表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポスト・ユニバース  作者: 我楽娯兵
錯綜・棺・戦火
35/58

第35話

 暗黒の世界、その世界に稲光のような光たちが瞬いた。

 俺の目に見えるすべてが刹那の輝きであり、その在り方に寂しさを覚えてしまう。

 暗闇の中で一人でいる事に何の疑問も起きない。だってそれを望んで俺は一人になったんだ。誰かに生きろと望まれて生を受けて、己が自身が死を望む。

 生存を望まれると、それをへし折ろうとする虚無感。虚無が俺の心を支配して征服する。

 チラチラと光るそれらを俺は手を伸ばし、糸のように伸びるそれらを手繰り寄せ俺は弄ぶがすぐに飽きてしまう。

 飽き性なのか? 。いや、それしかやる事が無くなると何もしたくなくなる。

 この暗闇と稲光の世界で俺のやる事などたかが知れていた。出来る事などたかが知れている。

 己の体を見て見るが、そこには同じ暗闇があり、世界の暗闇と己の暗闇が同化して、溶け合ってその境界線が曖昧になっている。

 光も通さないその漆黒は何もかもを受け止め過ぎて、赤を混ぜ、青を混ぜ、黄を混ぜ、全ての色を混ぜ合わせて台無しになった黒。

 無感覚と無関心と虚無感──世界に対する好奇心が、完全に失われ、あるがままを見やる。


『お、君は。あの村にいた兵隊くんじゃないか』


 その声に俺は呼び止められ、そちらを向くと同じく黒々として世界の境界線が曖昧になっているそれを微かに認識した。

 なぜだろう。輪郭もつかめないのにそいつが誰かが分かる。理解できる。


『ファン・マンジョル?』


『ああ、そうだよ。ファン・マンジョルだ』


 俺は同化した闇同士のそれにすり寄って話してみようかとすると。


『君は死んだのかい?』


 そう聞いてくるファン・マンジョルに俺は答える。


『死んじゃいない。ケタミンで意識をぶっ飛ばしてるんだ』


『ハハッ。臨死体験を体験中と言う訳だ。じゃあ、ここがどこだかわかるね?』


『死後の世界?』


『ああ、そうだとも。君の意識野がどのような世界で死後を認識しているのか分からないが。君は大層自分を小さく認識しているようだね』


 手を動かしてみるが自分は黒く、世界と同化して一体化しているからどんな形をしているのか、どういう風にファン・マンジョルが俺を認識しているのか分からなかった。


『僕の視界を貸してあげようか?』


『そんなことできるのか?』


『死後の世界だよ? 。何だってできるさ』


 そういうファン・マンジョルが目があるであろうそこへ俺を誘い、受け入れてくれた。

 見える。小さな小さな人型のそれが。

 か細く矮小。ガリガリに痩せこけ、ほの白く瞬いているような、灰に灯る僅かな残り火のように不安定なその小人が俺の、ファン・マンジョルが認識する俺に対する感覚だった。


『死後の世界は楽しいかい?』


『楽しいって言うか。生きていくために死んでみただけだ』


『おいおい、死と生は相反する物だろう。死を体験すると言うのは無に帰すと言う事だ。死にたくてこれを感じているんじゃないのかい?』


『俺は、……生きたい。でも、生きるのには俺は気力が足りないんだ。だからケタミンで脳の賦活化をして何とか生きようとしてる』


『生きるために死んでみるか。面白いことするだね、まさに神をも恐れぬ所業だ』


 ファン・マンジョルは楽しむように揺らめく、この悪夢か幻夢かその中でやけにコイツは他人的、俺じゃない感じがする。

 ケタミンで死と同じ状態になって見えるこの世界で俺が認識しているモノは俺の発想、思考、思想から派生し生まれる筈なのに、ファン・マンジョルはやけに俺の考えから遠く、否定的。俺の思考の外にいるとでも言えばいいのか。

