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第十六話:おっさんは見届ける

【試しの門】に居ないはずの魔物が二体現れた。

 ゴリラ型魔物の上位種、異常に筋肉が発達し分厚い毛に覆われたグレイトコング、ゴブリンの上位種、ゴブリンでありながら高い知能を持ち剣を使いこなすゴブリンナイト。


 それらはレベル30後半の魔物であり、強力ではあるが俺たちが苦戦するような魔物じゃない。

 そのはずだったが、倒した後進化し、レベル50近い魔物になっている。

 ……超一流の冒険者ですら苦戦する敵だ。

 俺たちのレベルで遭遇すれば、まず死ぬ。逃げることもできないだろう。

 しかし、俺たちはレベル以上に強い。

 進化した二体であろうと正しく対処すれば打倒できる。


「ルトラ!」


 集中力を欠いている、ルトラを叱責する。

 ルトラがはっとした顔になり、盾を構える。

 この魔物たちをダンジョンに持ち込んだのはアウレ王女の可能性が高い。


 姉を信じていたルトラは平静ではいられない。

 それでも、気持ちを切り替えて前衛としての役割を果たそうとしているのは褒めてやりたい。


「みんな、1-4で行く」

「ん。わかった!」

「おっけー。任せて」

「了解よ」

「それが妥当ですね」


 五人でパーティを組んでいる俺たちは、いくつかの陣形を練習している。

 1-4はそのパターンの一つ。


 進化したグレイトコングと、ゴブリンナイトがこちらに走ってくる。

 グレイトコングのほうがわずかに早く、前に出ていた。

 ヘイトを集める【ウォークライ】を射程ぎりぎりでルトラが使用する。


 すると、前に出ていたグレイトコングだけが【ウォークライ】の対象となり、ルトラのほうに引き寄せられる。

 そして、フィルとティルは矢をゴブリンナイトだけに集中することで、ゴブリンナイトのヘイトを稼ぐ。


 1-4はシンプルな作戦だ。

 強敵が二体現れた場合、一体をもっとも防御力の高いルトラが受け持ち、その間に残りの四人が全火力を持ってもう一体を瞬殺する。

 進化した魔物を二体もまともに相手なんてしていられない。


「……できるだけ早くお願い。あまり長く足止めしておく自信はないわ」

「任せておけ」

「ん。そっこー、アサシンする!」


 俺とルーナがゴブリンナイトへと走る。

 途中でグレイトコングとすれ違った。グレイトコングは俺たちには目もくれない。

 やはり、【ウォークライ】は便利なスキルだ。


 俺たちがこれだけ近づいているのに、フィルとティルの矢は絶えず、それでいて一発も誤射なくゴブリンナイトだけを捉え続ける。

 これができる弓使いはそうそういない。並の弓使いなら味方への誤射を恐れて躊躇するか、あるいは何発か誤射する。


「うー、お姉ちゃんと二人で集中砲火なら、三本撃ち使う必要ないよー」

「ティル、一秒でも早く倒すことだけ考えなさい」


 ゴブリンナイトの剣技はなかなかだ。フィルとティル、二人の放った矢を的確に切り払うほどの腕前。

 だけど、二人がかりの矢には追いつかず、何本か突き刺さりダメージを蓄積していく。

 何より、矢の対応に追われて隙だらけになっていた。

 この状況なら最強のコンボが決められる。

 俺は走りながら、ルーナに目線を送る。

 ルーナと足並みを揃えて、詠唱を始めた。

 放つ魔法は、攻撃力倍化魔法【パワーゲイン】カスタム。

 その効果時間を一瞬に圧縮することで、強化幅を十倍にも引き上げた。

 その名は……。


「【神剛力】」

「【アサシンエッジ】!」


 ルーナは【神剛力】で輝く刃で完璧に【アサシンエッジ】を決める。

 クリティカル音が響き渡り、クリティカル時のみの大ダメージが、十倍の威力で叩き込まれる。


 クリティカルでないと意味がない【アサシンエッジ】、それを一瞬しか効果がない【神剛力】で強化するのは至難の業だ。

 だが、俺はルーナのことを知りつくしており、完璧に呼吸を重ねられる。

 そして、これだけ隙だらけの相手ならルーナは百パーセント決めてくれる。


 ……とはいえ、さすがはレベル50相当の最上級魔物だ。

 十倍の威力で放った【アサシンエッジ】を喰らって、なお死なない。

 しかし、それすらも想定内。


【神剛力】の発動終了後、即座に新たな魔法の詠唱を始めていた。

 大きく後ろにのけぞったゴブリンナイトに追い打ちを放つため、距離を詰める。

