第22話 後から生まれ、出でるもの
「あなたが、エリスちゃん達に指示、していた……」
椛音が対峙した渦中の人物であるユベールは、彼女が当初抱いていた印象とは打って変わって非常に穏やかな物腰で、椛音達を恰も客人として迎え入れるような雰囲気を、あくまで表面的にではあるが、醸し出していた。
「……聞こえるかしらエレナ。施設内部でユベールを発見、これより確保するわ。先遣隊との通信が確保され次第、こちらに応援へ向かうように指示して頂戴」
(了解。くれぐれも油断しないで下さいね、セラフィナ)
二人のやり取りは、施設に入る前に皆で装着したクレールという通信機を通じて椛音の耳にも伝わって来たが、その音声は間近な距離で互いに会話しているのとほぼ変わらないほど、極めて明瞭なものであった。
「シルファ、そしてエリス。お前達はどうやら、その子達の側に付いたようだね。恐らくは、私の介在無しに、デーヴァの力を利用できると考えたようだが、君達が各々の判断で出した選択ならば、私はその意思を尊重しよう」
「私は……あなたが目指すべき理想、そのものになろうと尽力しましたが、この子、カノンを見ていて、思いました。あなたの言う人間が持つ不完全さ、即ち感情があるからこそ、人という生命には、無限の可能性があるのだと。だから私は、そんな人間が行く末を、これからもこの目で見届けたいと、そう思います」
「ごめんなさい、おじさま……あなたが教えてくれた人間の歴史は、確かに愚かで、争いと欺瞞と、そして偏見とに満ち、溢れていました。でも、この子……カノンは、ただ私に、力を貸してくれるって、そう、約束してくれたんです。見返りなんて何も、無いのに……それでも、私のことをしっかりと、見つめて……だから、どうか、おじさまも、もう、これ以上は……」
エリスとシルファ、両者からそう返されたユベールは、閉目しながら俯き、やがてその両肩をわなわなと奮わせ始めた。
「くっ……くっくっ……アッハッハッハ! 傑作だ! 失敗作と廃棄物とが揃いも揃って、あろうことか情に絆されたか! 特にエリス、君は一度この世からその存在を否定された事実を、もう忘れてしまったようだな」
突然、爆発したかのように哄笑したユベールからは、もはや先程まで彼が浮かべていた柔和な雰囲気などは微塵ほども無く、逆にそれと入れ替わるようにして現れた、狂気そのものが、明確な輪郭線をそこに描き出した。
「待って! エリスちゃんが、存在を否定されたって……どういう、こと?」
「何を隠そう、そこに居る娘は、私と同じ、元ハヴナットさ。しかしある適性検査に適合したことで、金と引き換えに両親に売り飛ばされたんだよ。物同然にな」
「う、売ら……れ……た?」
「人工瞑核の移植適性診断。アルカヌムは、純粋な瞑導士の不足から、それを人工的に創り出そうと、秘密裏に研究を重ねていたのさ。結果、彼女は初めての適合体として選出され、そしてその妹も適性検査が可能となる年齢まで、極秘施設において養育される運びとなった」
元アルカヌムのユベールから衝撃的な内容の発言が飛び出したことで、同組織に現在も属しているセラフィナは、その柳眉を初めて逆立てる様子を見せた。
「勝手なことを、言わないで頂戴……私は、アルカヌムの特務執行官として、組織の機密情報にアクセスできる権限を持っているけれど、アルカヌムが過去にそんな研究を行っていた証拠は、私の知る限り何処にも存在しないわ」
「当たり前だろう。その証拠を持っているのは他でもない、その研究を任されていた、この私なのだからね。万が一表沙汰になっても、ハヴナットであれば適当な罪状を擦り付けて、切り捨てるのは簡単だったというわけだ」
「適当な罪状、ですって……? まさか……」
「私はどうやら、知らない間に人造生命体を密造して、イネイトに対するテロを企図したらしい。『全く面識のない私の助手』を始め、見たことも無い同僚らが皆、口を揃えてそう法廷で証言していたよ」
「冤罪、だと言うの……?」
「だから私は時間を掛け、彼等の筋書き通りに、人造生命体によるテロを実行に移すことにした。そうすれば晴れて、彼らが望んだ虚構が事実となるわけだ」
「しかしエリス達のことは、計算が合わないわ。あなたが消息を絶ったのは、今から十五年以上も前でしょう。本来ならば、彼女達は今頃、とうに成人しているはず」
「一連の極秘研究が表沙汰になりかけた際、彼女達がいた施設も一時閉鎖されたはずだ。そして恐らく彼女達は熱りが冷めるつい最近まで、人工冬眠状態にでも置かれていたのだろう。そう考えれば説明もつく」
椛音はセラフィナとユベールのやり取りから、エリスが、彼女の両親によって、質草ですらないただ金銭を得るための取引道具として、施設に売り渡されたという経緯を知り、傍らで俯いた様子のエリスを見詰めながら愕然とした。
「エリスちゃんが……感情を、上手く表現できなかったのは……」
セラフィナはそこで一度振り返り、後方の椛音達に視線を走らせると、すぐさまユベールの方へと向き直って一歩分だけ前に踏み出し、険しい表情を浮かべながらその口を開いた。
