第47話
フランスの国土は小っちゃいようで思いのほか大きい、しかも想像以上に結構広大。
ロシア領程では何しても欧州の中ではかなり大きい方で、そして何よりかなりの歴史を積み重ねてきている。百年戦争、ブルボン朝からフランス革命、かなりの歴史深く文化も広く明るい。
ギューンという突風と共に俺の目の前を走り抜けていくそれらは、傍から見ればまさしく高速で奔る鉄の棺桶である。
骨を震わす轟音を背負ったドラゴ。俺達の目の前で繰り広げられているのは正しくドラゴを使ったレース。
ドラグーン・レースだ。
「はえぇ……」
フェンスの隙間から柊と共に顔を覗かせ、轟音と熱風を背負ったドラゴ達が颯爽とコースを走り抜けていく姿はカッコよかった。
だがこれは本選ではなく、予選の練習というのだから驚きだ。
――ル・マン24時間耐久レース・ドラゴ部門。
歴史あるモーターレースで世界三大レースと評されるぐらいに有名なモーターレースの扉を叩いたのは産まれたての新参のドラゴであり、四半世紀程度しか経っていないドラゴをこのような使い方をするとは、初めて考え出した奴らはとち狂っている。
そんなレースだが、熱狂する観客たちの声に後押しされ、自動車会社が協賛しドラゴの機体を、航空機産業がレース用にエンジンを提供しチューニングに参加し、超低空飛行で速度を競うレースとなっている。
「どれが早いのか分からん。全部早え!」
「多分あれだよあれ! 。あれがトップで全員率いて走ってる!」
俺と柊ははしゃいだように轟音でかき消される中大声でトップを走るレーサーを見た。
第二種機でレース用にチューニングされたボディは流線形をしているが、どことなく見ていると平衡感覚を失わせるようなそんな印象を与える機体に、その背に背負うのは燃料圧縮型単発アフターバーナー推進機であり、両脇に抱えた巨大なタンクは古き良き化石燃料を積載しそれのお陰でこんな高速な移動を可能にしている。
今回俺達がここに来た理由は、このドラグーン・レースの本選を見に来たのだ。
このレースは大型であり約五十名のレーサーが速度を競う。
そしてその中には有名なディーデリック・オラニエ=ナッサウが参加している。
ジュリエッタ・オラニエ=ナッサウの従兄妹にあたる人物で、今トップを奔っているのがその人だ。
ドラグーン・レースでまず筆頭に上がるであろう彼は、レーサーと同時に傍系王族になる。
現在の生涯賞金総獲得数約100億likeを叩き出した生ける伝説とまで呼ばれる男で、俺達は彼と彼のレースを観戦に来たジュリエッタを警備する為にここに来ている。
話は少し戻るが、ディーデリックは欲がなかったんだ。
……
…………
……
「ジュリエッタ! 。愛しの従姉妹よ。よく来てくれた」
『お久しぶりですわ、ディーデリックお兄様』
抱き合う彼らを見て俺達は毒気を抜かれそうだった。
如何せんオラニエ=ナッサウ家で今迄であってきたのはジュリエッタとエフェリーネであり、エフェリーネの悪名が高すぎてあまりいい印象が無かった。
しかし彼はまるで無垢な子供の様で、ジュリエッタと会えたことが本当に嬉しいといった様子であった。
「ジュリエッタ……。あぁ、お父様は本当に残念だ。ここにお悔やみを申し上げるよ」
『仕方ありませんわ。人はいずれ死ぬものですの……』
悲しみに暮れるというのか、俺も母さんや父さんが死んだときは哀しかったが、泣きはしなかった。だってそれどころじゃない精神状態だったから。
共に肩を抱いて哀し気にしているが、それを打ち破ったのはジュリエッタだった。
『お兄様、前を向きましょう。悲しんでお父様は帰ってこられないわ』
「そうだな……。お前は本当にいい子だ」
頭を撫でるディーデリックは俺達を見た。
「彼らがリブローが雇った君の護衛かい?」
