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第二話:おっさんは目的地を決める

いよいよ本日Mノベルス様から、そのおっさん一巻が発売です!

 グランネルに着いた俺たちは宿の予約をしてから酒場を訪れた。

 ここで作戦会議を行って次の目的地を決める。

 みんなに好きなものを頼むように告げ、俺は頭の中で次の行き先についてまとめていく。

 どこに行くのも一長一短で、どれを選んでも正解と言える。


 しばらく待っていると、酒と料理が運ばれてきた。

 とくに目を引くのが、今日のメイン料理、びっくり丸鶏のロースト。

 極楽鳥の肉はグランネルの名産品だが、それ以外にもグランネルでは鶏肉を落とす魔物が多いので鶏肉を使った料理が発展しているのだ。


「うわぁ、すっごいボリュームだね」

「ユーヤ、美味しそう、タレでぴかぴか!」

「びっくり丸鶏のローストですね。こうして、お腹を割ると……やっぱり、鳥の旨味をたっぷり吸ったご飯が美味しいんです」


 牛肉(並)や豚肉(並)の場合は、2kgほどの肉の塊が木の皮に包まれている状態でドロップする。

 ただ、鶏肉の場合は首を落とし、羽を丁寧にむしり、内臓を綺麗に掃除したものがドロップする。

 なので他のドロップ品ではできない丸焼きなんてものが出せる。

 この丸鶏のローストはからっぽの内臓の代わりにグランネル名産品の米と具材、調味料、スパイスを詰め込んで、じっくりと焼き上げている。


「じゃあ、切り分けますね」


 フィルがナイフで肉をカットしていく。

 肉汁が噴き出して期待感を煽られる。

 彼女は皿に肉と旨味をたっぷり吸ったご飯を盛り付けてみんなに渡す。


「もう食べていい? ルーナ早く食べたい!」

「うんうん、私もよだれが出ちゃいそうだよ」

「そうだな。食べよう」


 俺がそう言うなりお子様二人組が肉と米をかき込む。

 そして、幸せそうな表情を浮かべる。

 よほど美味しいのだろう。

 俺も食べてみる。


 ……これはいいな。

 カリカリとした皮に甘いタレがしみ込んだ肉厚でしっとりジューシーな肉。理想的な火の通し方だ。

 中の米はピリ辛に味付けされていて食欲をそそる。米の他にも酸味がある漬物が刻んで混ぜ込まれていて口の中をあっさりさせてくれて、いくらでも食べられそうだ。


「このメニューは大当たりですね。見た目も味も最高。今度作ってみます」

「ええ、とってもワイルドでウキウキする料理。ダンジョンの中で自然に囲まれて食べるともっと美味しいかもしれないわ」


 フィルとセレネも気に入っているようだ。

 たしかにこれは野営で焚火を囲みながら食べたいメニューだ。

 鶏肉(並)でこれだけうまいのだから、鶏肉(上)だといったいどれほどうまくなるのだろう?

 極楽鳥の肉で作ってもらいたいが、もも肉とむね肉のカットでドロップするので再現できない。


「あっ、ルーナ。お代わりなんてずるいよ!」

「ずるくない。お代わりは早い者勝ちがいつものルール」


 頬っぺたに米をつけたルーナが、とりわけきれなかった残りをすばやく自分の皿に盛りつける。

 それを見て、ティルが残りを一気に食べようとしてむせた。

 おかしいが可愛らしい。この子たちを見ていると癒される。

 

 ◇


 鶏肉のロースト以外にもさまざまなメニューを楽しみつつ食事が終わる。

 そろそろ本題を切り出そう。


「みんな、次の目的地を決めたい。今回は切羽詰まった事情もないし、適正レベルが近いダンジョンの中からある程度自由に選べる。候補の特徴を語るから話し合って決めよう」

「ん。わかった」

「どきどきわくわく」


 お子様二人組が身を乗り出した。


「まず一つ目の候補。雪と氷の村クリタルス。北の山にある村だ。村だけじゃなくダンジョンも雪と氷に覆われている。……ここに行けば鍛冶スキルが習得できるし、鍛冶スキルを使うのに必要なアイテムが手に入る。【原初の炎を祭る神殿】で手に入れた材料を最強の武器にすることができるだろう。それに、ここではユニーク食材、白銀兎の肉が手に入る。白銀兎を倒すのは色んな意味できついがな」

