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ポスト・ユニバース  作者: 我楽娯兵
騎士・王位・強奪
48/58

第48話

 ジュリエッタとディーデリックの会話から察するに、ディーデリックには王位継承権は保有しているようなのだが、それに彼は興味が無いようだった。

 いま彼を熱狂させ頭の中を占有しているのはドラグーン・レースであり、それ以外の物に目移りをしている暇がない様子で、兎に角奔る事に必死と言った様子だった。

 そして俺達も必死だった。


「……いい加減喋ったらどうだい? 。ええ? 。倉敷、賢吾君?」


 やけに高圧的な言い方で、俺に自供を促す男はいったい何者なのか。

 それは世界の警察がアメリカという国から国連組織に移行して、その組織を語らずには誰にも分からないだろう。

国連治安統治監視機構(UNSGM.)』。インターポールの後発組織と言えば聞こえがいいだろう。

 ルパン三世を追いかける銭形警部が所属している組織だが、今は少しだけ形が違う。

 というのもオール・フォーマットの発生で、各国の組織の機能が一時に停止した時期があり、その時に発生した事件事故犯罪はなかったことに──にならにのが世の常だ。

 世界各国の警察機関が総動員し次第に力を増大させた結果、戦争犯罪や各国の遺伝子改造治療の違法性を監視する機能をインターポールは備え始め、紛争にも介入する力を得たのが今の国連治安統治監視機構、UNSGM.の実態だ。

 そして今回俺達が拘束された理由というのも、カブールでの大殺戮と、アフガニスタン解放戦線のRRW使用の教唆嫌疑が俺達に掛ったからだった。

 最も彼らが一番に狙っているのは、まず間違いなく、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウの暗殺の関与の自供を狙っているんだ。


「…………」


「いつまでダンマリ決め込んでだ? 。ええ?」


 真っ青なブルーの制服はUNSGM.の制服であり、軍人が軍服を着るのと同じでキチンとした意味がある。彼らは遺伝子改造治療に関する法律『エンハンスド・アート法』の番人であり、遺伝子の特徴『青』は死の色を示し、違法な遺伝子改造者を捉えて監獄にぶち込むのだそうだ。


「…………」


 俺は何も喋る事はなかった。何故ならば俺には喋る権利を与えられていないからだった。

 ホーク・ディード社がアメリカ合衆国主導の暗殺ユニット部隊を、平和裏に設立しそれを実行に移しているという事実は存在しない。存在しないが実在はしていて、俺達がそれなのだった。

 昔ながらの尋問に俺はほとほと嫌気がさしている。

 もっと簡単な方法があるだろうに、高速・強奪ハイウェイ・ハイジャックを上手く使ったのなら尋問することなく記憶を引き出す事が出来る。

 しかしそれに対する対策はCIAも対策していて、UNSGM.局員が実行に移したのなら、俺達の記憶をピッカリ消している。柊、葛藤さん、紙白の脳味噌を覗いたところで俺と同様にそれに類する記憶は一切出ない。

 何故なら光刺激による記憶消去という手法は22年代には実用化されていて、その方法は昔の映画『MIB』のニューラライザーと似たような機能群が秘密裏にスマートグラスに仕込まれている。この機能と事実を知る者たちは少ない。

 俺だってはっきり話をしてしまうと、俺もついこの間まで知らなかった。

 エフェリーネを暗殺して暗殺ユニット部隊の感情適応調整処理過程と言うCIAや特殊部隊に施される精神調整のカウンセリングに、妙な工程がある事に気づき班長に聞くと俺が電脳担当官であると言う事から、俺だけにそれを教えてくれた。

 故に俺達は暗殺を行ったがその記憶は存在していない。故に無罪、謂れもない冤罪。という事になっている。

 俺と班長、CIAの一部担当官だけそれを知っている。

 実際俺に、高速・強奪(H・H)を仕掛けたのなら、この記憶もピッカリ消える。

 責め立てるのは当然と言わんばかりだったが、俺がだんまり。

 というより明らかに廃人に近いコカインの虚脱症状に苦しんでいるからに、どうしようもないといった様子だった。

 ガタガタと震え、寒くはないのに悪寒が全身を襲い、脂汗が全身から溢れて目の焦点はあちこちを探るように忙しない。

 部屋には俺と尋問官のUNSGM.局員の二人しかいなかったが、俺にはこの部屋のあちこちから視線を感じて、その視線は敵対的な色を持っているのが分かって震えてしまう。


「お前何やった。MDMA(エックス)か? 。LSD(アシッド)か?」


「ケタミン治療を少し……」


 俺はこの尋問が始まってはじめて口を開いた。

 と同時に、言葉を発すると共に世界に満ちていた狂気が、俺の口を通じて脳味噌に流れ込んできた。

 漆黒のそれが俺の視界を急に奪い。――暗転。


「世界が暗い。目が暗い。怖い! 。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い──」


 キチガイのように喚き始めてしまった。

 コカインの離脱症状であり鬱のフレーバーもプラスされ聞こえてくる譫妄と、幻覚。

 皮膚の下をムカデか、アリか、とにかく昆虫が体中を這いまわる不快感に、絶叫していた。


「痒い‼ 。痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い‼」


 バリバリと頭を掻き毟り頭皮から出血していてもまだ痒い。

 皮膚の下で虫が這い廻る、目の裏でミミズがのたくっている。

 顔中血塗れになりながら目を手で擦って不快感を払拭しようとするが、眼球そのものが痒くなって気持ちが悪い。喉の奥からドロッと塊のような何かが口の中に噴出くる。それは血の味がして、生臭い血の匂いが鼻に抜けていく。

 嗚呼、気持ち悪い気持ち悪い‼ 。気持ち──。


「────────―‼」


 俺は声にならない絶叫を上げて暴れまわり始めたので、さすがのUNSGM.局員も俺を拘束して、身動きを封じるように背中に腕を締め上げてくる。

 なんだなんだ、痛いのに気持ちいい。

 イタ気持ちいと言えばいいのか。こんな感覚初めてだ。

 眼がぐるりと回転し、暗転する視界の中に捉えたのは真っ白な少女。

 病的なまでに白い姿に雪も凍える氷る冷たいそれを見た俺は、局員を背負うようにメキメキを異常な筋肉の軋みを上げて立ち上がった。

 全身が急激に冷たくなっていく。血と肉は温かいのに、骨が急に凍えて全身の芯が凍結してしまいそうな感覚があった。

 嗚呼、近づいてくる。白い女が。一歩一歩こちらに来るたびに細胞の一つ一つが凍っていく感覚がある――そして判る。

 きっと触れられたら俺は凍え死ぬ。 


「出してくれ! 。あの女が! 。雪女みたいな女が。俺をコールドスリープさせてくる!」


 マジックミラーであろうそれを力一杯の力で叩き、必死で喚いていた。

 冷静に見える俺もいる。まるで肉体から魂が抜けたように正気が俺の頭の上で俺自身が観察している。

 狂気が俺の体を乗っ取り、正気が俺を俯瞰で見つめている。

 幻覚症状のそれに取調室に押し入ってくるUNSGM.局員たちが俺を押さえつけ、鎮静剤を打ち込むのに苦労は要さない。

 俺は気を失い、暗転する暗闇へと落っこちて行った。

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