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ポスト・ユニバース  作者: 我楽娯兵
騎士・王位・強奪
43/58

第43話

 和やかな笑い声に俺は何とも不思議な感覚に苛まれていた。

 モヤモヤと部屋に充満する煙は何の狙いか、催淫剤交じりのアロマ香炉でそれを焚いているのは言わずもがなピンクマンだった。

 四日目のステージが終わりで、俺はマリアとピンクマンの夜の誘いに乗って、マリアらの宿泊するホテルへと赴いていた。

 軽いディナーに誘われ、軽いとは何なのかかなり豪勢な料理を食べ、そしてありったけの酒を買い込んでホテルへと戻った俺達は、目的としている取材が始まった。

 酒の酩酊作用と、ピンクマンが隠し持っていた違法薬物であるコカインの神経刺激で世界が色鮮やかに感じ、まるで薔薇色の世界で、そんな中での取材は行われた。

 スマートをこちらに向けて聞いてくるピンクマンの一発目の質問は、初めてのドラゴに乗った感覚を聞かれ、俺は素直に答えた。


「何にも感覚が無いんだ。操縦している感覚も、何もね」


「操縦しているんだろう? 。何かあるんじゃないかい?」


「それが無いんだよ。俺も驚いたよ、気づいてたらすっ転げてるんだよ。まあ、立つのは慣れでどうにかなるよ」


 操作感やら、武器の扱い方など聞いてくるが本命はまだ聞いて来ていないと言うのが俺にもわかった。

 目の瞳孔がガンガンに開いたピンクマンとマリアの興味はそれではないのは、明々白々だった。

 たぶん、殺しの話が聞きたいんだ。


「じゃあ、一番聞きたいことを聞くよ。賢吾君、君初めて人を殺した時の感想はあるかい?」


「初めて人を殺した時の感想……? 。そうだなあ……」


 一体いつだったか、初めて人を殺したのは……。

 そうだ。原油輸送の最中にレイダーが襲撃してきたのが俺の初めての殺し、処女喪失(キリング・ヴァージン)だったんだ。

 あの時の名も知らないレイダーたちを鏖殺して感じた感想というのも、一ミリもの罪悪感も感じない無感覚の殺人に呆気なかったと言うのが感想で、あれらを殺した時は司令コマンドで精神的にハイになっていたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。葛藤さんにあの時司令コマンドを発動させたのかどうかも聞いてないから分からない。

 ただあの時の殺しを思い出すと、何故だろうか、ニヤけてしまう。


「君は日本人だろう? 。日本人は不戦の誓いを立ててると思っていたが、違うのかい?」


「不戦の誓いってのはまあ確かに、日防軍はそうでしょうけど、俺は傭兵ですから、likeに忠義を払ってそれに忠誠を示すだけですよ」


 ピンクマンが追加で渡してくるコカインの小袋に、俺は躊躇せずに手に取って吸引し、ガツンと脳味噌を揺さぶってくる感覚に酔いしれながら答えた。


「何と勇ましい言い方か、まったくこれだから取材は止められない。興奮してしまって仕方がないね」


 これ見よがしに股間を強調して見せるピンクマンの股間は勃起していて、立派なテントが立っている。下卑た笑いが漏れてしまう。

 ヒドイ下ネタだ。だが時にはこんな下品さも楽しいモノだ。

 薬と酒で感情の箍が壊れ始めていて、マリアも俺も含み笑いだ。


「セックスの方はどうなんだい? 。戦場で駆け回って緊張感から疲れマラをこさえた兵士にセックスは大切だろう?」


 そう聞いてくるピンクマンに、俺はくすくすと笑いながら答えた。


「いや、俺はそう言った売春行為はしない主義なんだ。仲間内じゃあ大好きな奴らもいたけどみんな揃ってHIVの罹患者だ。梅毒の奴もいたな。まあ、そこんとこは会社が治療してくれる」


「勿体ない。君はまだ若いだろう? 。適度なセックスは体の、前立腺の為でもある。精子を腐らしては勿体ないさ」


「いやマジで、俺性欲とか薄いんだよ」


「セックス自体の経験はあるんだろう?」


「あるけど……なぁ」


 女でイったことがない俺がセックスを語るのは、何とも不思議な気分になってくる。

 セックスの快感は知っている。しかし、それをわざわざ体験するのに人と関わるまでもない。そう思えてオナニーでいいのではないのかと思えてしまう。

 徹底的な合理主義、射精するだけでその快感を得れば済むだけだろう。


「セックスの愉しみを知らないなんて。……残念ね」


 椅子に横座りして艶めかしく足を組むマリアは、口寂しいと言わんばかりにビールを呷っている。

 俺もどうすべきなのか分からないのだ。確かにセックスにたいする認識なんて俺の中では子作り程度のものしかない。

 女性は心の繋がりを、マリアは心のセックスを説くが、俺には判らなかった。


「心と心が繋がって、相手を思い、相手を思いやり、相互に繋がっているっていう認識が私たちをより『快感』に導いてくれるのよ」


「悪いが、俺はそうは思わない。所詮セックスなんて生存本能の延長線上だろう? 。ガキが欲しい、家族が欲しい。――己の血を半分でも引き継いだ子供を作るのは生命の本質だ」


