第24話
夜も深く、気温もグッと下がって寒いぐらいだった。
だがこの中で行動しないといけなかった。腰にサバイバルナイフを差しドラゴ用のツナギに体を納めた。
スマートグラスを掛け、ホーク・ディードの救援コールを開き、俺は考えた。
これを止めたら、油田基地が襲われる。その損失を考えるとあまりにも大きい。俺一人で返済できるlike額を越えている。
だがそれだけではなかった。脳裏に浮かんだのは柊や葛藤さん、紙白、ドクやバーンズ軍曹に他の仲間たちの顔が浮かんで救援コールを止める事は気なかった。
だが、これを止めたのなら俺はここにいる虐げられてきた人たちを虐殺する事を阻止する事が出来る。
俺も彼らの気持ちは分かる。国が欲しいんだろう。人として生きたいんだろう。
誰かに認められ、誰にも理解されず、誰にも分からない自分自身の幸せを掴もうとしているのだろう。だからこれを止めたなら彼らの幸せを成就させられる。
だが止めなかったなら、彼らの情報が真実でアフガン解放戦線と内通しているとしてホーク・ディードが動き、殺す。
一方のたくさんの命ともう片方のたくさんの命を今俺の手に握られ、生殺与奪の権利が俺の手に握られていた。
ここの住民を殺して生きていくか、仲間を見捨てて捕虜として生きるか。
重い決断だ。だが俺はその決断を容易に出来ていた。
「ラシード、ラシード起きろ」
「んん……どうしたのクシャトリア……」
眠っているラシードを揺り起して俺は仕度するようにと言い仕度をさせた。遠くに、この村から出来るだけ遠くに逃げる必要がある。
多くを持ってはいけない。しかしコイツだけでも、生き残るのはいいじゃないか。
俺の判断に何の問題があろうか。コイツを生き延びさせるのは、子供を見殺しにするのは俺にはできなかった。
優柔不断な判断だ。ラシードもアフガン解放戦線に通じている可能性はある、だから見捨てるべきだった。この村から脱出するのにも足手まといであるのは確かだ。
だが、俺は見捨てられなかった。
今迄何をしようとも空回りで、何をしようにも理解されなかった。きっと今回も理解されない、だが自分のエゴであるのは自分自身が大いに理解して、ラシードも理解されずみんなからも理解はされないだろう。だがそれでいい自分自身で選び取った道になる。
「頭下げてろ。ゆっくり付いて来い」
スネークじゃないのに俺は村人の目を盗みながら着実に足を進めていた。目的として場所は村の入口でも、裏手の山でもなかった。
畑だった。あそこに行けば十分な機動力が手に入る。
そう、ドラゴだ。
操縦席も剥き出しのプレーンだが、ゲルシリンダだけでも十分な速度が出る。
スマートグラスでロードマップを開き、ホーク・ディードの社内通信メッシュネットに接続し、中東の作戦予定表を確認すると、新たな書き込みがあった。
『油田基地廃棄、戦線をカブールへ後退。以降アメリカ派遣軍陸上攻撃連隊と行動を共にする』
と書き込まれていた。秘匿回線のメッシュネットの中でもレイアー、階層が深い所に書き込まれていて、アフガン解放戦線の連中も探し出すには苦労するだろう。
複数のニューロン暗号通信でプロテクトされ、複数人のニューロン暗号を入手しないとアクセスできないサイトである為に、防壁的役割のあるウォールは遂には攻撃性も得てノードの破壊迄出来る代物になっている。
そのサイトの中でバタフライ・ドリームの単語に関連する物をすべて引っ張り出した。今迄バタフライ・ドリームの班内で通達事項の全てがここで共有され、戦闘遭難時の連絡要項もここに書き込むことを班内で取り決めている。そしてここを見ると。
「B3.0400時、ピックアップ指定」
村の座標から僅かに離れた場所にピックアップポイントが指定されていた。
