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ポスト・ユニバース  作者: 我楽娯兵
錯綜・棺・戦火
26/58

第26話

「なあ、聞いてるか?。今から仕事に行ってくる。……少しの間、俺いないけど、ここにlikeカード置いておくから、腹とか減ったらこれでなんか食えよ。──じゃあ行ってくる」


 俺はそう言いlikeキャッシュカードを扉越しに向こうに入れ、歩き始めた。

 アイツに合わせる顔がない。たぶん向こうも会いたくないだろうし、俺は俺の背負った責任をそこに残してドラゴへと向かった。

 僅かに改良の施されているG-12グレイ。肩の装甲殻に胴体がカプセル錠剤の蝶が銃口に止まっているミリタリーバタフライエンブレム。

 蝶の夢、いや胡蝶とでも言うべきか。これは殆ど悪夢のような、走る棺桶と変わりはそれに嘲笑の鼻笑い。

 ドラゴ全体に装備されたリアクティブ・アーマーは通常よりも炸薬の量が多く積載され、一回り程太ったような印象を受ける俺達の機体は、目的とされる標的の対処の為にそう拡張された装備。


「バタフライ・ドリーム3。倉敷賢吾、飛翔」


 認証コードを言い俺はドラゴヘルムに頭を預け、ドラゴを着る。

 感覚が冷たく、神経に刺さってくるようであったが俺はアイツの為にもlikeを稼がないといけない。いけなくなった。

 アイツ、ラシードは俺の部屋に籠って出てこなかった。当然だろう、自分の住んでいた村が爆弾で粉々にされて見るも無残に住民全員、ラシード以外死んだなんて。

 下の毛もまだ生えそろってない子供に受け止めろと言う方が酷な現実だ。

 そして、村人を殺し尽くしたのが、助けた張本人である俺のエゴであるだなんて、もっと受け止めるに無理がある。

 ラシードとどう接すればいいのか分からない。俺はあの状況を回避できた、そうラシードは思っているのだろう。だから扉越しに話しかけても返事が返ってこなかった。

 きっと俺の声も聞きたくないんだろう。

 俺もアイツと今面と向かって話せと言われたところで、どう接すればいいのかが分からない。多感な少年に死の現実を突き付けて、理解しろと言うのも酷い話だ。

 おまえの帰るところはない。だから俺と一緒に生活しろ、生きろ、だなんて。

 俺は神様か? 。神様の選りすぐりでラシードだけを助けた? 。はっ、俺はソドムの街を焼き尽くした天使のそれか? 。馬鹿が。俺は愚かしい人間で、只のエゴで生かしたんだ。

 身勝手に、手前勝手に、あの油田基地で唯一気に入っていただけの少年を助けた大馬鹿が、俺なんだ。

 一歩足を前に出すのも一苦労だ。生きるのには罪がいる。呪いがいる。

 俺は、呪われた。


 ……

 …………

 ……


『まさかアタシたちが編成された理由って『棺』の確保だなんて、ふっしぎな話』


 柊はそう言い、戦火に燻ぶり黒煙を所々で上げているカブールの街を見下ろしてそう言った。


『『棺』と言うもの詳細なスペックは知らされていないが、あのサビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊の一人が持っていたあの奇妙なプラズマレーザー兵器がそれに当たり、それを役員が欲しがっているなら俺達に拒否する権利はない。取ってくるだけだ。バタフライ1』


 葛藤さんがそういう。

 ──『棺』

 バタフライ・ドリームのミーティングでフランシス班長から聞かされた任務内容は、それの確保だった。

 確保、正確でいて曖昧な表現で始まったそれは詳細に語られた。

 曰くこの世に存在しないテクノロジーで創造された、存在してはいけない兵器群『オーバーボックス』と呼ばれるテクノロジーを使われた兵器で、それを確保、回収、封印乃至無効化を目的とする、と。

 いきなり話が突飛になって来て俺は少々混乱しているが、班長の話曰く俺達はもうそれに出会っているという。それがサビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊の持っていたプラズマレーザー兵器で今後の活動で、それを撃破もしくは確保する必要あった。

 班長の語り口からそれはホーク・ディード社上層部からの要請で、この世にあるすべてのオーバーボックス、『棺』の確保を当面の目的として、それらを確保する為に、十中八九ドラゴに搭載されているであろう『棺』の確保に俺達がバタフライ・ドリームが編成されたのだと言う。

 いきなりの話だったので俺も混乱してしまうが、そうであると言うのだから納得する必要はなかった。

 そう命令されたんだからそれを果たせばいいだけの話で、俺達の理解は二の次だった。

 まあ俺もその方が良かった。いちいち一つ一つを咀嚼して深く理解する必要性はない。疲れるし、楽にそれを行え明確なのであればそれでよかった。


『アフガン解放戦線との全面戦争ってことになるわね』


「それを俺が頭から血ぃ吹き出しそうになりながら調べている訳、パラボラもっと立てろ。全然電波拾えねえよ」


 戦闘を極力避けるべく俺は必死になって戦場の把握に、俺は鼻血が出そうだった。

 広域メッシュ相互距離感覚把握。昔なら無人UAVやドローンがやっていた作業を俺に丸投げされて、眩暈がしそうなほど必死になって敵を探しまくっていた。

 敵の目的がなんにしろ、それが把握できていないと敵の行動が読めない、とミーティングで話し合われ、その白羽の矢が立ったのが俺だった。

 敵、アフガン解放戦線も人間だ。微かな情報のピースが自然に零れ落としていて、それを探る必要があると言うので広域メッシュ相互距離感覚把握と言うちょっと特殊なハッキングを俺は行っていた。

