第36話
敵が迫ってきている。そう、敵が。
アフガン解放戦線に取り巻きの様に伴われたレイダーたちの数は尋常じゃなく、ここ最近ずっと俺達は出ずっぱりだ。
敵が目標としているのは、そう、ロケットだ。
ドラゴ積載の有人飛行ロケットに無数の敵の眼が向いていて、それは同時にそのロケットが丸々兵器として転用するという考えを余裕で汲み取れる。
そんな中で俺はドラゴの中に乗り込んだまま、スマートグラスの通話機能を立ち上げて、生き残っている大気圏外の衛星軌道上に乗っている衛星通信で遠い東方の地、我が祖国日本の実家に連絡を入れていた。
『分かった。その子を引き取ればいいんだな』
兄ちゃんにその事はもう相当前から相談していたが、やはりいい顔をしなかったために、ずっと説得していて、何とか折れてくれたからに俺もようやく肩の荷が下りた気持ちだった。
「うん。頼むよ。もう空港に付いてる頃だろうから、向いに行ってやってくれ。顔写真は送っておくから別の子を引き取るなよ」
『猿じゃないんだ、そんなヘマはしない』
軽口を叩いてみるが、やはり長年共にした中に何かを感じ取るだけの要素があったようで、兄ちゃんが言う。
『きつくないか? 。慣れない海外での仕事、無理なら投げ出してもいいんだぞ』
「何だよ急に。投げ出さねえよ、違約金発生するし」
『違約金なんてどうとでもなる。お前が急に難民の子を養子縁組しようなんて言い出した日は、きっとなんかあったんだろう?』
「…………」
そう、このラシードの養子縁組の話はカブール大殺戮の後に、俺が勝手に決めた事だった。紙白が言っていたように世界各地を転戦だってあり得るこの傭兵稼業に、子連れ狼を気取ってあちこちに子供を引き釣り回すなんて、俺の精神では無理だった。
結局弱いままな俺は、安全でそして預けて安心な兄ちゃんの所にラシードを送る事に決めたんだ。
それに俺はラシードに合わせる顔がない。アイツの村を爆破し吹き飛ばして、人を殺したこの手でアイツの頭を撫でたのなら、この歪みがラシードに移ってしまわないか、心配で心配で、不安で、俺はこの危なっかしい国からラシードを送り出したんだ。
手間賃を散々取られたが、そこは天下のアメリカ軍傘下の民間軍事会社、ホーク・ディード社の手続きに不備は見当たらなく、血の繋がらない家族としてラシードを俺の家に迎え入れた。
これでいいんだ。これでいい筈なんだ。あの純粋な魂がこの戦争という名の歪みで歪曲されていく姿は見たくはなかった。
『母さんと父さんが死ぬ瞬間まで、俺達に生きろって言ってろ? 。死にそうだとか、死にたいだと思う位だったら、戻ってこい』
「ありがとう、兄ちゃん」
アラームが唐突になり始め、俺は通話を切った。
ドラゴを駆動させ、地上へと向かいそれを臨むと一面に広がる敵、敵、敵。
『バタフライ各員に通達。ロケットの発射迄防衛するんだ。ユー・コピー?』
『バタフライ、了解』
ドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃を構え、周辺地形、敵性勢力の総数をアイ・ドールのレーザー測定で射出測定する。その敵の総数は約1500、ドラゴもその数の中には含まれている。
対するこっちの人員はバタフライ・ドリームと僅かな班が数班。UAVはロケット発射の準備の影響で飛ばせない為、十全な戦況確認が困難だった。
全員ドラゴ装着の歴戦の傭兵だが──見える。サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊が。
「ハハッ……アジ・ダハーカ旅団のドラゴも見える。もう味方であるふりをするのも辞めたみたいだ」
敵の狙いは分かっている。
――ロケット。そしてこの宇宙管制センター基地の地下にあるRRW、核弾頭だ。
『DAを開始する。――オペレーション……スタート』
海を隔てた先にあるホーク・ディード社のTOC、戦術作戦司令部がDA、直接行動を指示してくると言う事は、そう、パキスタン臨時政府との戦闘事業の業務指示を受領したことを意味していた。
戦争だ。
全員が奔りだした。
こんな荒涼とした荒れ地に遮蔽物も何もない。この夜の暗闇だけが俺達を覆い隠してくれそれに紛れて俺達は戦うんだ。
だが騒音もひどく、それもすぐにバレてしまう。
タタタタンっと発射される銃声に合わせ、あちこちから弾丸の光が夜闇に煌き、俺はリアクティブ・シールドを構え、ブローニングの引き金を引く。
挽き肉と表現するに当て嵌るそれが生身のレイダーたちの残骸を踏み潰し、敵集団中央へとロードホイールを吹かして突貫する。
敵のドラゴの数は少ない。生身の人間が多いいくらいだ。
だが、ドラゴでも関節の隙間、装甲殻の隙間を狙われたなら軟殻を貫いて、俺に弾丸がこんにちわする。もう撃たれるのは懲り懲りだ。
