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ポスト・ユニバース  作者: 我楽娯兵
騎士・王位・強奪
53/58

第53話

 打ち合い、鍔迫り合う。

 弾ける剣と槍の火花、鉄粉粉塵の舞う殺陣の中に誰も入ろうとはしない。

 漆黒の鎧と、白亜の鎧がまるで対を成す様に戦う様はまさに天使と悪魔の戦いに見える事だろう。だが、それも戦闘の僅かな知識を持っている人間ならば力量は一目瞭然だろう。

 手数も、テクニックも、経験値も、すべてに措いてリブロー卿が上であり、その上リブロー卿は『棺』を装備していた。


(バルト・タイガーに搭載されてるんじゃないのか?!)


 おかしい。『棺』はバルト・タイガーに積載されている姿を俺は確認している。

 なのにリブロー卿のドラゴに積載されているなんて誰が想像し得ようか。


『貴様のその槍、オーバーボックスか』


 リブロー卿が冷徹にそう言うので俺は身構えた。

 槍でリブロー卿を押し返し、距離を取った。攻め込んでくる事は判っていたが、一息つきたかった。リブロー卿もそうであったようで、まるで俺を観察するかの如くゆっくりと俺の周りを歩くその姿に恐怖心を抱くのは不可解か、いや、これはもはや蟻が象に挑むようなもの。

 圧倒的な差がある。リブロー卿が両手に握る近接格闘ブレードはその切っ先が触れていないのに、地面の、周囲を削り取るように消滅させていく。

 あれは、そう言ったモノなのか? 。

 この際バルト・タイガーに積載されていないどうこうは考えまい。考えるのは目の前の敵が『棺』を持っていて、その機能の考察だった。

 俺が持つ槍のレーザーブレードを吸収? 。いや、今現状の性能、機能を見ていると『棺』に接続しているブレードが物質を消滅させているように見える。

 仮にあれが物体を消滅させているのであれば、槍の攻撃を防いだ説明も付く。

 だがしかし、『棺』はエネルギーの供給の装置ではないのか? 。

 俺自身それは身をもって知っているし、何よりこの槍がその証明なのだから、エネルギーを消滅させる原理が分からない。

 対消滅、いやそれだとしたらもっとエネルギーが生じる筈だ。リブロー卿のブレードの機能を見る限りではそういった事はない。

 読んで字の如く物体、エネルギーが『消滅』している。

 どう考えたところで結論は出る訳なく、それをただ受け止めてそうであると落とし込むしかなかった。

 幸いなことに物質を消滅させているあの棺はこの槍だけは消せないようで、しっかりと形が保たれている。

 得物が失われないだけまだましだ。抗う手段は残されている。


『オーバーボックスを持っていると言う事は、貴様、『石器派(ストーン・エイジ)』か?』


 俺は通話音声にボイスチェンジャーを噛ませ、話す。


「一体何の事か? 。俺はお前のそれが欲しんでねぇ」


『オーバーボックスか? 。フンッ……やってみろ!』


 メッシュネットの秘匿回線でバルト・タイガーの棺のそれをCIAに確認しようかとするが、リブロー卿はそれを許すことはなく猛然と攻めに入った。

 振り上げられたその剣を槍で受け捌くが、二刀流に切り替えているリブロー卿の攻めは止まる事を知らなかった。

 バキンバキンと、柄に打ち込まれるその一撃一撃が重く響く。


「そいつがマジモンの『棺』なら、バルト・タイガーの『棺』は偽物かぁ?」


『あれは模造品である。亡国の科学者が作り、アイオーンが導き出したこれを、ドラゴ・レースなどという遊びに使わせて堪るか!』


 言質は取れた。リブロー卿は冗談や虚偽を言う様な人間ではない。

 と言う事は、あれは偽物だ。


「ライダーズ! 。バルト・タイガーの棺は偽物だ! 。座標ポイント48.004129, 0.196526に『棺』がある!」


 大声で叫び、バタフライ・ドリームの全員を呼び出し、彼らに伴われているレイダーたちを呼び込む。

 一対一でやるより、一体複数の方が勝率は上がる。

 真っ向からフェアに、正々堂々と戦うなんて俺はしない。俺は卑怯者だからそれでいい。というより戦争やレイドにフェアを持ち込んだなら資本主義は崩壊し共産主義が顔を覗かせる。社会の理に一石投投じる事になるが、俺はそんな馬鹿はしないし無謀と知りながら突撃をするのは、馬鹿を通り越して愚か者がやることだ。

