第23話 咲う花は、唯、風と共に
「み、みんながいっぺんに……!」
セラフィナに対し、次々と襲い掛かったエピゴノスの大群を見て、椛音が自らの防御を解いて加勢に移ろうとしたまさにその時、椛音が捉えていたはずのセラフィナの姿が忽然と消失した。
「消え……た?」
エピゴノス達の攻撃は、その悉くが空を切り、彼女達は手ごたえが無かったことを知ってかすぐさま空中で姿勢を変転していたが、そこに消えたはずのセラフィナが何もない空間から突如としてその姿を現した。
「遅い」
セラフィナは、彼女から最も近い位置に居たエピノゴスの背後を取ると、その非常に短い距離から拳撃と蹴撃とを繰り出し、相手を空中から地面へと叩き落とすと、そのまま間髪を入れずして次の個体へと攻撃を加えた。
エピゴノスの中には、そんなセラフィナに対して即座に反撃を試みた者もいたが、セラフィナは、まるで蝶が空中を舞うかの如く何処までもしなやかで、美しさすらをも感じるような身のこなしを見せ、エピゴノスから放たれた攻撃の軌道を巧みに逸らしては、苛烈な一撃を相手の身体へと確実に叩き込んでいった。
「何て、動き……すごい……セラフィナさん」
しかし圧倒的な数的有利を誇るエピノゴスは、未だ泰然自若とした様子を見せるセラフィナに向けて矢継ぎ早に後援の戦力を投入すると、その的確な反撃を封じるためか、今度は時間差と同時攻撃とを織り交ぜた巧妙な突撃を敢行した。
するとセラフィナは、その攻撃パターンの変化を瞬時に見定めた様子で、相手の攻撃に対し、それを受け止めるでも逸らすでもなく、完全な回避に徹し、またさらにその一方で、掌から何かを吹いて飛ばすような奇妙な行動を繰り返した。
「蒔蕾」
何かを呟きながら行動を継続するセラフィナの意図が読めないまま、椛音はしばらく彼女の流麗な回避機動を眺めていたが、やがてその四方八方を雲霞の如く押し寄せたエピノゴスの増援に塞がれ、彼女はその退路を完全に断たれた形となった。
「ふふ……たった一人を相手に、これほどの数を投入してくるとはね」
ここで仮にエピノゴス達が、セラフィナに対して一斉に攻撃を行えば、流石のセラフィナといえど無傷では済まないであろう様相を現状が呈していることは、椛音の目から見ても想像に難くない光景だった。そして間もなく彼女達は、その椛音の想像を現実へと帰結させるためか、セラフィナに対する一斉突撃を開始した。
「セ、セラフィナさん!」
波濤のように殺到したエピゴノス達の刃先が獲物へと向けて集中するその瞬間、セラフィナが自らを取り囲んでいた集団の真下へと瞬時に転移し、そして彼女たちを仰ぎながら右手の掌だけを突きだすと、その口を悠然と開いた。
「一斉開花」
次の刹那、セラフィナが居たはずの空間からは、突如として同時多発的に激烈な爆発が巻き起こり、其処に達していた数多のエピゴノス達を一息に呑み込むと、その破壊の渦中へと容赦なく引き摺り込んだ。
「えっ、今のは……一体、何が、起きたの?」
(これは単なる推測だけれど、彼女は、自分の周囲に不安定な力場を同時多発的に発生させ、自身が安全圏へと瞬間移動した直後に、それらの力場を外側から一斉に活性化させ、意図的に暴発させたのかも知れないわね)
(あうと、り……? セラフィナさん、さっきも一瞬で別の場所に移動してたみたいだけど、それのこと?)
(ええ。瞬間的に増幅させた強大な瞑力を用いて、移動先の空間を無理やり引っ張る、といえば解り易いかしら。基本は量子化させた瞑力を飛ばして、それを腕のようにして扱うのだけれど、瞑力の力場が周囲に散在していれば、それを利用して多少は楽に行うことが出来るはずよ)
「よくは解らないけれど、あれだけの数を一気にやっつけた、んだよね……」
次々と地面に臥していく仲間を見て、接近戦では勝算が無いと踏んだのか、エピノゴス達はセラフィナと距離を取り、一見すれば雨霰と見紛うような微細な瞑力の光弾を、一寸の間隙の余地すらも許さない程の密度を以って地上に佇むセラフィナへと向け、一切の躊躇なく一気呵成に浴びせかけた。
「目標を補足、斉射開始」
局所的な集中豪雨のように降り注いだ光の散弾は瞬く間に地上を席巻し、セラフィナが居た場所に爆炎と黒煙とを燻らせ、傍観していた椛音の視界を強烈な閃光で埋め尽くした。
「……うわっ!」
そしてまた其処で生じた衝撃の余波が、エリスらと並んで防御障壁を展開している椛音の身体にも伝播し、辺りはほんの数秒の内にもはや見る影も無いほど、徹底的に蹂躙された様子だった。
椛音はその顔に憂いの色を濃く滲ませながら、未だ火花が燻る硝煙の中に居るであろうセラフィナの身を案じていたが、それからややあって薄らぎ始めた烟塵の彼方に、人のような形をしたシルエットが模糊として揺らめき、仄めく様を、椛音はその双眸の内に捉えた。
「あれ、は……」
「なるほど、悪くない攻撃だったわ……ただの傀儡にしては、ね」
そう言ったセラフィナの身体には、傷はおろか、煤の一片すらも付いておらず、
「目標、被害なし」