この場所で一番座標が高い場所で、B3.と書き込まれていると言う事は俺に当ててのメッセージであるのは確かだった。日付の項目がないと言う事は、今日発動の行動であると言う事で、俺の救援コールで俺と言う名のノードがある種のマイクとなり、村の内情がホーク・ディードの油田基地に洩れた事で動きが活発化したのだ。
だが少し想定していなかったのは、油田基地の廃棄。戦域の後退だった。
ホーク・ディードならばアフガン解放戦線、サビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊の迎撃も可能な戦力を投入できるのに、それをしないと言うのは何となくだが、分かる。
あの想定外の摩訶不思議ライトセイバー兵器のせいだろう。
弾丸が効かず近づけば切り捨てられる装備に対応できる装備はあそこにはない。
故に、物量戦に踏み切ったのだろう。ホーク・ディードとアメリカ合衆国は業務契約を結んでいて、アメリカ軍は全面的にホーク・ディードと戦線を共にすることを是としている。
ホーク・ディードは一般軍事企業だ。いくら戦力を売っていると言っても難癖をつけて戦端を切るのは避けたい筈だ。それ故に、この村での作戦項目事項の書き込みが、バタフライ・ドリームの班内チャットしか書き込まれていない。
有り体に言うと、戦争を始めるゴールラインはアメリカ軍に切らせようと言う腹積もりなのだろう。
米軍の軍事情報ページを開いた。ユナイッテッ・スクープ・アソシエーションのアクセス権限を入社時に貰い俺の管理者権限はCクラス、アメリカ陸軍でいる所の尉官クラスで作戦発動のタイミングぐらいなら閲覧できる権利が俺にはあった。
日本国籍だが、アメリカ国籍もホーク・ディード入社時に同時に発行され俺は二つの母国を持つこととなっている。
U.S.A.のページのトピックスの中東作戦の中に、あった。
『敵性集団の潜伏先の空爆要請2034.06.08.00430(O)』
と。
Oとは即ちアウトソーシング、外部委託の作戦受領のコードであり外注に出したのは間違いなくホーク・ディードだ。
このトピックスの日付の項目には今日の日付があり、時刻は俺の回収時間の三十分後にこの村が空爆される予定となっていた。
俺は作戦の軍事備品の競争入札サイト『Vendors』にアクセスし、作戦の納品like額を確認すると、中東の零細企業が1.000.000likeでモアブ、大規模 爆風爆弾兵器 の入札記録があった。
「はっはは……やばーい。はやく逃げねえと……」
モアブ、大規模爆風爆弾兵器とは2017年の過去段階で最も破壊力のある爆弾として勇名を馳せその威力からmother of all bombs、『全ての爆弾の母』とまで言われるほどの破壊力のある爆弾兵器で、過去実験で数ブロック先離れた先にまで爆風が届いたとまでいう話があるくらいで、恐らくこの現在、核兵器の次ぐらいには危ない兵器として数えられる兵器の一つだった。
「クシャトリア……どこいくの?」
俺の袖を持って眼を擦るラシード。まだまだ子供、日も登っていない時に起こされて眠いだろうが、俺はラシードと向き合って言った。
「いいか。今からたぶんヘリに乗る。ここ以外の国に出てお前はダリットのレッテルが無くなる。俺が面倒を見てやる、付いてくるか?」
「ううん……」
あまり眠気で深く理解できていない様子だったが、頬をひっぱたいて頭に無理くり入れ込むより、盲然としていた方がある意味良かったし、理解は必要なかった。
俺はラシードの手を引いて畑まで小走りで走る。
あちこちで松明の明かりが見える。スマートグラスでその光の下を拡大表示すると、アフガン解放戦線の兵士、他複数のドラゴが見えた。
その中に。
