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第二十一話:おっさんはおっさんの戦場にでる

 ルトラの優勝で【継承の儀】が終わった。

 彼女はこれで王位継承権を得た。

 それをどう使うかは俺も聞いていない。だけど、ルトラなら正しい選択をするだろう。

 彼女の選択を応援したい。


 ルトラが手を振ると、大歓声で民衆は応える。

 今までは戦姫ルノアの生まれ変わりとしての人気、いわばルトラの実力とは関係ないところで人気を得ていたが、彼女の強さを見せたことで、ルトラの人気も大きく増した。

 リングから下りて、ルトラの姿が見えなくなっても民衆の声は鳴りやまなかった。

 ルトラと二人、並んで歩いていると彼女が口を開いた。


「私は勝ったわ。だから、ユーヤおじさまも勝って」

「当然だ。俺が負けると思うか?」

「ふふ、そうね。ユーヤおじ様が負けるところなんて想像できないわ」


 それは言いすぎだ。

 俺は何度も負けてきた。

 ……とはいえ、レベルリセットをしてから全力での戦いで負けた記憶はないが。


【継承の儀】が終わっても、まだ仕事は残っている。

 継承の儀で王族たちの戦いが終わったあと、新たな王を称えるための式典がある。

 ただ、継承の儀の性質上、誰が王になるか直前までわからないため、準備に時間がかかる。


 その時間、民たちを退屈させないためにもう一つイベントがあった。

 それは、この国で最強の騎士を決める戦い。

 騎士団に所属し推薦を得られた選りすぐりの騎士たち、そして王族が自ら指名する騎士たちが最強の騎士を目指して競い合う。

 俺はルトラの騎士として出場する。


 この戦いでは、刃引きされた剣を使い、ある程度の勢いで急所に当てた時点で勝利となる。

 ……かつて、俺はこの大会に出て優勝した。

 ただ、心の中にしこりがあった。

 俺が勝てたのはルールに助けられたからにすぎない。


 一発急所に当てれば終わりだというルールだからこそ、俺の欠点である低ステータスは問題にならず、磨き上げた剣の技術で勝てた。

 最強ではないのに、最強を得てしまった。それは他の騎士たちに失礼なことだと思うし、騎士たちも実戦であれば負けなかったと口にし悔しがっていた。

 だからこそ、今度は圧倒的な強さで優勝する。

 胸を張って最強と言えるように。

【最弱最強の騎士】ではなく【最強の騎士】となるのだ。


 ◇


 騎士たちの戦いは三十分後に始まる。

 俺は待合室、ルトラは式典の準備をするために別れないといけない。

 コロシアムの通路を歩いていると別れ道があった。俺は左、ルトラは右に行く必要がある。

 別れ道の直前、ルトラが俺の手を掴み、足を止める。

 そして、振り向いた俺の頬にキスをした。


「た、たぶん、私は今、優勝したばかりだし、勝ち運みたいなものがあるから、その、おすそ分け。ユーヤおじ様、がんばって」


 それだけ言うと、走っていった。

 耳まで真っ赤だ。


「ますます負けられないな」


 今の俺はルトラの騎士、姫の期待を裏切るわけにはいかない。

 それに勝利の女神に祝福を受け取った。

 ここで負けたら男じゃない。


 ◇


 控室には、二十名ほどの騎士たちがいた。

 この二十人で最強の騎士の座を競い合う。

 俺が部屋に入った瞬間、全員の視線が集まる。


 前回の優勝者である俺に対する憧れを浮かべるもの、称号を奪ってやると敵意を向けるもの、純粋に興味を向けてくるもの様々だ。

 部屋の片隅にある椅子に座りつつ、全員を眺める。

 さすがに騎士団の精鋭と、王族たちの騎士だけあっていずれも強者だ。

 ……だからこそ燃えるし、彼らと戦ってみたいと思う。

 戦いが始まるのが楽しみだ。


 ◇


 二十人という人数は多すぎる。

 全員でトーナメントをしていれば、あまりにも時間がかかりすぎてしまうので予選が存在した。

 レベルと実績を考慮して、四ブロックに分けられる。

 強い順に番号を振り、強者を公平に分配したグループを作る。

 Aグループには、1,5,9,13,17

 Bグループには、2,6,10,14,18

Cグループには、3,7,11,15,19

 Dグループには、4,8,12,16,20

 グループごとにバトルロワイヤルを行い、四人の強者に絞り込んだうえで決勝トーナメントを行う。

 リングが拡張されて、仕切られており、一度に四グループの試合を行う。


 二十人の騎士たちが、リングに出る。

 観客たちの興奮は最高潮になった。

 この戦いの注目度は高いのもあるが、もう一つ盛り上がる要因があった。

 継承の儀は神聖な儀式であり、賭博の絡みはご法度だが、こっちは許可がされている。

 全試合、貴族や大商人も一緒になって金を賭けることもあり、莫大な金が動くのだ。


 金が絡むと熱気は加速度的に増す。

