第30話
ドンとグリップパイルで扉をけ突き破り、そこへと押し入った。
誰もいはしない、いる筈がない。だってここはつい先日殺戮し尽くしたところなんだ。
そこにあったのはデコイ端末で、広域メッシュ相互距離感覚把握の邪魔をする機械があって、まるでごみでも捨てるかのようにそこに投げ捨てられており俺は忌々しくそれを撃ち捨てた。
「ここもスカ……何もない」
『これで分かっただろう。報復なんて余計な仕事を増やすだけだ。連中に余計な知恵を与えるだけの行為だ』
永遠に続くかと思われたバーンズ軍曹の報復作戦で、カブールの街は綺麗に死都へと様変わりし、人ひとりいやしない街に変わった。
誰もがそれを察した時には日を跨ぎ、夕暮れに沈んだ死都で我々は大声でフルメタルジャケットよろしく、ミッキーマウス・マーチを大声で歌ってバグラム空軍基地へと帰還した。
戦果は上々、大戦果。街を一つ滅ぼして、俺達の手柄を誰が褒め讃えた? 。誰も褒めやしなかった。
バグラム空軍基地はいつも通りに稼働し、各班の班長からちょっとだけ小言を言われるぐらいで、褒める事なんて誰もしなかった。
代りにあったのは膨大な弾薬補給申請書類の山と、今後の作戦で敵の、アフガン解放戦線の動きが読み難くなった事だけだった。
『何にもありゃしないよ。モー! 。倉敷っち! 。何であんな馬鹿なことしたのよー!』
「……申し訳ない」
そうとしか言いようがなかった。
紙白は参加はしていたが、弾の一発も使っていないようで、弾薬補給申請書類とは無縁の様で悠々とマリファナを吸っていた記憶があるが。……ああ、ダメだ。貫徹はやっぱり次の日に響く。
俺は弾薬補給申請書類の山に埋もれ、これを今後に響かせてはいけないとフランシス班長の圧の強い笑顔に押されるがままこの時代もはや化石に近い紙資料を手書きで書き進め、その夜は一睡もすることなくこうして次の仕事の時間となり、こうした再度カブールの街を来訪している。
未だに殺戮の火種の燻るこのカブールに敵は泡食って動きを急遽変えた様で、アフガン解放戦線に協力的な民間人の消滅は、アフガン解放戦線に要らぬ知恵を与え、どこかしらから手に入れたデコイ端末をあちこちに配置して、欺瞞情報をばら撒くので俺達バタフライ・ドリームはカブールを駆けずり回って何十機ものそれを壊して回る。
欺瞞情報に踊らされ、散々駆けずり回ってこの為体。きっとアフガン解放戦線におちょくられているんだろうが、発信源は確かに減少しつつあり、広域メッシュ相互距離感覚把握で引っ掛かるノードの数も民間人の混じっていた色の街から民間人の余計な色が消えたおかげで、把握もし易くなったと言うのが確かな結果だった。
欺瞞情報。偽の情報だがメッシュネットワークの性質上、その情報は0を∞とするように完璧な偽情報と言うのは構成できない仕組みになっている。欺瞞情報とは本当に細かく区切られたデータ群であり、それらをどういう文法法則上に成り立っているのかさえ判れば、完璧な情報になる。要はホワイトパズルなんだ。区別がしづらいだけで、確かにそれは存在している。
今迄の情報群と、この欺瞞情報群を統合し、導き出される答えが徐々にだが分かり始めていた。
「ジャラーラーバード地区って何かありましたっけ?」
俺はその穴まみれの情報群の中から地域の特定にまで漕ぎつけていた。
『ジャラーラーバード地区は特にと言って何かある訳じゃない。元からの立地でパキスタンと隣接している地区だから治安もいい。唯一ロケット発射場があるだけだ』
葛藤さんが冷静にそう言うので俺は首を捻る。
「じゃあ、なんでジャラーラーバード地区の名前が混じっているんだ……。ふぅん……」
欺瞞情報そのものがまずフェイクでフェイク情報を互いにアフガン解放戦線は送り合っているって事なのか……いや、そうだとしたらもっと統率がとれていない筈なのだが、ジャラーラーバード地区、戦術部にアップするべきだろうか。
『今日はもう上がろう。これじゃ何日経っても成果は上がらない、他の班と交替だ』
葛藤さんの判断にみんな賛成し、バグラム空軍基地へと引き返した俺達。
格納エリアに付け、ドラゴから降りるが俺の中で何かが引っ掛かる。戦術部へと足を進め、この違和感の正体を真実の口に入れ、その実態を知る為に問いかける。