 俺の思考の外にいるそいつに翻弄されていると言えばいいのだろうか。共に居る事が嫌になる。俺は一人でいたいのになぜコイツはここに発生したのか分からない。


『僕がここにいるのが不思議でならないかい?』


『なんで俺の考えが分かる?』


『君の魂がそう言っているからだよ。死後の世界だから魂はよく見える』


 魂、そんなものがあるのだろうか。

 紙白と話してずっと考えている。意識が魂を発生させるのか、それとも魂が意識を発生させるのか。卵が先か鶏が先か、どちらにしろ他人の意識の実在を証明できず俺は考え続け、紙白が言った他人は『ゾンビ』と言う意味に囚われ続けていた。

 そんな考えを持っている俺の考えを汲み取るようにファン・マンジョルいう。


『意識と魂は同じ概念だよ。意識とは魂であり、魂とは意識だ。そしてそれらの形を表すのなら抽象的な概念ではなく、絶えず変化を続ける不定形な幾何学的フラクタル構造体であり、人間の視覚情報では認知できない。意識の外側、こう言った超意識の中で人間はようやく意識を、魂を認識する事が出来る』


『フラクタル……なんて?』


『幾何学的フラクタル構造体。永遠とその姿を変え続け、意識は次元の中に織り込まれ続ける。シェルピンスキーのギャスケットは永遠に続けられるが、その永遠は限りなくゼロに近づき、理論的には∞を示しているのにその作図は虚無を示している。簡単な話、人の意識、魂は覚醒状態の僕たちには認知も認識も出来ない構造体だと言う話』


 無限でありながら虚無、際限がないのにそこには何もない。どういう意味だ。


『意味なんてないさ。我々人間に意味なんてない。我々が永遠を望んむならば、それは純粋な理性を求め知性を派生させる。理性は極めるとニヒリズム、虚無主義へと到達する。人の人生に意味なんてないんだ』


 意味のない人生などない。と、言いたかったが俺の人生はそんな上等な意味を持っているとも言えない。確かに虚無、ニヒリズムへと到達している。


『人と言うものはこの世界、延いては宇宙を構成する複素数の中のほんの僅かな、小数点以下の数字でしかない。それが0であれ9であれ、0.01なり0.001なり、それらは不定形に不安定に変化を続け、それらは無数に存在する情報のカスケードとして存在を許されている。我々は実数なんだ。――そしてあれが、神』


 ファン・マンジョルが指を差す先にあったのは閃光の集合体。

 光と光が重なり合い幾層にも積層し形が見える。人のようにも獣のようにも、胎児のようにも、老人のようにも、無機物でありながら有機物。人の要素がありながら人ならざる何か。それが幾体も見える。

 幾体も見えそれらは光の図形のようにも見え、ともすればあれは曼荼羅の様にも思えた。


『あれが神。人が人足りえる理性と知性の到着地点。人間が感じる神と言う名の感覚の正体だ』


『あれが神なら、絶対なのか? 。何かを叶える事だってできるのか?』


『神であるならばそれは可能なのだろうが。だが、あれは言うなればただの『存在』。そこに在るだけで、何もしない。意識は在るが、ほぼほぼ無意識。願い求めるのは知識の足りぬ者の宿命であり、高度に発達した知識は意志と欲望を超越し、干渉と言う行為を行う必要がなくなる。故に神は我々の世界に干渉をせず傍観する。我々人間と、人間が織りなすエネルギーの方程式を一方的に消費しながら、そこに存在するだけなんだ』


『じゃあなんでそんな存在を俺達は知覚出来ているんだ。干渉しないなら、その姿も見せない筈だろう?』


『そうだ。見せない筈だ。しかし僕たちから接触すれば話は別だ。僕たちは今、死を体験し虚無へと到達している。そして人類の集合的無意識、阿頼耶識をより実感させるメッシュネットワークを接続している。無意識の防壁と、生命の防壁、電子的防壁が全て開かれ我々は神の御前に立っているんだ』


