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第三話:おっさんは神剣を振るう

 ラプトル馬車を走らせている。

 目的地は雪と氷の村クリタルス。

 グランネルから東の街道に進み、北上することでたどり着く。

 だいたい五日ぐらいで着く距離だ。馬車ならその倍以上はかかるだろう。

 いつものように御者をしており、ルーナは俺の足の間に小さな体を押し込めてもたれかかって甘えてくる。


「ユーヤ、ちょっと寒くなってきた」

「そうだな。これからどんどん寒くなっていく。どこかで防寒着を買い込まないとな」


 いつも以上にルーナが体をすり寄せてくる。

 すでにグランネルを出て二日目。

 北上を始めており、肌寒い風が吹いている。

 ルーナが器用にもふもふのきつね尻尾を股の下から前に移動して抱きしめる。


「もふもふで暖かい」


 とても可愛らしい姿だ。


「ちょっとうらやましいな」

「ん。なら、ユーヤにも暖かさを分けてあげる」


 そう言うなり、振り返ると尻尾を自分と俺で挟むようにして、コアラのように抱きついてきた。

 もふもふの尻尾を押し付けて、ルーナが顔を肩の上に乗せる。


「思ったより暖かいな。それにもふもふだ」

「キツネはすごい。もふもふあったか。ユーヤだから特別におすそわけ」

「ありがとう。それから、しっかりとフードはかぶっておけ、耳が冷えるぞ」

「そうする」


 ルーナの服にはフィルお手製のキツネ耳フードがついている。

 ルーナの耳は高性能だが、ほこりや砂が入りやすいのでフィルが作ったものだ。防寒着にもなる。


「これで完璧」


 妙に似合っていて微笑ましい。


「さて、明日にはたどり着けるようにペースをあげようか」


 俺の意志を汲んでラプトルが気合の入った鳴き声をあげて加速する。

 途中、次々と馬車を追い越した。

 やっぱりラプトル馬車はいい。


 ◇


 山の開けた場所で野営のためにテントを設置する。

 そして、いつものようにフィルが携帯料理セットを広げて調理を始めた。


「お姉ちゃん、今日は何?」

「最近お肉が続いているので海のものにしようと思っています。エビ肉(並)が余ってるので、エビたっぷりのピラフを作ろうかなって」


 ドロップ品のエビ肉は、普通のエビじゃありえない巨大な塊の肉なので、厚切りにすると信じられないほど、ぷりっぷりで味も濃くて美味しい。

 エビたっぷりピラフと聞くだけで腹が鳴りそうだ。


「ルーナ、お肉も好きだけどエビも好き!」

「私も!」

「実は私はエビを食べたことがないの」

「結構、偏食だったんだな」

「そういうわけじゃないわ。土地柄の問題ね。エビは海のものだし、腐りやすいからラルズールだと手に入りにくいの。魔法袋を使って運んでくる商人はいないこともないけどね」

「そういえば、私もユーヤ兄さんと会うまで食べたことがなかった! エルフの里、山の中だし」


 これもまた魔法袋が高騰する原因だ。新鮮な海の幸をそのまま内陸部に届けられると商売の強みになるので、商人が欲しがる。


「じゃあ、気合を入れて料理をしないとダメですね。セレネの初めてをもらうんですから」

「ええ、優しくお願いするわ」


 フィルなら、きっととびっきりの料理を作ってくれるだろう。

 そんなとき、ルーナのキツネ耳がぴくぴくと動いた。


「ん。【気配感知】に反応。二百メートルほど先から、魔物。シカっぽいのが、足音を立てないようにゆっくり近づいてくる」


 魔物のアクティブラインは最大でも五十メートル。

 だが、例外はある。【気配感知】持ちの場合はその範囲に入れば動き出す。

 そのシカの魔物もその一体だろう。

【気配感知】持ちの魔物は例外なく高レベル。おそらく強敵だ。


「ダンジョン外での魔物か、このあたりに野良ダンジョンがあるのかもな。食事前の運動に行ってくるか」

「ルーナも一緒に行く」

「もちろん、私も行くよ!」


 お子様二人組の提案に首を振る。


「……いや、今回は一人で行かせてくれ。神剣ダーインスレイヴの試し斬りをしたい」

「ユーヤ兄さん、それって一人で行く理由にならないよ」

「この剣がひどく物騒な剣と同じ名前だからだ。俺の知っている神話だと『一度鞘から抜けば返り血を浴びるまで鞘に戻らず、所有者に破滅をもたらす』とある。セレネ、この剣は王家になんと伝わっている?」

「かつての英雄の愛剣よ。大英雄がダーインスレイヴを振るい千を超える魔物の群れを滅ぼしラルズールを守ったという伝承があるの。ただ、その能力は誰も知らないの。代々最高の騎士に渡されて、死ぬか騎士を引退すると返却されるのだけど、少なくともここ二百年ほど、誰も鞘から抜けなかった。だから今は最高の騎士としての証でしかない。でも、ユーヤおじ様なら抜けるって信じているわ。千を超える魔物を倒した剣、抜ければすごい力になると思うの」


