第31話
「核兵器、か」
俺達はバグラム空軍基地からジャラーラーバードの宇宙管制センター基地へと来た。のだが、地下深くへと潜った。
厳重な警備の中、特大の鉛製の金庫の中にあるのはたった一つのコンテナ。
この中に忌まわしき最悪の芸術作品、RRW、高信頼性代替核弾頭が納まっている。
「今ボカンと爆発しちゃったらどうなるんだろうね?」
柊の無邪気な疑問に紙白は冷静に答えた。
「この中身のプルトニウム量によるけど、広島型で当て嵌めるなら、ここを含め三キロ範囲が消し飛ぶわ」
「スゴイ!」
「でもアメリカの技術者が作ったんだろ? 。プルトニウム濃縮技術じゃ結構なもんだから、それ以上の威力があるかも」
俺も笑って答えるが、葛藤さんの雰囲気が怖すぎて笑い話もあまりできない。
核の被害に悩まされ続けてきた日本、その日本を防衛してきた日防軍出身者にはこれは本当に笑えない状態だろう。しかもアメリカは核拡散防止条約に署名していてそれを破る様な事をしてそれがこの目の前にあるんだ。きっと腸が煮えくり返っているんだろう。触らぬ神に祟りなしだ。
「どうであれ、これを守ってやらなければアフガン解放戦線に渡り、国際社会にいい影響は与えないだろう」
「守ってしまえばいいでしょ? 。このコンテナ一つぐらいだった皆でかどっこ持って逃げちゃえばどこだって守れるよ」
「そんな粗暴に扱っていいもんじゃないんだ。核だぞ、分かってるのか」
「何カッカしてのリーダー。兵器は兵器でしょ、それ以下でもそれ以上でもないじゃん」
「それ以上なんだこれは!」
これを軽く見ている柊に葛藤さんはご立腹なご様子。
何と言うか柊も怖いもの知らずと言うか、まあ、確かにコイツが炸裂した日には最悪になるだろう。
しかし、俺達傭兵には大量の雇用が生まれるかもしれないと、頭の中で算盤を弾いていた俺がいる。
恐らく、アフガン解放戦線にこれが渡ったのならまず狙うであろう場所を策定すると素人考えでもまず間違いなく、パキスタン側で首都を狙うであろうと思われる。
いやもっと今後の事を考えてシンド州のインドとの国境線を吹き飛ばすと言うのも手段としてありえるであろう。
パキスタン臨時政府とインドの国境線での戦闘は緩慢化しているが、それでも何時何時でも戦争の引き金はすぐにでも引ける状態になっているのがインドである。
中国は立地的に新疆ウイグル自治区の人民革命運動を解決しないと侵攻が出来ないから、パキスタンと中国の三点国境を狙う事はまずないだろう。
どう転ぼうとも俺達の雇用の促進になるのは間違いなく、言い方は悪いが、はっきりな話がここを占拠されアフガン解放戦線がインドに向かって核を撃ってもらった方がlikeになる。
非常識な考えだ。だがそれが真実であり我々のような業種に属する人間は、争いが無いと食いっぱぐれる。
キャンキャンケンケンしている葛藤さんの矛先がこっちに向かないうちに、俺はこの冷たくかび臭い地下室から地上に向かう昇降機に乗り地上へと出た。
「壮観だなぁ。いつ見ても……」
そう、地上に出てまず見えたのはロケットであった。
第二次ルネサンス期の残骸でありながら未だに稼働し、果て無き夢を抱え、未だ秘密のベールに包まれた宇宙へと俺達を向かわせてくれるそれは、現役で未だに宇宙の開拓を進めている数少ない宇宙開発基地の一つ。
壊され尽くし残骸に成り果てようとも、人の探求心は止まる事を知らず、歩みを進め続けている。
宇宙でしか開発できないモノも存在し、俺なんかが考えつかないような実験が未だに衛星軌道上、及び月面で造られ続けている。
地球外移住なんて話もあるぐらいで、第二次ルネサンス期の最高時には宇宙ホテルなんてものもあったくらいだ。
だがそれもオール・フォーマットですべて無に帰して今にも瓦解しかねないか細く脆い道のりになった。
だが、それでも、宇宙と言うロマンは我々に知的好奇心を注ぐに余りある魅力があって、そしてその知的好奇心を後押しするモノは何を隠そう、俺達の乗るドラゴに内包されていた。
ドラゴン・シェル・スケールに中枢と言うものはほぼ存在しない、引いて言うのなら体幹に当たる脊椎ユニットがゲルシリンダの可塑性と動力的電気的なエネルギー生成源と言うことぐらいで、それを除けばドラゴに燃料も充電も必要としない。
