第十七話:おっさんは動き始める
継承の儀が始まった。
コロシアムに用意された特等席で観戦する。
継承の儀は大人気なようで、巨大なコロシアムなのに一般席は満席で立ち見まで行われている。
「ユーヤ、ルトラは勝てる?」
「まともに戦わせてもらえればな。アレクルト王子は一流の武人だが、ルトラには劣る。アウレ王女は一通り訓練を受けているが、凡人レベルだ。アトラ王子は直接会ったことはないが、聞いた話だとせいぜいアウレ王女よりはましってところだな」
こと武力という点であれば、今言った評価となる。
本気で、武闘派ではないアウレ王女やアトラ王子が勝とうとするなら、継承の儀までにすべてを終わらせないといけなかった。
戦いになった時点で詰んでいる。
「ん。なら、安心」
「そうとも言えないんだがな。……あれだけ、念入りかつ執念深く準備を進めてきた彼女が、このまま終わるとは思えない」
それは確信に近い。
幼いルトラに近づき、都合の悪い情報が入らないように情報を操り、自分に懐かせ、逆にアレクルト王子の悪評を少しずつ流していく。
言葉にすると簡単だが、何年もそれを続ける根気、それを行うだけの実行力と決断力が必要だ。
そこまでする人間が、ダンジョンで殺し損ねたから諦めるとはとても思えない。
「私も同感ですね。……私の予想では仕掛けてくるとしたら。継承の儀の前だと思っていました」
アウレ王女は進化する魔物という切り札を手に入れたからこそ、ルトラは不要。むしろ、邪魔になると判断して処分した。
とはいえ、継承の儀は一対一の勝負。始まってしまえばその力に頼れない。
どこかで、進化する魔物で襲撃をしてくると考えており、俺やフィルはずっと警戒していた。
「騒ぎがあったら、すぐに飛び出すつもりでいないとな」
「はい、ルトラちゃんは私たちの仲間ですから」
たとえ、継承の儀が終われば別れるとしても、大事な仲間のためにできることはしておきたい。
「でも、私たち武器を取り上げられちゃってるよ。魔法袋ごと」
一般席には、魔法袋と危険物の持ち込み禁止。この貴賓席の場合は、そういうものは預けることになっている。
「まあ、剣がなくてもどうにでもなる。魔法戦士は素手でも強い」
「私の場合、ちゃんと弓はありますよ?」
「ああ、ユーヤ兄さんもお姉ちゃんもずるい。ってか、お姉ちゃん、どうやって持ち込んでるの!?」
「秘密です」
フィルはどう見ても丸腰。魔法袋もない。
だが、隠れて武器を持ち歩く方法なんていくらでもある。
彼女はティルが教えて教えてとせがむのを軽くいなしている。
いつの間にか俺の膝の上に座り、満足そうな顔で尻尾を振っていたルーナが小声でつぶやく。
「実はルーナ、短刀もってる。もふもふ尻尾に隠してる。だから、悪い人を見つけたらアサシンする」
苦笑してしまう。たしかにこのモフモフ尻尾に括り付ければ、短刀なんて埋まってしまえそうだ。入場チェックするものも、まさか尻尾に手を突っ込みはしまい。
「始まるみたいだ」
そうこうしているうちに、継承の儀が始まった。
まずは王がコロシアムのリングにあがり、開会宣言とルールの説明をする。
リングの上には拡声効果がある魔道具があり、リングの上で発せられた言葉は、リング中に広がる。
トーナメント制一対一、優勝者が王位を継承する。
武器、道具、一切の制限なし。
リングアウト、気絶、死、降参、レフリーによるドクターストップ、いずれかで敗北する。
王は病に侵された体で、それでも威風堂々と役割を果たす。
これが最後の仕事だとふんばっているのだろう。
リングの周囲には、高位の回復魔法が使える僧侶と医師が控えている。
即死でさえなければ回復できるだろう。
いよいよ、王の候補となる者たちが舞台にあがる。
