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プロローグ:おっさんは神剣を託される

今日から五章開幕です。

 ルトラはこれからもセレネとなってともに冒険できる。

 その知らせは非常に喜ばしい。

 それは俺だけでなく、みんなもそうらしい。

 大皿に盛られた骨付きもも肉の煮込み。

 その最後の一本、いつもならルーナとティルによる取り合いが始まるが、ルーナがセレネのほうに差し出す。


「最後の一本はセレネが食べて」

「ありがたくいただくわ」


 セレネが微笑み、肉を受け取る。

 ルーナを良く知っているものから見れば、それがどれだけ特別なことかがわかる。


「セレネが戻って来て良かったね。でも、お姉ちゃんはライバルが戻ってきて複雑かも」

「ティル、最近はやたらそういうことを言いますね。恋愛に興味が出てきたからでしょうか? 私をからかう振りをして、ユーヤの反応を見ているのでしょうが、あまり品が良くないですね」

「なっ、なっ、全然違うもん。ただ、お姉ちゃんをからかって遊んでいるだけだよ」

「そうですか。なら、覚えておきなさい。人をからかっていると自分もからかわれてしまうことを。そういえば昨日の夜、みんなが寝静まったころ……」


 フィルが目が笑ってない笑顔で妹の顔を見る。

 少し怖い。


「わー、わー、わー、ってお姉ちゃん気付いてたの!?」


 ティルが真っ赤になって両手を振る。


「さあ、どうでしょう?」


 実は、俺もティルが何をしていたかは気付いてる。

 ぐっすり眠っていたルーナと違い、俺やフィルの場合は城内での襲撃者を警戒して意識の一部を起こしていたので、何かあれば起きるのだ。

 ただ、ティルの名誉のために見て見ぬふりをしていた。


「ユーヤ兄さん、その、あの」

「俺は何も知らない。ぐっすりと寝ていたからな」

「そっ、そう、良かった。お姉ちゃん、絶対言っちゃだめだからね!」

「それはこれからの態度次第ですね」

「ぐぬぬぬ、お姉ちゃんの卑怯者」


 ティルが恨めし気に睨んでいる。

 フィルは姉だけあって、妹をうまく手玉に取っていた。


「そろそろ戻ろうか。昼から予定もあるしな」


 継承の儀と、新たな王の誕生を祝うパレードは終わった。

 だが、それ以外にもいろいろと予定があるのだ。

 それが終わり次第出発する。

 仮眠ぐらいは取っておきたい。


「ん。その前にデザート! ルーナは朝採れ卵たっぷり生クリームマシマシ超特大ギガスイートパンケーキ三段盛り!」

「うわぁ、ここフルーツ系のデザートが豊富だ。私はミックスベリータルト、カットじゃなくてホールで!」

「いいですね。食後の甘いものは格別です。では私は季節のフルーツパフェ特大ジョッキ盛りメロン一つを添えてを頼みますね」


 ルーナ、ティル、フィルが食後のデザートを頼む。

 名前だけで胸焼けしそうなボリュームだ。

 三人の頼んだのは、本来一人で食べるものではなく全員でつつくタイプのものだろう。


「……いつも思うのだけど、どうしてそれだけ食べてみんなは太らないのかしら?」

「獣人もエルフも、脂肪を蓄える能力が低いからな」


 彼らは動きを阻害するような余分な肉が付きにくい。俺たちは余計なエネルギーを脂肪にして蓄えるが、彼らの場合一定ラインを超えると排出してしまう。

 なので、ルーナたちはどれだけ食べても肥満にはならない。

 ただ、こういう種族は体にエネルギーを蓄えられない関係で、食料が尽きると飢え死にしやすい。

 一概にメリットともデメリットとも言えない。


「羨ましいわね」


 セレネが、メニューにあるデザートを見ながら躊躇している。

 食べたいが太るのが怖いのだろう。


