第50話
とあるオフィスビルを貸し切って行われているブリーフィングでピリピリとした雰囲気があるのは言わずもがな。
威圧的な虎がそこに座し、まるで今にも襲い掛かってきそうな雰囲気を漂わしているのに、その対面にいるフランシスの顔はニコニコ顔でそれが輪に掛けてその人物の癇に障っていた。
リブロー卿がお出ましだった。
「君たちがこれまでしてきたことはここでは問うまい。しかし、それが核兵器を横流しを行ったというのなら話は別になってくる」
おお怖い、ご立腹だ。
さぞ国連治安統治監視機構がジュリエッタ王女の周辺をウロウロするのが不快なようで、その目に映るのは侮蔑の二文字だ。
権威あるオランダ王室の一員の回りを国際条約を踏みにじった破落戸が守るなど言語道断、それを言い含めようとしていたが、リブロー卿も大人になりそれは言わない。
「決して我々はアフガン解放戦線に核兵器を横流ししたわけではありませんよ。リブロー卿」
「どうだか。事が起こって後始末をパキスタンに押し付けたと我々のオランダ諜報情報部は勘ぐっているのだが」
ふふッ、と鼻笑いが漏れてしまう。それこそ要らぬ勘繰りだ。
その鼻笑いによりリブロー卿の癇を逆撫でする。
「大丈夫ですよ。今回のご依頼に関しては恙無く事に当たらしてもらっておりますので、ご安心を。ジュリエッタ王女は我らが身に変えても守って進ぜましょう」
「……そうか。そう言い、腹の中で何を考えているかは我々が知るところではない。貴様ら傭兵は禿鷹と同じで、戦争という名の腐肉に集る奴らであるのは百も承知だ」
「ではなぜ我々ホーク・ディード社にご依頼を? 。キャンセルなさるのならお早めに、私たちはlikeに忠義を誓っております故、国の国体については一切の権限はありませんので」
私はそう言い。薄ら笑いを浮かべるのでリブロー卿の顔は苛立たしいといった表情だった。私の可愛い蛹たちをこの場に連れてこなくて良かった、あの子たちはポーカーフェイスというモノが苦手な部類の子たちだ。
面倒な外交は私が引き受けないと、要らぬストレスは無用な進化を生じさせるだけだ。
「貴様のような奴が一番、私の癇に障る。フランシス・コンソールティ」
「ふふふっ♪ 。私はそう言った性分なので何卒お許しを」
態々このフランスにリブロー卿が出向いてくるというのは私の想定している範囲の事だった。
傍系王族に当たるエフェリーネ・オラニエ=ナッサウを暗殺し欧州内での緊張感は高まっている。各国のドラゴ部隊が渦巻き合い、いつ戦争の火種が切られるか欧州情勢はひやひやしているといった様子だ。
ドイツは北海に海洋機動隊を展開しノルウェーと共にオランダ包囲網を広げようとしている。それに便乗しスペインはイギリスと共同で軍備を拡大し古き良き大栄帝国時代の栄華を取り戻そうとスペインの駐屯派遣軍を動かそうとしている動きもある。
着実にオランダは周辺国から孤立し始めている。禁輸措置も噂され、すでに輸入輸出規制も成され始めている。
そうなるように仕向けたのだ。私たちが、そうなるように石器派たちを謀った。
欧州のホーク・ディード社支部の殆どが石器派だ。古きに縛られる瀕死の人類たちだ。私はそれを見限って次世代人類派へと下ったのだ。新大陸の新たなる思想、新たなる人類に未来を託したのだ
「貴様らが何をしでかそうとしているのかは知らない。だが我が国に攻撃を仕掛けている動きを我々が知らないとでも思ったか? 。──次世代人類派」
リブロー卿がそういうので私は目を細めて薄っすらと笑って見せた。
「そういうあなたはどちらに与するのですかな? 。まさか石器派ではないでしょうね?」
「吾輩らがあのような野蛮人共と徒党を組むとでも? 。嗤わせてくれるなよ。スカベンジャー。吾輩らは――人類補完派だ」
それこそお笑い草だ。
人類補完派などそれこそ夢物語あり、机上の空論。無想空想の話だ。
「私たちを憎みますかな? 。あなたたちの鍵は私が押さえています。壊すことも容易であるのはお分かりですか?」
「神代シリーズなどいくらでも量産可能だ。貴様ら次世代人類派や石器派と同じにされては適わん。量産体制はすでに整っている。貴様らが押さえた『ファースト』は云わばプロトタイプ、完成型とは程遠いい」
その言い方に私は引っかかる。まさか。
「既に吾輩らの手中には聖母回帰への道はある。オーバーボックスも、アイオーンももはや必要はない。我ら人類は、母なる胎へとガフの扉を叩きその神聖なる部屋へと戻る運命にある」
「賢明ではありませんな。第一あなたは委員会のメンバーではありませんよね?」
「無論。吾輩は所詮ウィレム王に仕える走狗。だが狗にも仕えるモノを選ぶ権利はある」
「オランダ王が人類補完派とは知らなんだ。笑えますな、守るべき国民を見殺すのですか?」
「殺すのではない。一つとなるだけだ」
どのみち同じだろうに。そう口にするのも彼らには野暮だ。
人類補完派に未来への展望など持ち合わせていると考えているのがまずそもそもの間違いなのだ。
彼らに未来はない。人類史を過去に戻す事を選んだ石器派や、進化し未来を選んだ次世代人類派とも違う。
彼らの望みはそう──虚無なのだ。
人類を新たなるステージに上げ絶滅の運命を回避する事を是とせず、云わば戻ることも進むことも選ばず、現状維持を図ろうとする愚か者たち。
国の政でもいうだろう? 。現状維持は緩やかなる衰退の歩みであると。
「神代シリーズを量産して、アイオーンのリソースの代わりとするのですかな?」
「言っただろう、我らに最早アイオーンは無用だと。フェーズ・クロックがゼロを示しガフの部屋の雀が囀るのをやめてたとしても、我々は我々足る。人類が人類たりえる精神をそこに保つことができる」
話にならない。ならば、もう撃つ手は一つだ。
「私たちも次のステージへと打って出ないといけないようですな。リブロー卿」
「レイドを増やすか? 。吾輩らは受けて立とうぞ」
「レイドなど、石器派のお遊びだ。我々は政治をしない、我々の決定は決して覆らない議論の余地のない『確定事項』だ」
私は席を立ち、彼らに宣言しオフィスビルから自らの姿を晦まし、自らの脳へと端末を繋げメッシュネットの隠された階層へと向かい、その情報を広げていく。
私の目の前に広がるかの御仁らは次世代の王へと、全人類の上位者へと成ろうとしている者たち。
私はその走狗。負っと笑いが漏れる、私とてリブロー卿を嗤えない。
さあどう動く、世界はどう転がる。全くもって見ものだ。