 ちなみに俺はAグループで、割り振られた番号は1。実力が認められたのではなく、前回の優勝者故の配慮だろう。


 国公認のギャンブルなので、魔道具の投射スクリーンには全グループの配当倍率が張り出されている。

 俺はグループ内で三番人気で、倍率がかなり高い。

 一番人気はぶっちぎりで、五番の騎士団の副団長。


 普通に考えれば若い番号ほど人気が出るのだが、バトルロワイヤルの場合は、少々話が違う。

 ……徒党を組んで、優勝候補を潰すという戦略が主流であり、なおかつ俺はこの国の外の人間。

 しかもAグループにいるのは、俺以外全員が同じ騎士団であり連携もばっちりだし手を組みやすい。実質、1対4の戦いが目に見えており、観客もそれがわかっているので俺には賭けない。


「まあ、クラスが張り出されているのもあるんだろうがな」


 名前の横にクラスがでかでかと書かれている。

 魔法戦士、それも俺の人気が低い理由だろう。

 この大会ではスキルの使用は許可されているが、魔法の使用は禁止。

 継承の儀とは違い、あくまで最強の騎士を決める大会だからだ。


 魔法戦士はただでさえ近接能力が戦士に劣るのに、得意の魔法まで禁止されているのはひどいハンデと言える。

 それぞれのグループを見守る審判が頷き合った。

 そして、A~Dグループ、すべての戦いが始まる。


 ◇


 戦いが始まる。

 俺が参加しているAグループでは、俺を半円状に囲むように四人の騎士たちが並び、構えを取っている。

 全員で真っ先に俺を排除することを隠そうとすらしない。

 五番の副団長がうまく部下たちを統率している形だ。副団長以外も、それぞれが隊を率いる猛者たち。


「四対一は騎士の誇りに反しないか?」

「ユーヤ・グランヴォード、私はあなたを尊敬しております。かつて、参加者の誰よりも力が弱く、剣の技量だけで頂点に立った。当時の私は見惚れ、憧れた」


 道理で彼には見覚えがあると思った。きらきらした目で食い入るように見ていた少年の面影が彼にはあった。

 あの少年騎士が副団長にまでなっているとは。


「そんなあなたがどういうわけか力まで手に入れた。勝つにはこうするしかない。……我が蒼翼騎士団にとって、国外の者に最強の騎士の座を奪われているというのは屈辱。どのような手を使っても勝たせていただく!」


 一糸乱れぬ連携をもって、騎士団の面々が距離を詰めてくる。

 近づくにつれ、半円は円に近づき、四方を囲まれつつある。

 騎士団の全員が一流であり、誰一人容易く倒させてはくれない。


 それだけでなく、さきほどレベル50の魔物を倒す際に俺の全力を見せてしまっているのも辛い。

 五人で戦っても厳しいレベル50の魔物二体を相手に、試合のために実力を隠す余裕なんてなかった。


 だけど、真の切り札は見せていない。

 深く深く集中する。


 それは死の淵で見つけ、十年以上かけて鍛え上げた力。

 日常的に恩恵を受けているステータスという力、それをより深く知覚すると、体の内側から白い力が溢れ包んでいることに気付く。

 白い力の流れ、それが認識できれば、操ることも可能。

 己の内側へと意識を浸透させ、強く強く白い力を引き出し、脚に集中する。

 これにより、ステータスを跳ね上げる。

 俺はこれを扉を開けると表現する。

 これこそが、俺だけがたどり着いた真の切り札。


「悪いな」


 蒼翼騎士団の副団長が吹き飛ばされ、崩れ落ちる。

 扉を開いた状態で引き出した力を脚力に一点集中、その状態で、俺が持つ最速の歩法【縮地】を放ちつつ、最速の剣技である片手平突きと組み合わせる。


 最速の歩法と最速の突きを組みわせた切り札。

 目にも止まらない突きではなく、目にも映らない突き。

 これを使うことで、部下と共に俺を取り囲むことに集中していた副団長の喉を突いたのだ。


「副団長!」

「みっ、見えなかった。こんなの、ありえな」

「うろたえるな、まだ三人いる」


 扉を閉じる。

 白い力は便利ではあるが、消耗が激しすぎる。

 これから本選で二回戦わないといけない。

 敵の連携の要である副団長を潰した。

 あとは、切り札なしに勝てる。


 俺は、もっとも動揺が大きい団員を次に仕留めようと足を踏み出した。


 ◇


 予選が終わる。

 それぞれのブロックの勝者が決まった。

 Aブロックは俺が勝ち上がり、Bブロックはアレクルト王子の騎士、Cブロックは騎士団長、Dブロックは騎士団の若手が勝ち上がった。

 Dブロック以外は順当な結果だ。

 予選の終了と同時に、歓声と怒号が鳴り響き、紙切れになった賭け券が飛び交う。


 魔法道具で写されたスクリーンには、本選の組み合わせが発表されていた。

 一回戦は俺と騎士団長、アレクルト王子の騎士と騎士団の若手が戦うようだ。

 観客席では、売り子たちがかき入れどきだと声を張り上げて酒や食べ物を売って回り、本選の組み合わせが公開されると同時に、賭けをしようと客たちが立ち上がって賭け券を買いに行く。