と、セラフィナから最も近い距離に佇立するエピゴノスが、そんな彼女を目の当たりにして、能面のような面持ちのまま、覇気の無い声で淡々とそう呟いた。
「お返し……といっては何だけれど、貴女達に見せたいものがあるわ」
そしてセラフィナが、その手で指し示す、煙の帳が上がった空間には、無数の光球が広原に群生する花々のように立錐の余地もなく敷き詰められていた。
「これが何だか判るかしら? そう、貴女達が無闇にばら撒いた瞑力を、再利用したものよ。さぁ、今度は私からの贈り物。気に入って貰えると、嬉しいわね」
その瞬間、セラフィナの周辺に広がる空間が陽炎の如く大きく揺らめき始め、そして彼女が金色の光を纏った指先で何かをなぞるような軌跡を描くと、無数に分散していた光球が一斉に妖しく蠢いた。
「万華燦爛」
セラフィナの言葉に呼応するかのように反応した夥しい数の光球は地上に狂い咲き、さながら蕾が花を開かせるかのように光の花弁を周囲に舞い踊らせ、やがてそれらが一つの大きな流れを形成すると、個々の花弁が矢庭に研ぎ澄まされた針のように変容し、間もなく篠突く雨の如き様相を呈すると、遂には怒涛となって無表情の集団へと容赦なく打ち寄せ、総ては光の中に融化した。
花嵐が過ぎ去った後、先刻エピゴノス達が招いたものとは比較にならない程、広範囲に渡って犇く、雲海のような黒煙の群れが椛音の眼界を占領した。
そしてそんな中で、椛音が唯一その眼中に収めたものは、瑟々《しつしつ》と戦ぐ熱風に黒橡と真紅の煌めきとを棚引かせる、セラフィナの後ろ姿だった。
「また、やり過ぎてしまったかしら……」
しばらくして周囲に滞留していた煙火が開け始め、その陰に閉ざされていた地表が露わになると、地面に臥したままで微動だにしないエピゴノスと思しき物体の姿が多数、その間隙から見え隠れしていた。
「流石、アルカヌムが誇る特務執行官だ。その戦闘能力は驚嘆に値する」
つい先刻まで凡そ百体は居たと思われるエピノゴスの内、今もなおその場に立っているものは既に四分の一以下になっていたが、ユベールはその現状に狼狽することはおろか、その悠揚とした物腰を崩すことなく、寧ろ薄笑いすらを浮かべていた。
「随分と落ち着いたご様子だけれど……もしかしてまだ増援が控えているとでもいうのかしら? だとすればその残存戦力を一気に投入してみなさい。どう足掻こうと、結果は同じであることを、貴方に教えて差し上げるわ」
「はは……君の相手をするのは、彼女達ではない。彼女だよ」
「まるで解せないわね。あなたは一体、何を言って――」
セラフィナが俄かに首を傾げながらも言葉を続けようとしたその時、椛音の傍らを音も無く過ぎ去る人影が突如として現れ、やがて椛音の視線上に佇立すると、その正体は忽ち明らかなものとなった。
「あなたは……エレナ? 一体何故、ここへ来たのかしら?」
「すみませんセラフィナ、あなたに、これを届けに来ました」
そう言ったエレナが、セラフィナに向けて右の掌を差し出すと、其処には八方を巡るように幾重もの輪を従えた、砂時計と思しき物体が在った。
「それは砂時計、かしら? しかしどうして今、そんなものを私に?」
「零れた砂の数だけ、時は巡る」
「エレナ……?」
「されど、時の狭間に蕩揺う賓は、永遠」
「……っ、まさかそれは、古代機巧!」
それまで如何なる事態に直面しても、神色自若としていたセラフィナが、大驚失色として立ち所にその血相を変え始めると、砂時計と思しき謎の物体がエレナの掌から浮かび上がり、そしてそれは間もなく妖しい煌きを見せ始めた。
「廻れ、囹圉の籠絆」
そのエレナの言葉に砂時計の形をしたものが呼応し、一際眩い閃光を解き放つと、その周りに浮かんでいた複数の輪が凄まじい勢いで回転をし始め、そして時を移さずして、セラフィナの周囲の空間が奇妙な歪みを描き出した。
「これは、時空の歪曲……? しかしこの程度、私の力で……!」
「そして還るがいい、時の随に」
「しまっ――」
次の瞬間、歪んだ空間から閃々と溢れ出した妖光に呑まれたセラフィナは、間もなくその姿を完全に掻き消された。
「セ、セラフィナさんが……今のは一体、何が、どうなって……?」
「ただひたすら、出口のない迷宮で永劫を彷徨う……古代では『時流し』と呼ばれた刑罰らしいわ。まぁ、あなたが黙ってこちらの要求を呑む限りは、無事よ。しかしもしこれが私の手から落ちれば、彼女は永遠に帰っては来ないでしょうね」
「エレナさん……あなた、セラフィナさんの味方、なんでしょう……?」
「私は、私を私の理想へと導いてくれる人の味方。それ以上でも以下でもないわ。 そしてカノンさん。あなたはこれから、私達に希望を齎す光となるのよ」
そう言ったエレナはその手から眩光を放ち、それを椛音の全身を瞬時に拘束する桎梏へと瞬時に変転させると、自由を奪われた椛音は途端に脱力し、地面に吸い寄せられるようにしてその両膝を付くと、そのまま枷と連結した鎖のようなものでエレナに引き摺られながら、施設の奥深くへと誘われて行った。
「さぁエリス、そしてシルファ、我々が成すべきことを成すために、来たまえ」