「多少は食べすぎていいさ。一緒に冒険するんだろ? なら、夜はいつも通り訓練する」

「……そうね、きっちり運動すれば太らないわね。私はシェフのおすすめケーキをもらおうかしら」


 そうして、ルーナたちのようなボリューム系ではなく普通のカットケーキを頼んだ。

 少々口が寂しいので同じものを頼む。

 その後、山のような砂糖の塊をもりもり食べるルーナたちをうらやましそうに見るセレネがおかしくて笑ってしまった。


 ◇


 翌日、早朝に戻り仮眠をして身支度を整えた俺たちは使用人に連れられて、王城内の最上階に足を踏みいれる。

 最上階は王族の寝室と、特別な儀式でしか使われない部屋で滅多なことでは足を踏み入れることすらできない。


「今日のユーヤ、かっこいい!」

「そうか、こういう恰好には少々気恥しさがある」


 今日の服装は、ラルズール王国騎士団の中でも上級将校の服。それも戦闘用ではなく儀礼服。

 なので、やたらと金がかかっているしデザインが洗練されている。

 騎士団の象徴たる服のためスラっとしたシルエットで装飾は最低限だからびしっと決まっていて、無駄のないかっこよさであり、強い美意識を感じる。


「そういうルーナも可愛いな。よく似合っている」

「ひらひらのふわふわは動きにくいけど、可愛くて好き。ユーヤが褒めてくれたから、もっと好きになった」

「ねえねえ、私は私は?」

「ティルも可愛いよ。これでお淑やかにしていれば、お姫様と間違いそうだ」

「ふふん。ユーヤ兄さんにしては気の利いたことをいうね。サービスしてあげる。ほら、ルーナも回って、スカートでふわってさせるの。男の人はこういうのを喜ぶんだよ。でも下着は見せちゃだめ! ぎりぎり見えないのがかえってエロいってお母さんが言ってた」

「ユーヤが喜ぶなら、ルーナもやる!」


 ルーナとティルがその場でくるくると回ってスカートを翻す。

 二人とも、王城から支給されたドレスを身にまとっていた。

 大貴族の令嬢が着るような最高級であり、流行最先端のドレス。


 ルーナは赤を基調にし、ティルは緑を基調にした可愛らしいものでよく似合っていた。

 お子様二人組はいつも以上に可愛らしい。


「フィルは可愛いというよりきれいだな」

「そうですか? こういう服は慣れませんね」


 フィルが照れくさそうに頬を染めた。

 彼女は、二人のように可愛らしいふわふわとしたものではなく体形がでるスラっとした黒いドレスを身に着けていた。

 胸が小さいことを除けばスタイルがいいフィルの魅力が良く出ており、お子様二人組には出せない色気があった。


「二人とも、そろそろ回るのは終わりにしてくれ。もうすぐ約束の時間だ」

「ん。わかった」

「主役のユーヤ兄さんが遅れたらかっこつかないもんね。急ごっ!」


 二人が俺の手を引く。

 ティルの言う通り、俺が主役だ。

 気を引き締めて行こう。


 ◇


 俺たちが使用人たちによって案内されたのは謁見の間。

 王から直接言葉をかけられる場所。

 滅多なことでは入れない場所だ。

 使用人が先に勝手口から中に入り、中での準備ができているかを確認し戻ってきた。


「では、こちらに」

「ああ、わかった」


 一度、ルーナたちと別れる。

 ルーナたちは正面の扉ではなく、横にある勝手口から中に入り、俺はここで待たされる。

 そして、いよいよ出番がやってくる。

 正面の門が開く。


「ユーヤ・グランヴォードの入場」


 高らかに、使用人が声を張り上げる。

 ついでに部屋の中にいるオーケストラがラッパなんかを吹く。

 使用人の指示に従い、中へと足を踏み入れる。


 謁見の間の奥には一段高い位置に玉座があり、そこには正装をしたアレクルト王子……いや、今はラルズール王が座っていて、その傍らにはセレネがルトラとしての姿で付き従っていた。


