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七色のクオリア  作者: 羽月 れん
第四章 七色のクオリア
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第30話 繋がりあう、光


「手ごたえ……ありだわ!」


 そう言いながら両手を握り締める格好をミルルが見せると、何も認められなかった空間から突如として、ユベールの化身と思しき物体がその姿を覗かせた。


「今ならきっと、こちら側の攻撃も、通る!」


 それから間もなく、ミルルの放った一撃が奏功したのを皮切りとして、エリスとその隣にいたシルファも即座に追撃を敢行し、凄まじい瞑力の殺到を受けることとなったユベールは、瞬く間に熾烈な爆炎の中に包まれた。


「はぁ……ミルルちゃんの一撃、ものすごく、応えた……けど、エリスちゃん達の攻撃がああやって当たるってことは、妙なバリアも消えたってこと、かな……」


 椛音はそんなユベールの姿を、エリス達の攻撃の巻き添えを食らわない、やや離れた位置から見やりながら、両手にした大杖を構えなおした。

 そしてやがて薄らいだ黒煙の奥からは暈けたシルエットが徐々に浮かび上がり、さらにその輪郭線は人の形を象りながら、酷く煤けたその身を露わにし始めた。


「ふ……やはり人にあらざる者達の相手をするのは、我ながら荷が重いか」


 するとユベールと思しき物体は、その焼け爛れた金属質の身体を、まるで羽織っていた外套を脱ぎ捨てるかの如く、事もなげに自ら捨て去って見せた。


「なっ……!」


 不意に訪れたその光景に対し、一驚を喫した椛音の双眸が捉えたものは、その全身を黒い瘴気のような波動で包み込んだ、ユベール、その人の姿であった。


「あれはただの外殻だよ。いわば鎧のようなものだ。思いのほか早くに、脱ぎ去ることになったがね」


「どういうこと……ユベールは、持たざる者(ハヴナット)では無かったの……?」


 ミルルの口から飛び出した疑問は、今まさに椛音自身も感じている、ハヴナットであるユベールからは本来感じられないはずのもの、すなわち瞑力の湧出に対してのものであることは明らかだった。


「何、あそこに居るエリスと、そう変わらないものだよ」


「私と、同じ……って、まさか」


人工瞑核(ファルサ・カルディア)。マス……いえ、ユベールはどうやら、先んじて自らを、その実験台にしていたのかもしれません」


「ご名答。もっとも私のこれは、その試作型(プロトタイプ)だがね。瞬間的な出力は後発の改良型よりも遥かに高いが、少々難がある」


 ユベールがそう言いながら、徐にその右腕をエリスの方へと突き出した次の瞬間、まるで散らばった空気の弾丸を一度に全て受けたかのように、エリスの身体に複数の衝撃痕が形成され、彼女はその口から紅い飛沫を散らした。


「ぐうっ!」


「なっ……! エリスちゃん!」


 椛音は部分的ではあったが、その眼を以って一連の現象を捉えていた。ユベールとエリスの間にはそれ相応の距離があったが、ユベールはそれを物ともしない様子で、ほんの一瞬の間に猛烈な圧縮空気の弾幕を彼女に叩き込んでいたのである。


「ほら、相手に必要以上のダメージを与えてしまっただろう? つまりは、私自身、その力の制御が巧く――」


 シルファはユベールの言葉を待たずして、凄まじい速度で彼の下へと達し、その両手から顕した紫電を纏う光の刃を、眼前に佇む相手に向かって一気に振り翳した。


「出来ないということだ」


 ユベールは右手の人差し指一本だけで、最初に到達した刃の軌道をずらし、そして瞬息の間にシルファの背後へと回り込むと、引いていた左の掌を彼女に差し向けた。

 

 そして間もなくその掌からは紅黒い瞑力が、夥しい数の光弾と化して無防備なシルファの背面へと容赦なく降り注ぎ、彼女が纏っていた硬質な様相の戦闘服をいとも簡単に破砕させた。


