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ポスト・ユニバース  作者: 我楽娯兵
錯綜・棺・戦火
28/58

第28話

 ルールと言うものはどんなことにも存在していて、ルールと言う言葉は様々な言葉に変化して伝えられる。

 規則、原則、法則、条例、法令。そしてこの最も力を持っているモノは法律。

 その法律と呼ばれるものはあらゆる分野に適応され、無論それは争いごと、戦争にも存在する。

 第二次世界大戦ではそれは存在していなかったが、人と言うものは縛られることに至福を感じ、解放されることに快感を感じる存在だった。

 戦争の法律。それは国際人道法、戦時国際法、ジュネーブ条約。呼び方はいろいろあるが、それらに共通しているモノは一つ。

 ――弱者を虐げない。

 弱い者いじめをすべきではない。子供でも分かるシンプルな原理であるが、狂乱はその箍を容易く毀してしまうほど甘美で、甘く我らを唆してくる。

 なぜ人は縛られることに従順なのか、なぜ皆と歩調を合わせる事に盲目なのか、それは自然の生み出しし手腕の為せる技であると同時に、一つの収束を提示する。

 人は理性と同時に獣性を内包したメタファーであり、人と言う括りは同時に動物であるという結論を導き出していた。

 人が霊長の長であると言うのは傲慢な考えを、横に置き自然を理解し己が欲望に眼を向けた時、人は己が見てもあまりにも醜く矮小で狭量、厚顔無恥と言う言葉が当て嵌めるに理に適っている『生き物』なのだ。

 戦争は人を狂わせると言うが、それはただ単に理性と言うベールを被り霊長の長と言う高慢を鼻にかけた人間の言い訳でしかない。人間は元より狂っていた。

 狂っていると言う言葉は適切なのか、いや、狂っているのではない、それが当たり前だったのだ。

 食らうに貪欲、抱くに貪欲、眠るに貪欲。どんな欲望にも自然とその身を委ね意識と言う箍を外せば人は犬猫獣の畜生と大差はない。

 その自然を人は理性と知性で歪曲させ、純然たるニヒリズムから理性と知識を見出し、生き物の在り方を変容させたに過ぎないのだ。

 戦争は人の見えざる本性を暴き出す一匙の現象でしかない。

 それを現実とすことはあまりにも簡単で、それを直面した俺は現実を受け止めて、自然に回帰することに抵抗があったのか。ノーだ。


 ……

 …………

 ……


 俺は、俺達バタフライ・ドリームは仕事を終えバグラム空軍基地へと帰還した。

 一仕事とは偏にアフガン解放戦線の兵隊を殺し尽くしたことに他ならず、二週間ずっとこんな感じだった。

 広域メッシュ相互距離感覚把握を行い、色を見つけ、そこで敵を捕獲し、情報を探る。スカであれば紙白が容赦なく殺し、有用な情報であればそれを手に入れ、また紙白がそれを殺しの繰り返し。

 もう何の疑問も覚えなくなっていた。人を殺す事に、光景にそれが当然であると受け入れていた。

 あれだけ人が死ぬことに抵抗感を覚えていたのに、今では血飛沫をドラゴ全体に浴びようとなんて事はなかった。ドラゴと言う殻が俺を守ってくれるから何てことはなかった。

 ドラゴをホーク・ディード社の格納エリアへと向かわせ背部ハッチを開いて降りた。


「ふぅ……今日もスカ。一体何日こんなことすればいいんだ」


 愚痴っぽく俺はそういうので柊も同様な様子で、ブーブー言っている。


「アタシもっと刺激が欲しいのに。ねえ、アタシたちの戦績ってどんな感じ?」


「二十五戦無敗。一機も機能不全を起こしてなくて弾の一発も喰らってない」


「もう鉄板になってるよ。アタシたちが負けた方に賭けた方が刺激的な大穴になるのに」


 俺は煙草を咥えて火を付けた。

 柊は相変わらず賭け事が大好きな様子で、この基地内で行われている賭け、どの班がどんな戦績を治めるかと言う度し難い賭けに日々の刺激を求めている様子だった。

 柊にはここは地獄だろう。代り映えしない日常に、代り映えしない戦闘行為、それに尚且つここは娯楽が少ない。柊の大好きな博打行為が行われる場所がないから、ギャンブル狂いには苦しい事この上ないだろうと思う。

 一応この時代はネットカジノはあるが、それはある種のランダム値を理解し高速(ハイウェイ)を覚えたなら十分な成績を治められると言うので、公営のギャンブルと言うには些か刺激の足りぬ、『ゲーム』でしかない。

 柊が求めているのは肝が冷え要る様な過激な刺激であり、アドレナリンとそれが生み出す興奮のそれが体感したいだけでそれが手頃に体験できるのがギャンブルと言うだけの話であった。