一度作られ、起動すればドラゴは永遠に稼働し続ける。その原理は科学者界隈でも未だ論争が起こるほど未知に満ちていて不可解、ゲルシリンダを構築している超伝達動力性可塑液システムが動力と機体制御系を兼ねていて、それ単体で完成されている。
それを無理くり人が動かす用に軟殻やら機械制御座席をくっつけて人を搭乗させる事が出来るようになったのが今のドラゴ。
なぜこの様なものが世界にリークされたのか、公開者の意図とは何だったのか、それは未だに不明であり、とある都市伝説の言を借りるならばこの技術は『人が作り上げたモノではない』と言う見解がある。
人の作りし原理より外れ、今迄の法則性を無視した動力、技術力。何者が造り出したか──その問いは立った一つの結論を導き出されていた。
人工知能だ。
オール・フォーマットでこの世界にあるすべての人工知能が初期化され死滅し、その機能が停止して現在に至るまで、その絶頂時の知能まで引き上げる事は成しえていない。
一体それがどういったモノなのかは分からない。俺達が考えつかない公式やら途方もない計算をする機械なのは分かるが、その恩恵に預かれていないのが俺の世代であり、今現在生存し存在している人工知能は科学者たちが言うには「弱い」人工知能でありその性能は過去に存在した世界最高の『アイオーン』と呼ばれる知能爆発を起こした無数の方程式を導き出した人工知能には遠く及ばないと言う。
陰謀論者界隈ではドラゴは『アイオーン』が演算し作り上げたと言うが、果たしてそれはどうなのか、分かる筈はない。
第一にドラゴの情報が出たのはオール・フォーマット後であり『アイオーン』はオール・フォーマットで死滅したというのが定説だ。
まあそんな陰謀論はさておき、ドラゴは無限の可能性を秘めているのは確かで、究極のモジュール構造体で究極環境下、空気のない真空や、超圧力の深海でも破裂や圧搾などしないという実験結果があり、あらゆる環境下でその作業が出来るので太平洋海底農作物プラントでの作業や、ここのような宇宙開発の施設ではまさに引く手あまたの猫の手。
どんな場面においても扱えると言う強みは宇宙に措いて最高のアドバンテージを持ち、その活躍の場面は過分にある。
現にこの宇宙管制センター基地で打ち上げられるドラゴは宇宙服の機能も内蔵されていて宇宙空間で、どんな動きも出来る為に月面基地の開発に一役買っているそうな。
月面で一体何をするのか。人類圏拡張と言う話があるが、人類はこの地球と言う揺り籠から出るのは些か早い気がしてならない。
でも、それでも、人は空を目指して飛び立とうと未だにその歩みを止めないのだ。
俺は基地内を歩き回り、実働している宇宙対応ドラゴを見て楽しんでいた。
「へー……これが宇宙用……ゴッツ」
俺はそれを見て笑ってしまう。
宇宙対応のドラゴは俺達の乗るドラゴとは違い、筋肉アクチュエータ群が油圧シリンダや疑似筋肉素子で構築されていなく、純粋にゲルシリンダだけを拡張している。
それもそうだ。第一種機の油圧シリンダは気泡が発生すれば宇宙空間で炸裂し蒸発する。第二種機はまずタンパク質を主原料としている疑似筋肉素子は超減圧に耐えられず変質する。
故にゲルシリンダで全てを構築する必要がある。ゲルシリンダーは揮発性の液体ではないし、タンパク質のように変質を起こさない。純粋なエネルギー源であり、駆動回路だ。
中々に面白い発想だ。筋肉アクチュエータ群をゲルシリンダで賄うとはなかなかに面白い。一体どれだけの出力が出るのか体感してみたいものだが、コストの事を考えると、宇宙開発ドラゴと言うのは一体何をするものだろうか。
月面基地開発だったら土木作業だろうか? 。
「気になります? 。そのドラゴ」
俺に話しかけてくる職員に俺はしどろもどろしながら頷く。
「これ一体どんだけの出力が出るか気になりますね」
「一トン程度なら持ち上げられますよ。私たちには必要不可欠な大切なパートナーです」
「でしょうねぇ」
俺にとって宇宙は完全にフィールド外の分野であり、天体望遠鏡も覗いたことも無ければ、その関心も一切ない。SF程度の教養しか持ちえていなかった。
「貴方はホーク・ディード社の社員さんですか?」
職員が訊いてくるので俺は答える。
「ええ、昨日からここの防衛に割り当てられました」
「ありがとうございます。貴方たちが守ってくれるおかげで私たちは無事に宇宙に出る事が出来ます」