「話はそこまでよ……ユベール・シャントルイユ。あなたには生命倫理法、並びに古代機巧管理法を始めとして、数多くの重大な違法行為を行った疑いがある。よってこの私、セラフィナ・モルガーナが、アルカヌム特務執行官の権限において、ここであなたの身柄を拘束させて貰う。万が一、拒否あるいは抵抗した場合、その命の保証はないものと考えなさい」
「ふむ。それは一向に構わないが、果たしてそう首尾よく、いくものだろうか」
「それは一体、どういう意――」
するとセラフィナの言葉を遮るように中央ホールの天井部分が開かれ、その奥から覗く暗澹とした陰の内側から、夥しい数の物体が群れを成して椛音達の居る下方へと高速で接近し、そしてそれは人の形を持ってユベールを庇護するかの如くその外周を取り囲むように降り立ち、椛音達の前に揃って屹立した。
「あれは、まさか……シルファさん、なの……?」
そこにはシルファと瓜二つの容貌をした多数の女性が林立しており、一見して彼女との差異が認められたものは、その長い髪の色が皆、判然とした菖蒲色を成しており、加えてその双眸が髪の色よりも少し明るい、菫色の様相を呈している点を除いて、他には無かった。
「彼女達は、|後から生まれ、出でるもの《エピゴノス》。そこにいる失敗作が成し得なかった、感情の擺脱、その呪縛から解放された、真に現生人類の後を担うべき存在だよ」
「それが最初に検知した、生命反応の正体ってところかしら……どうやら皆、黙ってあなたを行かせる気はないようね。瓊葩の荘園へ向かわせた先遣隊と戦力を分断させられたのは痛いけれど、ここは私が、やるしかない」
セラフィナが足を狭く開いた状態で左手を引き、右手は相手側に差し向けるような独特な構えを見せると、ユベールの外周を囲むように林立するエピゴノスが、一斉に呼応するかのように戦闘準備と思しき態勢を執り始めた。
「カノン、あなた達は後ろに下がって、防御障壁を展開していなさい。こいつらは全て、私一人で片づけるわ」
「セラフィナさん……あの相手の数、尋常じゃありませんよ! 私も、戦います!」
「いえ、その力は取っておきなさい。いざという時のために……ね!」
するとセラフィナの全身から蒼黒の光耀が炯然と湧出し、またそれとほぼ同時に薄暗い靄のようなものがその足元に滞留し始め、周辺の大気を揺らめかせながらその温度を急速に上昇させていった。
「発勁」
セラフィナがそう言うや否や、彼女を中心として爆発的な圧力と紫電を帯びた光波とが一斉に解き放たれ、椛音はそのあまりの威圧と怖気から、全身に寒気が走り、そして身の毛が逆立つような感覚に包まれた。
「五輪転変」
セラフィナが発した二の句を受け、まるで辺りを焼き焦がすように拡がっていた赫灼たる光焔は彼女のもとへと一気に収束し、椛音がかつて転身した時と同様に、それまで彼女が纏っていた衣服を矢庭に変容させた。
(なんて……重くて、分厚い瞑力。あれが本当に、セラフィナさんだって……言うの?)
やがて閉じた光輝の中から姿を現したのは、表面に影を纏ったような黒橡の色彩を示し、その裏側を鮮血のような真紅で湛えた外套。
そしてその陰から覗くのは、かの学院の制服と似寄る意匠が配された、白を基調としたブレザーと、白と黒とが交差するチェックのスカート。
さらにその下には墨色のニーソックスに加えて、それと一体化するように鈍い光沢を放つローファーパンプスが控え、セラフィナの華奢な脚元を際立たせていた。
「さぁ……始めましょうか」
セラフィナはそう言うと、構えた姿勢のまま眼前の相手を挑発するかのように、前に差し出した右手の指を揃え、自分の方へと折り曲げる動作を素早く繰り返した。
すると間もなく、エピゴノスの一人がそれに呼応したのか、両手に光の刃を表出させると、驚くべき速度を以ってセラフィナへの突撃を敢行した。
「ふっ」
その瞬間。セラフィナに正面から攻撃を仕掛けたはずのエピゴノスが、彼女の左斜め後方へと吹き飛ばされ、約十数メートルの距離に渡ってその身体を地面に幾度と無く激しく打ち付けながら、蹴鞠が弾むように転がっていった。
「今の……は……?」
(カノン。私の力を使えば、あなたが今見た光景を、もう一度、見直すことができるはずよ。ただそう念じさえすれば、きっと見えてくるわ)
椛音がデーヴァの言葉を頼りに直近の記憶を手繰り寄せると、たった今目の当たりにした光景が浮かび上がり、其処にはエピノゴスの放った刃がセラフィナを捉える直前、セラフィナが己の掌だけを用いて攻撃の軌道を変え、さらにその速度エネルギーを利用するかのように身体を回転させながら、そのまま浴びせかけるような蹴撃へと繋げた一連の瞬間的な動きが、断続的ではあったが確かに見えた。
「あれだけの動きを、たったあの一瞬で……」
「一体ずつでは埒が明かない。あなた達、皆で、一斉にかかってくるといいわ」
セラフィナがそう言いながら姿勢を低くし、再び構えを執った次の瞬間、多数のエピノゴスが明らかな攻撃態勢への移行を見せ、まるで狼の群れが獲物に向けて集団で襲い掛かるようにセラフィナへの一斉襲撃を開始した。
「殲滅、開始」