「……危なかったな」


 さすがに、ラルズール王国最強騎士団の精鋭。ひやりとさせられた。

 そもそも、剣での戦いに置いて人数が多いというのは絶対のアドバンテージだ。

 白い力に頼ってまで、敵の指揮の要である副団長を瞬殺したのは、そうしなければ負けていたから。

 その副団長を倒したあとも、何度か危ないシーンがあった。

 俺は息を整えてから、貴賓席に向かう。

 休憩時間は一時間ある。

 賭けをするための時間を考えて、若干長めの休憩だ。

 観客席にいる彼女たちに会う時間ぐらいはあるだろう。


 ◇


 貴賓席に行く。

 そこには、ルーナたちがいた。

 彼女たちが見ていたことには気づいていた。


「ユーヤ、すごかった! あんな速くてうまい突き、見たことない!」

「はい、私も見せてもらったことがないですね……ユーヤ、あれ技術じゃ説明がつかないです。今のユーヤのステータスを計算に入れても届きません。思えば、なんどかユーヤが計算に合わない力を見せることがありましたね」


 さすが、フィル。よくわかっている。


「レベルリセットをするまえに、たどり着いた低ステータスを補うための力だ。計算に合わない速さだからこそ、俺の全力を見ていた副団長の隙をつけた」

「なにそれすごい!? ユーヤ兄さん、私にも教えてよ!」


 俺は首を振る。

 白い力を教えるのは二つの理由で気が乗らない。


「ルーナにはなんとなくわかる。ユーヤが速くなった瞬間、白い変なのが溢れた!」

「うそ、そんなの私には視えなかったよ」

「私もですね」


 驚いた、ルーナには白い力が視えたようだ。

 俺が教えたくない理由の一つ目、あれは死の淵でようやく認識できる類のもので、ひどく危険だからだ。


「あの白い力が視えないと、教えようがないものだ。ルーナには才能があるかもな」

「ん! ユーヤ、教えて!」

「ううう、悔しい。絶対見えるようになるもん!」


 ティルが悔しがり、ルーナは逆に得意げに鼻を鳴らす。


「才能はあるが、ルーナに教えるのはちょっと早い。危険すぎるんだ。ちょっと使いすぎると指一本動かせなくなる。俺がルンブルクでキラー・エイプと戦ったあとどうなったか覚えているだろ? あれは、奴の攻撃でああなったわけじゃなくて、白い力を使いすぎた代償だ」


 これが理由の二つ目。

 力を使いすぎれば指一本動かせなくなる。ある程度使っていい目安はあるが、体調や体力で変動して、自分の体の声を完璧に聞けないと危なくて使えない。


「ユーヤ、ちょっと早いってことは、成長したら教えてくれる?」

「ああ、約束する。大丈夫だって思ったら、ルーナに教えるよ」

「やった!」


 ルーナがよほどうれしいのか、キツネ尻尾をぶんぶん振る。

 この子の才能は本物だ。

 教える時期を間違えなければ、きっと使いこなせるようになる。


「そろそろ俺は控室に戻るよ。それから、ちゃんと買えたか」

「大丈夫です。路銀が一気に増えました。思ったよりずっと倍率が良かったので、ダンジョン産装備でも買えそうな金額です。もちろん、本選でもユーヤにがっつり賭けますよ」

「絶対にユーヤ兄さんが勝つってわかってるから、いくら賭けても怖くないね」

「ん。ごちそうたくさん!」

「きゅいっ!!」


 賭けが行われることはわかっていたので、昨日の内に俺に賭けるよう言っていた。

 最低限、旅を続けるのに必要な路銀を残しての全力賭け。

 ただ、ちょっぴり悲しい。

 俺たちはそれなりに金を持っているので賭ける金額は大きい。


 いくら、この国最大規模の祭典であり、貴族や大商人たちも賭けにノリノリで参加しているとはいえ、全力賭けして相当の金を俺に乗せれば倍率は低くなるはずなのに、あの倍率だ。

 それだけ魔法戦士の評価は低いのだろう。

 だが、本選では予選とは違い俺の倍率は低くなり、予選ほど儲けられない。予選で騎士団四人相手に勝ったし、一対一での戦いだ。


「じゃあ、残りの試合も頑張ってくる。帰ってくるときには、最強の騎士だ」

「ユーヤ、がんばって!」

「優勝したら、ご褒美にちょっとだけエッチなことをしてもいいよ! ユーヤ兄さん、たまに私の胸見てるよね」

「……ティル、そういうことを言えばお仕置きだって言ったはずですよね?」

「ひっ、お姉ちゃん、許して。冗談、冗談だよ」


 にぎやかなのはいいことだ。

 本選に向けて、いい息抜きができた。

 残念なのは、ルトラに会えなかったこと。

 残り二戦、しっかりと勝ってこよう。


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