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第二十話:おっさんは騎士となる

【とこしえの指輪】の効果で【転移】を使い、地上へと跳ぶ。

 かと言っても、リングの近くにではない。観客席の目立たない位置に。


 俺はルトラに命の危機が迫れば、たとえルトラが失格になっても手を出すつもりだが、理想はルトラが勝つこと。

 ルトラが勝つ可能性を残すためには、アウレ王女に動きを知られるわけにはいかない。


「便利なアイテムだったのにもったいない」


【転移】が終わるとともに、指輪が砕けた。

 ……あと一回しか残っていなかった。

 あの優男が指輪の使用を躊躇したのも納得だ。

 牢屋から魔物を呼び出して俺たちを迎撃すれば、王女のもとへ魔物が送れなくなる。


 近くにいた観客がぎょっとした顔をする。

 俺は少しでもリングの近くへと移動しておく。


 途中、係員が注意してきたが、過去の英雄の名とアレクルト王子の命令で不正調査をしていると言って黙らせた。

 彼には悪いことをしたが、ルトラの安全には代えられない。

 リングに目をやると、すでにアウレ王女とルトラが向かい合っていた。

 審判が開始の合図をする。

 いつでも飛び出せるように、準備をしつつ、ルトラを見守る。


 ◇


~十分前、ルトラの控え室にて~


 ルトラの控室に来客が現れる。

 アウレ王女だ。彼女は護衛を引き連れている。

 そんな姉を見て、彼女は即座に立ち上がり、盾を手に取った。

 戦いの前に始末をしにきたと疑っているのだ。


「ルトラ、そんなに警戒しないでくださいませ」

「……警戒するに決まっているわ。姉上、私は姉上を信じたかった。なのに、どうして?」


 ルトラは敵意というよりは、寂しさと悲しさを込めた声で姉に問いかける。

 彼女はすでに姉が自分を星喰蟲に喰わせ、騎士たちを口封じで殺し、王城ダンジョンで謀殺しようとしたことを確信していた。


 この二日、ルトラは姉の無実を証明するために情報を集めていた。

 かつては兄と姉に情報を封鎖されていたが、今回は英雄の後ろ盾がある。さらに兄が妨害を止め、姉が不在であったことで情報は次々と集まった。


 姉を信じるために集めた情報は、皮肉にも姉の凶行を証明する結果となった。


「ルトラが真実にたどり着いたと知っているので言い訳はしません。私が王になるために必要だからですわ。だって、何もしなければ、兄上が王になり、あなたが兄上を支える。そんなラルズール王国に私の居場所はない。私が私であるためには、兄上とルトラを消すしかなかったの」


 アウレ王女は、ひまわりのような温かい笑顔のまま悪びれずに言い切る。


「私も兄上も、姉上の力を必要としていた。兄上は王になれば、姉上の力を借りたいと言っていたし、私が王になれば姉上を王にするつもりだった」

「悲しいすれ違いですわね。ルトラは星喰蟲に食べさせる前は、私を王にするつもりがあったなんて教えてくれませんでした。それに、王城ダンジョンで始末すると決めたのもあなたのせいですのよ? 『もし、兄上が優しい兄上のままで、私以上の実力があるなら、兄上を王にする』その問にルトラは頷いた。……残念ながら、兄上は優しくて優秀で、実績がありますの。なら、ルトラを消すしかないじゃない」

「……そんなことを言いに来たの?」

「まさか、今のはあなたの質問に答えただけですわ。ルトラ、棄権しなさい。あなたが勝てないのはわかっているでしょう」


 ルトラは首を振る。

 彼女は知っている。アレクルト王子の試合が終わったあと、ユーヤたちが動き始めたことを。

 信頼する仲間たちなら、必ず状況を変えてくれる。


「勝てないかもしれないわ、でも勝てるかもしれない」

「いいえ、勝てる可能性なんて存在しないですわ。ここで棄権すれば悪いようにはしません。私、しばらく王城を留守にしていましたよね。そのときに、ルトラの素敵な嫁ぎ先を見つけてきましたの。ラルズールの外に出るなら、私は優しい姉に戻りますわよ。だって、ルトラが邪魔じゃなくなりますもの」


 政治にうといルトラでも、姉が自分に政略結婚をさせて利益を得ようとしていることは分かった。


「……今ので確信したわ。私は勝てる。姉上が、棄権を勧めるのは自信がないから。姉上は無駄なことはしないわ。姉上が、ここに来ること自体が必勝の自信がない証拠よ」

「私のルトラが、こんなにひねくれてしまったなんて。悲しいですわね」

「あなたがそうさせたの。……姉上、そろそろ戻ってください。試合が始まるわ。私は本気で姉上に勝つ。もう、迷いはない」


 迷いはない。

 その一言には強い信念が込められていた。

 ルトラは知らないが、ユーヤたちは勝利の鍵を作り上げた。

 その勝利の鍵を使うには、何よりも迷いがないことが必要だ。


「悲しいですわね。妹を失うなんて」

「私もです。……最後に一つだけ言わせてください。今まで、ありがとう。たとえ偽りでも、利用するためでも、独りぼっちの私は姉上がくれた優しさがなければ耐えられなかった」