 赤い絨毯が玉座まで続いており、その両側には名だたる貴族たちと、俺の縁者としておめかししたルーナたちが並んでいた。

 赤い絨毯を進み、玉座の前で膝をつき、頭を下げる。

 ラルズール王が満足げに頷く。


「これより、ユーヤ・グランヴォードを騎士として任命し、名誉貴族としての位を与える」


 この場は、俺を正式な騎士として任命するためにあった。

 あの大会にはルトラの騎士として参加したが、騎士といっても名ばかりのものだ。


 正式な騎士になるのは爵位が必要。

 といっても、この国を離れる俺に領地は与えられない。だから、一定の義務を負う代わりに領地からの収入ではなく国から給料が支払われる名誉貴族となる。


 アレクルト王子から、継承の儀の結果がどうなろうとルトラを救ってここまで連れてきた褒美としてこうしたいと話を受けていた。

 そして、これはこの国の神剣を与えるために必要なことでもあった。

 正式な騎士ではないと国の至宝は与えられない。


 かつて、俺は同じような提案を受けたが断った。

 あのときはセレネを置いていくしかなく、また神剣を受け取るのにふさわしい実力がないと思ったからだ。

 だが、今の俺はこれからもセレネを守るし、神剣に相応しい力を身に着けた。断る理由はない。


 当時のことを思い出す。レナードからもらえるものはもらっておけ、もったいない、あの神剣が手に入る機会なんて二度とないとぐちぐちと何日も言われ続けた。

 うっとうしくはあったが、俺を思ってのことで悪い気はしなかった。神剣があれば、ステータスに悩んでいた俺が救われるからこそレナードはしつこく食い下がっていたのだ。


 懐かしい。

 だが、同時にどうしてレナードがああも変わってしまったのかと思ってしまう。

 あの子はいい子だ。だから弟子にしたし、背中を預けていた。

 彼の未来を閉ざしたくなかったから、【試練の塔】に向かうといったときに身を引いたし、その想いをくみ取ったからこそ、レナードは俺を探さずにいてくれた。

 いまだに、フィルを力づくで奪うと彼が言ったことが信じられない。


「顔をあげよ。ユーヤ・グランヴォード」

「はっ、陛下」


 俺は膝をついたまま顔を上げる。

 危なかった、意識が遠くに飛んでいて反応が遅れた。


「騎士となる前に問おう。貴君の剣はなんのためにある?」

「我が姫君を守るために」

「その言葉に二言はないか? その命を賭して主君を守る覚悟はあるか?」

「もちろんです」

「では、これよりそなたは、ルトラ・ラルズールの騎士だ。そして、我が国最強の騎士の称号『比翼の騎士』と神剣ダーインスレイヴを与える」


 ラルズール王がそう言うと、ルトラが純白の鞘に納刀された剣を持って降りてくる。

 その姿は神々しくあった。


「我が騎士よ。神剣を授けます。そして、その誓いが嘘でないのなら、今この場で忠誠を誓いなさい」


 剣を受け取り、ルトラの手を取り、その甲にキスをする。

 ラルズール王が口を開く。


「この場で誓約は結ばれ、最強の騎士に神剣は託された。ユーヤ・グランヴォード。ルトラの騎士にして【比翼の騎士】よ。その立場に相応しいふるまいを心掛けよ」

「かしこまりました。陛下」


 もはや王子ではなく、王なので殿下ではなく陛下と呼ぶ。

 小さく拍手が聞こえ、それが伝播していく。

 ルトラの騎士となり、神剣を託された。

 ひどく誇らしい気持ちになる。


 だが、それ以上にこの神剣ダーインスレイヴの力を試してみたい気持ちが強い。

 なにせルノアの盾と同じく神級武器。

 ましてや北欧神話に名を連ねるダーインスレイヴ。その能力が気にならないわけがない。

 ……この儀式のあと、進化する魔物を売った組織やアウレ王女の処遇に対する話をする昼食会をするが、その前に一狩りしたい。

 不謹慎だが冒険者としての悲しい性だ。

 その気持ちを押さえつけ、昼食会に向かおう。

 進化する魔物を扱う組織も、アウレ王女も重要な案件だ。とくに前者についてはひどく嫌な予感がしていた。



いつも応援ありがとうございます。

五章も、今までで一番面白い章と思っていただけるように頑張ります。

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