第49話
きっとみんなは何が起こっているのか分からないだろう。
そう俺もよくわかっていないが、ただ一つ言えるのが暗殺ユニットとして国連治安統治監視機構が俺達を逮捕しようとしていると言う事だけはしっかり分かっていた。
俺が発狂したので、UNSGM.は強制的に薬物リハビリテーション施設にぶちまれるのかと思っていたが、そんな手厚い看護はしてくれるわけもなく。尋問不可という理由から拘束が解除され即座にバタフライ・ドリームへと復帰する事が出来た。
あの発狂が演技ではなかったと言えば嘘になるが、半分演技交じりで面倒な司法制度の隙間を縫いコイツには判断能力が無いと思わる事に成功し、見事国連治安統治監視機構のフランス支部局から抜け出すことに成功した。
「君らしい抜け出し方だね♪」
班長はそう言い俺の肩を叩いてくれたが、俺のゲッソリした顔に苦笑いだった。
唐突な国連治安統治監視機構の拘束は一時的なモノで、長期間拘束できるものではなかった。国連治安統治監視機構とて上部組織である国際連合総会の意向には逆らえない。
しかし面倒な事になった。
「ここで手枷足枷が出てくるって思ってるね。倉敷くん」
「なんでこのタイミングなんでしょう、ねぇ」
「私たちとしても不本意だが、我々の動きを牽制しようとしている動きがあるみたいだ」
「牽制? 。何のために?」
「人類の為、てっとこだろうね♪」
人類の為? 。一体何のことを言っているんだ。
俺達はたかだか一傭兵の一部隊でしかない。それの動きを拘束して一体どうなる? 。判りそうで判らなかった、ちょっと熟考しよう。
俺達はホーク・ディード社の傭兵部隊であると同時に、CIAの仮設の暗殺ユニットだ。アメリカの意思で動いていて、ここに来て何故国連組織のUNSGM.が介入してくる? 。
アメリカは常任理事国であり国連に太いパイプと発言力がある。だから、俺達の邪魔をする連中は頭から押さえつける事が――。
「――あ」
俺の頭の中で何かがカチッと音を立てて理解する。
「何か気づいたかい?」
にっこりと笑う班長の顔に、俺は察する。
そうか。――アメリカによるオランダの傀儡を阻止したい動きがアメリカ国内、延いては、ホーク・ディード社に連なる企業にあるんだな。
その手動はいったい誰だ。まずはオランダの立場を考えてみよう。
オランダは世界一のドラゴ拡張技術大国だ。その技術力はどの国も、どの組織も喉から手が出るほど欲しいだろう。
そんな中で頭であるオランダ王が崩御して、国のかじ取りをする人間が不在の中で俺達が王位継承権を持つジュリエッタの身辺警護を付けたリブローは彼女の保護を狙っている。
そんな俺らをUNSGM.が拘束して、隙を作るとなると誰が得する? 。
それは──王位継承権を持つであろう者たち、その意図と背後にいる人間たち? 。
国連組織を動かすだけの力があると言う事は、それなりの組織が関与している。
先頭立って動いているのは王位継承権を持つであろう者たち、オラニエ=ナッサウ家の誰か。その誰かとは誰だ。
ディーデリックは今回の王権相続には参加しない、エフェリーネは言わずモノが俺達の手で殺した。
残るのは、未だ会わない一人。
「アードルフ・オラニエ=ナッサウが国連を動かした?」
「彼は国連事務総長と懇意にしている。パイプは太いと思った方がいいだろうね。しかも彼はユーゴスラビアやアジアのホーク・ディード社の支店の株券をゴッソリ持っている大株主だが、もう一押し。私たちを暗殺とRRWの横流しを垂れ込んだ奴がいるはずだ」
「パキスタンが垂れ込んだ? 。いやまさか……垂れ込む前に国内事情がてんやわんや、んん……? 。誰だぁ……?」
「君は純粋だねぇ──ヒント、ホーク・ディード社とて一枚岩ではない」
「まさか、ホーク・ディードの一部社員が垂れ込んだ?」
「傭兵産業の大部分は私たちホーク・ディードが独占している。この世の戦争と呼ばれる事象の全てを我らが手中に収めているといってもいい。その戦争を独占しているが、甘い汁を吸えない人間は何処にでもいるモノだよ。慌てる乞食は貰いが少ないというだろう? 。慌てているのは誰だ?」
「…………?」
意味が分からなかった。俺は首を捻るばかりだ。
そんな様子に班長が話す。
「君にだけは話しておくべきだろうね。君は洩らしたところで影響力はなさそうだ」
「どういう事ですか?」
「派閥があるんだよ。ホーク・ディード、強いて言えばR.G.I社の役員会の中にね」
派閥と来たか……派閥に属して割を食ってきた俺には属したくはないモノだ。
俺は人間関係という円滑なコミュニケーションが得意と言う訳ではない。
寧ろ下手な部類だ、下手だからそう言った只でさえ厄介なものに属する事をしなかったから周囲から孤立した存在になり、その孤立感から鬱も悪化させてしまったんだ。