最初に舞台に上がってきたのは、アレクルト王子。彼が舞台にあがると観客たちが熱いエールを送る。
とくに、女性の声がひと際大きい。加えて、軍部の連中が公平な立場でありながら声を張り上げている。
軍部というのは常に命をやり取りをしているだけあって実益主義。そんな連中に認められるということがアレクルト王子の実力、人柄を証明している。
次に舞台へとあがったのはアトラ王子、あまり人気がないようで申し訳程度の拍手が送られている。本人も覇気がないどころか、おどおどとしていて、辞退していないのが不思議なぐらいだ。
……それもそのはずだ。アレクルト王子の話では、アトラ王子に勝つつもりはない。アウレ王女の駒の一つであり、勝てないまでも姉以外とぶつかれば、体力を削り。姉とぶつかれば棄権して姉に体力を温存させる。そういう役割らしい。
「いよいよ、ルトラが来るぞ」
「ん。ちゃんと見てる」
「おっきな声をあげないとね!」
ルトラがやってくる。
ルーナとティルが必死に応援するが、その声は民衆の大声援によってかき消された。
戦姫ルノアの生まれ変わり、その人気はすさまじいようだ。
逆に城内の人間たちからの反応は冷たい。貴族は既に、アレクルト王子派とアウレ王女派のどちらかに染まっており、軍部からもアレクルト王子ほど期待されていない。たまたま戦姫ルノア姫の血を強く引き継いだだけの娘。そういう認識なのだろう。
「さて、アウレ王女は現れるか」
ルトラと別れたとき、まだアウレ王女は城に来ていなかった。
もし、このタイミングで現れなければ辞退が決まる。
王が口を開く。
「うむ、アウレは棄権か。では、この三人で」
そう言いかけたとき、リングが光った。
光の粒子と共にアウレ王女が現れる。
「いいえ、私も参加しますわ。そして、私こそが王になるのです」
彼女は自信にあふれた声で、そう告げた。
観客席が湧く。
彼女の人気というよりは、演出だ。
【転移】なんてものを見たことがないのだろう。
十メートル以内の場所への瞬間移動をするスキルであり、人には習得できないスキル。アイテムを使用することで使用可能だが、極めて希少かつ使用回数に制限がある。
ゲームのときですら、【転移】を使用できるアイテムを手にしたことがない。…
この超希少なアイテムを場を温めるためだけに使うとは思えない。なにかの伏線だろうが、考えが見抜けない。
遅れて、貴賓席の貴族たちが歓声を上げた。
……どうやら、貴族たちの掌握にかけてはアレクルト王子を上回っているようだ。
「アウレ、ぎりぎりとは感心せんが間に合って良かった。では、この四人での戦いを行う。さあ、選定の帽子をかぶるといい」
王が差し出したのは、シルクハットのようなものだ。
……まだ受け継がれていたのか。
ゲーム時代、戦姫ルノアのイベントで見たことがある。
まずはアレクルト王子がシルクハットをかぶる。すると、シルクハットがぱかっと開いて、中からバネが飛び出て、そのてっぺんには鳩のぬいぐるみ。
「赤の獅子、赤の獅子!」
ハトが赤の獅子と叫ぶ。俺から見たら、ひどくコミカルだが、観衆や貴族たちは真剣な顔で食い入るように見えている。
何より、王子、王女たちが痛いほど真剣だ。
……あれが神々しく見えているのだろうか。絶対製作者の悪ふざけなのに。
その後、ルトラたちも帽子をかぶり、ルトラとアトラ王子が青の竜と告げられ、アウレ王女が赤の獅子。
大仰に見えるが、ただのくじ引きと一緒だ。
アレクルト王子とアウレ王女。ルトラとアトラ王子の戦いになる。
そして、慣例では先に戦うのは青の竜からだ。
つまり、初戦はルトラとアトラ王子、次戦をアレクルト王子とアウレ王女が戦い、決勝を勝者同士が行う。
ルトラとしてはこれ以上はない組み合わせだ。一回戦は体力温存ができる上に、二回戦を挟むために休憩して決勝に挑める。