 第一、この勝負には勝ち目の一つも、勝機の僅かな糸すらないのだ。

 俺は社会のただ波に石を投げ込むことはすれど、その流れを変えようとは毛ほども思っていない。

 そうある事が俺の懐を温め、旨みがある事を知っているからだ。

 縛られている事でそれを享受でき、そしてそれを破る事で甘い蜜が吸える。


「──────────!」


 俺の上げた絶叫はもはや人のそれとは懸け離れていた。喉を振り絞り発せられる怪音波が街中に木霊する。

 人の聞こえる周波数を飛び越え、超音波に近いそれは圧縮された音声メッセージであり、それが俺のスマートを制御し、ここら一帯にいるメッシュノードに向けてメッセージを送信していた。

 浸透するそれはチェーンゲーム。地球規模まで広がったケビンベーコンゲームであり、知り合いの知り合いが、そのまた知り合いが、そしてそのまた知り合いが、繋がり合ったノード間を駆け巡る俺のメッセージ。


『ファーフナーの騎士団長を討ち取れ、報酬は500万like』


 というメッセージであった。

 このチェーンメッセージを受け取った人間は首を傾げるだろう。何の事かと? 。

 しかしこのル・マン市で、そしてレイダーならその意味を理解できるだろう。ここに大金が転がっていると分かるだろう。

 広域メッシュ相互距離感覚把握をする迄もない。無辜の市民の悲鳴と怒号と喚声の声を聴けば、レイダーたちはこちらに向かって押し寄せているのは分かった。

 打ち合うたびに腕に痺れが走りその痺れが、全身にわだかまる。体に残留する痺れが緊張の強張りに姿を変え、次第に俺の視界は白熱して白く明滅する。

 頭の中から血が抜けていく。全身を巡る血が下に落ちて足に溜まる感覚がある。

 耳鳴りが酷くなっていく。鬱と目の前まで迫った死が俺を追い詰めてくる。

 体が死ぬことを受け入れていくように、極度の緊張感が俺を襲い、足を竦ませ思考を鈍らせていく。

 ヤバい。目の前が、視界が明滅して消えていく。――現実が消失していく。

 しかしながら俺は捉えているその動きを、リブロー卿の攻撃を知覚して、的確にさばいていく。

 顔が冷たく、全身から冷たい汗が溢れ出て気分が悪い。

 吐き気がドッと襲ってきて足が攣ってしまう様な緊張が全身を襲って、腹の腑が捩じ切れるような痛みもある。

 小便を漏らしてしまいそうなそんな感覚、冷や汗と眩暈。頭痛と鬱、そして差し迫った死のそれを目の前に俺の中から何かが抜け落ちていく。

 人としての大事な何かが、生き物が生き物たる重要なメタファーを消滅し、今、死を、自死を、体が選択しようとしている。

 笑ってしまうほどだ。体が死を拒絶するように危険なアラートを、警告信号を上げている。

 死んでは駄目だとそう言っているが、それに反するかの如く体は思い通りに動いてくれない。肉体と精神が乖離していく。

 最早体は動かしていなかった。考えて、ドラゴを操縦して、中からドラゴを動かしているのではなく、ドラゴが俺を動かしていた。

 順序が逆になっている。軟殻の体姿勢制御を、そんな面倒なことを飛びぬけてドラゴが動いて、俺がそれに追従するように体を動かしていた。

 精神が死んで逝くのに、ドラゴ(からだ)がそれを許してくれないようで、外側の体が内側の俺を流動させ無理やり生かしてくる。

 神経が擦り潰れて摩耗し限界を向かえているのに、それはしっかりと見えて動いて対応していた。

 視界に映るのは白く明滅して見えていないのに、ネオンサインのようにそれが(リブロー卿)見えて、内側(にくたい)が死のうと外側(ドラゴ)が俺を生かしてくれる。

 俺を守る殻が、俺を生かしてくる。

 死んでしまいたいのに、それを否定するドラゴが無理やり生かしてくるのは何故なのか、そんな事は分からない。なぜ殺してくれない、なぜ死なせてくれない。

 俺はもう、死にたいんだ。


「俺を殺してくれ! 。頼む! 。殺してくれぇッ!」


『ならば抵抗せず切り伏せられろ! 。レイダー!』


 リブロー卿の言う事も尤もだ。だがどこまでも小賢しく猪口才に生きるという苦行を受け続けるドラゴは俺の感覚を、意識を、情緒を、感情に蓋をして無感覚の生の実感を与え、その甘露な感覚を受け入れろと言わんばかりに俺を甘やかし、盲愛した過保護な手で俺を包んで離さない。

