第22話
全身の寒さで凍えるように、体の曲線が失われ直線で構築され行く。
そこに響く耳鳴りような音が俺にヒビを入れてくるようで、体にヒビが入りそして遂には折れる。
粉々になり俺が粉となり果てて次第に砕けた惑星のように寄り集まり、ひと塊の玉となり内なる感情が露わになる。
叫び出し、狂いだし、遂に何もかもが失われ残ったのは見るも無残な一人の男。
この俺が、狂ったのは壊れたのは一体誰のせい。
誰のせい? 。誰のせい? 。だれの──。
現実を見るには、俺には勇気がなかった。母さんが死んだ真実に、父さんが死んだ事実に、俺は一人になったのだと言う現実に。
人は一人で生きていくには人生は孤独過ぎた。
だから俺は道連れが欲しかったんだ。誰かと一緒に堕ちていきたかった、誰かと一緒に堕落したかった。駄目になっていきたかった。
人は一人で生きていくには孤独過ぎる。だから俺は誰かの死で俺の孤独を埋め合わせている。
砕けて玉となった俺が矮小に、脆弱に、脆く、弱くなっていく。
一つの塊が卵となり、それの中に繭となり、蛹となり溶けて形を取ってく。
その形は人の様で、怪物の様で、怪奇の様で──俺と言う名の何者かに成り果てた。
人を呪う。他人を呪う、他者を呪う。呪詛を振り撒く悪鬼と呼ばれようと、この孤独な人生にヒトの怨嗟こそ俺を全力で本気で見てくれている。
誰か俺を憎んでくれ、誰か俺を呪ってくれ、誰か俺を──。
……
…………
……
「っ──! 。はァっはァはっはッ──」
俺は飛び起きた。最悪の夢見で全身が汗をかいてドロドロだった。
何処だここ──どこかの家屋の様で俺は隣に置いてあった緊急時サバイバルユニットを発見し、中に入っている銃を手に取った。
中は、弾は。
一応実弾射撃は練習して二十メートル先の的に命中させる事が出来るようになっている俺は、銃の、リボルバー拳銃のシリンダを開き中身を見た。
S&WM37。メンテナンス性と装填不良の考慮からリボルバーを採用され、自衛及び、最後の手段『自決』も含めた拳銃であり、俺の最後の命綱だ。
装填数は五発、予備の弾は五発の計十発。
ズキリと痛んだ腕に俺の顔が歪んだが、それよりも状況を確認しない事にはどうしようもできなかった。
俺は家屋の壁、外へと通じているであろう扉の端に立って銃のハンマーを半分引いて引き金に指を掛けていた。
全裸のすっぽんぽんだが、服を着ている余裕はなかった。
この僅かな時間で理解できることは少ないが、分かる事は──誰がここに俺を運んだと言う事だけ。
その誰かが問題だ。敵か、アフガン解放戦線のサビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊が俺の血痕を辿て拉致したのか。そうだったら今すぐにでもこのリボルバーを咥えて引き金を引いてやる。
拷問を受けるのも嫌だし、保険金の返済で今後ホーク・ディード社に飼い殺しにされるのも嫌だ。
「ふー、ふー……」
息を整え状況を整理すると、何か妙だ。
チラッと俺の撃たれた腕を見ると、あの乱暴に巻き付けたガムテープが剥がされている。清潔な包帯に脱脂綿で傷口が押さえられ、腕の中にあった違和感が消えている。
弾丸が摘出されている? 。
班長から貰ったスマートグラスを手に取って掛け、メッシュネットを立ち上げ現在位置をノード相互間距離通信で位置を割り出そうとすると、場所はアフガニスタンの田舎の村が表示されていた。
正確な現状把握にはノード相互間距離通信では分からない。周辺状況もアイ・ドールのカメラもないし、ここに定点カメラもあるとは思えない。
分かる事は一つだった。兎に角ここを出ないといけないと言う事だけだった。
ズボンを穿いて、銃を構え息を整え扉のノブに手を掛けてタイミングを見計らって──飛び出た。
銃口を構えて見えたのは田園だった。
住人たちが俺が荒々しく出てきたので何事かとこちらを見ると、銃を突きつけられてるので泡を食ったように散っていく。
「────っ!」
何やら喚いているが何を言っているのかが分からない。ハッとして耳のイヤホン翻訳機を探すとそれはなく生身でパシュトー語かダリー語かよく分からないが、混乱している様子だけ分かる。