「なろう……。内通者だったのかよ……」
アジ・ダハーカ旅団のエンブレムを下げたひらひらしたドラゴがいるではないか。腸が煮えくり返る思いだ。
アジ・ダハーカ旅団は表向きはパキスタン臨時政府の軍隊だが、その実態はアフガニスタン併合の際に接収したアフガン戦線の一部で、反骨精神が骨の髄まで染み込んでいるようだった。
だから内通者としての役割があったのでサビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊に情報を流していたんだ。あの訳の分からない兵器を持ったドラゴ乗りもその情報を頼りにきっと襲ったのだ。憤慨しそうだ。
アイツ等、目にモノ見せてやる。モアブで粉微塵にしてくれる。
畑に付いて俺は着座姿勢のドラゴに乗り込んで起動させる。ドラゴは立ち上がって俺は駆動を確認し、ラシードを両腕で背負い歩き始めた。
夜間迷彩もサスペンション替わりの筋肉アクチュエータが無い為に音も立つし目立つ、しかし生身で走って逃げるより少なくとも機動力もあり、疲れ知らずだ。
出来るだけ早足で音を立てづにピックアップポイントの座標へ向かって歩みを進める。
操縦座席は剥き出し、装甲殻もなく撃たれたらひとたまりもないが、それでも動きはいい。畑仕事でプレーンのドラゴに散々弄って操作法は身に染みて覚えた。軽いトリック・ギア程度だったらこれでも出来る。
だが背筋に伝うゾクゾクと這い上ってくる恐怖心。銃撃の際のあの衝撃は忘れ難く、この虎の口の前で寝そべる兎のような感覚を早く拭ってしまいたかった。
ただでさえ鬱病の薬も飲んでいなく、冷や汗が止まらないのに、遂には頭痛までしてくる始末。
ヤバいヤバいヤバい。漠然とした不安感が鳩尾の辺りから全身に広がって眩暈を誘う。キーンキーンと鉄を打ち鳴らす様な耳鳴りが頭の中に響いて、そのなりの中に幻聴も聞こえてきた。
丘にヤギが居てそのヤギがこう言うのだ。
『捨てちまえよ。そのガキ。楽になるぜ』
「うるせえよ。こいつは何も悪くない……」
『へー、じゃあ。あそこの村の連中は悪いんだ』
「あいつ等も悪くねえよ」
『ふーん。じゃあなんで殺すんだ? 。救援コール切ったら殺さずに済むのに』
「それは……」
仲間の為、と口に出そうになったが。疑問が浮かんだ。
柊や葛藤さん、紙白は仲間なのか? 。仲間ならなぜ俺のドラゴが行動不可能になった時に助けに来てくれなかったのか。
見捨てられた。そんな思いが頭に浮かんだが、その負の感覚を振り払うように頭を振って切り離す。
見捨ててはない、助けられない状況だったのだ。あの状況で俺だって助けには入れないし……入れなくて……俺はそのあと、助けに行くか。
行かない、敵の中に態々飛び込んでいくほど俺は無謀ではなかった。
見捨てる。俺なら見捨てて、ピックアップポイントを座標にモアブをぶち込んで村を吹き飛ばす。
その考えが脳裏を駆けた。
ヤバい、何も信用できない。仲間であるバタフライ・ドリームの全員が、誰も彼もが信用できない。もしかしてラシードも──。
俺の握っている操縦桿の操作が動き腕に抱くラシードの頭に手をやった。
このハンドルを右に回すとドラゴの手の動きでラシードの頸が90度回転して首を捩じ切る事が出来る。
信用ならない者を抱えて信用も出来ない情報を頼りに、俺はいくのか? 。そこに? 。
一縷の望みでしかない。来てくれたらいいな、来てもらった方がいいな。
そんな希望的な願望で命を張るだけの価値があるのか? 。
吐き気が込み上げてくる。何かを体の外に出そうと蠢いて俺を破裂させようとして来る。
俺は腰に差したナイフを取り出して、手首に押し当てていた。
いや、手首じゃない。首元だった。
これを引けば苦しみから解放されるぞ。死んじまえ、楽になっちまえ。
