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第十九話:おっさんは勝利の鍵を作る

 魔物の隠し場所を見つけた。

 俺の予想、アウレ王女が使ったのは【召喚魔法】ではなく【転移】で魔物を送り付けているというのは当りだったようだ。

 ここで魔物を倒せば、ルトラの助けになる。

 全速力で走りながら詠唱を始める。

 ルーナたちには、最優先で狙うのは人間のほうだと告げていた。


 魔物まで倒してしまうのがベストではあるが、【転移】で送り付ける人間を無力化すれば目標は達成される。

 三人の男たちのうち、ローブを纏った魔法使いは俺よりも先に詠唱を開始しており、詠唱を止めようとフィルとティルが放つ矢を、最上級の魔法金属鎧を纏った大男が庇うように立っていた。……フィルとティルの矢で貫けないとは、ステータスも鎧も超一流だ。


 俺より先に魔法使いの呪文が完成する。

 放たれるのは上級火炎魔法【煉獄】。

 その特徴は、広範囲・高威力。

 炎が視界を埋め尽くす。せまい通路での回避は不可能。

 超一流の魔法使いが放つ【煉獄】は一撃必殺の火力を持つ。

 だが、怯えはない。

 頼りになる仲間がいる。


「【アイスベール】」

「きゅいっ!」


 フィルが炎ダメージをカットするドルイドの呪文を放ち、エルリクが【竜の加護】で炎・氷耐性を与えてくれる。

 ……これなら、致命傷にならない。炎の海を突き抜ける!

 炎が肌を焦がし、軽くないダメージを負ったが戦闘には支障がない。


 もともと魔法戦士は防御力は低いが、魔法に対する防御力は高い、その上、俺が装備している竜の皮鎧は炎に強く、フィルとエルリクの力でダメージが減れば、耐えられる確信があった。