『仮にあれが神様だとして、あれが俺達を産んだ、創り出した意味はなんだ?』


『それこそ僕が知るところではない。あれは我が、人類が生み出した神であり創世の神とするかは分からない。あれは僕が測定し観測し神と推定される存在でしかない。あれが今の人類種を導くことはない。恐らくあれは絶大な力を持っていながらこの世界を見て傍観するだけの存在であり、我々に力を貸すことも、干渉もしない。そこに在るだけだ』


『じゃあこの光の束はなんなんだ?』


『人の思念。メッシュネットでより物質的に近づいた思考の形でしかない。この光があれを構築しより高度に神格化する。人とは思わずにはいられないだろう。願わずにいられないだろう? 。あれは言うならば神と言う名の願いの塊。人が人であり続ける為の証明なんだ』


 神でありながら、神でない。

 第一に神と言うのが一体何を示しているんだ。絶対的な力? 。この世の干渉を可能とした創世の神が神なのか。人間のエネルギーを、願いで構築された存在なら我々に少しでも与してくれていいじゃないか。


『創世の神は観測できなかった。しかしあれが神と同様の力を持っているのは確かだ。僕がそれを観測した。そしてその存在に達する存在になりえる因子を持ったのが、――君だ』


『俺?』


『ああ、君はピューパ素子を注入しているんだろう? 。理性と知性を超越して神に達する因子を持っている。それが例え無数にある下位情報の更新でしかなかったとしても、現行の人類種の情報カスケードを向上させ進化する要因になりうる。新たなる人類になるんだ』


『その進化した人類は人類と呼べるのか。マンアフターマンみたいにならないか?』


『あれはSFさ。人は進化したのちより高みに登る。その姿形を受け入れるかは我々の願望には沿うモノとは限らない。だが、あれはいき過ぎているだろうね。私の推定する新たなる人類はこの姿形で思考を超越し、死者と対話し、生者とたもとを分かち、この果て無き宇宙を進む事を可能とする。ありとあらゆる環境をその一個体で完結し終了する。そう、ドラゴのようにね』


 ドラゴ。ドラゴン・シェル・スケール。

 あれが、人類の新たなる形? 。


『おっと、君はもう目覚めるのか。また会おうじゃないか。この死の世界で、今度はもっとケタミンを増やして語ろうじゃないか』


 薄らぐ暗黒に、光が射す。それは俺たちの生きる現世の光だった。


 ……

 …………

 ……


「気分はどう?」


 ベットの横で紙白がいた。

 記憶の飛び方はケタミンの臨死体験のそれで、なんでこんな事になったのかすぐには分からなかったが、これをする前の出来事は覚えている。

 壊れたんだ俺が。

 何かがあった訳じゃない。唐突な突発性パニック症候群だ。

 何もかもが分からなくなって、その場で震え死が頭の中をよぎった為に俺は分かる範囲内で大急ぎで鬱病の薬を、スルピリド、セルトラリン、炭酸リチウム、フルボキサミン、兎に角鬱に効くとされる薬を全部飲んだ。用法容量も無視だ。

 それで俺の異変に一早く気づいた紙白がドクの所に運んでくれて、俺はケタミンの注射を受けて脳をリセットしたのだ。

 俺は頭をガシガシと掻いてふと気づく。


「スマート活動状態で俺飛んでた?」


「ええ」


「電源落としといてくれよ。ああ、変な夢見ちまった」


「どんな?」


「んん……神様を語る妙な医者」


 俺はスマートに表示されたままのニューロン暗号テンプレートを消し、グラスを外す。別に俺は眼が悪くて眼鏡型のスマート端末を付けている訳じゃない。

 この形が操作しやすいと言うだけの話だ。まあ何とでも言える。

 手の平のスマートも落とし、俺は煙草を探してポケットの中をまさぐるが、それよりも先に紙白がマリファナジョイントを出してくるんで俺はそれを摘まんで火を付けた。


「スー……ゴホッゴホッ、これおまえの手巻か? 。癖が強すぎ」


「CBDパウダーブレンドのオランダ産の上物よ? 。あなたには合わないかしら?」


「どう考えても粉っぽいだろこれ、どんだけパウダー塗して巻いたんだ。粉っぽくて吸ってられねえよ」


 マリファナジョイントを返し俺は普通の煙草を探り当て火を付ける。

 ああ、落ち着く。人間は余裕が必要だ。余裕がなくなると人はおかしくなる。

 俺の場合は目に見えてパニック発作なり自殺願望が現れるからにどうにかしたいが、もう手遅れだろう。鬱は長期化すると脳の構造が変わると言うし、もう五・六年の付き合いになる鬱病に今更お別れも出来ないだろう。