「ハッ!」
生身のレイダーを盾で叩き払いシールドが爆発して粉々になる。
敵の残骸を全身で浴びて、銃を乱射する。
狙いもなにもあったモノではなかったが、如何せん敵は密集していて狙わずとも敵に着弾する。射撃管制制御装置も必要ない。敵が多すぎる。
そんな中で、見える。ドラゴが。
咄嗟に盾を構えた。盾にダンダンと跳ねる弾丸。長距離からの口径12.7 mmの弾丸で、それは十分にそれ単体で装甲殻を貫くだけの威力を持っている。生身の連中の持つ粗悪なAKとは訳が違う。
その中を闇に紛れてヌッと現れたのは、アジ・ダハーカ旅団のドラゴだった。
あのひらひら装飾を施した装備を黒塗りに変え、それが夜間迷彩に変わっているから視覚で捉える事は困難だった。しかし射撃管制レーダーでエコーがあったから反応できた。
ガシャンと叩きつけられるのは片手で扱いやすく加工された鉄塊、よくよく見れば手斧のような形状をしている。もう片方の手には小さな盾を持っていて防御もそれで賄っているようだ。
俺は肩部ハードポイントにブローニングを納め近接格闘マテュテを抜いた。
振り回してくる戦斧を盾でしっかりと防ぎ、敵の胴へマテュテを振った。ガンっと甲高い音と火花。敵もしっかりと俺のマテュテを盾で防いでいるが、しかし手数は俺の方が多い。
肩を押し込んで敵の胴体を射抜くように腕を構える。発射。
腕部ハードポイントに装備されているのはこれまた近接格闘用の小型パイルバンカー『グリップパイル』だ。
敵の盾を射抜き盾を持った腕が吹き飛んだ。パイルバンカーの反動を利用し回転し勢いを付けて胴体にマテュテを叩き込んだ。
グシュッという嫌な音と共に、ドロリとそこから流れ出てくるゲルシリンダの白い超伝達動力性可塑液と赤い血液が入り混じりマーブル模様を見せてくる。
惚けている暇は無い。次だ次だ、次だ! 、次だ! 、次だ! 。
ちょっとした僅かな時間も許されない混然一体の、敵味方入り混じる乱戦に休みなどありわせず、徹底的な殲滅戦だ。
そんな中で瞬く。輝く。閃光の一閃。
『お出ましだ。『棺』持ちだ!』
班長の声に俺はそれを見た。
味方のドラゴを両断し、冷静に、冷徹に、冷酷に、俺達を睨みつけるようにそのドラゴ、サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊の棺持ちがいた。
「ここであったか百年目だ。こんちくしょうが!」
最もソイツから近かったのは残念なことに俺で、俺達バタフライ・ドリームの一番の任務はヤツの装備。『棺』の確保だった。
今もそれは変わっていなく、バタフライ・ドリーム班がの全員がその『棺』の価値を、この戦場であれを持っているヤツ以上に知っている。
この世界を崩す、この世に存在してはいけない技術装置。
ライトセイバーを振って俺を見やるそいつに、俺もマテュテを振ってこっちに来いと挑発する。
「懐かしいエンブレムだろ。リベンジだ。クソッタレ!」
コイツのお陰で俺は心に大きな傷を負った、負い目を感じる事をしないといけなくなった。
憎たらしい、恨めしい、コイツを殺してそして『棺』をはぎ取ってやる。
ライトセイバーを振り上げて襲い掛かってくるソイツ。近距離に持ち込んだならその背中に積んだディーゼルも速度もクソもないだろう。
ここからはテクニックの勝負だ。こんなに近くに寄られれば足の速さもクソもない、一体どれだけのドラゴの熟達者であるかが、勝負を分ける。
ライトセイバーを避け、盾で敵を掬い上げるように突き飛ばし、俺はソイツに向かってマテュテを振り下ろすが先にライトセイバーが翳され、マテュテが融解し斬りつける前に刀身が焼け溶けてしまう。
別のマテュテに手を掛けようとしたが相手の方が早い。
ライトセイバーの閃光が俺を包む瞬間に俺は右腕で防いだ。
ドカンと強烈な爆発が炸裂した。対棺装備、コイツの為だけに整備部が齷齪と無い知恵絞ってありったけ炸薬を積載したリアクティブアーマーの効果だ。ライトセイバーのプラズマレーザーを吹き飛ばし、刀身が掻き消えた。
俺は距離を取って、再度、腰ハードポイントに積載した代りのマテュテを抜いてソイツを見やる。
ソイツも立ち上がって、掻き消えたライトセイバーが切れかけの電灯みたいにチカチカと明滅しているが、徐々に刀身が安定し地面を焼き溶かしている。
俺の盾突きで棺持ちの背中ハードポイントのディーゼルが故障したのか、ディーゼルエンジンが咳き込んで黒煙を上げている。持ち前の機動力もここまで故障すれば意味ないだろうが。
盾を構えながらロードホイールを巻き上げ、突撃する。
盾で敵が一瞬視界から消えるが、ドラゴヘルムのホロディスプレイにはアイ・ドールの視界がばっちりソイツを捕らえていて、当て損じる事はない。