「下がれ! 。下げれ、寄るな!」
俺は大声を上げて、宥めようと俺ににじり寄ってくる住人達を日本語で語彙強く叫び寄せ付けなかった。
住民が武装していない。一般人か、いや、イラクの戦争の事もある一般住民がレイダーと結託している可能性もある俺は住民たちを警戒しながら、同時に狙撃の警戒をした。
狙撃ならきっとノード相互間距離通信で距離を測定してくるはずだ。現代版GPSのノード相互間距離通信は相互に互いの位置が把握しあえる、故に微かなノードの枝を調べればどこにいるかが分かる。
「寄るな! 。寄るな! 。下がれ!」
必死に俺は叫んで住民たちを威嚇する。
誰も彼もが敵に見えた。普通な面して俺に近寄ってくる連中が途轍もない怪物に見え、怯えてるのがすぐに分かってしまうが、しかし身の安全の方が大切だった。
「────っ!」
何語か分からない言葉を話しながら拳銃を向けているのに近寄ってくる住民がいるので俺は地面をバンっと、一発撃った。
「寄るな! 。下がれ! 。下がれ!」
きっとヒドイ面をしているのは自分自身でも分かる。だが自分自身の格好などこの際守っている暇はなかった。身を守らないと格好も付けられない。
「クシャトリア! 。オキタ」
その声と共に人混みを掻き分けてきたのは──。
「ラシード──?」
俺が油田基地で可愛がっている現地民である子供のラシードだった。
心底心配していた顔をしているラシードの顔に俺は戸惑った。何故ここにいる? 。
え? マジで何でここにいる。
「ボクノムラ、ムラ」
片言の日本語で話すラシードに意味を理解するのに時間を要した。
ムラ? 。 ムラ──村。
「ココ、ボクノムラ」
俺は泥の壁で出来た家の壁に凭れ掛かって崩れ落ちていた。
よかった。マジで良かった。腰砕けだ。
良かった。アフガン解放戦線に俺は拉致られていない。現地民に救助されたのだ。良かったマジで良かった。
「あ、焦ったー……ハァ。よかったー……」
気の抜けた様子にラシードは俺の寝ていた家に連れて行ってくれて、水と簡単な飯を出してくれて、俺の様子が落ち着いたことを見ていた。
「ジュウ、ハナサナイ?」
俺はハッと気づいた。ずっと頑なにリボルバーを握り締めていることに気づいていなくて俺はようやくとばかりにそれを置いた。
「クシャトリア。タベル」
ラシードが飯を俺の前に出してくるので、俺は恐る恐るそれを口にした。
ニっと笑うラシード俺もちょっとだけ緊張がほぐれた。
詳しく状況を聞こうとするが、ラシードは片言日本語しかできずよく分からないが、しかしここが油田基地で雇用している現地民の村であるのなら身元もはっきりとしている筈だ。
その上、ホーク・ディードの現地民送迎がある筈だ。それに合流すれば戻れる。
カレンダーと時間表をスマートグラスを操作して開くと。
「今日休日かよ」
油田基地の休息日であり、二日間送迎が来ない。
だがいい、二日間ここでジッとしていればホーク・ディードの送迎バスが来る。
「ラシード。この腕、誰が治療したんだ」
俺は身振り手振りでラシードにこの手を治療した人間を聞き出そうとする。こんな辺鄙な場所でまともな治療が出来るとは思えない。それが出来ていると言う事はそれ相応の装備を持った医療団、NPOが来ているのかもしれないと踏んだ。
そうであるのならきっと足を持っている、それを使って油田基地かカブールに行けばいい。
カブールならアメリカ派遣軍に保護してもらえる。油田基地ならそれこそサビルラ・シャー・ドゥラーニ連隊と戦って全損したドラゴで戦場に放り出されて奇跡の帰還、そうバーンズ軍曹が言うだろう。
必死に医者を呼ぶようにラシードに言うとその意味を汲み取ってくれたのかラシードは医者を呼びに行った。
にしてもこの腕をよくぞここまで治療してくれた。俺の拙い応急処置をキチンと弾丸の摘出、縫合までしている。
傷口の上には医療用薬品選択絆創膏が傷口に張られ可能や感染症の恐れはないだろう。
この絆創膏はマイクロフィルム回路で目には見えない程の小さな無数の針を刺して選択的に薬品を投薬し感染症、化膿、内出血などを防ぐ事ができる。
そこまで高価な代物ではない、しかしこうした戦地で出回るのは珍しい。故に医療団、NPOかアメリカ派遣軍にしかないのだ。
