第42話
暗殺ユニットに俺達バタフライ・ドリームが組み込まれてからといもの、国際的にアウトな連中の指名手配書を見る機会は嫌でも多くなり、戦争犯罪に対する認識も俺も変わり始めていた。
根っこの部分、人の命はlikeに換金できるという価値観は変わっていないが、大勢の命を救うのにたった一人の命で済むと言う現実を俺に突き付けてきた。
コイツは虐殺罪。コイツは国家転覆罪。とりわけエフェリーネ・オラニエ=ナッサウは群を抜いてヤバいと言う事が判明して理解するのに時間は掛からなかった。
エフェリーネ・オラニエ=ナッサウ。ジュリエッタ王女の叔母に当たる傍系王族の一員で、所謂敏腕女社長という奴だ。
一代にしてオランダ屈指の貿易商を設立し、現在も彼女の運営しているロレッツ運商は数あるユーラシア鉄道本数の約6割を占める車両を有した随一の配達業者だった。
東は日本の東京、西はスペインまでこの地球上最も広大な大陸を渡り歩き、医療機器から食料品飲料水と手広く扱っている彼女の会社は、そう、武器も扱っている。
このご時世武器を扱う商人など然程珍しくはないが、それを多くの人間に行き渡らせると言う事は即ち戦場の市場を独占する事に他ならない。
弾丸の流通は? 。銃器の流通は? 。そしてドラゴの流通はどうなる? 。
卸売業者がいないとこればっかりはどうしようもない。大本である製造会社から直接取引できるのは数限られた人間だけであり、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウはその数限りある人間の一人だ。
エフェリーネ・オラニエ=ナッサウがCIAの指名手配書に名を連ねているのは何も武器を売っているからと言う単純な話ではない。
武器の売買は国際法に乗っ取って合法的に行われている。しかし、その取引の中にはグレーに当たるものも存在していて、それが特に顕著なのがドラゴの取引に関しての事ばかりだった。
ドラゴの取引に関して言えば『サラエボ協定』にキッチリと明記された取引内容、簡単に言えば、ドラゴ製造会社は国及び軍、国家の所属警察組織にのみその販売が許される。と書き記されている中で、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウは、それを無視できる数少ない人間の一人だった。
ソマリアでの第五次内戦で初めてドラゴが投入されたのは何時だったか、ソマリ解放自由同盟党なんていう武装勢力にドラゴを捌いたのはエフェリーネ・オラニエ=ナッサウがいたとされ、今現在のレイダーのドラゴ使用機の大本の供給源とされているのが彼女だった。
ドラゴレイダーのいる所にエフェリーネ・オラニエ=ナッサウの影在り。いつも胡散臭い場所には常に彼女の影があり、そしてCIAもNSAも、国際連合総会ですら彼女に明確な証拠を手にする事が出来ず野放しになっていた。
この世の原則の法律は疑わしきは罰せずであり、無罪推定の原則が罷り通り、嫌疑が掛かっていたとしても、それを咎める術がなかった。
そんな彼女はオラニエ=ナッサウ家の傍系王族に当たる人物であり、俺達の警護するジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウの叔母に当たる人物であるのは既に事前資料で確認済みで、CIAの要注意監視対象者として監視偵察衛星が常に彼女を追跡し続けている。
しかしながら、彼女は様々な場所に神出鬼没に姿を晦まし、そして現わしていた。
「スゴイのが港に来てるぞー」
バカでかいタンカー船が港に乗りつけられている。
ロレッツ運商の主だった商品輸送方はユーラシア鉄道を使った鉄道輸送だが、数少ない海運も彼女の会社は行っていて、ロレッツ運商の所有するタンカー船がわざわざインド洋から地中海くんだりまで来ているのは、偏にオランダの国政の不安定さから持ち上がった、跡目争いの要因だった。
首相であるウィレム=アレクサンダー・オラニエ=ナッサウが死んだ報は世間一般ではまだ公開されていない情報である。
