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ポスト・ユニバース  作者: 我楽娯兵
錯綜・棺・戦火
33/58

第33話

 俺達は傭兵であって警備員ではない。

 だが、それらのその仕事道具はこの時代では共通していて、銃てファクターと言うものが一緒、人と言うものが争いを覚えてから武器を取ってその武器は進化し続け、武器を手にしないと、人は人を守れない生き物になっていた。

 宇宙管制センター基地に来て、ドラゴのメンテナンスで生身で警備をする時間と言うのがあって俺と葛藤さんは揃って生身で警備に当たっていた。

 夜中の警備と言うのも乙なものだ。昼間はあれだけ日が照って熱くて、息が苦しい位なのに夜になると冬になったのかと思う程に凍える。

 ダウンジャケットを着て俺は古き良きAKを担いで、スマートグラスの暗視機能を使用しながら警備していた。

 葛藤さんはキッチリとした装備。防弾ベストに暗視ゴーグル、20式5.56mm小銃とかっちりとしていて俺とは対称的だった。


「うぅ……さっしぶぅ……」


 悴む手を擦り合わせ俺は警備しようとするが、やはり葛藤さんの雰囲気は油田基地やヨルムンガンドの時と比べて、刺々しかった。

 何でそんなツンケンする必要性があるのか俺は疑問に思っていて、それを聞こうと今日は思っていた。


「葛藤さん、気ぃ張り過ぎじゃないすっか?」


「そうか? 。そうんな気はないんだがな」


「ないにしても、人に当たるってのはどうなんすっか? 。柊の件も、ありゃどう考えても冷静に対応できる大人が引き下がるべき所でしょう?」


「確かにあれは俺が大人げなかった。反省している」


 シュンとしている葛藤さんに俺も大人げないと思うが追撃を続ける。


「核って言葉に葛藤さん機敏になりすぎっすよ? 。確かにRRWがアフガンに取られたら面倒ですけど、金になるって意味だと柊の言い分も確かっすよ。俺達、人殺して飯食っていく傭兵家業の職業軍人なんですから」


「わかってはいる。分かっているつもりでいるんだ」


 どこか恨めしさを感じさせる雰囲気に、何かを俺は感じ取った。

 憎悪、核兵器への最大級の憎しみ。それを感じさせた。


「それでも俺は核を、戦争を許せないんだ。死んで逝った仲間たちに今も戦争は続いているなんて言えないからな」


「それって……台湾侵攻の北朝鮮の核攻撃の事っすか」


「ああ……。そうだ」


 信じられないだろうが、核兵器は広島、長崎の二つ以外に使用された例がある。

 そう、オール・フォーマットで中国とアメリカの軍事衝突が決定打で起こった台湾侵攻で北朝鮮が放った一発の戦術核兵器攻撃がある。

 死者の数は民間人合わせおよそ十五万人。これでも少ない方だと統計学者たちが言うのがあって確かに中米入り乱れての戦闘の中で、あのちっさな島に核兵器なんて一溜りもない。それが炸裂して地形が変わってしまうほどのそれに、葛藤さんは体験していたんだ。


「あの時は台南市で民間人救助で派兵されて、仲間と一緒に民間人を避難させていた。唐突だったよ。何の警告も勧告もなく、ミサイルが飛んできて台南市の街の上空800メートル上で爆発した」


「それは……よく生き残りましたね」


「本当にそう思うよ。でも、俺は生き残った事よりも、民間人を助けられなかったことを、自分の事しか考えなかった俺が憎かったんだ」


 葛藤さんはいう。


「爆発した瞬間に俺は分かったよ、核だって。だからその場で伏せて、頭部を守った。率先して住民たちを守るべき人間が自分の身可愛さに民間人を見捨ててそんな行動をしている中で、俺達に守られるべきはずの民間人たちが俺に覆いかぶさって守ってくれたんだ。悔しかったよ、それでいて哀れだったよ。爆発した後の核の雨は今でも思い出せる。あの真っ黒でべっとりとした雨はこれ以上体験したくない程だった」


「…………」


「民間人が核の火で炭になった遺体の山の中から出て救助されて、日本に戻て俺は一安心したと思ったら、世間からはバッシングの嵐だった。派兵先行隊であった俺に、人ひとり救出できず見殺しにしてきたって。しかも高濃度の放射線浴びて帰ってきたなんて聞いた日本人の冷たさと来たら、わかるか?」