 アウレ王女はルトラの顔を見て、それから何も言わずに背を向けた。

 いつもの彼女なら、今すぐその恩を返せと言っていた。

 あるいはルトラが見せた甘さに付け込んで、心に傷をつけて試合を有利に進めようとしただろう。


 利を得るためにはそうするべきだからだ。

 だけど、アウレ王女の胸のうちにある何かが、それを言わせなかった。言ってしまったら、最後に残った大事な何かが壊れてしまうと囁いた。

 姉妹の戦いは避けられない。

 数分後、どちらかは勝者になり、どちらかは敗者となりすべてを失う。


 ◇


~継承の儀、決勝戦。リングにて~


 リングにてルトラとアウレ王女が向き合う。

 両者の距離はわずか二メートル。

 審判が試合開始と高らかに告げる。


 その直後、両者が動いた。

 アウレ王女は後ろに跳び、逆にルトラは全力で踏み出した。

 ルトラは理解していた。

 自分が勝てるとすれば、【召喚魔法】とやらを使用する前に勝負をつけるしかないと。


 それゆえ、開始直後の全力突撃を行う。

 クルセイダーというクラスは素早さに対する上昇補正はない。

 だが、ルトラの突進は速かった。盗賊と見紛うばかりに。


 それを可能にしたのは、ユーヤによって叩き込まれた歩法、【縮地】。

 位置エネルギーを運動エネルギーに変えることで、超速の一歩を実現する歩法。

 そして、その速さをそのまま剣の速さにする技も叩き込まれていた。

 剣を引き抜き、体重を乗せて突き出す。


 超速の突きは、開始時の二メートルという距離と、アウレ王女の後ろ跳びで出来た距離を喰らい尽くす。

 それでも、アウレ王女に動揺はない。


 ……彼女は想定していたのだ。一度、【召喚魔法】を見せてしまえば、次の対戦者は【召喚魔法】の発動前に勝負をつけにくると。

 だから、備えもある。

 アウレ王女の纏うワンピースのような戦闘服、それは防御力自体は大したことがないが優秀な追加効果があった。

 魔法使いというクラスの防御力は紙だ。防御力で強化してもあまり意味がない。

 だからこその特殊能力による防御。


 それは武器に対する強い呪いと、一時間に一度きりの攻撃無効化。

 ワンピースにルトラの剣が触れた瞬間、剣はひび割れて砕け、ルトラの突きによるダメージが無効化される。

 王城に隠されていた伝説級装備、【セイレーンドレス】は伊達ではない。

 この呪いを受けた剣は同じ伝説級でも一定時間なまくらになるし、最上級に届かない武器なら砕かれる。


「私の勝ちのようですわね」


 アウレ王女は確信と共に告げる。

 ルトラは武器を失い、【召喚魔法】が完成する時間がきた。

 アラームを鳴らして、男たちが【転移】を開始するまでに二秒、【転移】の詠唱に五秒、【転移】による移動に一秒。

 合計八秒が【召喚魔法】に必要な時間だ。


 八秒を凌げば、レベル50の魔物による増援、必勝の状況が完成する。

 しかし、八秒経っても魔物が来なかった。

 アウレ王女は焦らない。状況を瞬時に判断する。手下がアレクルト王子かユーヤたちに倒されただけのこと。

 その備えもある、もう一度アラームを鳴らした。


 もう八秒すれば、予備のほうから魔物が送られてくる。

 この短時間で予備まで含めて潰されていることはありえない。

 勝利確定が八秒伸びただけ。

【セイレーンドレス】の能力はもう使えないとはいえ、クルセイダーは攻撃力が低いクラス、しかも剣を失った。

 八秒ぐらい耐えて見せよう。


 ルトラの目が死んでいない。砕かれた剣を捨て、さらに踏み込みながら盾を突き出す。

 アウレ王女は、その意味がわかっていない。

 盾には攻撃力がなく大したダメージは与えられない。


「盾で殴るなんてやけくそかしら? 【クリアウォール】」


 念のため、障壁系の魔術を使用する。通常攻撃ぐらいなら遮断する魔法。

 アウレ王女は知らないのだ。

 ユーヤ・グランヴォードによって鍛えられたルトラが持つ本当の切り札を。

 長い年月の中で忘れられた、戦姫ルノアの本当の戦闘スタイルがよみがえっていることを。

 それは……。


「【シールドバッシュ】!」


 凛とした声が響き渡る。

 ルトラの動きは人を殺すために磨き上げられた技でありながら、美しかった。

 全身の力を円運動で増幅しながら一点に集中した突き。

 ユーヤ・グランヴォードの得意技にして、ルトラに叩き込んだ突き。

 最高速で盾が突き出され、逃げようとするアウレ王女に追いすがる。

 アウレ王女は微笑んだ。ぎりぎり届かない。それに届いたとしても所詮はクルセイダーの盾による殴打。【クリアウォール】が弾き返す。


 この一撃を耐えれば、予備の魔物が届く。つまりは勝利。

 その幻想は即座に砕かれる。

 ルトラの腕が伸び切る直前、ルノアの盾に隠されたスパイクが射出される。

 全身の力を使った突きの速度とスパイクの射出の速度、二つの速度により先端は音速を超える。


 紙細工のように【クリアウォール】が砕け、アウレ王女はスパイクを目で捉えることすら叶わず、腹に直撃を受けて吹き飛ばされる。

 そして、リングを軽く超えて、観客席の壁にぶつかった。


「姉上、切り札があるのは私も同じよ。昔、姉上は教えてくれたわね。切り札は先に見せたほうが負けだって。だから、王城ではスパイクは一度も使わずに隠し通したの。この瞬間まで」