「残念ねぇ。そう言われたら私たちも立つ瀬がないわ。でも、心の繋がりを感じる方法は何もセックスという行為だけじゃないの、あなたの逸物を扱い、中に迎え入れる事だけが、女の、人間の快感を得るだけじゃないの」


「へえ、例えば?」


「例えば――言葉。フェロモン、匂い。相手を知れるその真実が私たちは快感なの。あなたの匂いはどんな匂い? 。あなたの言葉はどんな音色? 。そう言った事が、知れる事が堪らなく嬉しいいのよ。貴方はどんな声で鳴くの? 。喘ぐの? 。その乱れた姿は私だけが見られる特権的な姿。それを見たくて見たくて、そして見れた時の快感は――」


 マリアはするりと衣服を脱ぎ、下着姿で俺の前に立ちすり寄ってくる。


「感情の快感は、肉体の快感を上回る。それを知ったのならもう引き返す事なんて出来ないわ。感情も情緒も超越する『愛』って事なのよ」


「だが結論は結局のところ、子供が欲しい。それが本性だ。取り繕ったって隠せない」


「つまんないわねぇ。生きてて楽しいかしらそんな考えだと損するわよ」


 確かにセックスは人間の三大欲求に数えられるほど生命の本質に近い。だが、それでも俺は感じられない。快感を、快楽を。

 俺の今、この心を満たすのは──。

 スマートにやにわに着信が入り、俺はそれをすぐ操作して内容を確認すると。

 仕事だ。


「悪い。仕事が入った」


「あら、そうなの。仕方ないわね」


 俺はマリアの宿泊するホテルを出て、人気の少ない場所に移動する。

 チョーカー型のドラゴ操縦器を弄り、スカージを呼び出す。

 音なく現れたスカージが量子ステルスの迷彩を解いて、前面ハッチを開くので俺はそこに体を埋めて正面ハッチを閉める。

 体を絞めつけてくるような軟殻の感触に俺は酒と(ドラッグ)の入った意識から、一気にシラフに戻り意識を仕事のモードに切り替えた。

 トリック・ギアを駆使し建物の壁を駆けのぼって屋根へと上った俺は、指定された座標へと向かって奔り始めた。

 グレイと違って小型化したから、ロードホイールを積載していないスカージは走るしか移動手段がない。面倒だが仕方がない。

 マリアの話は面白いかった。理性的で知性的だった。

 この俺に愛を説いてくるとは、全く以てのれんに腕押しの馬耳東風。俺は決めたんだ。精神病院のあの清潔な真っ白なベットの中で『一人』で生きていく事を決めたんだ。人の秘め隠した姿など見たいとは思えなかった。

 建物の屋根を伝って到着したのはあのバカでかいタンカー船が停泊している港であり、俺は膝立ちになり降ろされる荷物の一つ一つをスキャンしていく。


「ライダーたち、聞こえますかー」


『聞こえている。ハンガー』


『ルール、到着してるよー』


『ペイルも到着してるわ』


 全員揃っているようだ。さてさて、仕事の開始だ。


 ……

 …………

 ……


 仕事の内容は分かっている。

 ロレッツ運商のドラゴ密売の現場を取り押さえ、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウの逮捕、乃至暗殺を行う。

 それだけの話なのだが、如何せんロレッツ運商のドラゴカタログの中身は膨大で、一体どれを取引してどれをテロリスト共に横流ししているのか分からない程の多さなのだ。そのせいでCIAの武器密売の証拠証明に莫大な時間を要していて、疑わしきは罰せずの推定無罪の精神で世の流れを上手く利用したエフェリーネ・オラニエ=ナッサウはのさばって、跋扈している。

 しかし、今回は違う。相手が取引する物品の内容は詳しくCIAが把握していて、まず間違いなく現場確保が可能な状況なのだ。

 取引物品は「XG08スカーロッド」。第二種機ドラゴでありウルグアイで主力ドラゴとして運用されているドラゴである。

 豊富なオプションパーツで様々な環境に対応可能で、多目的作戦用の運用を想定されている最新鋭のドラゴ。利便性と整備性の高いその機体。

 納入先は十五機を国家憲兵隊治安介入部隊に、四機をフランス警察に卸す事になっている。

 しかしだ。あのタンカー船には二十機のドラゴが乗せられていて、一機の納入先が未定なのだ。

 この納入先不明の一機のドラゴ。――一体どこに卸すのか。それは俺達の今眼前に広がっている光景が物語っていた。


「ハンガーから各員。お客さんの到着だ」


 港に入ってくる黒のセダンが葬式の行列かと思わせるが、しかしながらそれは葬式の行列なんて生易しいモノではなく、マフィア様たちのご到着だった。

 フランスマフィアはの歴史は深い。古い時代からずっと裏社会に暗躍していて、古くは1898年からフレンチコネクションとアヘンや麻薬の密売ルートとして重宝されていて、現在もそのルートはしっかりと機能している。

