第37話
核兵器が使われた例がまた一つ増えた。
と言うのは他人事のようだが、俺達はそれを実際目の当たりにしている。しかし俺達はそれを阻止するだけの力を持て居ながらそれを見過ごしいて、戦闘地域から逃げてアフガニスタン地区の国境を越え旧トルクメニスタン地区へ移動、そこからは空路空路と続き、カスピ海と黒海を飛び越えてブルガリアの首都ソフィアを経由し、そこからは陸路でヨーロッパを縦断することとなった。
流石に移動するのにをフル装備の弾痕こさえたドラゴが奔ると言うのは憚られるらしく、セルビアのホーク・ディード社支店に寄り大型トレーラーを借り欧州を横断、イギリス経由でアメリカの本社へと出向、もとい、棺の納品をしないといけない。
そうなのだが、仕事と言うのは何処にでも転がっていて、俺達はほぼ欧州を横断し終え後はイギリス海峡を乗り越えて、北大西洋を一足飛びにホーク・ディード社本社に行けるのだが、別件の仕事の受領命令が下っていた。
その命令と言うのも、あまりにも常軌を逸していると言うのか、金に糸目を付けぬとでも言うべきなのか、俺達は今、王室にいる。
「ドルガバのスーツ。即金で渡してくるかねぇ」
俺は姿見の前で自分の姿を見て苦笑いを浮かべてしまう。雇用主がドルチェ&ガッバーナの新作スーツを与えると言うので言われるがまま来てみると、如何せん似合ってみるのではないだろうか。
日本の十二単から着想を得たらしく下の白シャツが幾層にも折り重なって見えるそれはサーモスタット機能を内蔵していて、折り重ねているのはシャツ内に厚さ0.4mmのフレキスブル・バッテリーを搭載する為で電熱線が隅々まで張り巡らされている。ネクタイはないにしろ黒のジャケットも高級品でツーピーススーツで袖にはスマートフィルム端末が印刷されていて常時ネットに接続している。
しかもこのスーツに使われている布素材はスマートとペアリングし、ニューロン暗号にタグ付けすると慎重に合わせ延び縮する特殊繊維だ。
その姿に丸眼鏡の黒グラス端末を付けた俺は。
「葛藤さん。俺なんかチンピラぽくないっスか?」
「チンピラぽいっていうか……胡散臭いな」
「やっぱり、俺スーツに合わねえな」
俺は首を捻りながら、抗鬱剤を呑んで身支度を整える。胡散臭くともこれが雇用主が望む服装ならば着るしかあるまいて。
葛藤さんは俺みたいにスーツを渡されることはなく退役者用の日防軍軍服を自前で用意していてそれに袖を通していた。
貧乏人はお呼びで無いようで、俺達みたいな傭兵は貧乏人と相場が決まっていると決めつけられスーツを寄越してくるスポンサーは偏見に満ちているが、まあそれもあながち間違っていないのが歯痒いかな。確かに俺は貧乏だし、柊に至っては借金を持っているからにこうした雇用主の意向で支給されるこうした高級品はある意味では嬉しいボーナスだ。
俺も安物のスーツなら持っていたが、裾裏は革靴で踏み上げてボロボロだったからちょうどいい紳士服が手に入った。
満足満足と俺はホクホク顔で待合室の扉を開いて、大広間の会議室に入室するとそこにはお嬢様方はもう揃っていて、班長はパンツスタルのスーツ、柊は俺と同じでドルガバの新作スカートスーツ、紙白は黒のワンピース姿だった。
「かはァ! 。倉敷っち胡散臭あ!」
「言うな馬鹿。チョイ悪と言いなさい」
「ちょっとどころじゃなけどね」
「いいんじゃないか? 。今はスーツに着られても、徐々に着慣れるさ。ドラゴと同じでね♪」
椅子に座ってテーブルに足を乗せようものなら、もう俺はヤクザかチンピラと見紛うガラの悪さで、こんな大広間で待てと言う雇用主の使用人であろう者たちも何も言わないから俺は煙草を取り出す。
「王室だぞ、控えろよ」
「いいじゃないっすか? 。いいっすよね? 。班長」
「灰皿があるんだ。灰は落とさない事だね」
そういうので班長の太鼓判を得たと俺は火を付ける。と言うか紙白は有無を聞かずもう火を灯している、マリファナに。
オランダは言うなればドラッグの聖地だ。首都アムステルダムは裏路地に入ればヤクの売人がうじゃうじゃいるんで、オランダ政府もマリファナ程度はもう数世紀前には合法にしていてコーヒーショップなんてマリファナを取り扱う店まであるくらいで、ここは言うなればジャンキーのメッカだ。
紙白は顔には出さないまでも興奮している様子が見て取れ、仕事が終わったならすぐさまコーヒーショップに飛んでいきそうな勢いだ。
まあ何にしろここはある程度の薬物を合法と扱う国で、そこに所属してないまでも俺達もその法律に宛がわれて合法的に薬物を楽しむ事が出来る。
「こんな破落戸にジュリエッタ様を預ける事になるとはな」
その声に俺達はそちらを見た。そこにいたのは何とも煌びやかな軍服を来た男だった。北欧人の彫りの深い鼻高い顔つきは俺達日本人には無い。
そしてガタイも葛藤さんよりもいいと来た。おおヤダヤダ怖い怖い。