 ルーナが背後から顔を出す。

 常日頃から、広範囲魔法が襲ってくればルトラか俺の背中に隠れるように言ってある。

 盗賊は体力・防御力・魔法防御力が低い。


「さあ、次は俺の番だ」


 詠唱が佳境に差し掛かった。

 俺が詠唱している魔術は、中級雷撃魔法【雷嵐】カスタム。

 詠唱時間を極限まで延ばし、周囲を焼き払うほどの攻撃範囲を一発の弾丸まで圧縮することで射程と威力を得た狙撃魔法。

 一分以上の詠唱が必要な魔法だったが、レベルの上昇により呪力(詠唱速度・威力に影響するパラメーター)が跳ね上がっており、以前の半分以下の詠唱時間で発動できる。

 その魔法の名は……。


「【超電導弾】!」


 雷速の弾丸が魔法使いを貫いた。さらに雷撃の追加効果で感電して意識を絶つ。

 残る二人は大男と優男。彼らに剣が届く距離まで近づいた。

 優男のほうは魔物が閉じ込められている牢屋を開こうとしていた。

 まずは優男を始末する。

 そう思い、そちらに足を向ける。


「【ウォークライ】」


 俺が剣を振り上げた瞬間、大男が【ウォークライ】を使用する。

 対人相手にヘイトを稼ぐスキルの効果は薄い。

 だが、優男に向けていた意識を、強烈かつ強制的に引き寄せられることで、一瞬動きが止まってしまう。

 その一瞬を狙い、敵は斬りかかってくる。

 ……スキルの使い方を良く知っている。それも対人戦に慣れている。

 一瞬の判断の遅れは痛いが、その一瞬を埋めるだけの技術が俺にはある。

 大男が叫ぶ。


「うおおおおおおおおおおおお! 【バッシュ】!」


 高威力かつ隙が少ないスキルを大男が放つ。

 回避も剣で受けることもできないタイミング。だから、皮鎧の中でもっとも硬い肩に当るように体をひねる。

 肩に鈍い衝撃。この肩のパーツは丸みを帯びている。剣が当たる角度を調整し、インパクトの瞬間に適切に跳ね上げれば……受け流せる。


 何も受け流しは剣だけじゃない。体での受け流し、これも俺の得意とするところ。

 剣が流れ、床に叩きつけられた。

 大男は手首を痛めて顔を歪める。


 剣の距離から、一歩踏み込んで拳の距離にする。

 剣を持っていない俺は素手だ。

 だが、なんの問題もない。

 剣を失ったから戦えない、そんな間抜けならとっくに死んでいた。


 踏み込みの力を、足から腰へ、腰から腕へ、腕から掌へひねり上げながら増幅させる。

 そして、全身の力を収束した掌底で顎を打ち抜く。

 大男が一撃で昏倒する。


 これはスキルでもなんでもない、ただの体術。

 ゆえに剣スキルに比べると攻撃力は著しく劣る。

 だが、攻撃力がなくても無力化はできる。脳を揺らすように放ち意識を絶てばいい。

 これもまた、ステータス差を埋めるための工夫の一つ。

 貧弱な攻撃力でも、工夫次第でエクストラクラスを除けばもっとも硬い戦士を一撃で仕留められるのだ。


「【アサシンエッジ】!」


 ルーナの声が聞こえたが、クリティカル音は聞こえなかった。

 優男は、俺がやったようにインパクトの瞬間に胸から肩に打点をずらした。それもルーナに背中を向けたまま。

 やはり、こいつらは戦い慣れている。


 優男が牢屋に叩きつけられ、鍵を落とした。

 肩から血を流しながら、指輪に視線を送る。

 あれは、【転移】の力を与える【とこしえの指輪】。


 まずい、鍵をあけずに【転移】を使うつもりだ。

 アウレ王女とルトラの戦いが始まる前に、アウレ王女に魔物を送るにしろ、牢屋の外に魔物を移動させるにしろ、まずい。

 ルーナがとどめを刺そうとして躊躇した。【転移】の詠唱が始まる。そう思った瞬間、大剣が飛んできて優男を貫く。

 剣の投擲。

 投げたのは俺ではなく……。


「アレクルト王子、すまない」

「いや、最後の最後に美味しいところを持って行ってしまったようだ」


 彼は死んでしまった優男の【とこしえの指輪】を奪い、俺に投げて笑って見せる。

 それとは対照的にルーナは落ち込んで、もふもふの尻尾がしぼんでいる。

 彼女の隣に行き、頭に手を乗せる。


「……ユーヤ、ルーナは殺せたのに、殺せなかった。アサシンするとき、相手が打点をずらそうとしたの気付いた、反応できた。なのに、体が動かなかった。あいつが指輪に手を伸ばしたとき、追撃できたのに、また体が動かなかった。ごめんなさい。ルーナのせいで失敗するところだった」

「人を殺すのは魔物とは違う。そういう躊躇もあるさ」


 ルーナの体が動かなかったのは、人を殺すことに対するためらいだ。

 相手が悪人とはいえ、何のためらいもなく殺せるほうが異常だ。

 ……人を殺すには慣れが必要だ。そして、そんなことに慣れないほうがいいと思う。


 ルーナの肩を抱き寄せると、ルーナがしがみついてきた。

 今日は久しぶりに一緒に寝てやろう。

 落ち込んでいるときぐらい、優しくしてもいいだろう。


「ユーヤ、二人を殺さずに無力化できたのは大きいですね」

「あの掌底かっこよかったね。今度教えてよ! あれ、やってみたい。こうくいってね!」


 フィルとティルがやってくる。

 フィルは俺が気絶させた魔法使いと大男を縛り上げ、大男のほうに気付け薬を飲ませた。

 すでに、【転移】の指輪は回収した。牢屋の鍵もかかって魔物は出られない。

 これで、アウレ王女は手札を失った。

 試合が始まるまであと二分あった。

 ぎりぎりで間に合った。


「アレクルト王子、あの魔物はどうする? 殺しておくか。【転移】の指輪を奪った以上、あそこからでれないだろうが」

「できれば、生かしておきたい。錬金術士たちに調べさせれば何かわかるかもしれない」

「わかった。なら、これは任せる」


 仕事は終わったし、ルトラの応援に向かいたいが、今からじゃ試合開始には間に合わないか。


 なら、やるべきことをしよう。

 ちょうど、フィルが薬を飲ませた大男が目を覚ます。


 そいつはにやにやと笑っていた。

 魔法使いと自分がしばられ、優男が死に、牢屋の鍵も【転移】する指輪も奪われた状況で。


「何がおかしい?」

「はっ、答えてやるかよ」

「……答えさせてほしいと懇願するまでいたぶってやろうか?」


 これは脅しじゃない。

 必要であれば俺はそうする。


「いや、それには及ばねえ。アレクルト王子、取引しようじゃないか。アウレ王女が言ってたぜ、あんたシスコンなんだろ。可愛い妹が助かるかもしれねえ情報を教えてやる。その代わり、俺を見逃せ。拷問しても俺はぜってえ口を割らねえ。それにこいつは、今すぐ知らなきゃダメな情報だ」


