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ポスト・ユニバース  作者: 我楽娯兵
騎士・王位・強奪
41/58

第41話

 カンヌ映画祭も12日間行われるが夜通しやる訳ではなく。夜と閉幕する。

 俺達バタフライ・ドリームはビジネスホテルの個室を宛がわれ、俺は一人ビールを呷ってこの孤独感を紛らわせて、潤う事のない枯れ果てた心に何を補給すべきなのか俺は悩んでいた。

 プリンセスの警備はもう大丈夫だ。夜になれば外に出ないと事前に聞いているからにもう十分な日常業務は終了だ。

 三ツ星の立派なホテルではないが、プリンセス・ジュリエッタの警護に俺達バタフライ・ドリームは個々人バラバラにホテルを取っていて、王女のホテルから一キロと離れていない所に俺達は警備で配置されていてもしもジュリエッタ王女殿下に何かがあれば、スカージを着てすぐに急行すると言う運びになっているが、ここ二日間にそれと言った重大事は大抵がフランス警察が制圧している。

 俺達はお呼びでないようだ。

 そんな訳で俺達は管を巻く事しかやる事が無く、柊に関して言えば連日メインステージに行って映画三昧だ。

 俺も、見本市の方パーティーで酒を呑み上げて、夕方になると手が震えてきてしまうほどアルコール漬しの脳味噌になり、立派なアル中の完成だ。

 こんなんで仕事が務まるんだから世の中優しく出来ているモノだ。

 それでも俺の気力ややる気は低下の一方で、倦怠感のような重怠さに気が滅入る。

 鬱の顕著な症状、やる気の低下だった。それを隠す様に酒に逃げて、薬に逃げて、そんな様に成り果てても生きて行かないといけないから世の中は世知辛い。

 俺はジャケットを着てホテルを出た。

 向かう先は何処でも良かった。如何せん腹が減っているのか減っていないのか分からない中途半端な腹加減に、俺は全身の重さを紛らわせるようにビールを呷っていた。

 路上呑みはフランスでは御法度だが、俺の見た目と連日レイダーの対策で手が回らない警察連中は黙認している。

 スマートで評判の良さそうな、そして人気のなさそうなレストラン探す。

 こっちのレストランと言えば日本のファミレスと違ってコース料理だから、ドレスコートもあり得ると思ってキチンとスーツは着てきている。

 港沿いのひっそりとしたレストランに入り、一人であると給仕に伝え、俺は席に着いた。オーダーは料理人に任せると伝えているからに上客が来たと言わんばかりに給仕は高そうなワインを持ってくる。

 グラスに注がれるその色鮮やかなワイン。ラベルのメタデータを引っ張って見てみるとボルドーと出ていて、まあフランスだから当たり前かと言ったところか。

 こんなモノ、俺にはもうジュースとさして変わりはなかった。

 グッと、味わう事もせずにワイングラスに注がれたそれを飲み干す。

 コイツは甘い、甘口のこれならば本当にジュースみたいに飲み干せる。

 ギョッとする給仕に俺は机を指でトントンと叩き早く次を注げと催促するが、面倒になる。


「ボトル置いてってくれ。呼ぶのが面倒なんだ」


 その俺の態度に気分を害したのか給仕はボトルを置いて奥へと消えていく。

 赤ワインじゃなくて、食前なら白が良かったと嘆くがもう遅い。俺はグラスに注ぐのも面倒になりボトルをラッパ飲みで飲んでしまう。

 どうしてこうなったんだろうか。きっと中東の事情と欧州の事情のギャップで、それに疲れ果ててしまったからにこうなってしまったんだろう。

 つい数週間前まで中東の荒れ果ての戦場でドラゴを乗り回し、少年兵を殺して回っていたのに、今では文明人を気取ってここに来ているからに俺の頭の中の無意識が驚いているんだ。

 惑星が違うのではないのか。そう思わせてしまいそうなほど生活が違い過ぎる。

 戦場がないこのフランス、オランダ、欧州の世界で中東の地獄は想像でしか語れないだろう。きっとここにいる人間の全員が人の命がどれだけ軽くて、likeにしやすいのか知らない。

 だから命は大切だと説いて、天に胡坐をかく無能な神に祈りを捧げる為に教会に無知で無垢な住民たちが赴くのだ。

 神様は何もしてはくれない。何もしてくれないから、あんな地獄が起こるんだ。

 俺は地獄を渡って流れて来たはぐれ者に、この平和な世界のどこにも居場所がない。

 だから自分の居場所はキッチリ自分で示さないといけないのだが、その障害となるのが何を隠そうとも鬱病であり、1それが著しく気力を削いでいく。

 誰かが俺に生きる意味を与えてくれるんじゃないかと、希望的な願いを思い浮かべながら、この持て余して腐ってしまった根性をまともに戻してくれるんじゃないかと願ってやまない。