『楽になっちまえ』
ラシードの口がそう動いたように思え刃が俺の柔肌に食い込もうとした時だった。
ヒュン──と、風が切られる音が聞えた。
「っ!?」
脳味噌がバグっていた。ヤバい見つかった。
俺は手からナイフが零れ落ち太ももにそれがブスリと刺さった。
頭に火花が散った。同時に脳味噌が可笑しな回路に思考が入った。
死んでいる暇ないじゃんと。
制御卓を握り全力でドラゴを走らせ、目的のピックアップポイントに走らせた。
背後から聞こえる銃声に俺は、遂に壊れ始めていた。
「ハハッ。アハハハハハハッ!」
大声で笑えて眠気も込み上げてくる。欠伸を噛み殺し、頭の中に散る痛みを脳に染みわたらせ、走らせ続けた。
ドシュッと肩に抜ける弾丸。激痛、白熱、絶叫。
「あ。ああああああああああああああああああああああああああっ‼」
痛くて痛くて仕方なかった。
死んでしまう、痛みで死んでしまう。その嵐のように渦巻く混乱する心境の中で一つだけしっかりと感じたのは、正気の存在だった。
生きたいんだ。生と死は対極ではないと誰かが言った気がする。
違うだろ! 。死んじまったら。そこまでだ、何にもならないし何もなしえない。
生きるから意味があるんであって死が何かの価値を生み出す訳でも高める訳でもない。死は孤独なのだ。
孤独は嫌だ、寂しいのは嫌だ、死ぬのは──嫌だった。
ピックアップポイントについて空を見上げると、満点の星空。
「ハハッ。ハハハハハッ」
やっぱり俺は馬鹿だ。見捨てるよなやっぱり。
俺は操縦桿を投げ出し崩れ落ちるドラゴにズタズタの体が地面に放り出された。
嗚呼、馬鹿馬鹿しい人生だった。
ラシードはうまい事ドラゴが盾になってちょっとした防空壕のようになっている。
もう考えるのをやめよう。疲れた、疲れたよ、俺は。
『……五分早い』
通信がいきなり入って俺はビクッと体が震えて、空を睨みつけると。
吹き降ろす風が唸り、俺の目に砂塵のアタックを喰らわせる。
何もない、だがそこにある。
無の空間の満天の星空から三機のドラゴが降下してきた。
『現着。班員、現地民を保護しろ』
葛藤さんの声だった。盾を構え空から降下される遮蔽壁に陣形をすぐに立てた。
激しい銃撃戦の中で、一際笑っていた。誰が、俺だった。
滑稽でしかない。俺は道化だ。道化の馬鹿野郎だ。何で仲間を疑うんだ? 。馬鹿じゃないのか。誰もを信用する事を諦めてもう長いことなるのに、こんなに身近にいるじゃないか。信用に値するものが、likeに変わる信用の証が。
バタフライ・ドリームは俺の家族。家族を信用しない馬鹿はいない。
俺は馬鹿だった。馬鹿だ。兎に角馬鹿だった。
俺達は空へと攫われた、そこはヘリだった。
外殻投影技術、要は熱光学迷彩でヘリの装甲部全部を覆って電子的光学的に見えなくなる最新鋭の輸送ヘリだった。
「全員格納完了だ! 。モアブが来るぞ!」
搭乗員たちが騒いで俺達にシートベルトを激しく閉めて俺は痛みで呻いた。
ドラゴから降りる仲間たちの雄々しい姿に俺は嗤った。
「気でも違った?」
そう聞いてくる紙白はマリファナに火を付け隣に座ってシールドを絞めていた。
「まだ正気だよ。残念なことにな」
マリファナを回してくるので俺はそれを深く吸って吐いた。
ヘリが村から離れていく、地獄の様な戦場から俺達は遠のいていく。
日の出だ。地平線から日がチラチラと見え、そして。
『対ショック姿勢!』
ヘリアナウンスで言われるがまま俺達は身を縮こまらせて、頭を守る姿勢をとった。
次の瞬間──爆音、衝撃。
外を見るとそこにはキノコ雲が立ち上っていた。灰燼に帰った村に俺の決断は本当に正解だったのか、俺自身に問いかける。
分かる筈がなかった。少なくとも今の俺は分からなかった。