『ええ、すごく優秀な方々ですのよ』
ディーデリックが俺達の前に来て顔を見やるので俺達はシャキッと立って見せる。
俺達を品定めするような目つきで見るので俺は辟易てしまう。
が、それとは裏腹にニコッと笑った。
「良い護衛じゃないか。ドラゴ乗りだろう彼ら」
『ええ、そのようですわ』
「君たちのドラゴは何処にあるんだい? 。見せてくれないかい?」
俺は口ごもりながら答えるべきかどうか悩んでいる中で、葛藤さんが俺達を代表して答えた。
「守秘機体ですので。ご容赦を」
「ああっと……そうか、残念だ。──まあいい。ジュリエッタ、今日は何も私の顔を見に来ただけじゃないんだろう?」
『ふふ、お兄様がレースに出るというので見に来ましたわ』
そう、ドラグーン・レース。
大変危険なレースなのは誰もが知っているが、今回のル・マンレースは比較的安全な方なのだという。
そう、安全な方。他のレースではもっと死傷者が出る。
インディ500に並ぶ世界最高峰のドラグーン・レースはカナダの『ドラグーン・オブ・ドラゴン』だ。
あっちはドッグファイトもある何でもありのレースだから、一レースに1つの棺桶が必ず必要とまで言われ、観客を巻き込んだ事故も儘ある。
そんな危険なレースは、デス・ドラゴ・ファイナルという地方レースを勝ち抜いたレーサーたちがトーナメントで出場を決めている。インディ500、東京湾スピーダー、ハワイ・レーシングを、他数回の地方レースを勝ち抜いた組が出場し、死ぬギリギリを攻めながら争っている。
そんな危なっかしいレースだが、ル・マン24時間耐久レースドラゴ部門は言い換えればドラグーン・レースの明るい側面であり、過去のモーターレースの惨状の歴史からして安全性と速度を競う内容のレースだ。
1955年のル・マン24時間耐久レース事故は知っているだろうか。
レーシングマシーンが走行中にマシン同士でぶつかりクラッシュし、散弾銃の如く破片が観客席を直撃し86人が死亡、約200人が重軽傷という大惨事を引き起こした事が由来しル・マンのレースは安全性を追求したレースを行う事が決まったのだ。
モーターの方もドラゴの方も兎に角安全性を追求し、安全に競うのだ。
「今回のレースは早いぞ、新開発の装甲殻が従来のそれとは違う。軽量でいて頑丈。人工ウィドマンシュ構造体を使ったからね。後はアフターバーナーをチューニングするだけだ」
『ふふ、楽しそうで何よりですわ』
ディーデリックの案内でル・マンレース場のピット内を案内してくれた。
非常に優れたメカニックたち、それもその筈彼らは本来航空宇宙産業のエンジニアたちであり、ドラゴをギリギリ『飛ばない』ように飛行させるためにボディーやアフターバーナー、ジェットエンジンを開発しテストしている。
ドラゴの飛行ユニット装備は確かに存在している。それこそ戦闘機メーカーが参戦し今後空での戦いも視野に入れて運用される可能性が示唆されているが、空を競って争うなど、国と国同士の戦争でしかありえない。第一空の主力は今でも戦闘機だ。
レイダーやテロリストたちは地上で手一杯、そして俺達傭兵は国同士での戦争は論外としている。
戦争があれば確かに儲かるだろうが、その損失を考えると俺達傭兵は手放しには喜べない。何故なら国と国との戦争は国際世論の制裁のダメージの方が大きく母体としているR.G.I社の資産凍結とかされればホーク・ディード社としても大損失を被るからに国と国との戦争は儲からない。
小規模な戦闘で俺達は十分に食って行けるんだ。
軍備の準備、そして小規模で慢性的な戦闘、そしてそれら後始末。それらが傭兵の食い扶持であり、大きい戦闘はリスクヘッジの事も考えると避けるべきだ。