なんだかむず痒いような。俺は傭兵で守るのはlikeの為であって誰かの感謝の為にやっている訳ではないんだが、でもまあ、感謝される事に悪い気を起こすほど俺も捻てない。
「宇宙に出られるって事は、あんた宇宙飛行士かい?」
「ええ、そうですよ」
「そりゃスゴイ。秀才だ」
「秀才だなんて。そんな事はありませんよ。宇宙飛行士自体言語翻訳機のお陰で敷居がかなり低くなりましたし、差し当たって必要な技術も知識も必要ありませんよ」
「訓練とかするんでしょ? 。あの遠心分離機みたいなのでぶん回されたり?」
「対G訓練は、そうですね辛いですけど、第一宇宙速度を越えたならなんてことはありませんよ。今の宇宙進出の基本は大型ジェットでの成層圏近くまでシャトルを輸送して一定の高度で、シャトルを切り離して地球重力圏を抜けるのが主流ですから」
「じゃあ、対G訓練は?」
「ほとんど形骸化した訓練です。ですけど、ここの基地のように古き良き切り離し式のロケットもありますから」
口ぶりからするにこの人は何度も宇宙に行ったことがあるようであった。
俺は試しに聞いてみる。
「宇宙で何するの? 。人類の居住域拡大が目的?」
「それは最終段階と言ったところですかね。差し当たって現在はオール・フォーマット以前の技術再現、ナノマシンや、遺伝子解析、地球外での現象の観測が主だってますね」
考えた事が無かった。そうか、オール・フォーマット以前の技術、第二次ルネサンス期の技術再現か。
一体あの時期がどうだったのか。もううろ覚えだ。何せ俺は小さかったし、日曜日の変身ヒーローものの番組改編と言うものを理解していなかったから、ある時期が来るといつも見ているヒーローの姿が変わったくらいの記憶しかない。
「でも今の宇宙開発で熱いのはドラゴの技術解析ですかね」
「ゲルシリンダの動力源とか?」
「そうですね。ゲルシリンダを構築している超伝達動力性可塑液の解析はエネルギー問題を解決するかもしれませんし、何よりロマンを感じません?」
「ロマンっすか? 。んん……、まあ」
「ですよね。これを開発した人がどんな発想でこれを作ったのか気になって仕方ありません。こんな簡素でいて安価に製造できるのにその汎用性は何よりも高い。芸術的じゃありませんか?」
ああこの人そう言うタイプ? 。機械に興奮を覚えるタイプか、人の性癖にケチ付ける気には無いがドラゴが一体どれだけの人を殺しているかしっかり認識していない。
コイツは、ドラゴは、残念ながら乗り物であると同時に兵器、人殺しの道具だ。
ダンプカーだって砲塔くつけりゃ戦車だし、ドラゴだって装甲殻を付けて銃持たせたら立派な兵器に成り下がる。コイツに芸術性を求めると人は醜く人でなしの感性を手に入れなければ語れない。
「芸術性は退廃的なもんでしょうね。眼は離せないが、美しいもんじゃない」
「そうでしょうか?」
「あんた、ヒエロニムス・ボスの快楽の園って作品を見た事あるかい? 。見ていて悍ましさすら感じるぞ」
皮肉的に柄にもなく俺はそう言ってしまった。
別にカッコつけてそう言ってるんじゃない。ドラゴは誇るに能わない芸術だ。
この基地の地下に眠る最悪の芸術である核兵器と同じほど醜い。
俺は煙草に火を付け、自らのドラゴへと戻っていく。
醜い。悍ましい。
そんな物なモノに体を入れる俺達は一体どれだけまとも? 。人の美しいや醜いと言う感性にこれを当て嵌めるにはあまりにも何と言うか虚無的だ。
人殺しの俺はもう人じゃない。誰かが俺を人と言っても、俺が俺自身を人として認めない。人を殺すのは悪鬼の所業だ。それに手を掛けてカブールで殺戮した俺はなんとする。
恐ろしきを再現する俺達は一体何なんだ。
「馬鹿馬鹿しいな」
煙草の火を踏み消して俺は自らのドラゴの軟殻に身を埋める。
やはりここは落ち着く、何ものからの干渉を遮断し、何ものにも脅かされない。
俺の、約束された場所になりつつあるそこで俺は無感覚を受け入れ、目を閉じる。
見える、幻覚のような、幻夢のようなそれに眼を向ける。
俺と言う名の正気が喚いていて、クスクスと笑い声も。そして悲鳴も。
地獄があるのなら俺はそこに堕ちるだろう。だが今俺を苛む地獄は、自らの頭の中にある。
地獄と成る脳味噌に、俺は無感覚を演じるしかないんだ。
狂気の中にある正気の存在を確かなものとするために。