 スーっと紫煙を吐き俺はスマートグラスで今回のアフガン解放戦線の情報を整理しながら戦術部のある建物に入った。


「IDの提示を」


 俺は腕を翳し手に張り付けたスマートフィルムの電子データのホーク・ディード社員IDを提示した。

 最近備品部が仕入れてきたスマートフィルム。まあ簡単に言うとこのスマホのフイルム版は体に張り付けて操作するウェアラブルメッシュ端末で、昔ながらの機械操作感覚があると懐古厨とでもいうのか、時代の流れが直感操作のスマートグラスのようなノード端末から機械的操作に戻ってくる時流があるそうで、ネットの階層(レイアー)が増えるかもしれないと戦術部が採用し備品部整備部に卸してきた備品だった。

 操作感は変わっているがスマホと然程の変わりはない。スマホからガラケーに変わっただけのような話だ。


「わざわざ備品増やして手間を増やさんでくれんかねぇ……」


 そう言い俺はスマートグラスのデータを手のスマートフィルムにまとめたデータを移し、データ提出端末に手を入れる。

 真実の口、なんて戦闘社員たちが揶揄しているその端末は本当の意味で『真実』のみがこの端末に蓄積されていて戦術部がそれを解析し敵の戦術的思考を解析する。

 人間の心理解明程、難しい物はないだろう。それを一つ一つ分かろうとするなんて狂気の沙汰で、高速・強奪ハイウェイ・ハイジャックを齧ってる身からして、戦術部は大部頭があれな連中が多く異様で、作戦の伝達のときに時折顔を合わすことがあるが大分頭の螺子がぶっ飛んだ奴ばかりで、まともに言語を交わせている事が不思議な位の螺子の飛び方してるんで、普通に生活出来ているのか心配になる様子をしている。

 まあそんな他人を心配する余裕など俺には無いし、連中はデスクワーカーで俺達のようなボディーワーカーを帰って労わるべきなのだ。

 奴らが他国の脅威に曝されていないのは偏に俺達のお陰で、デスクの前で敵情報と悠長に睨めっこできているのは俺達のお陰なんだ。

 データ提出が終わって俺は購買部に直行し、酒とツマミ、煙草とマリファナタバコとを買って晩酌と洒落込もうとする。

 俺の部屋の方を見ると電気は付いている。ラシードは俺と相変わらず顔を合わそうとしてないが、まあlikeキャッシュカードを渡しているんだ。死んではいないだろう。

 ビールの王冠をナイフで抉じ開けグッと飲む。


「ん……ん……ん……かーっ。やっぱり仕事後のビールはやっぱ旨いな……」


 安物のビーフジャーキーをくちゃくちゃ噛みながら、今日は何処に泊まろうかと考えてフラフラしている。

 柊の所は全力で拒否られたし、葛藤さんの所はもう三日続けてとなると申し訳ない。紙白はまずどこに部屋があって泊まっているのかも知らない。

 ドクか整備部のとこで一夜を過ごすのもありだなと、そんな事を考えながら飲み終えたビール瓶をゴミ捨て場にポーンと投げるとパリンと鋭い音を立てて割れるビール瓶。

 その音と共にバタバタと音を立てて基地の発着場に戦闘ヘリが降ってきた。巨大な輸送ヘリでドラゴの一班なら収容可能なそのヘリが、墜ちた。

 火を噴き上げて爆発するそれに俺は身をビクつかせて驚いて、そこに向かって走った。

 何が起こったのか。野次馬根性とでもいうのかそんな卑しい根性で現場を見ようと走った。

 ぼうぼうと火を噴きながら燃え上がるそれにレスキュー達が消火剤を必死で散布して火の手を消そうといるとその墜ちて燃えるヘリの中から、収容されているドラゴがヘリの壁を必死で叩いている姿見えた。


「おい! 。中に人がまだいるぞ!」


 俺の声にレスキュー隊はオロオロするが迷っている暇はなかった。

 幸いここにはドラゴは山ほどある。そしてドラゴはガソリンのような爆発性の物質は詰んでいな。そして動力源も不燃性である為にこういった場面で有用だった。

 何機ものドラゴン・ライダーがヘリの隔壁を殴り割り、そこで燃えて悶え苦しむドラゴを外へと引っ張り出していた。

 いくらドラゴでも気密性ばかりよく、戦闘機みたいに酸素マスクをしている訳ではない。外気の空気を奪われると軟殻に包まれた操縦士は忽ち酸欠でお陀仏になるのは目に見えていて、レスキュー達が酸素ボンベを持ってきて生き残りのそいつらに酸素マスクを付けていた。