盾が白熱し融解。ライトセイバーを突き立てたか、即座に反応し俺は盾を投げ捨て、捨て身のタックルを決めて両腕を足で押さえ馬乗りになり腕部ハードポイントに装着されたライトセイバー装置の給電ケーブルを斬る。
勝負ありだ。さあ、そのご尊顔を俺の前に曝け出せそして死ね。
手の平で頭部装甲殻の隙間に指を差し込み、頭部センサー類を掴み握り潰し引き剥がす。その顔は。
「ガキじゃねえか……」
まだまだ子供。ラシードより僅かに上であろうそれに、俺は理解する。
少年兵、だった。
別に少年兵がこの時代で特別な存在だなんて思っていない。この世の中の紛争地帯で少年少女を兵隊に徴兵する軍隊はいるし、レイダーにだってこの年頃であればなる者は多いい。
そんなありふれた存在の少年兵だった。だが、マテュテを振り上げ、突き立てる事が──出来ない。
その顔がラシードの面に似ていて、どうしても殺せない。
どうすべきなんだ、殺すべきなのか。俺の心の中で葛藤する。殺してしまえば楽に棺が回収できる。だが、殺す事は悪いことなんだ。
今更だが子供を面と向かって殺す事に躊躇を覚える俺は身勝手で、優柔不断の卑怯者。
そんな躊躇をしている最中、宇宙管制センター基地から爆炎が立ち上った。
ソイツを押さえつけたまま俺はアイ・ドールの視界でそれを見ると、ロケットに向かって円錐状のそれを運ぶアジ・ダハーカ旅団とサビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊の姿があった。
RRW、高信頼性代替核弾頭が敵に奪取された。ヤバいこれ、受領した仕事に支障が出るのではないか? 。そう思った瞬間だった。
戦術作戦司令部から通信が入り、冷徹に現状を報告した。
『こちらTOC。ホーク・ディード各員に通達。パキスタン臨時政府が入金を出し渋った。これにて作戦終了、繰り返す作戦終了だ』
まさかこのタイミングで。
ロードマップに表示されるピックアップポイントがマークされ、各班バラバラにヨルムンガントへ寄港しろと命令が下りてくる。
『バタフライ3。はやく棺を回収するんだ』
バタフライホスト、班長がそう言うが俺の思考が追い付かない。このタイミングで仕事を切り辞めると、あれがRRWがロケットに括りつけられて、撃ち出されてしまうじゃないか? 。
これを見過ごしていいモノなのか。いや、いけないだろう。
だが、他の班の連中は敵集団を突っ切って弾の一つたりとも撃つことなく、逃げ出していく。
葛藤さんが喚いているのが聞える。だが、そうだな。これも、仕事だ。
『やるんだ。バタフライ3』
その声に俺は諦めたように躊躇を捨てた。仕事だから仕方のないことだった。
マテュテを少年兵に突き立てる。ブシュッと頭部カメラを血染めに染め上げ、あれだけ暴れようとしていたドラゴから力が徐々に抜けていき、遂に動かなくなった。
マテュテを引き抜いて俺はソイツの腰ハードポイントに装着された黒色の四角柱のそれを毟り取ってロードホイールを吹かし、敵集団を潜り抜けその場を奔り去る。
ああ見える。人類の夢の象徴であったロケットが、絶望のロケットへと姿が変わるのを俺は今この場所で目撃している。歴史的瞬間だ。
だが足を止めるわけにはいかなかった。逃げるしかないんだ。もう弾の一発たりとも、反撃の一つも社会的に正当的に行えなくなった。
そう正当性はlikeで買える代物なんだ。戦争に正義も邪悪もない、likeの為、欲の為、それらが混然一体となり災害となり果てた姿が戦争なんだ。
『我々バタフライ・ドリームはこのまま旧アフガニスタン地区の国境を越え、旧トルクメニスタン地区に入る。私に付いて来い』
力強い班長の声にもう葛藤さんも反抗する気が無くなったようで小さく了解と言う。柊は溌溂と、紙白は静かに、俺は魂の抜けたように返答する。
後ろを向いて尻尾を撒いて逃げだす。
何も悪ことではない。戦争の法律に乗っ取って社会道徳の範囲で許される行為の逃走なんだ。
例えそれが目の前で核兵器が使用されるとしても、俺達には関係のない話なんだ。逃げるのが、退避するのが正当性があり、正義なんだ。
棺を抱え俺はアイ・ドールの視界でしっかりとそれを捕らえ続けていた。
ロケットの先端にRRWが固定される姿が、そしてロケットが撃ち上がる姿が。
火柱を上げ、轟音と共に綺麗な放物線を描き、白煙と骨身に響くロケットの音を立てて基地から飛び立つそれの姿に俺は悲しみを覚える。
お前はなるべくしての所に迎えなかったんだな。
哀れなロケット。東南方向へ飛んでいくそれは軌道からして間違いなくパキスタン側に飛んで行ったのは一目瞭然であった。だがもう関係のない話だ。
俺達の仕事は終わったんだ。