しかしながらオランダ政府官僚、傍系王族にはもう知られている話であり、直系の血筋ではないにしろ王位継承権を持っているジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウに誰かしらが接触してくるのは予想されていて、この情報が俺達にもたらされたのはリブロー卿からだった。
話では政府官僚の誰かがうっかりフランスに文化交流外交としてオランダ国内にはジュリエッタがいないと口を滑らしてしまったらしく、大層大慌てで班長に直電をして来たそうだ。
リブロー卿はエフェリーネを出来うる限りジュリエッタと接触させるなと指示を出してきたそうなのだが、しかしながら俺達も護衛のみと言うが、身内の交流を阻止するだけの権限を持っている訳ではない。
だから、俺達の出来る行動は精々、交流の時間を少なくする程度だった。
俺達は所詮リブロー卿が個人的に雇った傭兵であり、王女の行動を左右したり、その周辺の人物をどうこう出来ると言う訳ではない。
しかしながら俺達にとってはある意味では、手間が省けた。
エフェリーネ・オラニエ=ナッサウは暗殺命令を受けているターゲットなのだから。
このフランスのカンヌまで出向いてきたのは、何も義理の姪に顔を合わせるだけではないのだろう。
予想されるのは、ドラゴの密売だ。
その現場を押さえ、地位を失墜させる乃至暗殺できれば敵が一人減る。
映画祭会場から俺は先行させているスカージの自立行動中のカメラを通して、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウの顔を捕らえ、それをデータ照合に掛けると本人である確率は百パーセント。
「騎士たち、どうします。あれ、まっすぐ会場に来てますけど」
『放置しろ。確実に確保できる現場で押さえるんだ』
葛藤さんがそう言うので俺は相変わらず見本市に行ってワインの吟味を始める。
ブランド物のワインは出ていないが、味わいで言うのなら俺はそんなに酒の味が分かるほうの人間ではないからに、アルコールが入っていればそれでいいといった具合だった。
柊の現在位置を確認すると相変わらずメインステージで映画鑑賞中だ。葛藤さんは会場のVIPルームを周辺を監視中。紙白はスマート状態を不活動状態にしていて居場所は分からないが、恐らくスカージの中に籠っているんだ。
さてさて、いったいこの武器商が一体どんな行動をするのか見ものだ。
大方の予想は付いている。戦術部とCIAの準軍事作戦部の予測では、エフェリーネ・オラニエ=ナッサウは十中八九、このフランスでドラゴを捌く気でいる、とのことだ。
そして捌いてレイダーたちをジュリエッタ王女に嗾ける気でいる。と言うのがお偉方の考えで、実際そうになるかは分からないが、あの貨物を大量にコンテナを積載したタンカー船には確実にドラゴが船積されている履歴があり、海上で下ろしていないのであればあそこには二十機程のフル拡張武装のドラゴがある。
卸先は何処になるやら。フランス国内で顧客となるのは数多いいだろう。
表向きの綺麗でホワイトな仕事をするとなるとフランス軍や警察、変わり種ならばフランスの特殊部隊GIGN、国家憲兵隊治安介入部隊だって取引相手になりえる。
黒い取引であるのなら、ギャング、マフィアたちが大きな収入源になるだろう。レイダーたちにドラゴを売買したって実入りが少ない筈だ。
俺はそんな事を考えながらスマートグラスに表示されているエフェリーネ・オラニエ=ナッサウの顔を見ながら薄ら笑いを浮かべグッとワインを飲んだ。
「ハァイ。あなたまたお酒を呑んでいるの?」
その声に俺はスマートの映像を閉じ、そちらを向くとマリアがいた。
「やあ、マリア。今日も綺麗で」
「醜いお世辞ね。もう少しいい言葉が欲しいわ」
そう言われても俺も困ってしまうが、そんな困っている中でマリアが一人の男性を紹介してきた。