 勝者であるはずなのに、ルトラの声はどこか沈んでいた。

 付近の観客がアウレ王女の容体を確認し始めた。

 気絶しているだけで息はあるようだ


「しょっ、勝者、ルトラ姫!」


 審判がルトラの勝利を称える。

 その直後、魔物がリングに二体出現する。

 観客たちは驚く、なにせアウレ王女は気絶している。意識を失えば詠唱が中断されるはずなのだ。

 実際はアラームで合図を送り、別の人間が【転移】しているため、術者が気絶しようが関係なく魔物は送られる。


「……勝てたけど、生き残れるかしら」


 力のない声でルトラがつぶやく。

 レベル50の魔物二体。自分が相手するには荷が重すぎる。

 かといって、逃げれば観客席にこいつらは向かっていくだろう。

 二本足の巨サイと、一つ目の巨人サイクロプスが、一番近いルトラに向かって襲いかかる。

 その次の瞬間……。


「生き残るさ、俺がいる」


 世界で一番頼りになる背中が目の前に現れた。

 もう試合は終わった。だから、ユーヤが手を貸しても何の問題もない。


「ユーヤおじさま!」


 ユーヤは巨サイとサイクロプスの攻撃をその技術で完全に受け流してみせた。

 その剣は、地下で戦った戦士のものを奪ったものであり馴染んでいないはずなのに、技の冴えに陰りはない。

 ルトラの不安は一気に吹き飛んだ。彼がいれば負ける気がしない。

 観客たちから歓声が聞こえる。

 どうやら、エキシビジョン、あるいは見世物だとでも思っているようだ。


「せっかくだ。おまえの力を見せつけろ」

「ええ、そうさせてもらうわ」


 ユーヤとルトラは背中を預けながら、剣と盾を振るう。

 レベル50を超える魔物を圧倒する二人の姿は見るものを魅了した。


 容姿の美しさだけじゃない、磨き上げられた技術だけじゃない、なによりも二人の息の合った連携が美しい。

 魔物の血が飛び散るコロシアムのリングだというのに、まるでダンスでも踊っているようだと誰かが言った。


「迷えば負けていた。よくやった」


 ユーヤたちが作った勝利の鍵。それは、一度目の【召喚魔法】が失敗してから、次の召喚魔法を放つまでの時間。

 もし、ユーヤたちが魔物の隠し場所を見つけていなければ、初撃を防がれた時点で敗北していた。


 ユーヤたちの働きがあったから、二撃目を放つ時間があった。

 とはいえ、稼げた時間は数秒。

 姉を傷つけることを躊躇えば、勝利の鍵を失っていた。


「姉上を傷つけてでも勝つと決めていたの。でも、殺さないと決めていた。たとえ嘘でも姉上に救われたから。私がしたのは殺さない勝つ覚悟。だから、躊躇いなく全力の一撃を放てたわ」


 ユーヤは苦笑する。

 もし、本来の【シールドバッシュ】でスパイクを放っていればルトラはアウレ王女を殺していただろう。

 ユーヤの眼はしっかりと、インパクトの瞬間をとらえていた。


 スパイクの先端はつぶれて丸くされていた。流化魔法金属故に、持ち主の意志次第で変形する。


 さらに、あの突きを本来の若干下に傾けるわけではなく、上に放った。

 それによって衝撃が上に逃げて、観客席まで派手に吹っ飛ぶことになったが、それだけ威力が軽減されている。

 もし、力が下向きなら即座に地面にぶつかり、衝撃を逃がせず死んでいた。

 殺さないと決めて、その準備していたからこそ、躊躇いなくルトラはあの技を放てた。

 ルトラらしい。……まあ、【クリアウォール】の軽減がなければ、殺していただろうが。姉の技量も計算に入れていたのだろう。


 ユーヤとルトラ、騎士と姫のダンスは終わる。

 巨サイとサイクロプスが青い粒子になって消えていく。

 その瞬間、すべての観客たちが立ち上がり、大歓声をあげて、手を叩く。

 ルトラの強さが観衆に伝わったようだ。


「ルトラ、手を振ってやれ。それが王位を継いだルトラの初仕事だ」


 ルトラは頷いて……それから、とても綺麗な笑みを浮かべて手を振り、民がそれに応えてより熱気が強くなる。

 銀色の髪が日の光を受けて輝く、その光景はまるで絵画のようだった。

 継承の儀が終わった。

 優勝者は、ルトラ姫。

 ここに、ラルズール王国の新たな王が誕生したのだ。

 


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