「まあ、いい顔はしないでしょうね……」


「俺はもう日防軍の中では腫れもの扱いだったよ。日防軍の中でも俺の立場はなくなっていったし家庭の中でも……。高濃度被爆で、あちこちの臓器が機能不全を起こして血を吐きまくってのた打ち回ったよ」


「治療したんすっよね?」


「ああ、腹の中身を総入れ替えしたよ。臓器培養で何とか生き延びたけど、被爆後の細胞培養だったから、結局のところ全部は元通りにはならなかった。脳味噌はどうしようもくて癌腫瘍が未だに頭の中にあるし、被爆の影響で睾丸の機能が死んで種無しになった。嫁にも愛想尽かされて、俺の夢だった航空部隊の配属は目に被爆のせいで色盲になって色が分からなくなって取り消しだ。色を判別する眼球細胞が死滅していたそうだ」


 派兵で民間人を助けに行った話は俺も知っている。俺が鬱を発病してすぐの位の話だ。そして北朝鮮の核攻撃も知っている。

 大々的に報道されたものだ。北朝鮮による台湾核攻撃。

 この衝撃は世界中を駆け巡り、台湾の事実的な『台湾』と言う名の国体崩壊、それを引き金に半島事変に戦場は移り、韓国領土は事実的な米国と日本の実効支配、それで次には報復的な北朝鮮への侵略攻撃。

 全て雪崩のように連鎖的に起こって、今も何とか抵抗を続けている北朝鮮だが、北朝鮮が潰れたのならきっと半島は地獄と変わる。

 中国という大蛇を突くようなものなのだから。


「そうだったんすね。葛藤さんが核兵器を憎んでる理由って」


「俺はおかしいか? 。戦争を肯定する連中が俺は憎くて憎くて仕方ない。あんな惨劇もう繰り返してはいけないんだ」


「現在進行形で、戦争中ですけどね……。それはそうでも、あれはやりすぎっすよ」


 俺は白む息を吐いて、冷静に言ってしまう。


「いくら戦争が悪ことでも、俺達はそれがあって飯食ってるんですから、likeが欲しくてこんな仕事選んだ俺達に戦争するなって、柊の言う通りですよ、飢え死にしろってことですよ」


「確かにな……」


「柊も借金で首が回らなくなってこんな仕事選んだんで、アイツも多分、もっと余裕があったら別の仕事を選んでたはずです。この仕事選んだなら、戦いたがるのも理に適ってる、likeになるんですから。戦闘一つで五十万likeも稼げたら、そりゃアイツも戦いたいし、俺だって戦いたい。命張って五十万ぽっちじゃ割に合わないけど、likeには代えられない。何がどうあっても生きてるだけでlikeが掛かる世の中なんじゃそれを押さえつけるってのは無理な話でしょう?」


「……ああ」


「じゃあ、こんなアフガンくんだりの過激な戦場なら、頭も可笑しくなって当たり前で、殺し殺されで必要なのはイカれた意識と慰め程度の金でしょう? 。アイツただでさえお喋り野郎なんだから、いちいちこっちがツンケンしてたら馬鹿みるばっかじゃないっすか。年上なんだから冷静な大人になりましょうよ」


 なに語ってんだ俺。第一こんな役回り俺が不慣れな事みんなは知らないんだ。

 班員の緩衝材になるなんて、馬鹿らしい。人の役にたとうだなんてこれっぽちも思ってない俺に善意や同情だなんて、吐き気する。

 人の為に何かをしたくてこの仕事を選んだんじゃない。俺はlikeの為に、金を稼いで『一人』で生きていくためにこれを選んだんだ。

 もう人に何かを期待するのは疲れた。人に何かを期待して期待を裏切られて、失望して、そしてまた期待して裏切られて、疲れるだろう? 。期待と言う目に見えない重さに俺はもう耐えられなかった。