まあそんな事はさておき、フランスの航空宇宙産業筆頭の会社と言えばダッソー・グループであり、戦闘機の『ラファール』なんかを開発した会社で、その技術力はボーイングやロッキード・マーティンにも勝る。
このル・マンレースの提供には勿論ダッソー・グループもいる。
「すごいな……。これがピットの中か……」
世界規模の大レースにメカニックたちは真剣そのもの。あちこちでウィンチやらドリルやら、何かよく分からない道具で整備をしている姿に感嘆の声が漏れる。
「世界最高峰のチームたちだ」
胸を張ってディーデリックが紹介するメカニックたちは。
全くの無名な企業だった。
リトアニアの無名企業であるが、そのメカニックたちの目は炯々と光り輝いていた。
「彼らは最高だ。装備はまあまあだが、腕前は超一流。この機体『バルト・タイガー』の機能は相当だ」
自慢するようにその機体を見せるディーデリックの誇り高いと言わんばかりの表情に十全と思われた。
俺はどういう風に凄いのか分からないが、柊をチラリと見ると。
「はえぇー……すごーい! 。これベルト駆動の可変翼じゃん! 。すごっ! 。しかも推進機の構造がターボファンエンジン! 。ウフィッ! 。やべ涎が出てきた」
「キャラ変わってんぞ柊。おい、おい、頬ずりすんな!」
俺は柊をバルト・タイガーから引き剥がそうと必死で、葛藤さんも参加して引き剥がそうとするがだがこいつピューパ素子の影響で筋力が異常だ。
粗相の他ないが、しかし──。
「君もこの機体の美しさが分かってくれるかい!」
「わかるわかるメッチャわかる! 。しかもキチンと指掌パーツが炭化タングステンカーバイド刺指装甲に換装してるって事はステアリング対策にアームターン対策も取ってるって事は乱戦も視野に入れてこの機体組んだの!」
「そうだ! 。そうだよ! 。君は分かっているね! 。ル・マンレースのノーマルレースとハードレースの違いは、スピードなんだよ。刺激を埋めるにはやはりアームターンも必要だと思ってね!」
「でもこの機体構成だと何処に燃料タンクを積載するの? 。積載燃料はハイオク? 。 それとも重油?」
「フフフッ……。今回その問題点は我々は解決済みだ。アフターバーナーの燃料タンクをの積載位置は胸部ハード・ポイントで尚且つ新型燃料を採用した。この燃料はより短い分子構造を持った揮発性の高い新型燃料で、燃焼速度は従来の倍だ!」
何だろう。柊とディーデリックの波長が合ったようで俺の分からない話を怒涛に話し始めるにポカンとしてしまう。
葛藤さんも一体何事かとポカンとしていて、チラリと班長を見るとやれやれといった様子で苦笑いだ。
「ジェットがアンダーフロア構造って事は飛行制限のアーチも視野に入れてないの?」
「私はこの機体をどんなレースでも通用するように作ったんだよ! 。ドラグーン・オブ・ドラゴンの空域戦も考えているからこそ離陸の速度は必然的に速い方がいいだろう!」
「通だ! 。この人メッチャ通な人だわ!」
飛び跳ねて二人は語り合っているが俺は一体何のことか分からない。
だがしかし、この機体を見て分かるのは装甲殻の柄が非常に幾何学的できれいであると言う事だけだった。
「班長」
「なんだい?」
「ホーク・ディード社って飛行ユニットカタログありましたっけ?」
「あるにはあるよ。売れ筋じゃあないけどね」
ホーク・ディード社のwebを開き、飛行ユニットカタログをみて見ると四翼駆動の双発ジェットエンジンの飛行ユニットの動画があった。
非常に興味深いが、今回の仕事はプリンセス・ジュリエッタの警護だ。
俺にはどうでも良かったのだが、とあるメカニックがバルト・タイガーの機体の一部の装甲殻を塞ごうとしている姿、そしてその装甲殻の下の物に眼を疑った。
黒い、黒い何かが見える。
そうそれは、見間違えることは絶対ない。
俺はゾッとする。それは──。
『棺』だった。




