第27話
タタタタ、パンパンパン。あちこちから聞こえる音は銃声。
このカブールの街で今もどこかで人々が戦って、勝って殺して負けて殺されてを奏でている。もちろん俺達もその演奏者の一人だった。
スイスイと瓦礫や火を上げながらで丸焦げに煙を燻らせる車の残骸を乗り越え飛び越え、そこへと直行する。
やっぱり重い。炸薬を増やしたリアクティブ・アーマーを装着してのトリック・ギアは中々に行動しにくい。機動性を犠牲にして手に入れた防御性能は果たして『棺』に対して一体どれだけの防御性を見せてくれるか分からない。
サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊が装備している『棺』。オーバーボックスのプラズマレーザー兵器と推定されるそれは、現行の装甲殻で防御するにはあまりにも火力が強く桁違いすぎる。
完全に守り切る事は恐らく不可能と整備部と戦術部が結論を導き出し、その結論として導入されたのがこの炸薬倍量のリアクティブ・アーマーを装備して戦うと言う事だった。
プラズマの類は勘違いされがちだが、光子と違いマクロな視点で見れば原子よりも大きな、電子の運動状態を示す状態。分かりにくいと思う。例えるのなら、そう、水を出しているホースを想像してもらえると判り易い。
勢いよく水が出ていて、勢いもいいそれは圧力を産む。
それが水ではなく、途轍もなく熱い物質でそれが当たった対象物を焼き削り飛ばしている。そう考えてくれ。
あれのエネルギー源は未だに不明で、なぜあんな長時間プラズマレーザーを維持できているのかは不明だ。と言うよりなぜ剣の形を保てているのかが不明だった。
プラズマはエントロピー変化、要は熱エネルギーの運動量を考えて、あの『棺』は確実に原子力発電所並みの発電能力を持っていて、それをあのような形で保つと言うのは糸くずでスポーツカーを引っ張っているような物、糸くずが耐えられないだろう。
剣の形は崩れ、射出された一直線上を薙ぎ倒す兵器となっている筈だ。
それはそれで怖いが、剣の形状に保つと言うのは原則不可能、な筈なのだ。
だがそれが出来ている。これ以上の説明は不要、班長の言うこの世に存在してはいけないテクノロジーの産物と言う事なのだろう。
熱運動エネルギーが多いならそれを上回る熱運動、要は爆発で俺らを守れいと整備部の馬鹿が提案して、炸薬の量を増やしたリアクティブ・アーマーをオプションポイントにありったけ装備させて戦え、というのだから頭の悪い発想、と断じるにもいかないのが世の常。
俺達が初めてサビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊と戦闘しあの『棺』の威力を目の当たりにした整備部の連中は、俺が撃破されるその瞬間リアクティブ・アーマー・シールドの防御の爆風で刀身が一瞬だけだが掻き消えた事を見逃さず、炸薬の量を増やせば切り捨てられるだけのエネルギー衝突を回避できると炸薬を目一杯に積んで俺達は戦いに駆り出されている。
なんというか、本当に整備部は馬鹿な連中ばかりだ。馬鹿が理論をこねくり回し、戦術部が現実的な提案に下方修正するのがお家芸みたいで、今回もリアクティブ・アーマーの装甲殻換装は俺達も賛成したが最初に提案されたのは、一撃喰らうと自分諸共自爆、他のリアクティブ・アーマーと連鎖爆破してしまい自滅してしまうほどの炸薬増量を点案してきたのだ。もちろん戦術部が無理と一掃してくれて助かった。出ないとアイツらマジで装備させかねない。
それを止めない戦術部だったら俺がそれらを絞め殺している。
まあそんな事はさておき、今はまず情報収集が先だった。
広域メッシュ相互距離感覚把握で引っ掛かった目的の色、敵対的な色が潜んだそこへ俺達は急行していて、今もその信号を拾い続けている。
到着した場所は、ショッピングモールで敵はそこに潜伏している。
装備はばっちり、銃の中にはたっぷりの弾丸が詰め込まれて予備の弾倉も十分にある。敵もドラゴを持っているし乗っている。油断はできなかった。
『バタフライ3。偵察を頼む』
「りょ」
俺は肩部のハードポイントに装備しているアイ・ドールを射出しモール内を隈なく調べる。レーザー探査、音波探査、その他諸々。
結果として分かったのは、敵がモール内中心の中庭でたむろしていると言う事が判明し、俺達は足音を極力殺して進んでいく、出来うるだけ早く。