「うっ……ぐあぁぁあ!!」

「シルファ!」


 間髪を入れずしてユベールの下へと飛び出したエリスは、その口角から紅い筋を伸ばしながらも、両の手に握りしめた戦槍を蒼黒い光で包み込むや否や、音も無く急接近し、ユベールの背後に向けて襲い掛かった。


「その身に刻め! 蒼黒の激情ブラウシュヴァルツ・ライデンシャフト!」


 エリスの全身から迸る光は、それまでとは明らかに異なる色彩を放っており、またその彼女から繰り出される戦槍の切先は、激浪の如く峻烈な勢力を以ってユベールへと殺到したが、対するユベールは残像を纏うかのように尋常ならざる動きを見せ、その悉くを空転させてゆく。


「エリス……なら私も、加勢させて貰うわ!」


 するとそんな様子を見かねたのか、ミルルがその手にしていた大槌を稲妻そのものを宿したような光のむちへと立ち所に変容させると、間もなくエリスの右隣に移動し、彼女に加勢するようにして、その姿を陽炎のように躍らせるユベールに対し猛攻撃を開始した。


「唸り狂え雷鞭らいべん! 雷靭纏繞殺らいじんてんじょうさつ!」


 時を移さずしてミルルの手先から閃いたものは、まさに迸る雷光の狂騒そのものであり、片や隣に立つエリスもまた、依然としてその槍先を、篠突く雨の如き勢いでユベールに対し間断なく浴びせかけ続けていた。

 

 しかし、斯様な熾烈極まる猛攻の中にあってもなお、ユベールは二人を翻弄するような挙動を披露し続け、両者の攻撃を受け止めるでも、弾くでもなく、ただ流れるように宙空を舞い踊るばかりで、歯牙にも掛けていない様子だった。


「お前達の攻撃、並の瞑導士(クオリマー)相手なら、確かにその全てが功を奏していただろう。だが――」


 ユベールはそう言うと一歩だけ深く踏み込み、ミルルが放った光の鞭を、その左手で掴み取るや否や、それを次いで襲い掛かったエリスの槍先へと即座に括り付けて見せ、二人の攻め手を完全に停止させた。


「私には、無意味だ」


 そして回転しながら瞬時にミルルとエリスの背後に回り込んだユベールは、左右の手をそれぞれの背面に宛がい、両の掌から凄まじい瞑力の怒涛を巻き起こした。


「なっ――」


 ミルルとエリスは反応する余地すらも無いまま、背後からユベールの苛烈な反撃に晒され、彼女達がその身に纏っていた華麗な霓裳げいしょうは瞬く間に綻び、そしてその奥から覗く二人の生身が、異様な軋みを上げ始めた。


「きゃぁああぁああ!」


 ユベールの攻撃をまともに受けたミルルとエリスは、それぞれが異なる方向へと吹き飛ばされたが、彼はその二人に対しさらなる追撃を見舞わんと、再びその掌を両者の居る位置に向けて妖しい光を燈し始めた。


 しかし次の瞬間、そんなユベールの背後に、先に負傷したシルファの姿が音の伝播すらも許さない速度を以って突然現れ、間もなくその左手で右腕を支えながら言葉を紡いだ。


「影の先までいましめろ! 繋鎖の桎梏ケッテン・フェッセルング


 シルファがそう叫ぶと、彼女の右手から触手のように伸びた幾筋もの紫電を帯びた光の鎖が、蛇が素早く巻き付くかの如く、ユベールの全身を幾重にも渡りながら複雑に絡み付き、その自由を完全に戒めたように見受けられた。


「カノン! 撃って!」


「そ、そんな! シルファさん!」


「私に構わず、早く! 撃ちなさい!」


 急に呼号こごうされた椛音は明らかな戸惑いを見せたが、彼女は間もなく抜き差しならないその状況下で、ユベールに決定的な攻撃を加えられる者がもはや自分以外には居ない現実を認識し、逡巡の中にありながらも、その長い杖の先に自らが纏う七色の輝きを集約し始めた。


「さっきあなたは! 同じように自分自身の身命を賭して……突破口を開いてくれた! あなたが、自分の力を信じさえすれば、きっと上手くやれます!」


(ユベールの持つ、あの黒い、炎のような感情だけを、撃ち抜く。今の私にならきっと、あの人に対してやったように、必ず、出来るはず……いや、出来る!)