 神剣ダーインスレイヴ。

 ゲーム時代は、名前だけが出てきた剣。王城に飾られており入手不可能。

 いろいろと物騒な噂は知っている。

 ゲーム時代のラルズール城の図書館には文献が残っていた。

 いわく、『命を捧げることで無敵の力を得る』

 いわく、『その剣を抜いてはならぬ。一度抜けば獣に成り下がる』

 いわく、『鮮血の中で輝くは、その禍々しき刀身だけ』


 ただ、入手不可能ではあるがゲームの解析をした連中は詳細データはわからないが実装されていると断言し、いつか追加イベントで入手できるのではないかと期待されていた。


 ……この魔剣としか思えない呪いの武器が神剣とされているのは、時代の流れと共に、英雄がダーインスレイヴでどう魔物を滅ぼしたのか、その後英雄がどうなったのかという部分は抜け落ちて偉業だけが残り、誰も剣を鞘から引き抜けないからと推測される。


「というわけで、剣を抜いた俺が正気を失って、ルーナたちを斬るかもしれない。数段力を増した俺が手加減なしで襲い掛かって、それでも死なない自信があるならついてきてもいい。どうだ?」

「……無理、本気のユーヤが襲ってきたらルーナは死ぬ」

「私はもっと無理だよ!」

「じゃあ、留守番だ」

「ルーナは、そもそもそんな物騒なの試してほしくない。危ない」


 心配そうな顔をしてルーナが俺の袖を引っ張る。

 そんな彼女の頭を撫でながら視線を合わせる。


「それについては大丈夫だ。伝承を信じるなら返り血を浴びれば鞘に戻せるらしいし、ちゃんと保険も用意しているさ。……危険とわかっていてやるのは強くなれる可能性を見過ごせないからだ。ルーナなら、気持ちはわかってくれるだろう」

「わかる。だけど、危なすぎることはしないで」

「もちろんだ」


 この保険は貴重な品で使いたくないが最悪の場合は惜しまず使おう。

 それに、ゲーム時代に実装されていたのなら何かしら使い道があるし、理不尽に命を落とすこともないという確信があった。


 ◇


 ルーナに聞いた方角に全力で走る。

 腰には黒い魔剣と神剣ダーインスレイヴを吊るしている。

 鑑定アイテムで見ても神剣ダーインスレイヴは、名前と封印状態ということしかわからなかった。

 神経を研ぎ澄ませる。

 わずかな殺気を感じた。

 そちらを睨む。いた。どうやら魔物は大樹の陰に隠れているようだ。

 ちらりと目に映った黒くてまだら模様の毛皮とレベルから魔物が特定できた。


「ダークホーン・ディア。大物だ」


 レベル42。シカ系統の魔物では最上位種であり中型。

 その特徴は【気配感知】で獲物を見つけ、気配をけして背後に回り、超火力の【ホーンクラッシュ】という突進技で急所を抉り一撃で敵を始末すること。


 攻撃力と敏捷性が非常に高いので、【気配感知】を持っていないとバックアタックで事故死させられることが多い危険な魔物だ。

 ダークホーン・ディアはこちらに気付かれたと察し、その姿を現した。

 その圧倒的な脚力で右に左に跳ねて的を絞らせないようにしながら近づいてくる。


 あと三歩で剣の間合い。

 その剣を抜く資格が俺にあるかを試してみよう。

 柄に力を込めて指で弾く。

 滑らかに音もなく剣が抜かれ、刀身が露わになる。


 それは美しく、禍々しかった。

 黒の魔剣と同じく片刃かつ反りのある斬ることに特化した剣。

 特徴的なのは、白銀の刀身にまるで血管のように赤いパターンが刻まれていること。

 刀身の赤が耀きを増す。


「があああああああああああああああああああああ!」


 叫ぶ。

 殺意が膨れ上がる。

 憎い、血が欲しい、殺したい。

 自分の手を見ると、ダーインスレイブに刻まれた血管が柄まで伸びて手まで侵食してくる。

 黒い感情が沸き上がる。

 なのに、妙に意識が冴えている。

 熱い激情と冷徹な意志が同居した理想的な状態。

 敵が来た。

 剣の距離の一歩先から突進スキル【ホーンクラッシュ】を使用する。


 前動作がほぼゼロの超速の突進。

 俺のステータスではこの距離から放たれれば回避不能。

 いつもなら迷わず受けてダメージを減らす選択をする。

 だけど、戦闘論理ではなく本能が先に動いて横に跳ぶ。躱せないはずの攻撃を躱す。


 ダークホーン・ディアは臆病な魔物だ。

 勝てないと判断すると逃げる。

【ホーン・クラッシュ】で通り過ぎた後、そのままスピードを落とさずに全力で走って逃げようとする。

 ダークホーン・ディアの敏捷は俺を大きく上回る。

 追いかけるのは体力の無駄。

 なのに理性の声を無視して走り、あっという間に追いついた。

 そして、突進の勢いを利用した突きを首に突き立て、奴の悲鳴が響くと同時に手首をひねって傷口を広げながら引き抜き、無造作に放った完璧な斬撃で容赦なく首を斬り落とした。