 半分諦めも交じりながらニコチンの鎮静作用に一息つく。


「夜の警備の状態は?」


「あなたはそんな状態だし葛藤が交代して私とよ」


「ああ、出ねえと」


「寝てなさい。鬱は無理に直そうとして治るものじゃない。時間の経過が必要よ」


「でも仕事しねえとその治療も受けれねえ。俺にはlikeが必要なんだ……働かねえと」


 俺はそう言いながらドラゴジャケットの裾に足を通し、ジッパーを顎下まで一気に上げる。


「襟曲がってる」


 紙白がそう言い俺の襟元を正してくれる。ドラゴジャケットには衝撃緩和用のエアバックも内蔵されているから下手な襟だと脳挫傷もあり得る。

 いくらドラゴヘルムがあって脳震盪はないにしても脳挫傷は大きな痛手になる。


「スマンな。紙白」


「何が?」


「急にパニックになってよ」


「いいわよ。別に」


 この善意のような行為に甘えていいモノだろうか。この間話した、ゾンビと人間の話未だに喉に詰まるものがあるが、それを言語化は出来なかった。

 お前はゾンビか、お前は人間か、そんな事をいちいち区別して回るほど俺も暇ではないし、何より人間と括られる対象が多すぎる。

 世界人口77億人、これ以上の人口増加したと言う話はこの四半世紀、俺がおぎゃあと産まれ出でて終ぞとして聞かない。

 都市部への人口過密は、食糧問題を引き起こし、居住スペースの圧迫化、高層ビルの乱立に地下開発、それを成功に導いた技術革命時代の第二次ルネサンス期。その終焉を報せるオール・フォーマット。

 食糧問題も太平洋海底農作物プラントで解決しているにも拘らず、住居スペースも過疎地の建築で十二分に全人類に家を与えられるのに、77億人の壁は超える事は未だにない。

 オール・フォーマットによる通貨崩壊、大量失業。それだけが人類の繁栄の壁を高くしたとも言いにくい。

 スマートグラスにポンと日本のニュースが現れ、そこには相変わらずの惨憺たるニュースが報じられていた。

 子に対する親からの虐待。悲惨さを極めるそれはあまりにも度し難く目を覆いたくなるような、まるで親が楽しんで子を殺しているのではないかと思わせるそれに俺は辟易する。


「子を殺すかねぇ」


 俺はそう言いながらドラゴへと向かう。

 俺は子供を殺した、大人も殺した、老人ももちろん殺した。全部カブール大殺戮で経験した。だから殺す事にもう抵抗があまりなくなっているが、自らの複製体である子を殺す事に何を面白味を感じる? 。ありはしないだろう。面白味なんて。

 善性の塊であるそれを虐げる事に面白さを覚えるほど俺はサディストでも、人でなしではないと自負しているが、俺はもう人の道から転げ落ちている。

 救いを求めるのは何を信仰すればいいんだ? 。手を合わせて南無阿弥陀仏か? 。それとも十字を切ってイエスに願うか? 。それともメッカに向かって五体投地か? 。もう俺を救ってくれる神様はいないだろう。

 どんな神も奪う事、殺す事を是としてくれる神はいない。

 ならばもう俺は悪魔にその信仰を移すしかないんだ。人ではない何かに縋るしか、生きる意味は与えられないんだ。

 ふと夢の中で見た神を思い浮かんだ。

 あの光の集積体が神ならば、人の願いの塊であるアレが神ならば、願おう、

 そして神たるそれを証明してくれ。俺が断罪されることを願おう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