 奴は、そんな俺に向かって無理な体勢から下段からの切り上げを放つ。


 いい腕だ。

 よく、その崩れた体勢でこれだけ力の乗った剣を放つものだ。

 あいにく俺はその程度の剣で動じはしない。

 右手に持った剣で滑らすように流し、体を回転させつつさらに距離を詰め、本命の左を突き出す。

 それは、威力以外のすべてを劣化させ、その代わりに超威力を得た炎の一撃。

 中級火炎魔法【炎嵐】カスタム……。


「【爆熱神掌】!」


 超々高熱を纏う左手がゴブリンナイトを貫く。

 胸に大穴が開き、傷口が炭化した。かつて、進化したキラーエイプと戦ったときは貫けなかったが、レベルの上昇に伴い、威力は以前の比ではない。

 ゴブリンナイトが青い粒子に変わっていく。


「やっぱり、俺たちは強い」


 思った通り、今の俺たちであればチームで戦えばレベル50の魔物ですら苦にしない。

 もちろん、今すぐ最上級ダンジョンに足を踏み入れられるわけではない。

 なにせ、最上級ダンジョンになれば、このレベルの魔物が何体も同時に現れたり、次々に湧いてくる。

 それでも、レベル50相当の魔物を倒せるというのは大きな意味を持つ。


「みんな、早く来て、そろそろ限界なの!」


 ルトラが悲鳴に近い叫びをあげる。

 彼女は一人でグレイトコングを相手している。かなり辛いのだろう。

 ぼうっとしている暇はない。

 俺たちは、急いでルトラのほうに向かった。


 ◇


 数分後、グレイトコングを倒した。

 ゴブリンナイトと違い、技量ではなく純粋なタフネスに優れた魔物のため、より時間がかかってしまう。

 だが、危なげはなかった。

【夕暮れの家】はすでに最上級パーティに匹敵する力を持っている。

 戦いが終わったあと、フィルの【回復ヒール】でルトラを癒す。


「かなり、危なかったわ。スキルのリキャストがこんなに長く感じたのは初めてよ」

「このレベルの魔物を一人で足止めできたことは誇っていい。超一流の壁役じゃないと一分ともたない」

「素直に誉め言葉を受け取っておくわ」


 微笑むルトラの笑顔がぎこちない。


「ルトラ」

「……わかっているわ。ダンジョンを出たら、話を聞いてみる」

「その時は俺も一緒だ」


 もし、この魔物をけしかけたのがアウレ王女なら、手持ちが今倒した二体なんてことはありえない。少なくともあと二体はいると考えるべきだ。

 もし、進化する魔物を同時に二体以上けしかけられたらルトラはなすすべもない。


「そうね、お願いするわ」

「ルーナも、一緒に行く! ダメって言われたら隠れて見張る。ルーナはキツネだから、隠れるのは得意!」

「私はエルフだから窓の外から木にぶら下がって弓で狙ってるね!」

「きゅいっ!」


 お子様二人組とエルリクが張り切っている。

 キツネだからという理由はわからないが、こう見えてルーナは気配を消すのが非常にうまい。そんな彼女に近くに隠れてもらうのはありかもしれない。

 ティルの外から援護もわりと現実的だ。


「まあ、それはダンジョンを出てから考えよう。それより、先にこのダンジョンを制覇しよう」


 王にふさわしいものとして祝福を受ける。

 そのためにこのダンジョンに挑んだのだから。


 ◇


 大回廊を抜けて、謁見の間に入る。

 謁見の間、王が君臨し来訪者を出迎えるこの部屋は数百年前からほとんど変わっていない。

 その王座が光り輝いている。


 ……この【試しの門】は戦姫ルノアの時代では挑んだ者のほとんどが戻ってこないと言われていた。

 しかし、今になっては全七十二問のほとんどの答えが解明され、ルトラ以外は予習をしておくし、強力な護衛もついて至れり尽くせりで挑み、危険はないとされている。

 そのことを言い出さなかったのも、俺がアウレ王女を疑う理由の一つ。


 今回、俺が一緒にいたことでルトラも楽に突破できたが、彼女なら正攻法で挑んでも突破できただろう。

 なにせ、彼女はすべての問いを解けていた。

 それに、俺たちは王家が用意した護衛ではなく、彼女が自力で獲得した仲間だ。


「ユーヤおじ様、これからどうしたらいいのかしら?」

「あの玉座に座るんだ」


 本当にルトラは、【試しの門】について何も聞いてないようだ。

 かろうじて、王族が含まれるパーティが一緒にいないとだめということだけを聞いていたようだが、問いがあることすら知らなかったし、今も試練を突破した後のことを知らない。