「組み合わせは決まった。では、十分後にルトラとアトラの戦いを行う」
ルトラたちが頷く。
解散かと思ったが、アレクルト王子が王に民と兄妹たちに伝えたいことがあると申し出て、それを王が許可した。
彼はリングの中央で民たちのほうを向く。
「俺はラルズール王国を強くする。軍事力だけではなく、経済を、教育に力を入れることで人材も。まずは継承の儀にて、己が強い王であることを証明してみせよう。……そして、親愛なる我が兄妹たち、俺の描くラルズール王国にはおまえたちの力も必要だ。俺が王になれば、アウレにはその知略を、ルトラには武と人望を貸してもらう」
さすがは、第一候補。
すでに王になったことを考えて、民の心を掴みに行っている。
そして、アウレ王女の力とルトラの力も認めたうえで力を貸せという度量。思っていた以上に器が大きい。
アウレ王女が即座に動いた。兄の隣に立つ。
「では、私も宣言しましょう。兄の理想には賛同しますが、そのためにはより優れた王が必要ですわ。それは兄ではなく私です。正直、ちゃんばらは苦手ですが、その苦手分野ですら兄を凌駕することで、私の実力を示してみましょう」
自信満々と言った様子だ。
……いったい魔物を持ち込めない一対一でどんな手を打つつもりだろうか。
遅れてルトラが彼の隣に並ぶ。良い判断だ。
ここで黙っているようでは、誰も彼女を認めない。
「私は、この国と民にとっての最善を選びたい。その最善を選ぶために継承の儀で勝つわ。そして、兄上。勝てば、私の力を借りたいということだけど。それには条件があるわ。もし、私が勝った場合、兄上の力を貸してもらいたい。賭けをしましょう」
「いいだろう。もし俺が負ければ、俺のすべての力をルトラに捧げる。俺が勝てばおまえのすべてをもらう。ルトラ、決勝で会おう」
「ええ、決勝で会いましょう」
アレクルト王子が握手を求め、ルトラがそれに応えた。
観客たちが一気に盛り上がる。
なんて、自信だ。そして、それはアウレ王女とアトラ王子を敵と認識していないという意思表示もである。
二人は面白くないだろうと様子を伺う。アトラ王子はうつむいて、悔しがっていたがアウレ王女は笑っていた。それも虚勢ではなく心の底から。
◇
第一回戦が始まった。
スキルから察するに、アトラ王子のクラスは戦士らしい。
レベル自体は、王宮ダンジョンを駆使してルトラを凌駕している。
だが、その動きは一流と二流の間というところだろう。
ある程度、真面目に剣の指南役から訓練を受けているが、才能自体は並だし、さほど真剣でもなかったのが見てとれる。
アトラ王子の剣をルトラが余裕をもって流しきり、バランスを崩させる。
ルトラは、力を流す方向を操ることで、アトラ王子を投げ飛ばし、組み伏せ、喉に剣を突き立てた。
「……降参してくれないのなら、とどめを刺さないといけないのだけれど?」
「こっ、降参するよ。ぼっ、僕の負けだ」
一分もしないうちに決着がついた。
観客が湧く。さきほどまでは、その容姿だけでルトラを褒めていた連中も、今の一戦で真の意味で戦姫ルノアの生まれ変わりだと騒ぎ始めた。
ルトラが優雅に民たちへ礼をして、腰を抜かしたアトラ王子に肩を貸して舞台を降りる。
「ルトラ、かっこ良かった!」
「うんうん、こうして観客として見ると、うっとりしちゃうね」
お子様二人組が騒ぐ気持ちもわからなくない。
そして、その十分後第二試合が始まる。
アレクルト王子が、アウレ王女に降参するように勧めたが、アウレ王女はその申し出をはねのける。
アウレ王女は杖を所持している。
彼女のクラスは魔法使い。……この狭いリングではひどく不利だ。そもそも、防御力が低く詠唱が存在する魔法使いは一対一に向かない。
それでも、勝てる自信の正体はなんだ?