「ご挨拶を、リブロー卿。私たちはホーク・ディード社、戦闘事業担当官、フランシス・コンソールティと申します。こちらは私の受け持つ戦闘事業班の『バタフライ・ドリーム』です」
葛藤さんがさっと立ち上がり敬礼するので、俺も重い腰を上げて見様見真似の敬礼をしてみるが敬礼の手にタバコが挟まっていなかったら百点満点だったろう。
紙白は静かに立ち上がり一礼し、柊もそれに続いて静々と礼する。
リブロー卿と呼ばれた男は大きな溜息をついて手を胸に添えて挨拶をする。
「吾輩はオランダ国軍ドラゴ編隊『ファーフナー騎士団』団長。ジュリエッタ・アレクサンダーの主任警備員、サリウラ・カレル・フレデリック・アレクサンダー・リブローである。遠い地から御足労ご苦労」
着座を促すリブロー卿に俺達は応じて座る。
ちょっと驚いた。欧州最強の名をほしいままにしているドラゴ部隊はどこか? 。ドイツの『リントヴルム部隊』か? 。それともフランスの『レッド・ドラゴン』か? 。
いいや、ここに言おう。この人、この人の率いるファーフナー騎士団だ。
NATO、北大西洋条約機構加盟しているオランダで、オール・フォーマットを欧州の中で影響を最も受けていない国で、そのせいか経済的な安定性は日本よりも段違いに高く、そして技術的革新も積極的に取り入れてきた国の一つだ。
実戦で初めてドラゴを導入したのはインドの特殊装甲旅団『ナーガラージャ』が初めてだが、一般企業に初めて導入したのはオランダが初だ。
故にドラゴの発展具合は各国の中でも最も高く、アメリカも上回っていると噂されるくらいに技術的に高く、そして柔軟だ。
その中でもファーフナー騎士団は頭一つ抜けていると言われ、オール・フォーマットで過激化したレイダーたちの制圧性はホーク・ディード社以上とまで社内で確証的に言われるくらいで、オランダの治安は今では日本よりもいい位だ。
そんな強力なドラゴ部隊のはずだが、ファーフナー騎士団の団長様が一体何のご依頼かなと俺は煙草を一吸いしてその火を灰皿で揉み消しキチンと聞く姿勢に入ってみた。
「今回、君たちに依頼したいのはジュリエッタ・アレクサンダー王女殿下の護衛を頼みたい」
「ふぅん。どういった人物で、推定される敵戦力の推定は?」
班長がそう聞くがその声色はどこか懐疑的。
それもそうだ、何せ依頼主たるリブロー卿自体が熟達したドラゴ操縦士であるのは一目瞭然であり、はっきりな話で警備の仕事を外注に出すこと自体可笑しな話なのだが。
そうも言ってられない様子だった。
「挑発の意味でそれを聞いているなら私は答える気はない」
「いえいえ、そんな気はありませんよ。ただちょっと気になりましてね。あなたのような兵が一体なぜ我々のような傭兵稼業の者たちに仕事を卸すのか不思議でしてね」
リブロー卿が腕を組んで言いにくいように言い淀んだが、意を決したように言った。
「ウィレム陛下が崩御成された」
「まさか、そんな──」
班長が言葉を詰まらせていた。俺も驚きだった。何せこの情報はまだ表に出ていない情報だったからだ。
普通一国を背負う長が死んだなんて事があったならすぐにでも報道されるのが普通なのだが。一体なぜ報道されない。
「ウィリアム陛下の崩御の報は未だ伏せられ、報道管制が敷かれ政府の内々でしかこの情報が流れていない」
トップを失った国ほど攻め込みやすいモノはない。レイダー対策だろう。
となれば、次に警戒するのは当然。
「近日中にこの情報は公開していくつもりだが、次の王座に座る場が空席では市民に示しがつかない。その為に我々は選挙をすることにした」
オランダ国王であるアムスベルク家当主のウィレム=アレクサンダー・クラウス・ヘオルフ・フェルディナント・ファン・オラニエ=ナッサウ陛下には三人の娘がいる。しかしその三人の娘は別の家に嫁ぎ、必然的に傍系王族の誰かに王位が移行するとなるが、何となく予想が付く。
何処の国でも変わらないであろう。お家騒動という奴だ。跡目争いに拍車が掛かれば人死になんて容易に出よう。
簡単な計算式だ。傍系王族の内一人しかそのトロフィーが貰えないなら、他を蹴落としてしまえばいい話、血で血を洗う騒動になりかけているんだろう。
「君たちにはジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウ王女陛下の警護に回ってもらいたい。私は国に仕える身故、誰かしらに肩入れすることは許されない」
「でも、肩入れしたい人はいる。ふふん♪ 何とも人らしい警備依頼だ」
ジュリエッタ・アレクサンダー・オラニエ=ナッサウ王女陛下とは聞いたことのない名前だが、王族に名を連ねる者なのだろうからに相当偉い人なんだろうが、何と言うかここまでくると俺達からは雲の上のような話で、実感が湧かない。
まあ何にしろ、likeを下ろしてくれるのならそれでいい。likeは人の世の回りモノ。
誰かがやらねばそれに価値は産まれない、その価値を勝ち得るのは──俺達ってなだけだ。