手にプリントされたスマートデバイスが情報を抽出し、後日戦術部がそれを纏めて俺達に報告してくるだろう。
だが、俺の喉に引っかかったこの魚の小骨のような違和感は無視するには些か大きすぎるような気がし、手頃な休憩場所に腰かけスマートグラスでメッシュネットを開きウィンドウを立ち上げた。
検索単語は、アフガニスタン、ジャラーラーバード地区。
「レイドの情報ばっかだな……主だった情報がない」
レイダーたちのレイド情報ばかりであまりいいモノがない。何故サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊がジャラーラーバード地区に固執するのか、その情報の手掛かりが見当たらなかった。
「おや、倉敷くんじゃないか。どうしたんだい? 。何か調べものかな?」
その声に俺は顔を上げるとそこにはフランシス班長がいた。
「あ、班長。いや、ちょっと気になった事があって……」
「ふむ、どれどれ」
班長が横に来て俺のウィンドウを覗き込んでくる。
うう、やりづらい。
班長は女性だ。それを自覚してか無意識かは分からないが、イタリア人特有のスキンシップで距離感がやけに近い。班長はジェンダーをずっと前から告白していて、所謂女性でありながら心は男と言うバイセクシャル的な微妙な立場な人間だ。
班長にとっては同性同士の付き合いなのだろうが、如何せん俺は班長をどうしても女性として見てしまう。女性の香りと言うものは刺激が強く、体を密着させて来るとその柔らかさと言うものが否が応でも感じさせ俺の雄を刺激してくる。
(堪んないよなぁ……隊長のこういう所……)
同性との付き合いと班長は思っていても、俺も健全ではないにしてもしっかり男だからこの外人の爆弾ボディの誘惑を我慢するのはちょっとキツイ。落ち着けぇ俺、勃起するなマイサンよ。
「ジャラーラーバード? 。どうしたんだいあそこが?」
「いやァ……今日の広域メッシュ相互距離感覚把握の欺瞞情報の中に混じっていたんですよ。ジャラーラーバードって単語が」
その返答に班長は少し深刻そうに顔を顰める。
「その情報は戦術部に上げたかい?」
「あ、はい。ついさっき上げてきました」
「来なさい。バタフライ班全員召集だ」
いきなりの話に俺は訳が分からなかったが何かしらマズい事になっているのは俺でも分かる。やっぱりジャラーラーバード地区には何かがあるんだ。
ミーティングルームに全員集められ俺達は整列し座った。
「急に呼び出して済まない。今後の作戦について少し修正を通達しようかと思ったんだ」
「修正……とは?」
葛藤さんが訊くので班長は答えた。
「倉敷くんが今日任務で把握した情報の中に些か我々に不利益になりうる情報が混じっていた。その為今後作戦の範囲をカブールからジャラーラーバードへと移動させる」
「質問良いですか?」
紙白が手を上げて質問するのに班長は頷き聞く。
「何故ジャラーラーバードに作戦行動範囲を移すんですか?」
「我々の第一任務は『棺』の確保だからと言うのが一番だが、それははっきりな話をしてしまうと建前の話になってしまう。我々の創立理由は対ドラゴ戦及び『棺』の確保、だが第一よりも以前に我々はホーク・ディードの社員として会社の利益を守らねばならない」
「ジャラーラーバードにホーク・ディードの利益になるものが?」
「ああ、ある。地図を表示し座標34.313327, 70.370026を表示してくれ」
俺達はノード端末を操作し、地図座標を開くとそこには。
「基地?」
「ああ、正確にはアフガニスタン政府がまだあった頃のロケット発射場だ。ここは我々ホーク・ディードの親会社、R.G.I社がパキスタン臨時政府の委託を受け現在も稼働している」
まあ珍しい。今時宇宙開発は人工知能の開発がオール・フォーマットで頓挫して進んでいないモノかと思っていたが、そうでもないようだ。
第二次ルネサンス期──人類がたぶん一番栄えた時期。
それは正しく現在とは考えられない程、大規模に、壮大に、大がかりに技術が発達していた時期。
サハラ砂漠の緑化、汚染地域の完全除染、宇宙開拓。数えだせばキリがなく、そして今の人類には実現できないような規模の技術革命が起きた時期で、先進国も後進国もない遍く無限の知識と技術が人工知能が齎された。だがそれもオール・フォーマット以前の話で、宇宙産業は衰退していると思っていたがそうでもないようだ。