 ある地域の全体の全ノードを一斉に高速・強奪ハイウェイ・ハイジャックすると言う馬鹿げた方法で、敵の微かに落としたピースを拾い集めていく。

 ピースとは即ち敵が相互にやり取りした情報の断片で、メッシュネットの特性、伝言ゲーム性の中で生じた微かな情報履歴を手に入れる手段。

 気が狂いそうだ。メッシュネットは膨大だ、しかも今回は個人を高速・強奪ハイウェイ・ハイジャックすると言うピンポイントハッキングではなく、地域全体、魚漁でいう投げ縄漁と同じでスカもあり得る方法で位置情報、肝心な情報も割り出さないといけないのでやる事がいっぱい過ぎて頭がパンクしそうだった。

 班長がくれたハッキング専用メッシュネット端末スマートグラスが高速・強奪ハイウェイ・ハイジャック用にチューニングされていなかったのならきっと俺は今、ふざけるなと大声を上げて仕事を投げ出していただろう。

 このスマートグラスはよくできている高速・強奪ハイウェイ・ハイジャック用なだけあって使い手を労わり設計されている。

 昔みたいなコンピューターハッキングは複雑なコードを読み解いてノードを乗っ取るなんて難解な作業は必要ない、C言語もC+言語も理解する必要がない。

 感覚操作、白の絵の具に黒を混ぜたら灰色になる。俺の感覚はそんな物の様で必要な色を設定しそれを選び取っていく。

 カブールの上空に飛行させたアンドロイドドローン飛行群が収集したメッシュネットデータを今バタフライ・ドリームの設営したパラボラユニットで拾って、その雑多なデータ群の中から俺が色をより分けて、探し当てる作業をしている。

 なんて言えばいいのか。細かすぎて眩暈がする。

 ウォーリーをさがせ! 。って絵本を覚えているか紅白模様の服着た丸眼鏡ののっぽの人物を探す絵本だ。それをやっている気分だ。

 眼が疲れる。一つの色を探すのに無限とも言える色の中からピンポイントでそれを探し出すと言うのは至難の技だった。


「ああっ! 。ちょっと休憩。頭がおかしくなりそうだ」


 俺はドラゴの背部ハッチを開いて外に出た。

 そこはカブールの中でも最も高い高層マンションでオール・フォーマット以前の第二次ルネサンス期に栄え後進国開発の名目で乱立し立ち上ったビル群の中から見る街並みは栄光とは程遠い程荒廃とした風景だった。

 火の手の上がる街並み。中東、アフリカ、南アメリカの主要都市のだいたいがこんな感じなのだそうだ。

 後進国とされた国は第二次ルネサンス期と呼ばれるオール・フォーマット以前の時代の繁栄は忘れさられてしまっている。

 無数の技術群がオール・フォーマットで消滅し、この荒涼とした大地に運ばれる物資も資財も原初に立ち戻って陸路で運ぶしかなくなった。

 昔は、そう、原材料が立体造形物のように加工された物で、こうした高層ビルも、信じられないだろうが、ドーナッツ型の3Dプリンタで出力された物で、施工日から一ヶ月と経たずに完成するようだった。

 俺はオール・フォーマット直撃の世代からちょっと外れているから、それをはっきりと覚えているかと言われるとあまり覚えて無く、何となくすごい速さでビルが建っていた記憶だけがしっかりと残っている。

 煙草を咥えて、その街並みについて考えた。もし戦争がなかったとしてこの街がどうだったのか。


「スー……はァ──―」


 狙撃の心配もないだろう。俺は窓際に立って煙草を吸う。

 きっと普通に平々凡々な街だっただろう。いや、たぶんオール・フォーマットが無かったら栄えている事は確実だろう。何せ旧アフガニスタンは資源国だから。

 油田も天然ガスも、貴金属もレアメタルも出たなんて、どこの国も喉から手が出るほど欲しいだろう。

 そんな国が偏にこうなったのは旧時代の貨幣の脆弱性とインターネットの軟弱性からだ。

 オール・フォーマットの一番の致命的な打撃と言えば、今の世界史にも載っているであろう、通貨崩壊だ。

 全ての通貨、円ドルペソルビーフラン元リラルーブルマルクビット草、通貨と言う通貨がその意味がなくなった。信用情報が全部流出したんだ。

 あれだけ暗号通貨は量子コンピューターを用いてもその帳簿は、暗号化キーは手に入らないと言われていたのが、あっという間に突破され意味がなくなったし、為替レートは大荒れ、ある時はホントに物々交換が当たり前になりそうになった事もあるくらいで、俺はそれを間直にはしていないが、兄ちゃんの話を聞くと相当ヤバかったそうだ。

 鼻垂れプー太郎でうんこを見れば笑い声を上げていた幼少期にそんな事は本当に小事であり知りもしない。

 とにかくオール・フォーマットは全世界に致命的な打撃を与えた事だけは確かだろう。

 ピッと吸い殻を投げ捨て、目を凝らすと。

 色が見える──目的とする色だった。


「ビンゴだぜ。休憩して正解」


 俺はまたドラゴに乗り込んでドラゴヘルムに頭を預け、ドラゴを起動した。


「敵座標マーク。アフガン戦線見つけましたよ」


 俺は司令部に連絡を入れるとフランシス班長が対応した。


『了解した。制圧行動を開始しろ。──より良き戦いを(グッドファイト)


「了解。……グッドファイト……グッドファイト」

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