 だがそんな事は全然なく、俺に与えられた意味なんて殺しの任務だけでそれも曖昧ときた。

 狙う先のない弾丸は明後日の方向に飛んでいくばかりであり、俺はその弾丸でどこかに当たって砕ける運命にある。

 弾丸の弾となった俺を、誰か受け止めてくれ。そして俺の意味を果たさしてくれ。

 癖のように指をこめかみを叩きながら、苛立ったの原因のそれに眼を向ける。

 多いい。鬱陶しい。中東の比ではない。何に苛立っているのかと言うと。

 ――ハエに、だ。

 最近分かってきた。たぶんこれも幻覚なんだ。じゃないと、あんなに顔の周りに集っている向い側に座る客が鬱陶しがらないのがおかしい位だ。

 幻覚と譫妄。黙ってそこに座っているだけでも聞こえてくる、クスクスと子供の笑い声のような声に頭が割れそうだった。

 バリバリと頭を掻き毟ってラッパ飲みでワインを呑む俺に周囲の客もギョッとして異常者を見る目に変わるが、もう知った事ではなかった。

 そうだ俺は異常者だ。だからどうした。後ろ指さすなら差せばいいさ、そう居直って見せるような俺に数人の客が店を出て行くからに、俺はざまあないと空となったボトルを置き、ベルを叩き別のワインを頼んだ。


「荒れているじゃない」


 その声に酩酊した意識の中で俺はそれを見ると。


「ああっと、女優さんの」


「マリアよ。酷い顔、何かあったの」


 向いに自然と座る彼女に俺は面倒だと頭を抱えて見せて、ギロリと彼女を睨んだ。

 悪意も何もない。無関心で無感動の、それは彼女の全てを見ていているのに、彼女は素知らぬ雰囲気で俺を観察するように見てる。


「酷く荒れてる。ふふん、でも理由は自分自身でも分かってないようね」


「何でそう思う?」


「だってあなたのような人が酒に逃げるなんて、相当な事がない限り無いんじゃない? 。私はそう思ったのよ。直感で、ね」


 得意気に微笑で応じる彼女に俺はおかしくなりそうだった。

 この女、どこか俺を計っているような、そう観測されているような気がしてならない。不快感、そう感じる。


「俺はアンタが嫌いだ。俺を計って、謀ってくるような言い方に精神が逆撫でされるようで苛々する」


「あら、ごめんなさいね。私の悪い癖ね。温和そうなあなたがそんなに荒れるなんて、きっと何か原因があるんじゃない? 。そうたとえば……満ち足りないとか」


 そうだ、満ち足りない。

 なぜ満ち足りない。食うも寝るも、抱く事すらホーク・ディード社は保証してくれているのになぜ満ち足りないんだ。

 答えは出ていた。俺の頭の中で否定し続けていた欲望に眼を向ける必要がったんだ。

 殺したい──人を殺した事で、中東にいたあの濃厚な時間が、経験が、殺しに対するハードルをグンと下げ、楽しさすら見出しかけていた俺に、急にお預けを喰らった様にアフガニスタンから引き揚げたからに、俺の内なる何かが叫んで回っているんだ。

 おい賢吾、どうした、殺したりないぞ。もっと、もっと人を殺さしてくれ、と。

 どうかしている、人を殺したいなんて。俺はどうにかしてしまったんだ。

 元からどうにかしているが、今回の壊れ方は自分自身でも分かるぐらい、どうにかしている。

 人を殺したいなんて悪魔の所業、と言い切りたかったが、よくよく考えろ。

 もう俺は人を殺している身だ。悪魔と言うのなら俺は悪魔であり悪鬼であり、鬼畜外道の極悪人なのだ。

 もう引き返せない所まで足を踏み入れている。

 誰が想像できる? 。大人になったら人を殺してlikeを稼ぐお仕事に着きます、なんて、ガキの頃は想像しなかった。想像したならきっと頭の大事な螺子の一本をどこかに外してしまっている。