 だから何もかもが嫌になって、そして壊れた。

 鬱になって一人を見つめる機会が嫌でも増えた時期に、戦争や紛争。誰かを助け、誰かを切り捨てる、なんて生き方が俺にはどうでも良かった。

 ただ俺が生きていけるのなら、それで良くて。

 薄情な話、実際は葛藤さんも柊も紙白も、俺にはどうでもいい存在なんだ。

 だって期待していないから。俺が人に期待するときがあるとするならそれはきっと窮地に立った時ぐらいだろう。あの村で死に掛けたとき神様に願ったように。

 死に瀕さないと俺はいつまで経っても薄情な屑野郎だ。

 俺は俺を憎んでいる。こんな事になった事に、俺が薄情な事に、人として生まれた事に。


「寒すぎぃ……葛藤さん焚火しません」


「火にくべる物なんてないだろう?」


「練炭をちょっと備品部からちょろまかしてきてるんで、コイツで……」


 俺はアルミ缶も両断できる超過力ターボライターで火を付け、手直にある枯草をくべて火を起こす。

 焚火は良い。このゆらゆらと揺らめく火の輝きは、自然と心を平穏にしてくれる。

 科学的な話この焚火の火は自然数に織り込まれた不規則なエネルギーで『1/f ゆらぎ』というピンクノイズを含んでいる。

 自然界でこの1/f ゆらぎは溢れていて水の笹波、鳥の鳴き声もこれに当たり、ヒーリング効果があるそうだ。

 もっと言うのなら遺伝子に人間が火を手に入れて、それを扱いだした人類の遺伝子が今の俺達まで受け継がれてきた因子として、火は安全を齎すモノと認識しているからに落ち着くんだ。

 まあそんな事はさておき、兎に角俺は寒くて寒くて仕方ない。

 手を翳して暖を取り暖まり煙草を咥えてスパスパと煙を上げながら縮こまる。

 葛藤さんも気づけば焚火の傍に座っていて、一緒になって火の不思議なパワーに当てられていた。


「お前、聞き上手だな。年下と思って甘く見てた」


「聞き上手に回り過ぎて頭がパンクしてパーになっちゃ意味ないすけどね」


 互いに小さな笑みを浮かべ、ここぞとばかりに俺は懐に隠していた酒を取り出した。

 社会通念的に勤務中に酒を嗜むと言うのはいかがなものかと思うが、俺達はそんな社会通念からはかけ離れた立ち位置の職業だ。


「カッチリした職からこっちに来て、どうっスか? 。ご感想は?」


「なんと言うか、ゆるいな。何に措いても」


 葛藤さんが酒に手を伸ばしてくるので俺は渡し、回し飲む。


「勤務中に酒飲むなんて初めてだ」


「でしょうねぇ。俺だって……いやあるな、バイトで遊び惚けてた時飲んでたわ」


「お前もしかして不良だったか?」


「もしかしなくても不良してましたよ。警官に補導されたのもしょっちゅうだし、法に触れるようなこともしたことあります。殺されかけた事も」


「笑い話としてか?」


「まさか、ガチっすよ」


 そう、俺はやんちゃしていた時期があって、その時は色々と羽振りが良かった。

 だって、たぶん俺は半グレたちの体のいい運び屋として学生時代を明け暮れて、異常なlikeを稼いでいた。

 そんでもって下手こいて殺されかけた。まあ今では笑い話だが、当時はマジで洒落にならない事態で、これもまた鬱を進行させる一因となっている。

 まあそのおかげで死ななきゃ万事大丈夫という極端な発想が出来るようになったからにある意味ではいい勉強になった。

 人はいろいろな人生を歩んでいる。良くも悪くも一緒な事の方が珍しい位で、人の数だけ、思考の数だけその人生がある。


「片意地張らずに、さっさと謝っちまえばいんですよ。葛藤さん」


「そうだな。俺も型に囚われ過ぎていた所がある」


「所があるんじゃなくてそうなんですよ。喉元過ぎれば熱さを忘れるっていうでしょう? 。一言スマンかったで片が付くんすから。それでも柊がへそ曲げるって言うんなら俺が言いますよ。年長者をフォローするのも後輩の役割っすから」


「悪いな……倉敷」


 敵影もない、ドラゴもない。

 こんな寂しい夜を過ごすのは何時ぶりだろうか。きっとガキの頃からないんじゃないか。たぶん初めてだ。こんな夜は初めてだ。

 ずっと誰かといた。親や友達、馬鹿した仲間とかと夜は共にいた。

 だが、こんな腹割って話すようなことは絶対になかった。誰も彼もが俺は怖かったから腹なんて割ることも出来ず、ビクビクと怯えて隠し様子を伺い続けた。

 俺は臆病者だ。そして薄情者だ。

 こんなに皆を思ってくれている人をリーダーに貰ったのに、未だに腹を割りきれていない。怖いんだ。

 失望されるのが、愛想を尽かされるのが。

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