 アレクルト王子は顎に手を当て、数秒で決断する。


「いいだろう。アレクルト・ラルズール第一王子の名において、貴様の命を保証する。条件としては、一週間の拘束及び、その際にこちらの質問に答えること。また、貴様の組織を明かしてもらうし、組織に戻ることを禁じ、数年はこちらの監視を付ける」

「話が早くていいな。あんたの追加条件を呑む。おいおい、そんな疑ってますって眼で見ないでくれ。そっちの怖いおっさんの前で嘘なんて言わねえさ。俺はそんな命知らずじゃねえよ。条件を呑まなきゃ、そっちのおっさんはガチで俺が死にたいと懇願するまでいたぶるってのは、目をみりゃわかる」


 まるで、俺が狂人か殺人狂のような言いぶりだ。

 だが、間違ってもいない。必要であれば俺はそうするし、下手な嘘なら一目で見抜く。

 王子に向かって頷く。


「信じてやる」

「じゃあ、あんたら一番知りたいことを話そう。……魔物を捕らえ、【転移】できる人員がいる場所はもう一か所存在するぜ。アウレ王女が魔道具でアラームを一度鳴らすと俺らが送る。もし、俺らに何かがあって魔物が送られてこないときは、二度目を鳴らす。そしたら、もう一か所から魔物が送られるって仕組みさ」


 やられた。

 アウレ王女のほうが一枚上手だったようだ。

 まさか、切り札が二枚あるとは。


「そいつはどこだ!」

「知らねえよ。アウレ王女は誰も信じちゃいない。俺たちも、俺たちの組織も、王子様も妹も、全部信じてねえ。あひゃひゃ、いったいどうやったら、あんな風に育つんだか、王城ってのは地獄か?」


 俺は必死に思考を巡らす。

 試合開始まで残り一分、もう一か所の隠し部屋を突き止め、さらに【転移】を防ぐなんて不可能だ。

 なら、俺のするべきことは一つ。


「みんな、俺はルトラの元へ行く。たとえ、ルトラが負けることになっても、俺はルトラを死なせない」


 強く断言する。

 レベル50の魔物が数匹現れれば、ルトラに待ち受けるのは死だけ。

 彼女が降伏してくれればいいが、ルトラの性格を考えると最後まで戦おうとするだろう。

 そして、ルトラが降伏しても、アウレ王女はアレクルト王子にしたように事故を装ってルトラを殺そうとする可能性がある。

 ……アウレ王女は他の兄妹を殺すことで自分の統治を盤石にしているように見える。


「でも、ユーヤ。どうやって行くの。あと三十秒しかない」

「これがある」


【とこしえの指輪】。回数制限つきで【転移】が使える。

 あのとき、優男がこれの使用を躊躇したのは、その回数制限故だ。

 あと何回残っているかは知らないが、魔物を送り届けるつもりなら最低一回はある。


「ん。ルトラをお願い!」

「私たちも急いで合流します」

「ユーヤ兄さん、私がつくまで持ちこたえてね!」

「きゅいっ!」


 頼もしい仲間たちだ。

 俺は頷いて、指輪の力を使う。【転移】の詠唱が始まった。


「ユーヤ殿、妹を頼む」

「もとよりそのつもりだ。ただ、俺の出番はないかもな。ルトラが勝てるだけの状況は作れた。アウレ王女に上を行かれたが、ここに来たことは無駄じゃない。勝利の鍵は用意できたんだ」


 そう、けっしてここに来たことは無駄ではない。

 ルトラが、迷わず正解を選べば勝てるだけの状況を作ることができた。

 ……あとはルトラ次第。

 正解すれば祝福し、褒めてやろう。

 そして、仮に間違ったとしても彼女の騎士として救う。アウレ王女が王になれば、ルトラを殺そうとするだろう。それこそ本当に彼女を連れ去って旅に出るのもいい。


 詠唱を開始して”五秒後”に転移が完成した。

 ルトラのもとへ、俺は跳ぶ。

 

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