「起きたのか。元気そうじゃないか──おいおい、いきなり拳銃かよ」
俺は無意識に拳銃を掴んで入ってきた男に拳銃を向けていた。
その男はこの周辺じゃ珍しい俺と同じ、東洋人だった。浅黒くない肌色に綺麗な黒髪をワックスで撫でつけ後ろに纏めている。白い白衣が如何にも医者と言った様子であった。
「俺の腕治療した医者か? 。言葉通じるのか?」
「こう見えてソウル大の出てるんでね。拳銃下ろしてくれないか?」
俺は拳銃を下ろした。その男は俺の目の前に座り、俺が手を付けていない飯を素手で掴み食べた。
「携帯トイレとハイドレーション内蔵のツナギ、銃撃され弾丸は108mm弾ときた。ドラゴ乗りかい?」
「ああ、この近くで戦闘があった。長距離通信機持っていないか? 。本隊と通信したいんだ」
「悪いが。それは持っていない何せ流浪のNPOみたいなことしているんでね」
流暢に日本語を扱うその医者に俺は聞いた。
「この腕よく、治療できたな……」
「手先は器用な方だ。尺骨が砕けちまっているが、自然治癒でどうにかなる」
「ソウル大出身って言ったよな。なら、出身は韓国?」
「ああ、もう存在しない国の医者擬きだ」
その言い方に俺は鼻笑いが漏れた。別に韓国人を憎んでいる訳じゃない。馬鹿にした嘲笑の笑いではない。この男のおどけた言い方に笑いが漏れただけだ。
ある意味この男は命の恩人みたいなもので、その人物の国を侮辱するものか、まあもうその国は体制としては存在しないのだが。
「その体に印刷された刺青、国軍じゃないな。どの軍でもレーザー印刷の刺青の身分証明法は採用されていない」
「俺は民間軍事会社の社員だ。この近くの油田基地の警備護衛の仕事していて、そこのラシードが働いているとこだ」
「ふむ、と言う事はホーク・ディード社か。見たところ、妙な身体処置を受けているようだが。そこはどうなんだ」
いくらなんでもべらべらと喋るわけにはいかない。俺にも一応守秘義務契約がありピューパ素子の事は固く社外に出さない事を契約書に書かされている為に、言う事は出来なかった。
「そこはNGで頼むよ。喋れないんだ。守秘義務ってやつで」
「ふん。まあいい。大方の予想は付いているからな」
その医者は煙草を俺に差し出してきたので俺はそれを摘まんで口に運んだ。
古風な男だ。マッチで火を起こし俺の咥えた煙草に火を付けて、自分も煙草を咥えて火を付けた。
「吸ったことない煙草だな。どういった銘柄なんだ?」
「韓国の煙草だよ。もう国体崩壊で会社が潰れて廃盤になってる。俺の残りのカートンで吸ってる」
「そうか……」
残念だ。この煙草は旨いのに。
暇があれば買いに行ってもいいとさえ思え、俺の愛飲して吸っているジャンキー・ストライクと言う煙草やマリファナタバコとはまた違ったピリッとした味わいで深い煙草の味わいがある。
「具合がよさそうだな。どれ腕見せて見ろ。ちょうど絆創膏の薬品が切れてくる頃合だ」
俺は腕を出しその医者は絆創膏を剥いだ。
「んん?」
「どうした?」
「こんなに……傷口……小さかったか……まあいいか」
そう言い新しい絆創膏を張って、医者は立ち上がった。
何処か掴みどころが見えない男で、この男はメッシュネット端末のスマートグラスを掛けていなかった。この時代でNPOでもメッシュネット端末位持ち歩くのが当たり前なのに珍しい事もある物だ。
「そうだ。名前を聞いていなかった。あんた名前は?」
俺は今更のように医者の名前を聞くと、医者は遠くを見ながら答えてくれた。
「ファン・マンジョルだ。今ここで駐留して医療提供をしている。何ここ二日で出て行く。あんたの経過観察くらいならしてやれる」
「そうか。済まないな」
「ま、ドラゴ乗りなら、ここに寝泊まりさせて貰ってんだから村の発展に貢献するんだな。蝶々のドラゴンさんよ」
医者が出て行き、俺とラシードだけ残された。
俺が出来る仕事なんてなにがあるんだ? 。俺はラシードの顔を見て聞く。
「俺が出来る仕事とかあるの?」
パッと明るくなったラシードはにこやかであると答えた。
一食一飯の恩義これで返せそうだ。運が良かった。戦場の運も俺の味方をして何とか生き延びれた。
本当に運が良かった。