「すごい! ルーナの新しい短剣! 美味しい肉!」


 やっぱり一番最初に反応したのはルーナだ。

 彼女にとってはいいこと尽くめ。

 それに鍛冶スキルと鍛冶アイテムはほしい。

 鍛冶スキルがあれば、特定の材料を鍛冶アイテムで合成して、アイテムや装備を合成できる。

 あくまで合成にすぎないので、本職の鍛冶師と比較すれば作れるものは限られるし、重心の調整など細かな調整はできない。


 ゲームのときはとあるバグを使えば一部の素材を使う武器を圧倒的に強くできた。

 ルーナの新しい短剣はそのバグを使うものだ。

 なるべく早く手に入れたかったが、あのダンジョンは適正レベルが41で今まで手が出なかった。


「兎って食べられるのかしら?」

「えっ、セレネって食べたことがないの? 美味しいよ! 私の大好物」

「エルフが狩りでよく狙う獲物です。しいて言えば鶏肉に近いですが、鶏肉より臭みが少ないですし、歯ごたえがあり、上品でたんぱくな味わいで料理のし甲斐がある食材です」

「面白いわね。食べてみたくなったわ」


 俺も何度か食べたことがあるが、あれはうまい。

 一部の街では高級食材としてもてはやされている。

 ましてやユニークドロップの肉ならどれほどうまいのか興味がある。


 問題があるとすれば白銀兎は超々高経験値な代わりに全魔物の中でも最高クラスの素早さを持つ。

 その上、【気配感知】持ちで冒険者が半径二百メートル以内に近づけば逃げるので姿を見ることすらできない。

 さらに特性ファーコートを持ち物理ダメージの七割カット、反射神経を強化する【超反応】を持ち遠距離攻撃はまず当らない。


 まともな手段でこいつを倒すのは不可能。 

 それゆえに幻の魔物と言われているぐらいだ。

 おそらく、ゲームのときならともかく、こちらで白銀兎の肉を手に入れたものはいない。

 ……逆に言えば【再配置】からしばらく経った後でもこいつらだけはぴんぴんしている。

 こいつを見つけ出し、倒せるのであれば常識ではあり得ない速度でのレベリングが可能だ。


「ついでに言えば、クリタルスには三竜の一角、水(氷)を司る氷盾竜ひょうじゅんりゅうアルドバリスが潜むダンジョンがある」

「ユーヤおじ様、それはぜんぜんついでじゃないように聞こえるのだけど」

「いや、クリタルスについてもすぐには挑めない。今の俺たちが挑めば百パーセント死ぬ。だから、ついでだ」


 炎帝竜は強かったが、氷盾竜はそのはるか上。

 氷盾竜の難易度は五段階評価で、水(氷)無効装備を固めて4.5。そして水(氷)装備がなければ5。5というのはそれ以上の難易度が存在しないだけであり、難易度5の中でも極めて困難なボスだ。

 ゲームではレベルリセットキャラが最低二人いるとまで言われた。


「ん。なら、レベルをたくさん上げて強くなってから挑む!」

「かなり長い間クリタルスに留まることになる。そうだな、二~三か月は準備にほしい。竜を倒せることを判断の一つにするなら、それを踏まえて考えてくれ」


 実のところ、超々高い経験値の白銀兎をたくさん狩ることができれば、その期間は一気に短くなる。

 おそろしく倒しづらい代わりに規格外の経験値、ドロップアイテムは肉の他にもファーコートと呼ばれる防具の材料にすれば水(氷)耐性・極大が付くものがある。

 白銀兎は、倒しまくって氷盾竜と戦う準備を整えてくださいというような魔物だ。


 ただ、そのことはまだ伏せておこう。

 俺が考える攻略法が白銀兎に通じるかはまだ分からない。


「そして、次の候補だ。それはフィルとティルの故郷。エルフの里だ。実はあそこには隠しダンジョンがある」

「えっ、嘘。そんなの聞いたことがないよ」

「だから”隠し”ダンジョンなんだ。そこにはティルが望む固有ドロップのフルーツがある。適正レベルも42で都合がいい。そして、隠しダンジョン故に魔物が狩り放題で三竜の最後の一匹、轟雷竜テンペストもいる。ここのメリットは、二人が里帰りができるというのもあるな」