 そしてそのドラゴン・ライダーは。


「バーンズ軍曹! 。どうしたんだ! 。何があった」


 同じホーク・ディードの戦闘社員であり、俺の数少ない晩酌相手であったバーンズであった。

 言葉を失ってしまう。何故かって? 。バーンズ軍曹の片腕がなかったからだ。

 何かで斬りつけられたようで綺麗に切られ、その断面は焼け焦げていた。

 鼻につく肉の焼け焦げた臭気。鉄の燃えるその匂いに紛れて香る死の匂い。


「ちくしょう! 。あの野郎殺してやる! 。殺してやるぞこの野郎!」


 錯乱しているバーンズ軍曹でその眼は血走り明らかに普通の状態じゃなかった。


「何があった! 。落ち着け! 。落ち着けバーンズ!」


 別の班の奴が駆け寄って事情を聴こうと宥めようとするが、バーンズ軍曹の呪詛は止まらなかった。


「あいつ等だ。アフガンのサビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊! ・俺の仲間を殺しやがった。チクショウが。チクショウがぁ! 。クソに塗れてクソで溺死しながら地獄に堕ちやがれ!」


 その言葉に全てを察してしまう俺であった。

 ああ、あのプラズマレーザー兵器の餌食になったんだ。

 輸送ヘリの状況から見ても、たぶん、あのプラズマレーザー兵器、『棺』は対空攻撃にも対応しているんだ。

 可笑しな話だったんだ。あの『棺』は第一の問題点で剣の形状を保てているなんて、それ以外の使い方も出来るはずなんだ。

 そう、技術的に考えて『撃つ』ことだって可能なはずなんだ。

 剣の形で斬りつけるより、銃みたいにプラズマレーザーを撃った方が格段に撃破率は上がるだろう。それを今までしてこなかったと言う事は恐らく偏に操縦士の趣味嗜好の問題で、ずっと切る事に固執している。

 現代版の切り裂き魔ジャック・ザ・リッパーだ。それを俺達が今まで野放しにしてきたから要らん知恵を付けて『撃てる』事にたぶん気づいたんだ。

 別に俺達が棺確保の任務を受けていて、そ俺達のせいバーンズ軍曹の班が壊滅したなんてこれっぽちも考えていないが、これは厄介な事になった。

 対空攻撃が出来ると言う事は、カブールの上空はある意味サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊に抑えられたことになる。航空戦力が無効化されるなんて考えられるか? 。索敵が出来なくなる。

 だがある意味で光明が俺には見えた。あれほどのプラズマレーザー兵器をぶっ放すと言う事は三角測量から撃った居場所を特定することも容易になると言う事で、バーンズ軍曹には悪いが内心でほくそ笑んでいる俺がいた。


「連中いよいよ俺達を舐めてきてるな……」


 誰かがそう言った。

 何の事かさっぱわり分からない俺だったが、日本人特有の日和見で分からなかった俺でもアメリカ人は明らかに殺気立っていた。

 アメリカ人だけじゃない傭兵隊、PMCの戦闘員も明らかに殺気立っている。

 殺気立っているのはいつもの事なのだが、今回はいつもの比ではない。

 雰囲気が、オーラが、どす黒く染まり始めていた。


「てめーら。ずっとアフガンの連中に舐められ続けていいのか!」


「言い訳ねえだろうが!」


 その波紋は大きく広がっていく。殺意が、殺気が、悪意が溢れている。


「報復だ! 。バーンズの班の敵討ちだ!」


『お──―っ!』


 全員が叫び声を上げて、銃を持つ者は天を撃ち、ナイフを持つ者はナイフを打ち鳴らし、拳を握るものは天を掴まんと腕を上げていた。


「お前も来るよな! 。コーヒーゼリー」


 バンと背中を叩かれつんのめって倒れそうになるが何とか俺は踏ん張った。

 お誘いだ。復讐の、報復のお誘いだ。


「い、いやァ……」


「お前バーンズに眼を掛けられてたんだ。ここで男見せないとアイツに悪いぞ」


「そ、そうすかねぇ」


 班行動を規則づけられている俺らに、報復だの、復讐だのはハッキリ言ってお門違いもいいとこだが、確かにバーンズ軍曹が害されていい気分でいられるほど俺も人が出来ている訳ではないので、少しはその事は納得している。

 だが、出撃命令が出ていないのにどうやって? 。


「整備部。黙らせてきたぞ!」


 誰かが整備部に走ってこの報復行為を黙認させたようだった。

 復讐報復、人間の愚かしさがよく分かるそれだが、確かにそれも一興かもしれない。

 バーンズ軍曹、俺は今から一人前の男になって見せます。


「じゃあちょっといきますかぁ……」

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