 俺は腕を組んでまるで神様に祈るように念じる。この邪悪な思考を振り払おうとするが、どうしても頭の底にこびりついてしまっていて逃げきれなかった。


「オードブルでございます」


 給仕がサーモンとホタテのカルパッチョを持ってくるので俺はそれを目の前にし、(かぶり)を振るった。そうだ俺は飯を食いに来たんだ。

 小難しい事を考えに来たんじゃない。


「私にも彼と同じもの頂戴な」


 マリアが給仕にそう言い同じものを頼みだしたので俺は訊いてみた。


「俺なんかと飯一緒にしていいのか。銀幕のヒロインが」


「別に犯罪者と一緒に食事をしてるわけじゃないんだし、いいじゃない? 。私パパラッチとかあまり気にしない(タチ)なの」


 何と言うか肝っ玉の据わった女性だ。そう思えてしまう、あれだけ不快感があるのにその一言でまるで何と言う事もない程に親しみが湧いてくる。

 そんな彼女に俺は試す様に訊いてみる。


「人殺しでも一緒に飯食っていいのか?」


「あら? 。あなた人殺したことあるの?」


「あると言ったら」


「どうもしないわ。むしろそっちの方が興味あるわね。役者的に」


 そういう彼女は魔性の笑みを浮かべる。

 不思議な女性だった。時折まるで別人になってしまったのではないと思う程、人が変わることもあれば、俺の思い描く通りに動いても見せてくれて。

 何故だろう。この人と共に居る事が苦にならない。

 人と接する事が苦しくて苦しくておかしくなった俺に、この人はそれを感じさせてくれない。

 彼女は俺の話を親身に聞いてくれて、最も彼女が関心をよせる話題は殺しに関する事だった。


「人ってそんなに脆いの?」


「ああ、ちょっと首を捻っただけでポキッと首の骨が折れちまう。枝を折るのと同じで、何にも躊躇が無いいんだ。俺にとっては、ね」


「……不思議だわ。あなた殺しを語らせたとき、気持ちよさそうな顔をする」


「そうか? 。忌むべき行為だろ。俺が気持ちよさそうだなんて──」


 否定しようとしても、頬が持ち上がっていることに変わりはなく、完璧に否定が出来なかった。

 熱心に殺しの事を聞いてくる彼女に俺は不思議に思い聞いた。なんでこんな事を聞くのかと。


「役者がらってとこかしらね。私の俳優としてのイメージが(ヒール)に寄っているみたいなの」


「悪役、悪玉、ヴィランか。君はでもハーレークィンのような感じじゃないな、どちらかと言えば羊たちの沈黙のレクター教授だ」


「私が人の肉を食べるの姿が思い浮かんだ? 。それを言われるのは今回撮った映画の監督と同じで二回目よ。理性的で、でもどこか何かが外れた感じがするって」


「いいイメージではないな」


「もう馴れたわ。悪役を演じるのに苦労はない。ありのままを表現すればいいんだから」


「ありのまま?」


「そう、人ととしてのありのままを。あの給仕さんのお腹を開いてみたいとか、腸の長さはどのくらい、胃の大きさはどのくらいとか。ちょっとした子供心の疑問を思い出して表現してると私は悪役になってるの」


 子供の心は純粋でいて残酷だ。無暗に蟻を踏み潰して楽しむ、意味なく蝶の羽を毟ってみたり、ネズミを溺れさせてみたり、純粋な好奇心からその残虐性はより際立つ。

 彼女は子供のそんな純粋な残忍性を背負っているんだ。


「あなたって不思議。子供みたいなのに、大人でもある。なのにずっとどこか心が抜け落ちてる気がする」


「君にはそう見えるのか。俺が」


「ええ、ずっと心ここに在らずって感じがするわ」


 そうだ。俺は心をどこかに落っことしてきたんだ。

 何処で心を落としてきたんだろうか。鬱で入院した時か? 、それとも初めてドラゴに乗った時か? 、それとも初めて殺しをした時か? 。

 判りはしないだが、ただ判る事は。ここに心は在らず、伽藍の人がここにいると言う事だけ。

 ふと紙白の話が思い浮かんだ。ゾンビと。


「俺は、ゾンビなのかもな」


「何、急に。ゾンビって? 。あなたは人でしょ」


「知り合いの話でな。哲学のゾンビが居るそうなんだ。人間の体でとまるで一緒なのに、意識のない人が」


「意識がないなら寝てるって事でしょ?」


「いや違う、意識と言うものが元から存在しないモノなんだそうだ。意識と言うクリオアが消失した、人の様で人ではないゾンビ。哲学も語り、神も語り、喜怒哀楽を持ち得ながら、意識のない哲学的ゾンビ」


「不思議な話ね。意識が無いってどんな感覚なのかしら」


「さあな。分からない」


 俺は俺の意識の存在を俺自身でしか証明できない。彼女がゾンビの可能性だってある。だが、俺は思っていた。

 彼女はゾンビではないのではないと。こんなにも熱心に殺しを聴き、反応する存在がゾンビなはずがないじゃないか。

 俺はこの話は果てが無いと思っている。だから止めだ。


「次どんな殺しの話を聞きたい?」

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