 二つ目の候補、エルフの里。

 かつてフィロリア・カルテルから救うために尋ねたときには思い出していなかったが、あそこはゲーム時には重要な街でありイベントクエストが多くあった。

 そして、その隠しダンジョンもイベントの一つ。

 クリアすることでとある恩恵が得られる場所だ。


「うっ、そっちは遠慮願いたいかなって」


 家出娘のティルが苦い顔をする。

 フィルが家族向けに手紙を送っているとはいえ、帰れば怒られるだろう。


「ティル、そういう個人的な事情で判断するのは辞めなさい」

「だって、絶対にお母さんかんかんだよぅ。でも、フルーツ、フルーツが」


 ティルが葛藤している。

 ここもおすすめだ。

 クリアすることの恩恵が大きいし、轟雷竜テンペストは氷盾竜アルドバリスに比べればだいぶマシだ。


「最後に、海底都市ルナリアだ。ここはとにかくダンジョン数が多い。それも上級レベルのダンジョンばかりだ。出現する魔物は全体的に経験値が高いし、ドロップアイテムも多種多様。おかげで冒険者が分散されて常に狩りができる。レベル40台の冒険者がレベル上げをするなら鉄板だな。海底都市だけあって、ダンジョン産でも、漁でとれたものでも、とにかく魚介類がうまい。朝採れのエビや貝は感動ものだ」


 レベル40の冒険者はそう多くない。だから、多数のダンジョンがあって行き先が分散されると魔物が狩りつくされることが少なくなる。

 通常の街であれば【再配置】はすべてのダンジョンで一斉に行われるが、あそこだけはダンジョンごとに【再配置】の日がずれている。レベル上げをするにはあそこ以上の街はない。

 しかも上級冒険者の財力目当てに上級装備を取り扱う店が並び、歓楽街も栄えていて楽しめる。


「他にもいくつかあるが、飛びぬけて魅力があるのはこの三つだ」


 雪と氷の村クリタルス。エルフの里。海底都市ルナリア。

 この中ならどこへ行ってもいいと思っている。


「そうね。私はエルフの里がいいわ。雪と氷の村クリタルスは一番魅力的に思えるけど、氷盾竜アルドバリスがそこまで強いのなら、さきにエルフの里で強くなってから行ったほうがいいと思うの」

「ルーナはクリタルス! 強い武器! 美味しいお肉! それに鍛冶スキルがあればルーナだけじゃなくてみんな強くなる!」「私はクリタルスかな。べっ、べつにお母さんに怒られるのがいやってわけじゃないからね!」

「私はエルフの里です。理由はセレネが言ったとおり。それに、ティルが元気にしていることを里のみんなに見せてあげたいから。ダメですね。私も私情が入ってしまいました」


 ティルがものすごく嫌そうな顔をする。

 きれいに意見が真っ二つになった。


「ならエルフの里にしよう。一人、理由が不純で無効票がいるしな」

「あああ、ユーヤ兄さんのいじわる!」


 ティルがむくーっと膨れている。

 そんな、ティルの肩をルーナが叩く。


「これでも食べて落ち着いて」


 口の中にデザートのイチゴを放り込んだ。

 ティルが咀嚼し、それでも恨めしそうに見ている。

 別に意地悪ではないんだが。

 しょうがない、明日街を出るまえにティルが好きな飴を買ってあげよう。

 ティルは、好きなお菓子をあげれば機嫌が直る。


 ◇


 翌日、グランネルのギルドに来ていた。

 ギルドに俺たち宛ての指名クエストや手紙が来てないかの確認だ。

 ギルドに拠点登録していると、俺たち宛ての荷物や手紙が届く。ギルドのサービスの一つだ。


 どうやら、フィル宛に実家から手紙が届いている。

 フィルはレベルリセット後に取得した新しいギルドカードの番号を実家に伝えている。

 ……俺もどこかで新しい番号を知人に知らせないとな。

 たぶん、かつての知人たちは前の番号にいろいろと送っているだろうし。

 フィルが手紙を見て、それから綺麗に折りたたんでポケットに片付けた。


「さて、ユーヤ。行き先はクリタルスにしましょう。よくよく考えるとそちらがいいです。これで多数決の結果が逆転です。今までの実績をそちらに送って、拠点変更申請もしないといけませんね」

「いったい、手紙になにが書いてあった?」


 露骨に昨日と意見が変わっている。まるで、エルフの里に帰りたくないみたいに。

 フィルの背後から、こっそりティルが忍び寄り手紙を引き抜いた。

 そして、目を丸くする。


「ユーヤ兄さん、やっぱり絶対クリタルスだよ! だって、雪と氷だよ!!」

「いや、雪と氷だからどうした」


 ティルまでおかしくなった。


「ユーヤおじ様、二人がこう言っているならクリタルスでいいと思うわ」

「まあ、それはそれで構わないが」

「やった、お肉! 楽しみ!」


 もともと俺はどこでもよかった。


「じゃあ、決まりですね。向こうで、クリタルスのギルドに実績を引き継いでもらうように申請してきますね」


 フィルが消えていった。

 怪しい。

 あとで理由を聞いてみよう。

 何はともあれ、次の目的地がクリタルスに決まった。

 あそこに足を踏み入れるのは、現実では初めてだ。どんな街か、今から楽しみだ。

 

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