 もう現実を見る事も絶望的なまでに否定的で、現に眩暈が俺の視界を奪い去っているのに、何者かの手によって外を知覚しているのでそれに沿って思考がドラゴを動かし、最適解の動きをして内側の体を無理やり駆動させている。

 俺はさながらマリオネット、操り人形のように体を操られ戦争をしていた。

 バキンと鍔迫り合う槍と剣が火花を散らし、互いに睨み合っているがもう俺は及び腰で逃げようと必死なのにドラゴがそれを許してくれない。

 レーザーブレードの火焔の如き刀身を消滅させるその剣は、虚構の原理を示していて、俺が望んでいるそこへ誘ってくれるはずなのに対抗するように無尽蔵の、俺の持つ『棺』の機能の底無しさに驚きだ。

 0と∞。虚無と無窮。

 互いに対極に位置するそれらが激しく相反してぶつかり合っている。

 その科学反応はどのようにしてあり得るのか、限界はあるのか分からない。

 俺の『棺』のエネルギーが切れるのが先か、消滅させる限界値が先か分からなかった。先がないような戦いに、やにわに現れる弾丸の応酬。

 体が反応しその場を飛び退いて知覚するそれは、もはや人の目の届く範囲を超えていたのだが、そんな事気に留める余裕もありはしない。

 ただ解った。レイダーたちだ。


『500万likeの獲物だ! 。殺せ!』


『ヒャホーッイ! 。これで貧相な飯からおさらばだ!』


 上等な装備のドラゴ達。ホーク・ディード社の偽装ドラゴの装備群。

『ジークバルドD.4』ドイツの第二種機後期生産の先行量産タイプのそれが機関砲を乱射しながらリブロー卿を討ち取ろうとしているが、リブロー卿は一枚も二枚も上手だ。

 まるでフェンシングのその構えで、近接格闘ブレードの剣先を微かに動かすと弾丸たちが虚構へと消える。

 物資も消滅している。あれは、どういう原理だ。

 消えた物質は、エネルギーは一体どこへ消えた。完璧な消滅はこの世の理に適しているのか。

 薪は燃えようと同質量の灰になるだけだ、火も酸素を消費する科学反応だ。

 ――E=mc2。質量とエネルギーの等価性。

 全ての物事は等価値であり消費する行為には相応のものが必要なんだ。等価交換とも言えるそれを無視しているリブロー卿もの『棺』。

 どうすれば攻略できる? 。前向きに考えろ、俺。

 死ぬことを望んでいいのは死が目の前にありそれに抗えなくなった時だけ、俺はドラゴ(おれ)がそれを望んでいないんだ。あの世への切符はキャンセルされて、この苦行を致し方なく受け入れるしかなかった。


『邪魔なりッ!』


 その咆哮を上げたリブロー卿が剣を振ると共に、暴風とも思えるそれが周囲を瓦解させ吹き荒れる。

 目も眩むような純粋なエネルギーのそれを拭き上げたそれは、空を駆ける斬撃となりレイダーたちを切り伏せる。

 だがレイダーたちも黙って指を咥えて待っている程行儀は宜しくもなく、俺と同じでケツに火が付いた連中であり、日々の生活も苦しい連中なんだ。

 大金が転がっていてそれを見過ごすほど寛容ではない。

 必死だ、必死過ぎて引いてしまう位に必死だった。

 ババババババッ! 。止まぬ銃声と斬り殺そうとする連中とが入り乱れて乱戦に成るが、それを難なくそれを切り抜いて行くリブロー卿の姿は正しく騎士の正道のそれを示す様で、勇ましく雄々しいく騎士道のそれを体現しているようであった。