「がああああああああああああああああああああああ」


 雄たけびを上げる。

 敵を倒し、返り血を浴びたのに、この衝動は全く収まらない。

 そして、次に目に映ったのは木の上で羽を休める小鳥。

 木々の幹を蹴り、垂直に駆け上がると刃を振るって斬りつぶす。

 周囲を見渡し、次の命を探し、ネズミを見つけた。木から飛び降りて刃を突き立てる。


 体がいうことを聞かない。

 理性はあり、こうして思考できているのに本能が体を支配して暴れまわる。


 衝動のままに、周囲の命すべてを奪おうとする。

 ダメだ、このままじゃ。

 もし、帰りが遅い俺を心配してルーナたちが来れば殺してしまう。

 いうことを聞かない体に強烈な意志の力を叩きつけ、なんとか奥歯を噛みしめる。それすら命がけ。


 奥歯にはありとあらゆる状態異常を解除するダンジョン産のアイテム【エリクシル】を仕込んでいた。

 ダンジョン内で麻痺毒、呪い、石化、睡眠などで動けなくなれば死に繋がる。そういう事態に備えて奥歯に仕込み、強く噛むことで摂取できるようにしていた。

 途端に、体から熱が失せ、手に浸蝕した赤いラインが消えて、体が言うことを聞くようになった。

 良かった、さきほどまでのが【状態異常】扱いだったおかげで救われた。

 渾身の力で地面にダーインスレイヴを突き刺し離れる。


「いったい、なんだこれは」


 ダーインスレイブから解放されて座り込む。

 すでにダーインスレイヴは赤い輝きを無くしていた。


「かはっ」


 次の瞬間、鈍い音を立てて何か所か骨に罅が入り吐血した。

 とてつもない激痛が全身に走り膝をつく。

 慌てて回復ポーションを含む。

 魔法袋から、鑑定用のアイテムを取り出してダーインスレイヴを見る。

 鞘に収まった状態では(封印状態)以上の情報を読み取れなかったが、今ならどうだろう。


「なるほど、そういうわけか」


 ダーインスレイヴの謎が解けた。

 まず、今までラルズール最高の騎士たちが鞘から抜けなかったのは、この剣を抜くには魔力と筋力、その両方が高水準でないといけないからだ。

 筋力はともかく、魔力にマイナス補正がかかる戦士職では【試練の塔】をクリアしてレベル上限を解放しないとまず到達しない値だった。

 そして、ダーインスレイヴは基礎性能が異常なまでに高い。神級装備でもこんな基礎数値はなかなかない。

 最後に追加効果。


 状態異常:【狂戦士バーサーカー】付与。

 全ステータスが三倍、周囲すべての命が途絶えるまで全能力を持って命を駆逐する。駆逐終了後に解除。解除後、【狂戦士】状態継続時間に比例するダメージを受ける。


「まるで使い物にならないな。……データを実装しても入手できないようにしたわけだ」


 命全てが途絶えるまで、本人の意志と関係なしにもてる力すべてで駆逐する。

 さきほどは、魔物だけでなく小鳥まで殺し、その後はネズミまで殺そうとした。


 どう考えても、その駆逐する命とやらに仲間まで入っている。

 ルーナやティルを連れて来なくてよかったと思う。


 これで終わりならソロのときに使えなくないが、最後の【狂戦士】状態の継続時間に比例するダメージもシャレになってない。

 今受けたダメージから逆算すると、おそらく三秒で体力の1%を失う。三百秒で即死だ。

 回復アイテムで状態異常を回復してもダメージを受けたところを見ると逃れる術はない。

 ……しかし、全ステータス三倍はひどく魅力的ではある。

 ここまでの上昇率は当然ながら、どんな装備も魔法でも不可能。


「……何もここまでダーインスレイヴを再現しないでもいいだろう。使い勝手が悪すぎる」


 強大な力を得る代わりに返り血を浴びるまで鞘に納められない。これを拡大解釈したのがステータス三倍で、周囲の命すべてが尽きるまで状態異常の継続。

 破滅をもたらすという部分が、継続時間に応じたダメージで再現されている。

 使いどころとしては、俺以外全員が全滅した状況。

 あるいは、俺以外全員を帰還石で逃がしたあとに使う。

 どちらも考えにくい。


「最後の最後の切り札だ。普段は魔法袋に入れておこう」


 そう決めて、魔法袋の中に片付けていた愛剣と取り換える。

 ダークホーン・ディアのいたところを見ると、【黒鹿の角】をドロップしていた。

 あれは薬の材料になる。

 そろそろ戻らないと。

 腹が減ったし、みんな心配しているだろう。

 ……剣のことは鞘から抜けなかったとみんなに話そう。知らなかったとはいえ、こんな危ないものを俺に渡したと知ればセレネは悲しむから。

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