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第一話:おっさんは出発する

 儀式が終わったあと、昼食会が開かれる。

 ラルズール王となったアレクルト王子がセッティングしたものだ。

 話の内容が内容なだけに参加者は最小限にしてある。


 ラルズール王と彼の半身であるレオンハルト、護衛が数人。その他には俺のパーティメンバーしかいない。

 これなら踏み込んだ話ができる。


 相変わらず、うまい飯が出される。

 昨日あれだけ食べて胃がもたれている大人組を後目にお子様組はすごい勢いでご馳走を片付けていた。

 食事にひと段落ついたタイミングで、いよいよ本題に入る。

 最初に口を開いたのはラルズール王だ。


「アウレは治療後、国家反逆罪で捉えて牢に入れてある。調べてみると、不正な資金の運用、情報漏洩の証拠が見つかった。アウレは抵抗せずに、知っていることをすべて話してくれている。あれが進化する魔物を購入したのは、フィロリア・カルテルという組織からだ。アウレとの窓口となっていた男に接触を図ろうとしたが、すでに男は殺されていた。おそらくアウレが失脚すると同時に証拠隠滅のために動いたのだろう」

「ずいぶんと行動が早いな。しっぽ切りにしても鮮やかすぎる」


 そう言えば、ルンブルクの事件後、幽閉されたギルド長も奴らに口封じのために殺された。

 それも厳戒な警備がされている中。

 迅速かつ大胆で的確。油断できない敵だ。

 ……それも当然といえるか。相手がフィロリア・カルテルであるのなら。


「用心深い組織だ。フィロリア・カルテル、ユーヤ殿なら何か知ってはいないか?」

「知っているとも。因縁の相手だ」


 さきほど、その名が出たとき動揺を隠すのに必死だった。

 それはフィルも一緒だ。俺たちにとっては絶対に忘れられない名だ。


「フィロリア・カルテルは暗殺、麻薬密売、奴隷販売などを始めとした裏の仕事を取り扱う組織だ。犯罪や違反行為を繰り返しギルドを使えない冒険者が多く在籍していて南方の国々で広く活動している。だからアレクルト……すまない、陛下が知らないのも無理はない」

「アレクルトでも構わない。好きなほうで呼べ。そうか、南の組織か。南方とはいえ、それなりに大きな組織であるなら足取りが掴みやすい。案外早く尻尾がつかめそうだ」


 俺はゆっくりと首を振る。

 たしかに、ある程度規模が大きいとその実態を掴みやすい。

 ラルズール王国の力が及ばない地域であろうと、伝手をたどれば情報収集はできる。


「いや、それは無理だ。……その組織は何年も前に壊滅している。あいつらは滅びる前、エルフで大儲けしていたんだ。【世界樹の雫】を作れる処女のエルフを監禁して薬を作らせ続け、それ以外のエルフは世界各地に調教して奴隷として売り払う。奴らは商品を補充するためにいくつかのエルフの村を滅ぼした。老化を抑える【世界樹の雫】ほしさに、貴族や役人どもも奴らに協力して、やりたい放題だった」


 奴らはエルフを金の生る木として、とても口に出せないようなことをした。


「その、やりたい放題だったフィロリア・カルテルがどうして壊滅したんだ?」

「奴らに目を付けられたとあるエルフの村がギルドに討伐クエストを出した。エルフの村はありったけの金を集めたが、けっして報酬は高いとは言えず、犯罪組織に目を付けられるリスクもあり、最初は冒険者が集まらなかったが、いろんな幸運が重なったんだ」


 目を閉じ、当時のことを思いだす。

 なにせ、十年以上前のことだ。


「伝説的な活躍をし、尊敬を集めていたエルフの冒険者が自らの全財産を報酬に上乗せして割の合う報酬にした。その冒険者はコネを使って、名のある冒険者を多く集めた。奴らの悪行を声高に叫んだことで正義に燃えた冒険者たちも集まった」


 俺も彼に声をかけられた一人。

 彼は恩師であり、たくさんの恩があった。

 たとえ犯罪組織の恨みを買うリスクがあっても断れなかった。


「なるほど、買収されて役人が動かなくても超一流の冒険者たちが立ち上がったわけだ。それなら一網打尽にできる」

「ああ、エルフの村を襲う連中と、超一流の冒険者を数多く含むパーティが衝突した。その結果、フィロリア・カルテルの主力が失われ敗走。後日、奴らは参加した冒険者に報復をしようとしたが、逆に冒険者の結束が強まり、冒険者は一人ひとり殺されるまえに、奴らを根絶やしにしようと動いてな。生き残りの連中を掃討し、フィロリア・カルテルは消滅した。俺もそのクエストに参加したからよく覚えている」


 あれはひどい戦いだった。

 冒険者は命のやりとりに慣れているとはいえ、人間相手の殺し合いの経験は滅多にない。

 そして、エルフの村を守る戦いより、その後のほうが悲惨だった。

 ……できれば、二度と経験したくない。

 大事な人を失うのはもうたくさんだ。


「ユーヤ兄さん、もしかしてその村って」

「そうだ、その村がフィルとティルの故郷だよ」

「ティルは小さかったから覚えていなくても無理がないです。もし、ユーヤたちが助けてくれなければ、村のみんなが攫われて、私もティルもあいつらに今でも飼われていたかもしれません」