「少し、緊張するわね。玉座に座るなんて不敬じゃないかしら?」


 思わず苦笑してしまう。

 ある意味、ルトラらしい。


「大丈夫だ。【継承の儀】で優勝する予定だろ。そこに座る資格がある」


 背中を押すと、おそるおそる玉座に座る。

 その瞬間、光が満ちて赤く染まる。

 赤い光は粒子になり、ルトラの体に吸い込まれた。


「不思議、力が湧いてくるわ。……炎帝竜を倒したときと同じ感じね」

「実際、同じだからな。称号を与えられて強くなっている。ただ、その称号がラルズールの王族専用なだけだ」


 そう、【試しの門】をクリアすることで、ラルズールの王族は【王の器】という称号を得ることができる。


「うらやましい! ルーナもほしい」

「私も私も!」

「二人は無理だ。残念ながら二人は王族じゃない」

「むう、ずるい!」

「そうだ、そうだ!」

「そんなことを言ったら、ルーナのキツネ耳も、ティルの瞳も俺からしたらズルだな。みんな、それぞれ武器がある」


 しぶしぶと言った様子で、二人が認める。

 ルトラが王座から下りる。


「ねえ、ユーヤおじ様。もし、姉上を問いただして、姉上が私を殺そうとしていたら、私はどうすればいいの? 姉上に、この国を任せるべきだって思っていたのに」

「その答えは俺には出せない。自分で考えるんだ。ルトラがアウレ王女を王にしたかったのは、アウレ王女を王にすれば、この国と民がより幸せになれると思ったからだろう。なら、真実を元に答えを出せばいい」


 極論を言えば、それで国と民が幸せになるなら、ルトラを殺そうとしたことさえ問題視しなくていい。


「そうね。そこを間違えなければいいだけね。改めて話してみるわ。姉上と。それから兄上とも」

「そうしてくれ」

「それから、ユーヤおじ様が話を聞いた人たちを紹介してほしいの。その人たちから直接話を聞きたい。……恥ずかしい話だけど、王城では、私の目と耳は塞がれて、情報を集められなかった。今思えば、兄上だけじゃなくて、姉上も私に情報が入らないように手を回していたかもしれないわ」


 幼く、後ろ盾もない側室の子であるルトラ相手だ。彼女に渡す情報を取捨選択することはたやすいだろう。


「わかった。そうしよう。……とりあえず、戻ろうか」


 ここが謁見の間、ゴールだ。

 この部屋の奥に帰還用の渦がある。

 玉座で遊んでいるルーナとティル、ついでにエルリクを連れ戻し、俺たちは城に戻ることにした。


 ◇


 城に戻った俺たちはさっそくアウレ王女を訪ねようとしたが、アウレ王女は外出中であり【継承の儀】直前まで戻らないそうだ。計画が失敗したときの保険かもしれない。


 待っている時間がもったいないので、俺の旧知の者たちをルトラと引き合わせた。

 彼らは、アウレ王女に口止めされていたが、俺の頼みと言うことで、内密にと前置きをしてからルトラにいろいろと話してくれた。


 彼女は、多くのことを質問し、今までどれだけ情報が制限されていたのかを知った。


 そのうえで、改めて兄であるアレクルト王子と話をする。

 今なら、アレクルト王子もルトラを避けないだろう。

 アレクルト王子ときちんと向き合うため、ルトラは彼の言葉の真偽を確かめるだけの情報を集めるために必死なのだ。


 ◇


 そうして、とうとう【継承の儀】当日になった。

 結局、アウレ王女はまだ戻ってきていない。

 だが、ルトラはアレクルト王子とは腹を割って話し合っている。


「ルトラ、答えは出たか」

「ええ、もちろん。答えは出た。あとは実行するだけよ」

「なら、後悔がないように出し切れ。見守っている」


 晴れ晴れとした表情だ。

 彼女に迷いがない。

 これなら、実力を出し切れる。


【継承の儀】が行われる会場へ移動する。

 そこは、国で最強の騎士を決めるのにもつかわれるドーム型のコロシアム。

 すでに客席は満席。

 これ以上の晴れ舞台はない。

 俺たちは特別席へ、ルトラは控室に向かう。


 ルトラの出した答えは聞かないし、助言もしない。

 ただ、俺は彼女の師匠として弟子の晴れ姿を見届けよう。

 もう、俺にできることはそれだけだ。

 

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