20 ハーピー
三人の女性は僕達を取り囲むと、可笑しそうに笑った。
「どうして逃げるんだい?」
「何でそんなに青い顔をしてるのさ」
「あたし達があまりにそっくりなんで驚いているのかい?」
三人目の女性の言う通り、彼女達は何もかもがそっくりだった。
「あたしはオキュペテー」
「あたしはケライノー」
「二人共あたしの妹だよ」
妹?
つまりは三姉妹って事だろうか?
「人間がここに来るなんて随分と久しぶりだね」
「せっかくだからスープでも作ってあげないとね」
「大鍋を持ってこよう。ケライノー、斧を持っておいで。お客に肉を切ってあげないとね」
斧で肉を切る?
それを聞いた瞬間、嫌な事を連想してしまった。
もしかしてレオを斧で切り刻むつもりなのだろうか?
それにさっきから黒い羽根が宙を舞っている。
三人の女性のショールはまるで黒い羽根で出来ているように見えるから、それが舞っているのだろうか?
僕は先ほどから宙を舞っている羽根を手に取った。
(なんだろう、この羽根? かなり大きな鳥の羽根のようだけれど…。黒いからカラス? いや、もっと大きな鳥…)
「これって、もしかして鷹の羽根?」
レオも羽根を手にしてポツリと呟いている。
そこで僕はギリシャ神話を思い出した。
「そうだ! こいつらはハーピーだ!」
黄泉の国の王ハデスの手下で食欲旺盛で、意地汚く食い散らかした上、残飯に汚物を撒き散らかして飛び去っていくと言われている。
この腐ったような臭いも彼女達の生来の臭いなのだろう。
「バレちゃあ仕方がないねぇ」
ハーピー達はさっと風を巻き上げると、その姿を変えた。
そこに現れたのは人間の女性の頭を持ち、身体は鳥の姿をした女面鳥身の怪物だった。
ハーピー達は宙を飛び交い、鋭い爪でレオに襲いかかろうとしている。
「くそっ! やられてたまるか!」
レオは剣を抜いてハーピー達に切りかかっていくが、宙を舞っているハーピー達に翻弄されている。
(どうしよう、このままじゃレオがやられてしまう。どうして僕はこんなに小さな身体のままなんだ…?)
ハーピー達はちっぽけな僕など目もくれずにレオだけを執拗に狙っている。
(ああ…。僕にも人間と同じ大きさで剣を持っていたら…)
そう思った時、またしても僕の身体からピカッと光が放たれた。
……。
気が付くと僕は人間の大きさになり、手には剣を携えていた。
(また、元の大きさに戻った…?)
だが、今はそんな事に構ってはいられなかった。
僕は剣を握りしめて、レオに襲いかかっているハーピー達に切りかかっていった。
「レオから離れろ!」
「ぎゃあああ!」
「おのれ、こしゃくな!」
「覚えておいで!」
僕の一太刀が一羽のハーピーに命中し、傷を負わせた。
傷つけられたハーピーは他のハーピー達と共に這々の体で飛び去っていった。
辺りには撒き散らされた鳥の羽根があちこちに散らばっている。
「レオ! 無事か!?」
レオに駆け寄ると、レオはあちこちにひっかき傷をつけられていた。
「ありがとう、フィル。また君に助けられたね。…大きくなってるけど、これもまた元に戻っちゃうのかな?」
レオの言葉が終わるやいなや、僕の身体はシュルシュルとまた小さな妖精に逆戻りした。
「…ああっ! また元に戻っちゃった…」
がっくりしている僕の頭をレオがそっと触れる。
「この先に進んで行けばきっと元の姿に戻れるさ。…ところでさっき持っていた剣はどうした?」
レオに問われて僕はキョロキョロと辺りを見回したが、何処にも見当たらない。
「あれ? 何処に消えたんだ?」
「変だね」
やはり、レオがピンチに陥ると僕は元の大きさに戻れて、剣まで現れるようになるのだろうか?
「それより、レオは傷だらけじゃないか。早く治療しないと…」
「ああ、これくらいの傷なら…」
レオはそう言うなり、自分の傷に手のひらをかざした。
すると、みるみるうちに傷が治っていった。
「わ、凄い。レオは治癒魔法が使えるんだ」
「少しの傷ならあっという間に治せるよ。それよりもさっさと先に進もう。また、あいつらが襲ってこないとも限らないからね」
レオに促され、僕達は急いでその場を後にした。
*****
ダークエルフの女王の前にハーピー達は頭を垂れて控えている。
「ただいま戻りました」
ハーピー達の報告にダークエルフの女王は満足そうな笑みを浮かべる。
「よくやったわ。傷を癒やしてゆっくり休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
ハーピー達が下がると、女王はグラスを手に取り中の液体を一気に流し込む。
「さあ、早く…。ライトエルフの国に戻っておいで…。そしてライトエルフの王を…」
女王は手に持っていたグラスをグシャリと握り潰した。
グラスは砕け散り、パラパラと床に落ちる。
女王はそれを見てクックッと笑うのだった。