「人事部、総務部、経理部、広報部、装備調達部、備品部、食品調達部、飲料調達部、まあ部署の話をしてもこの際関係がないだろうが、R.G.I社関連企業でホーク・ディード社は戦闘を主だった主業務にしている会社で、軍産複合体のエース的ポジションに位置している。ここまでは今までの経験で分かっているだろう?」
「ええ、ドラゴを使った戦闘委託をメインに仕事してましたし」
「そう。で、ここで問題、戦闘をメインにしていて売り上げが落ちない部署というのも存在していて、それらは自らの売り上げを上げるためにいったいどういった事をするでしょうか?」
「自分所に仕事を回す様に上に言うとか」
「惜しい、だが大体それであっている。仕事が無いなら仕事の需要を生み出すというのが欧米諸国の考えだ。日本人には無い考えだろう?」
仕事しに来て仕事がありませーん、じゃ体も鈍るし何より精神衛生上よろしくないのは精神医学的に立証されたことだ。
仕事が無ければlikeが発生しないし、likeが無ければ生きていけない。
みんな必死なんだ。
「そんな需要の取り合いが起こっているんだ。今回のケースはかなり特殊な部類だろうがねアメリカ合衆国直属の業務委託だから」
「ええっと……てことはどっかR.G.I社関連企業部署がジュリエッタ王女をオランダ国王にしたくないと?」
「んん……部署というのは例えであって正確に言えばR.G.I社関連企業支部だ。今回私たちに賛同しているのはアメリカ支部。全世界でR.G.I社関連企業の27支部間でのレイド対応体制はまちまちだ。そこで我々の需要が産まれるのは?」
「レイドを起こそうとしているんですか? 。欧州内で?」
「うん。レイドの過激化だろうね、狙いは。幸いなことにエフェリーネ・オラニエ=ナッサウは黒い噂は事欠かなかった。だが死んだ。なら次の後釜に添えたいアードルフ・オラニエ=ナッサウだろうね。アードルフは野心家で考え方がナチ的だ。尚且つ若いのと、黒い噂もそこそこにある。こうも扱いやすい人物を裏で操りたい奴らは大勢いるだろう」
ややこしい話だ。俺にとって面倒事の他ない。
「班長、因みになんですけど。俺達ってどこの派閥に所属してる事になってるんですか?」
「ふふ……好奇心は大切だが時にそれは命を奪うよ」
班長がそう言うので俺はそれ以上聞くのをやめた。
しかしながら当面は大きな動きは出来ないだろう。R.G.I社関連企業の支部が敵に回っているというのは偏にR.G.I社が一枚岩でないことを意味している。
敵になりうるのは外にも内にもいると言う事だ。
面倒だ。つくづく面倒だ。
「仕事に影響は出るんですか?」
「UNSGM.が我々の身辺を嗅ぎまわるだろうが、心配はいらない。仕事に支障が出ないように立ち回ろうじゃないか。今回の仕事は『暗殺』以外は犯罪に抵触する事はないからね」
班長は楽しいと言わんばかりの表情だったが、俺にはそうは思えなかった。
俺の目には、いや俺の自然的に身についている高速・強奪の癖で班長の色を見ると何かを隠している色をしている。
班長はホーク・ディード社でかなり特異な立場にいるのは、俺も他の班員も知るところだ。
ジェンダーが男であるからと言う事でもない。
何と言うか。他の社員が、班長を避けているようなそんな気がしてならないんだ。
恐れているとも見て取れるそれに、班長の腹の底が見えないから怖く感じる。
皆が恐れる人間であったとしても、俺にとってはどうでもいい事で、それを嵩に人から害されることを避けれるのならそれでいい。
ふと手元がスーツの胸ポケットに向かって煙草を咥えた。
これは普通の煙草、マリファナジョイントではない。火を付け、深く深く煙を肺に溜めて、白い糸のような紫煙を吐き、魂を吐き出す。
「君、薬断ったんだって?」
「ええ、そっすけど……やっぱ薬やってたのバレてました……?」
「いやいや、別に攻めている訳じゃないんだ。君たちはある意味では私たちの実験台だ。いいモルモット君なんだから、いろんな環境下に措かれたテストケースが必要なんだ」
「──実験?」
「ああ実験、これも教えておこう。ピューパ素子を与えた人類の進化工程を調べる実験だ」
「なんかそれに意味があるんすか?」
「人類は行き詰っているんだ。だから進化する必要性がある、君たちはそのモデルケースだ」
「ろくでもないモデルケースですけどね」
俺は鼻笑いをして、煙草をもみ消した。
バタフライ・ドリーム全員が解放され、一日も経っていなかったが長く感じた。
やっぱり後ろめたい事が無いにしろ、警察組織というのは嫌いだ。周囲を嗅ぎ回られると後ろ暗くなくても何となく不安になってくる。
楽しく笑って生きていきたいものだ。