「この基地は人工衛星の軌道修正拠点としての立ち位置があってね。コスタリカ条約とジュネーブ条約の条約上では医療施設や、学校と同じ施設にににある」
「そこの防衛と言う事ですか?」
「ああ、だが基地の防衛ではない。この基地に保管して『ある物』を君たちには防衛してもらいたい」
話がいきなり大規模になり始めたぞ……なんか嫌な、予感がする。
「君たちの情報レベルでは教えるべきではないんだがね、君たちは知りたがりだ。──RRWの防衛だ」
「なんすかそれ?」
俺はそう聞く、柊も何の事かと言った顔をしていて訳が分からないと言った顔。だが、紙白は真剣な眼差しに変わり、葛藤さんに関しては戦慄いていた。
「なんでそんなものがそこにあるんですか!」
喚き出した葛藤さん。なんだ『RRW』とは相当ヤバいモノなのか? 。
「RRWを知らない者もいるから、一から説明させてもらう。『RRW』。Reliable Replacement Warheadの頭文字、高信頼性代替核弾頭の略語で。簡単な話これは核兵器だ。これが制作されたのは第二次ルネサンス期の第三次タリバーン政権時、アフガニスタン地域のウラン鉱脈から採掘されたプルトニウム239が合成され、それを資源に制作された」
「アフガニスタンは第三次タリバーン政権でもRRWを制作する技術者も技術施設もない筈です。何故あるのです!」
「ふむ……愚かしい事にこれを制作したのはR.G.I社の前進に当たる、イーグル&サンクチュアリ社が技術供与契約を受領して制作された。まあ有り体に言うと国際条約違反だね。この真実は表には絶対に出てはいけない。アメリカの恥部とでも言おうか、これの隠蔽が我々の仕事だ」
「了承しかねます! 。核兵器の防衛なんて」
「日本人には確かに不愉快があるだろうが、これは命令だ。RRWを防衛するんだ」
苦虫を噛み潰したような顔をする葛藤さん。日本に核兵器が落とされた歴史は俺も確かに知っている。広島、長崎と二発の核爆弾で数十万人規模で死に尽くした。そして福島の原発事故も、それこそモアブなんて比ではないだろう。
大国の秘め隠し抱えた恥部。国際条約の違反。
笑えるな。いくら国と言う枠組みでも人に見せられないモノはあり、そこに俺は親近感が湧いてしまう。
人が作るものは多くのモノが尊くある、しかしすべてがそうとは神は決めなかった。
恐るべき物も数多くある、細菌兵器、銃、剣。核兵器はその中でも最たる物だろう。
一発墜ちただけでもその地を汚し永劫に感じるほど汚し尽くして、殺し尽くす。ある意味芸術だ。殺しの芸術。
最低最悪の芸術作品である。原爆の父アインシュタインもその事については絶対法則『E=mc2』を発見して公表したことを悔いるくらい、最低最悪であると太鼓判を押しているくらいだ。
醜美たるそれになぜ芸術性を見出せるのか? 。それは俺の感性が一重に合理性を求めてその果てに辿り着いた結論の美しさのみを追い求めているからだ。
一つの発想、人を殺し尽くすためにその英知が詰め込まれ、突き詰めているから美しいんだ。日本刀の美しさと同じだ。
日本刀は切る為だけにその鋼を鍛えられ鍛造されている。故に遊びのそれがない。原爆も同じ。
たくさん殺すために、殺し尽くすために造られているから、俺には美しさと芸術性を感じさせるんだ。
こう考えれば考えるほど、俺の感性と人間性は終わっていると感じてしまう。
人が人を殺すに芸術も何もない、醜い行為だ。獣の所業、動物のそれだ。
だが人は先祖に還ろうと、回帰しようとする。
戦争しかり、食うも楽しむも、セックスだってマゾヒズムサディズムの区分は虐げるを楽しみ、苦しみを至福とする生き物ならではの反応だ。
まあ何にしろどう取り繕うと俺は俺自身をこう思うんだ。
やーい、――人でなし、と。
「君たちがこの真実を知りどう考え感じようと、その感情、情緒は我々ホーク・ディードは必要としない。君たちは兵隊であり盲目的で妄信的な兵士であれ、そう望んで、君たちも同意し契約書にサインしたはずだ。守秘義務もあり自己責任でその責務を負ったんだ。いやとは言わせないよ」
葛藤さんを上から押さえつけるように言う班長に、俺は本当にこの人も兵隊なんだと思う。冷徹な冷静な冷酷な、冷たい冷たいロボットのような兵隊だ。