ド派手な男だ髪を真っピンクに染め上げ、ジャラジャラとブレスレットやらネックレスを付けて、これまたド派手な虎柄のコートを、と言うより虎の毛皮を着ていた。
「彼はピンクマン。今度の私が出演する映画の監督よ」
「どうも、俺はホーク・ディード社所属の倉敷賢吾と申します」
俺は拙い社交辞令をするのににこやかに笑ったピンクマンと呼ばれた映画監督は手を取ってきた。
「君、傭兵なんだって?」
キラキラとした目付きで聞いてくるに俺は戸惑ってしまう。
「え、ええ……」
「エクセレント! 。君のような人物を探してたんだ!」
そういうピンクマンは手の平にプリントしたスマートを俺に向けてきた。
何でも彼は今スランプに陥っていて、今度マリアをヒロインにした映画の題材にドラゴを使った映画を撮りたいと言うので俺に取材をしたいのだと言う。
本当はこの見本市にスポンサーを探しに来ていたそうなのだが、ドラゴ・ライダーでここまでの人物はいないとマリアは思ったそうで、まだまだ企画段階のその映画の取材が今ここで行われていた。
「体格は僕たちと大して変わらないね。ドラゴに乗っているんだから軍人みたいに筋骨隆々かと思っていたよ」
「確かにそう言った人はいますよ。筋肉が付いてた方が軟殻の動作感知に敏感に反応しますし、でも俺達はちょっと操作感が違いますからね」
「ほう、と言うと?」
「守秘義務があるんでちょっと……」
そう、最近俺達、と言うよりは俺は、軟殻の肉体動作での操作をほとんどしていなかった。と言うのもピューパ素子の軟殻結合が激しく、思考操作した方が体を動かすより楽であることが多くなってきたから俺は思考制御に切り替え始めていた。
考えただけで思い描いた動きを筋肉アクチュエータ群が動かしてくれて、そっちの方が俺は楽が出来るから、横着にそうしていた。
ピンクマンは他にも戦場の主戦力がドラゴに変わったのか? 。とか、軍事作戦はどうだったのかとか? 。そんな質問をピンクマンがしてくるので俺は守秘義務で言えないとこだけを隠して話した。殆んどナチュラルに出来うる限りノンフィクションで。
この場合下手な嘘より、ナチュラルな真実である方がこの場合は現実味がなかったから俺はそのまま話した。
ヨルムンガンドでのドラゴ訓練、班長との対戦、油田基地での落鉄の恐怖、村での潜伏、カブール大殺戮と。
ピンクマンは大笑い、マリアもくすくす笑っていた。
だってこんな事が真実であってはならないからだ、あまりにも残虐で、残忍で、残酷な話が真実であってはならない。
「やっぱりあなたは殺しを語らせると道化より笑えるわ」
なぜだろうか俺は至って真面目に話しているのだが、顔に手をやると頬が引き攣ってピクピクと痙攣した薄ら笑いが漏れているではないか。
馬鹿らしい。殺しが楽しい? 。そんな馬鹿な。
己の心に蓋をして必死にその真実を隠そうとも、顔にはそれが真実であると浮かんでいて、この不気味な嗤いが己で恐ろしがっている。
道化でいいじゃないか。それで笑いの一つがとれるなら。
ピンクマンは満足した様子だったが、もっと話を聞きたいと言うので今日のステージが終わったら個人的に話そうと持ち掛けてくる。
俺はスマートを確認し作戦が入っていないかを見るが、如何せん不定期だ、夜にエフェリーネ・オラニエ=ナッサウが動くかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「予定が空いてたら」
「ああ、よろしく頼むよ!」
ピンクマンの笑顔を見送って俺はトイレへと向かった。
鏡に映るその顔に俺は愕然とする。
笑っている。嗤えてしまっている。あれだけ憎悪した殺しを嗤って答えている俺がいる。
鏡を見ているとおかしくなりそうだった。
そこに映る俺の顔がまるで他人の顔のように思えて気味が悪かった。顔を触れるとそれに追従するように鏡の中の俺が動いている。当たり前だが、しかしその鏡の中と外が一致していないような感覚があるので混乱してしまう。
俺は一体どうなりたいんだ、どうなってしまうんだ? 。