 あの事件があったから、フィルと出会えたと考えると悪いことばかりではない。

 フィルはあの一件で冒険者に憧れて村を抜け出し、いろいろあって俺が拾うことになった。


「なるほど、ユーヤ殿のおかげでフィロリア・カルテルのイメージはつかめた。こちらでも探ってみよう。情報は逐次共有する」

「そうしてくれ。奴らが復活したとすれば他人事じゃない」


 フィロリア・カルテル。当時のトップを殺したのは俺だ。

 それだけなくルンブルクと継承の儀、二回も奴らの商売を邪魔している。狙われてもおかしくない。

 ……なぜ、わざわざその名を名乗るかも気になる。

 裏社会では名を重んじる。一度壊滅させられた名を使えば侮られる。マイナスにしかならない。

 そのマイナスを容認してでも強い意志を持ってフィロリア・カルテルを名乗るなら、奴らは過去の事件に拘っている。

 警戒しておいたほうが良さそうだ。

 だが、現状ではこれ以上の情報はない。

 この話題はこれぐらいにしておこう。


「アウレ王女はどうするんだ?」


 もう一つ気になっていたことを問いかける。

 俺以上にセレネが気にしていることだ。


「アウレの能力は捨てるには惜しい。知っていることをすべて話すこと、その能力を使い国のために尽くすことで恩赦にする。当然、監視はつける。ルトラもそれでいいだろう?」

「ええ、姉上には生きていてほしいの。私は姉上に救われた。それに、ラルズール王国に姉上の力は必要よ」


 感情と理性、両方が生かすべきだと言っているのなら、そうするべきだ。


「ただ、アウレは頑固でな。俺に使われるぐらいなら死んだほうがマシと言って、この条件を呑まない」

「私も説得するわ。今日の説得がダメなら、何度説得しても無駄ね。だから、今日説得してだめなら諦める」


 セレネが覚悟を決めて言葉を発する。

 セレネは俺たちと一緒にこの街を出る予定だ。

 今日しか説得のチャンスはない。


「わかった。……いつまでも決断を保留するわけにもいかん。このまま一週間、俺の申し出を断り続ければ残念ながら処刑するしかない。そのことはアウレにも伝えている」

「そうか」


 ラルズール王の判断は非情だが正しいと思う。

 その後は雑談をして終わりにした。

 去り際、ラルズール王が耳元で中途半端な気持ちでルトラに手を出せば国家権力を使ってでも殺すと言って来た。

 手紙でも伝えてきたのに、念入りなことだ。

 彼を安心させるために、フィルは恋人で浮気はしないと言っても表情は固いまま。


 ……出会う前はシスコンとは思わなかったが筋金入りらしい。

 彼に殺されないようにセレネとは誠実に接したいと思う。


「ユーヤ殿、ルトラを妹を頼む」

「任された。さきほども誓ったばかりだ。俺はルトラの騎士、命にかえても守ってみせよう」

「ありがとう」


 ラルズール王が頭を下げる。

 今のは言葉だけじゃない。

 騎士として任命された以上、その役割は必ず果たす。


 ◇


 用事がすんだので城を出る。

 ラルズールの王都ではいろいろあった。この数日間は非常に濃い体験をした。

 必要なものを買い足し、荷造りを終えてからラプトル馬車に乗り込む。


「みんな、忘れ物はないですね」

「ん。ばっちり」

「しいて言うなら、セレネかな? ちょっと来るのが遅いね」

「姉の説得に時間がかかっているんだろう。……下手をすれば話すのが最後になる。ゆっくりと待とう」


 旅支度をしていた俺たちとセレネは別行動を取っている。

 三十分ほど経って護衛を引き連れたセレネが走ってくる。

 その恰好はお姫様の物ではなく、冒険者のもの。髪も装備の効果で黒く染まっている。使い込まれたバックを背負っていた。

 そして、その顔には安堵があった。


「アウレ王女の説得がうまく行ったのか」

「ええ、これからは姉上が兄上を助けてくれるわ」

「どんな説得をしたんだ? ラルズール王が言ってもダメだったんだろう」

「秘密よ。良かったわ。姉上はああ言えば、意地でも檻から出ると思っていたけど不安だったの」


 セレネは本当に成長した。

 あのアウレ王女を手玉に取るなんて。

 これで心残りはない。

 晴れ晴れとした気持ちで出発できる。


「じゃあ、行こうか。まずはグランネルまで行こう。そこで、これからどうするか話そう。今回は行き先に選択肢があるから、いくつか候補を出すから好きなところを選んでくれ」


 最低条件としてはレベル40台のダンジョンがある街。

 実はそういう街はいくつかあり、それぞれに長所短所、できることできないことが存在する。


「ん。ルーナは美味しいお肉が食べられるところがいい! 極楽鳥みたいなのが食べたい!」

「私は断然果物だね。前言ってたじゃん、固有ドロップのフルーツがあるって」

「ここは経験値重視で決めましょう。やっぱり、レベルを早く上げたいです」

「私は三竜を倒して称号を得たいわ。そろそろ次の三竜に挑んでもいいと思うの」


 それぞれが好き勝手言ってくれるが、俺の出す候補は彼女たちの要望を満たせる。ただ、すべての要望を満たすのは不可能なので行き先を決めるのは難航しそうだ。

 だけど、それもパーティのだいご味と言える。

 俺は笑い、そしてラプトルを走らせた。

 フィロリア・カルテルのことは気になるが、現状ではこちらから探し出して先制攻撃を加えるより、少しでも強くなることで備えるほうがいいだろう。

 それに、向こうがその気なら遠からず仕掛けてくる。


 まだまだ、俺たちの冒険は続く。

 これからも見ぬ土地に足を踏み入れ、未知と出会い、旅を楽しんでいくのだ。


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