 そしてそんな中で、ユベールを戒めている鎖が徐々にひび割れ始め、今にも爆発しそうな勢いにまで高まった、彼の黒い瞑力の湧出に対しての抑制力は、終にその限界を迎えた様子だった。


「我が元に集え、想いのかたち。そしてどうか、届いて……」


「さぁ! 撃ってぇ!」


 いつの間にか緩やかに流れ始めていた時の中で、椛音はその息を深く静かに吸い込み、そして握り締めた両の手に強い願いを込めながらその唇を大きく開くと、決然とした眼差しで、七色に煌めく鮮やかな光へと自らの想いを託した。


「行け、虹霓の極光セラフィック・ブラスター!」

 

 再び元の通りに動き始めた時間の針に合わせ、鈍色の空を刻々と流れていく色彩は、まるで虹のように鮮やかな煌めきだけを宙に燈しながら、何処までも黒く渦巻いた光焔の中心へと、今まさに迫ろうとしていた。


「邪魔は、させん……何人たりとも、なぁ!」


 ユベールは其処に来て、とうとうシルファの戒めを振り解き、眼前に居た彼女をその身から発した強烈な衝撃波を以って塵芥ちりあくたのように吹き払うと、間もなく両の手首を縦に揃えながら、途轍もない大音声(だいおんじょう)を空虚な世界に響動(どよめ)かせた。


「うぉぉぉぉおおおああああ!」


 そしてユベールの両手から放たれた、獄炎のようにたぎる純黒の奔流は、椛音から生み出された七色の彩光と真っ向から衝突し、周囲の空間を醜く歪めながらも、互いの勢力自体は拮抗の様相を呈していた。


「私がァ……我々が受け続けた苦しみはァ、こんなものでは、無いわァああ!」


 するとユベールの蛮声に鼓舞されたかのように、その黒き流れは圧を増してゆき、相対する七色の光波を、ごく僅かながらも押し返し始めた。


「ぐっ……確かに、あなたの抱えてきた苦しみや憎しみは、到底、私には計り知れない……ものなんだと、思う。だけど、それでも、その黒い炎では……あなたが救おうとしているものはおろか、あなた自身でさえも、きっと焼き尽くしてしまう!」


「ほざけ……ほざけほざけほざけェ!」


 ユベールの内から出でる全ての光を喰らうような黒きうねりは、万物を焼き尽くさんとする劫火と化して、まだ拮抗状態の範疇にあった勢力の均衡を終に崩し出し、椛音の描く想いのかたちは、逆巻く激流の中に呑み込まれつつあった。


「このままじゃ、カノンが危ない! ここは私達も加わって――」

「待ってミルル、ここで下手に手を出すと、ぶつかり合う瞑力が、さらに不安定化して、最悪の場合、大爆発を引き起こす。それにカノンはまだ、諦めてはいない」


 椛音は容赦なく迫り来る苛烈な圧力に半ば押し潰されそうになりながらも、その華奢な身体を大きく震わせながら、自らの小さな両手に心の内に秘めたる総てを乗せ、眼前に開かれた黒い顎門あぎとに向けて、確かな想いを紡いだ。


「思いだして……絶望の淵にいたエレナさんに、あなたが伝えた、あの暖かなものを。あなたの想いの奥底にある本当のものは、憎しみ、なんかじゃない、だから、その黒い炎にあなたの全てが呑まれてしまうその前に、本当のあなたに、あなた自身が、その手で触れてあげて!」


 するとやがて椛音の全身から淡い七色の光耀が緩やかに拡がり始め、退色した世界を色鮮やかに染め上げていきながら、まるで言葉を忘れたかのようにただ呆然と空の中に立ちつくしていた者達を、皆一様に柔らかく包み込んだ。


「さぁ……聞かせて、あなたの、本当の想いを」

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