番ヘリポートへ」と告げ、こっちを振り向いた。
「久しぶりにステラも大暴れしたいのです」
「それは丁度良かった」
きっと大暴れできるぞ、ステラ。
古代デルペリア文明の遺跡の中には、強力なセキュリティシステムがあるらしいからな。
タンプル搭には、巨大な要塞砲がいくつも配備されている。そのため、地上に航空機の格納庫などを用意すれば、戦艦の主砲に匹敵する口径の要塞砲を発射した際に生じる衝撃波で設備が破損する恐れがある。
衝撃波から設備を保護するため、タンプル搭の設備の大半は地下に用意されているのだ。ヘリや戦車の格納庫も地下にあるし、戦闘機を出撃させるための飛行場も地下にある。
格納庫の中にずらりと並んでいるヘリの傍らに、2人の赤毛の美女が立っていた。親子というよりは姉妹に見えてしまうほど、母親の方は若々しい姿のままだし、娘の方は大人びている。
2人はもう既にテンプル騎士団の黒い制服に身を包み、ボディアーマーを装備していた。普通の兵士であればヘルメットも支給されるんだが、キメラは頭から角が生えているので、ヘルメットに穴を開けない限りは邪魔になってしまう。そのため、俺たちの遺伝子をベースにしたホムンクルス兵やキメラたちはヘルメットよりもフードやベレー帽を好む。
「本当はユウヤも呼びたかったんだが」
「あの愚か者は不要ですよ、父上」
そう言いながら、エリカは傍らにあるKa-60カサートカの兵員室のドアを開けた。
Ka-60カサートカはロシア製のヘリコプターだ。テンプル騎士団でも、陸軍、海軍、空軍、海兵隊で正式採用されている。
カサートカの兵員室に乗り込み、座席に腰を下ろす。左手を目の前に突き出してメニュー画面を開き、今回の調査――――――九分九厘戦闘になる――――――で使う武器の準備をする。
今回のメインアームに選んだのは、ロシア製ブルパップ式アサルトライフルの『A-91』だ。大型のキャリングハンドルが特徴的な銃で、AK-47やAK-15と同じく、大口径の7.62mm弾を使用するため攻撃力も非常に優秀である。
キャリングハンドルの上にオープンタイプのドットサイトを装着し、ハンドガードの側面には暗所での戦闘を想定してライトも装備しておく。更に、大型の魔物との戦闘も想定してグレネードランチャーも装備する。こんなにカスタマイズするともう1丁ライフルが作れそうなほどのポイントを消費してしまうんだが、俺はもう既にレベルが上限である9999に達しており、その報酬に”フリーパス”と呼ばれる能力が与えられている。この能力があるとポイントを消費せずに武器の生産やカスタマイズが可能になるため、実質的にいくらでも銃や兵器を用意できるというわけだ。
要するに、人間の姿をした兵器工場である。
サイドアームはハンドガンにしようと思ったが、相手が魔物であった場合はストッピングパワーや貫通力が重要になるため、強力な弾丸が使用できるリボルバーにする事にした。
サイドアームに選んだのは、ブラジル製の『トーラス・レイジングブル』。他のリボルバーよりもがっちりとした銃身の代物だ。すぐにカスタマイズの項目を開き、トーラス・レイジングブルの使用弾薬を、アサルトライフル用の小口径の弾丸の中でも貫通力に優れている中国製の5.8mm弾に変更する。銃身の長さを10インチに変更してから、銃身の下にライトを装備した。
ドットサイトなどは装着していないが、アイアンサイトをピープサイトに変更しておく。
あとは近接戦闘用のナイフを装備しているし、腰には母親の形見であるモリガン・カンパニー製のロングソードもある。
他のメンバーも自分の装備を用意し始めたのを見ていると、パイロットスーツに身を包んだパイロットがコクピットに座った。計器をチェックしてから外にいる整備兵に向かって親指を立てる。
周囲にある照明が点滅し始めたかと思うと、格納庫の床がエレベーターのようにゆっくりと上へあがり始めた。警報が響き渡り、格納庫の天井がゆっくりと開き始める。やがて青空があらわになり、天空へと向けられた状態で待機している要塞砲たちの砲身が見えた。
『管制室よりキンジャール1-1、離陸を許可します。神のご加護があらんことを』
「了解。キンジャール1-1、離陸します」
パイロットがそう告げた直後、カサートカのメインローターがぐるぐると回転を始めた。