 オール・フォーマットを生き抜いた数少ない人種の連中であり、今も昔も古き良き『暴力』でその組織を構築し続けている。

 そんなフランスマフィアがどうしても、喉から手が出るほど欲しがっているのは、包み隠さずとも分かる。――ドラゴである。

 昔なら銃や手榴弾程度だろうが、如何せんドラゴは取り回しが効く、戦車のように巨大でもなければ、軽自動車程度のサイズだから隠す場所はごまんとある。

 隠し場所は幾らでもある、そしてドラゴは戦車並みの攻撃力と制圧性がある。オプションパーツは市販の武装を改造すれば幾らでも武装が可能だ。

 だから欲しい。ギャングの圧倒的な理不尽をより不条理とする論法の最たるものがドラゴであるが、しかしながらドラゴの販売は『サラエボ協定』で入手が困難なのだ。

 防衛・危機管理マーケット『International Defence Exhibition & Conference』。武器のコミケのようなそれにイタリアの馬鹿なマフィアが買い付けに行って。そのまま御縄になったなんて言う笑い話があるように、どの勢力も、どの組織も、ドラゴが欲しいんだ。

 だからこの世界で『サラエボ協定』のような国際条約を破る無法者の下に集って買い付けるんだ。


『ライダーたち配置に付いたか』


「着いたよ。早く始めようぜ」


 俺は薄暗がりの夜闇に紛れてそして姿も消して、取引の現場をしっかりと目撃していた。センサーカメラの内容は記録されCIAのデータバンクに送信されてる手筈になっている。

 そしてこの場にいる連中、特に俺達が今眼前で違法行為をしている連中のスマートグラスは俺が今必死になってニューロン暗号解析を試みて、枝を付ける事に成功している。

 アイツ等を即座に幻覚の、不思議の国の入口の穴に叩き落す事だって出来る。

 しかし、今回の上の命令は確保ではない。暗殺、殺害が、殺傷が目的なんだ。

 一つのコンテナが荷下ろしされ、マフィアたちの目の前でコンテナの鍵を開ける扉を開く船員たち。その中身はXG08スカーロッドとオプションパーツ一式と武器弾丸の山だ。

 扉が開かれそれを確認すると。


『各員、直接行動ダイレクト・アクション


 と指示が来た。

 俺達は前に出て、音なくそいつらの後ろに回り込んだ。

 気づく事なんてない。だって俺達は『見えない(……)兵士』なんだから。

 量子ステルスコーティングを施した小銃を抜いて近づき、バン。

 バンバンバンバン、とにかく撃ちまくっていた。サイレンサー付きだからバンと言い銃声ではないにしろ、撃って殺しているのは変わりはなかった。

 銃と硝煙と血と煙と骸と空薬莢。戦場を構成するパーツが爆誕するのに一分と時間は掛からない。どんな場所でもやろうと思えばそこは殺し合いの場所に様変わりする。

 バタバタと倒れる死体たちの中からロレッツ運商のバイヤーの顔を確認する。


「CIA、照合頼む」


『了解だ。ライダー』


 そう言い俺が足で転がした骸は頭が柘榴のように破裂して原型を留めていなかったが、幸いなことに歯の方と眼球だけは残っていて、そこから個人情報を呼び出しいったい誰だったか照合することが可能だった。


『ロレッツ運商の上級役員だ。ニューロン暗号でエフェリーネ・オラニエ=ナッサウの繋がりを、て、死んでたら出来ないか』


「ご明察。どうするよ、殺しちゃったよ……」


 死を売り歩く商人が一人死ねば道端に転がる死体の数が減るから、街の景観を損なわずに済むが根っこからそれを潰さないと意味がない。

 ギャングの手に持っているアタッシュケースを開けると、小分けにされた袋に透明なクリスタルがギッシリ、もうこれを見ても驚かない。

 覚せい剤だ。

 真っ当にlikeでドラゴを取引できないなら、それに代わる何かで取引しないといけない。レイダーや独裁者は悪く言われるが、概して期日はキッチリと守りlikeを支払う人種が多いい。だがマフィアともなると現物取引がもっともで、ダイヤや金、ドラッグが相場に決まっていてそれらだったら俺達の財布の中に入るのだが、こればっかりはどうしようもなかった。

 俺達は兵隊だ、薬の売人じゃない。

 こんなモノどうしようもないから俺は海へ向かってそれをぶん投げた。


『班長、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウの所在は分かりますか?』


『プリンセスと会談中だ。護衛は付いている、問題はない』


『了解です』


 久しぶりの殺し。暗殺。

 大義の為と言葉を取り繕うともその興奮は俺の中にあった。痛いぐらいに俺の心を刺激して、軟殻の中で激しく勃起している俺がいた。

 もう隠しようがなかった、俺は狂れてしまったんだ。俺は殺人鬼と何ら変わらない。この狂気は果たしてピンクマンの渡してきたコカインの作用か? 。それとも酒の影響? 。

 かの殺人鬼、酒鬼薔薇聖斗は殺人に快楽を見出したと言うが、それに近い感覚は俺を愕然とさせ、その真実を鮮明に突き付けてくる。

 俺は、快楽殺人犯と同じだ。

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