 だが、戦争に騎士道のようなフェアプレイは存在しない。

 矢庭にリブロー卿が身に纏うドラゴの頭部センサーが炸裂し、その後にターンと木霊のように聞こえる。その銃声にリブロー卿のドラゴの炸裂した頭部センサーを押さえながらそちらを睨んだ。


『ヒット。……もう目が見えない筈よ』


 紙白の冷静な声に俺は驚いた。

 ディーデリックの狙撃はどうした? 。いや、その前に第二作戦(セカンド・プラン)の予定はどうした? 。


『援護するハンガー!』


『お待たせぇ!』


 葛藤さん(ウォー)(ルール)も作戦を放り出してここに来ていた。


「どうして全員ここに来てんだ?」


 俺の純粋な疑問に答えたのはライダーたちではなく、班長だった。


番外作戦(ゲスト・プラン)だ。作戦はご破算。もうバルト・タイガーに『棺』が無いのが分かれば、後はもうCIAの仕事だよ。アードルフの暗殺はあちらさんの領分だ』


「じゃあ──」


『ああ、全員で騎士狩りと行こうじゃないか♪ 。蛮族(ピクト人)のように騎士様を蹂躙しようじゃないか』


 フッと鼻で笑って俺はそれを受け入れた。そうか、俺達は蛮族か。

 そうだよなぁ。


「じゃあ蛮族らしくいきますか!」


 俺はまるで地面を這うように獣のようにリブロー卿へ突撃する。

 一糸乱れぬ連携、勝手知ったる仲間内の手の内。全て分かる。

 素早い柊の連撃、それをカバーするように葛藤さんの攻撃、そしてその隙を突くかのように狙撃。俺もその中に混じる。

 連撃に次ぐ連撃、絶え間ない耐久戦。


『やばぁっ! 。何あの剣! 。こっちの武器全部だめになるんですけど?!』


『物質が消滅している! 。棺の機能だ! 。恐らく!』


『半径一メートル圏は危険域と思った方がいいわね』


「俺ちゃんには関係ねえ!」


 飛び出して槍を振り降ろす。

 ドカン! 。っと一撃振り下ろしたはずなのに音も何も返ってこない。そう、手応えがなかった。

 どういう風にしてこれが成しえているのか、俺の頭の中で電流が駆け抜け思考が一気にクリアになり、何かがカチッと音立てて理解した。

 そうか……隠しているだけだ。裏返しているんだ。

 エネルギーも物質もすべて総じて『棺』が裏側に、『次元』の裏側に隠しているんだ。

 そうだとすればあの摩訶不思議ファンタジー斬撃の正体も説明が付く。次元の裏側に隠したエネルギーを取り出し飛ばしていると考えれば、全てが合点がいく。

 俺の持つ棺槍が消滅しない理由はエネルギー量が大きすぎるから、完全に隠し消しきれないんだ。


(ルール)葛藤さん(ウォー)紙白(ペイル)! 。手伝え! 。棺は背中だ!」


 俺の必死な得意でもない近接格闘駆動戦に全員が何かを察した。

 以心伝心にすべてが通じ合いう。葛藤さんが盾を使いリブロー卿を抑え込み、その隙間を縫うように紙白の狙撃がリブロー卿のドラゴの脚部を吹き飛ばした。

 俺は葛藤さんを足場にして飛び、リブロー卿の両腕部装甲殻を吹き飛ばし、完璧に動きを封じ込んだ。

 その隙を見逃さず柊が、背部バード・ポイントに腕を刺し込んで『棺』を抉り取った。

 火花を散らし、コード類がバチバチと音を立てている。リブロー卿のドラゴが異常な痙攣を起こしながら、倒れ伏す。

 ――勝った。これで終わりだった。

 俺達はすぐにその場を離れ、次の瞬間には小型ドローンを射出しル・マン市の上空を通過する低空飛行で飛行する航空機がそれを攫い、ドローンに括りつけられたワイヤーが俺達を空へと攫って行った。

 宙ぶらりんで空を飛ぶその姿は馬鹿のようだが、仕方がなかった。

 ウインチで機内に回収される俺達は、欧州を後にする。

 他のレイダーたち? 。知った事ではなかった。もう俺達があの花の都で戦争をする意味はないのだから。

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