その答えはすぐに出た。
戦闘が始まると同時に、光の粒子が湧き出て、魔物となる。総勢三体。
白銀のリビングアーマー、長毛種の狼男、巨大なこん棒を持つオークの上位種。
アレクルト王子が叫ぶ。
「どうやって魔物を使役しているかは知らないが、一対一の戦いのはずだ! ルール違反だろう」
「言いがかりも甚だしいですわね。これは私の【召喚魔法】ですの。魔法使いが魔法を使うのは当然ではなくて?」
審判は止めない。
どうやら、事前に根回しをしているようだ。
……派手な入場をした理由がわかった。あれは【転移】なんて芸当ができるのなら、【召喚魔法】ができてもおかしくないと思わせるための布石だ。
あの【召喚魔法】というのは嘘だろう。
おそらく、どこからか協力者が【転移】で送り付けている。
ルール違反だが、証拠がない。
アレクルト王子は、魔物の猛攻を受けて後退、さらに自分で後ろに跳んで、深呼吸からの突貫。
三体の魔物を圧倒し始め、多くの女性から黄色い声援が飛ぶ。
俺の見立てでは、三体の魔物はすべてレベル30後半。
それも、レベル以上に強い魔物たち。それを一人で切り伏せる、間違いなく超一流。
何より、戦いに華がある。
「アウレ、その【召喚魔法】とやらで増援を呼ばないでいいのか? 呼べないのであれば降参してほしい。妹を斬るのは忍びない」
「その甘さが兄上の欠点ですわ。私が兄上なら、すでに切り伏せてますわね」
「……甘いわけじゃない。その必要がないからだ」
「必要ならありますわよ? ルトラのこともそう。兄上はやっていることが温いのです。だから、足がすくわれる。……兄上は、王の器ではないのです」
アレクルト王子が、背後から狼男の一撃を受けて吹き飛ばされる。
その一撃で、彼が身に付けていた最上位の魔鎧が砕ける。
無理もない、レベル50の魔物の一撃。
倒された三体の魔物はすべて進化していた。
アレクルト王子は気絶してしまう。
「私は、やるべきことをやりますわよ。兄上と違ってね」
アウレ王女の指示でオークが巨大なこん棒を振り上げ、思い切り振り下ろされる。
会場の誰もが目を背ける。
あれを喰らえば、いくらアレクルト王子と言えども……。
「あら、どういうつもりでしょうか? ルトラ」
しかし、その一撃は間に入ったルトラが流した。流されたこん棒がリングにぶつかり轟音と共に、リングが砕けた。
三体の魔物がルトラに殺到するが、アウレ王女が手を叩くと、動きを止める。
「試合に手を出すのはルール違反ではなくて? 審判、ルトラを失格にしてくださいな」
「いいえ、姉上。すでに兄上は気絶していたわ。気絶した瞬間、試合は終わっていた。だから、これはただの人助けよ」
「あら、そうなのですか。気付きませんでしたわ。ありがとう、ルトラ。私ったら、気付かずに兄上を殺すところでした」
リングの上での会話が聞こえる以上、アウレはこう言うしかないのだろう。
「決勝、楽しみにしていますわ。……あら、兄上も同じようなことを言っていましたね。ふふっ、兄上ったらかっこ悪い」
アウレ王女が、三体の魔物を消してから舞台から降りていき、慌てて審判が勝者を告げる。
ニ十分後、決勝が始まる。
しかし、のんびりしている場合ではなくなった。
「みんな、動くぞ。あれは【召喚魔法】じゃない【転移】だ、アウレ王女は違反をしている。かならずコロシアムの近くに魔物を隠してある。そいつを倒す」
あれが【召喚魔法】ではなく、何者かに【転移】で送り付けさせているという推測が正しければ、その場所を突き止めて始末すればいい。
ルトラでもレベル50三体がかりなんてどうしようもない。
「わかった! ルーナの【気配感知】で敵を見つける!」
「私は高いところから目で探すね」
「ルーナちゃん、ティル、見つけたら絶対私かユーヤに伝えてください。一人で挑めば死にますよ」
「急ごう」
そうして、俺たちは動き始めた。
本来、継承の儀が始まれば、俺たちにできることはないが、敵が違反をしているなら話は別。
正々堂々、ルトラが戦えるよう場を整えてやる。