「バタフライ3から全員に、出来るだけ殺すな。殺したら高速・強奪も出来ないからな。出来るだけ多く生きたまま捕らえてくれ」
『了解』
全員がそう返事をする。
敵が広域メッシュ相互距離感覚把握に引っかかったと言う事は、100パーセントの確率でメッシュネット端末ノードを装着していて、味方内で情報のやり取りをしていると言う事で、今回のこの行動は敵の動向、動き、内部情報を調べるために動いている。
そのために敵は生きたまま確保する必要がある、死人に口なし、死んでしまったら情報も引き出せなくなるから。
敵は鈍感なのかそれとも馬鹿なのか、アイ・ドールの存在をまだ察知していない様子で、中庭で何やら屯している。
バタフライ・ドリームの全員がそれらを包囲するように囲み、突撃の合図を待った。
俺は目視で敵を確認した。馬鹿な連中だ、戦闘地域ありながら中庭の噴水でドラゴから降りて小休止とばかりにタバコを吸っている。
全員で10人で分隊規模、三人だけドラゴに搭乗していて見張りに立っている。残りの七人がドラゴを降りて煙草を吸ったり寝そべったりして休憩している。
これはどういう風に今駆動しているドラゴを制圧できるかで、確保できる人数が決まってくる。
『チャフ・スタン・グレネードを投下する……3……2……ゴー』
葛藤さんが投げ入れたチャフ・スタン・グレネード。
敵の視界を奪い、且つ電子的通信手段も奪う為の装備で、かなり役立つそれは敵を迅速に制圧するには非常に有用な兵器だった。
日本の日防軍、特戦竜騎兵群『逆鱗』の標準的な装備の一つだ。
敵の視界に入らないように空中に投下されたそれが、噴水の真上で炸裂した。
バン! 、と鋭い音と閃光。それに周辺に撒き散らされたアルミ繊維が、メッシュネット端末の相互の接続を阻害した。
もちろん俺達も阻害されるが、事前にそれは知っていて動きも、事前に相互に確認済み。
俺達は陰から姿を現し、眼が眩んだ駆動している三機のドラゴに銃口を向け、発砲する。
ダダダダンダンと、敵の脚部間接を狙いそして機敏に接近し、近接マチュテで肩関節を切り落とし、達磨状態に俺はする。
他の二機も柊と葛藤さんが制圧している。
紙白は少し離れた場所から待機中のドラゴの中枢ユニットを狙撃する。
パーフェクトゲームだった。一人も掛ける事もなく、弾の一発も喰らうことなく敵を制圧した。
葛藤さんがドラゴから降りた七人に銃口を向け、手を頭の後ろに回し一列に並ぶように叫び、迅速に制圧している。
俺と柊は達磨状態の行動不可能になったドラゴの背部ハッチをマチュテでこじ開け搭乗員を引き摺り出し、その列に加える。
『こいつらエンブレム付けてないよ!』
柊がそう言うので俺はドラゴの隅々までエンブレムデカールを探すが、アフガン戦線のエンブレムだけだった。サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊のエンブレムがない。
「おかしいな。アフガン戦線でドラゴ部隊ってサビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊だけだろ……」
『主力がそうってだけだ、小さい部隊まで戦術部は計算に入れていない』
そういうので俺は渋々ガラクタとなった達磨ドラゴを投げ捨てる。
『早く調理を始めてくれ、バタフライ3。他のが来るかもしれない』
「了解……」
俺は天井に向かってブローニングの引き金を引いて撃った。
ビクッとするアフガン戦線のそいつらの反応、意識の隙間を見逃さず全員のメッシュネット端末に高速・強奪を仕掛けた。
人間の海馬がパソコンパーツで言うメモリー領域であり、キャッシュデータは前頭葉に一時的に記憶される。
人間自身がデータ端末として機能している現行のメッシュネットの開発者は、ある意味では天才的な頭脳の持ち主なのだろう。
人間の曖昧な記憶機能を丸っとそのまま電子的データ保管機能に挿げ替えているんだから、誰もが頭の中身を機械と繋げるなんて嫌だろうが、それをそれと感じさせずに実現させているんだから驚きだ。
そんな訳で俺は今こいつ等アフガン戦線の脳味噌の中身を洗いざらい覗いている。
「ッチ……外れだ。こいつ等サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊じゃない。でも妙な記憶がある」
『妙な? サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊に繋がる情報か』
「サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊の目標、とでもいうのか。誰かと何かを確保しようとしてるようだ」
『誰かとは誰だ? 。何かとはなんだ?』
「駄目だ、こいつら末端過ぎてロクに情報が降りてきてない」
まあこんな事になろうとは思っていた。第一にバルカン重工業を送った時、連中の主戦場たるカブールの街から離れて態々俺達を襲ったのは恐らく、この周辺にはアフガン解放戦線の基地はないと言う事で、連中も出稼ぎにこの街に来ているのだけだ。
山賊野盗のそれとさほど変わらない。だが、目的と言える目的が僅かに分かった。
物、そして人物。それを連中は欲している。
軍事的に必要になる物とはなんだ。国際社会にアフガニスタンを再独立させるとなると、要人の誘拐? 。いや、要人と言うものがわざわざここまで出向いてくるものなのか? 。
あり得ないだろう。ならば技術者? 。ドラゴ関係の技術者を誘拐する方が現実的だ、バグラム空軍基地にならホーク・ディードの技術者もいるし何より軍事大国のアメリカの技術者がいる。
だが、バグラム空軍基地の警戒網は甘くはない。人的資源は国と言う国が守りたい唯一の資源だ。
化石燃料も確かに大事だ、貴金属も。だがそれらは失われても代替が可能。
しかしながら人間だけはそうはいかない。人間の生み出す知識、そして技術、技能、今の通貨単位であるlikeを発生させているのも人間自身の判断であり、それを損なうなどまずあり得ない。
俺達は立派な社会の歯車としての役割が与えられている。ドラゴ操縦士もその例に洩れない、もっと重要な歯車で一人たりとも欠ける事が許されない。
「こいつらどうします?」
『制圧したんだ。拘束してバグラム空軍基地の営巣に──』
そう葛藤さんが言おうとした瞬間だった。
紙白が発砲した。
俺みたいに天井を撃つなんて生易しくなく、一列に並んだそいつらを薙ぎ倒す様に線を描くように銃口をなぞり乱射して撃ち殺した。
『なに勝手に撃ってる! 。バタフライ4!』
『営巣も無限にある訳じゃない。捕虜をとって食料を減らすより敵勢力を減らす方が賢明。そう思いましてバタフライ2』
冷徹に冷静にそう言い放つ紙白の感情は強奪する迄もなく読み取れた。たぶんこう考えているんだ。
勘定が釣り合わない、と。
勘定が合わないのにわざわざそれに合わせて俺達が不利益を被り謂れがどこにあろうか、どこまでも利己的で自分中心的な考えと思うだろう? 。
いや、そんな小さな枠組みの話ではなく、組織的な考えなんだ。
組織、この場合はホーク・ディード社、プラスアルファでアメリカ派遣軍の利益を考えたんだ。法律に縛られることのないハッキリとした意志。決定事項のようなその考えは限りなく組織の為にある。
情報などいくらでも握りつぶせる。このメッシュネットは一様はしっかりしているようで、深く見れば見るほど荒のようなものも見えるのが確かだ。
人の記憶は曖昧だ。人間がネットのパーツに組み込まれた時点で、完成されたが、完全ではなかった。
人は誤解する、そして噂を鵜呑みにする。それが本当のことのように。
故に情報の握り潰しは無理にしてもこの世界規模のドデカイ伝言ゲームはちょっと細工をすると偽の情報が真実味を帯び、そして時が経つほど虚偽の情報は真実として現実味を帯びるようになる。
虚偽が現実を塗りつぶすんだ。
ホーク・ディードと言わず、たぶんどの国の広報メディアもやっている手法だ。
この光景がもし戦場カメラマンにでもパパラッチされたとしても、その情報はホーク・ディードとアメリカ情報軍が誇る電脳戦担当官たちがリークと共にダミーを混じらせ、リアルをフィクションで薄めていく事だろう。
だから気兼ねなく、俺達は無抵抗な人間を殺す事が許されているようなもので、現に紙白はそれを実行して見せた。
「おっそろしい女だな。お前」
『合理的と言ってちょうだい』
「マリファナなんて非合理な物吸っといてかよ……笑わせるねぇ」
別に紙白の善悪の所在を問う訳ではないが、俺はそんな事無関心で、彼らがブローニングで薙ぎ倒される姿を見ても無感動だったし、些細な事と思えてしまう。
だが、俺が唯一心を惹かれたのは紙白の合理性と非合理性の矛盾だったんだ。
ただそれだけ。
合理的な行動をしておきながら私事では非合理。嗚呼、プライベートとワークスを分けて考えるなんて、なんて大人なんだろうと。




