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第十四話:おっさんは王女と出会う

 ラルズール城で夕食に招待され、食後は貸し与えられた部屋にいた。

 賓客が家族や使用人と一緒に過ごすことを前提に作られている広い部屋で全員が快適に過ごせる。


「セ……ルトラは、こっちで良かったのか? 自分の部屋ぐらいあるだろう」


 つい、セレネと言いそうになり、慌ててルトラと言い直す。

 王城はルトラの家のはずなのに、なぜか俺たちと同じく賓客用の部屋に来ていた。


「用心のためね。たしかに王城は私の実家ではあるけど、同時に兄の庭だもの。使用人すら信用できない。ユーヤおじ様の隣が一番安全よ」

「たしかにな。つまらない質問をした」


 ルトラはこの王城に入ってから、ぴりぴりとしている。

 彼女にとって、ここは敵地なのだろう。


「姉に会わなくてもいいのか? 慕っていた相手だろう」


 なにせ、ルトラは王位継承の儀で優勝し、姉に王位を譲ると言っているほどだ。

 よほど、慕い、信用していないとそうはならない。


「すでに連絡は取っているの。明日の朝に会えるわ。ユーヤおじ様も一緒に来て、姉上に紹介したいの。ルーナたちも一緒が良かったのだけど、にぎやかすぎるのは苦手だって断られてしまったわ」

「楽しみだな。ルトラが好きになる人で、しかも有能なのだろう?」

「ええ、私や兄とは違って戦うことはできないけど、誰よりも頭が良くて、誰よりも思いやりがある人なの。あの人が王になるべきだわ」


 ルトラは姉の美点を並べる。

 ただ、ルトラの兄であるアレクルトに会ったときに違和感があったが、今も違和感がある。


 ルトラの言う通りの人物なら、なぜルトラに会いに来ない?

 実際、アレクルト王子は真っ先に会いに来た。

 もちろん、王女ともなれば忙しいのはわかる。

 妹よりも大事な用があるのか?

 用があるにしても、この王城に居るのなら、一分ぐらい会う時間を作って、妹の無事を確認したくなるだろう。


 そもそも、その姉はアレクルト王子の危険性をさんざんルトラに説いていながら、アレクルト王子に好きにさせすぎではないか?


 悪い癖だ。疑いすぎたらきりがない。

 とにかく、今日はゆっくり休もう。


 ◇


 深夜、視線と殺気を感じて体を飛び起こす。

 寝るときにも身に付けているナイフを握り、警戒を強める。

 長く冒険者をやっていると、眠りに付きながらでも意識の一部を起こしておき、異常があれば即座に覚醒できるようになる。

 安全な寝床が確保できるほうが少ない。こういうスキルがないと生きていけない。

 天井にナイフを投擲する。

 ナイフが天井に突き刺さり、かみ殺した悲鳴が聞こえた。


「……逃げたか」


 どうやら、ここが敵地であるというルトラの認識は正しかったらしい。

 ここは王城、超一流の暗殺者でもなければ侵入できない。

 あえて超一流の暗殺者であれば躱せるようにナイフを投げた。

 あれが躱せない程度の腕前では、王城に潜り込むことはできない。

 つまり、今の暗殺者は中の者が手引きしているということ。


 アレクルト王子が怪しく見えるが、彼は一流の剣士だった。

 彼なら俺やフィルの力量はわかる。この程度の暗殺者を放ったところで無意味と判断するはずだ。


 ようするに、この王城内にアレクルト王子以外に、ルトラを始末しようとしている存在がいる。


「ルトラのことがよっぽど怖いらしいな」


 運動したせいで、目が覚めてしまった。

 俺は上着を羽織り、ベランダに向かう。

 少し風に当たって、火照った体を冷やそう。


 ◇


 ベランダに出て、王城からの眺めを楽しむ。

 丘の上にあるうえ、ここは三階にあるため非常に景色がいい。

 太陽が昇り始めてきた。


「ユーヤ、初日からトラブルがありましたね」

「だな」


 俺が殺気を感じて飛び起きたのだ、フィルだって起きる。

 部屋のほうを見ると、ルーナ、ティルは気持ちよさそうに眠っており、ルトラの表情は固い。

 彼女たちは、こういうことには慣れていない。


「誰が黒幕だと思う?」

「今の段階では何も言えないですね。ただ、アレクルト王子ではないと思います。あの人が纏う風は清らかで、それにルトラちゃんのことを好きだと言ったのは嘘ではなかった」

「同感だ。……まったく、彼が黒幕ならわかりやすくていいんだがな」


 敵がわからないというのが一番厄介だ。


「ですね。ユーヤ、そろそろ戻りましょう。ここは寒いです」

「そうだな」


 フィルがキスをせがんでくる。

 なかなか二人きりになれる時間がないせいか、フィルは二人きりになれると、いつもキスをねだってくる。

 少しこそばゆいが、俺もキスをするのは好きだ。


 ◇


 翌朝、部屋で朝食を楽しんだあと庭園に向かう。

 そこでルトラの姉であるアウレ王女と会う予定だ。

 アウレ王女もアレクルト王子と同じく、正妻の子で権力がある。


 ラルズールの王子、王女は全員で六人。

 正妻の子が三人いて、アレクルト王子とアウレ王女、アトラ王子。

 側室の子も同じく三人。ルトラに、ナクーラ王子、ソルハ王子。ただ、この三人は全員母親が違う。


 ルトラの話ではナクーラ王子とソルハ王子は既に継承の儀を辞退しているらしい。

 正妻の子たちに比べてバックアップが弱く、ルトラほどの才能もない、そもそも王になりたいと思っていないそうだ。


 だから、継承の儀はアレクルト王子、アウレ王女、アトラ王子、ルトラの四人で競われる。

 庭園に来たのは、アウレ王女の指定どおり俺とルトラの二人だけ。


「美しい庭園だな」

「ええ、うちの庭師が季節ごとに最高の花で飾り上げるの。この庭園は、お城で一番好きな場所よ」


 セレネが自慢したくなるのもわかる。

 花に興味がない俺でもこの場所の美しさは理解できる。

 それだけにルーナたちをここに連れてきてあげられなかったのは残念だ。

 庭園の中央には茶会のために屋根がついた机と椅子が配置されており、先客がいた。


 美しい人だった。

 金色の柔らかい髪をして、ひまわりのように暖かな笑顔をしている。

 年は十代後半だろうが、そんな少女に母性を感じてしまう。

 彼女がアウレ王女だ。

 彼女とは初対面だが、隣にいるルトラの反応でわかる。


「よく無事で。ルトラが生きていて本当に良かったですわ」

「なんとか帰ってこられたわ。すべてユーヤおじ様のおかげよ。紹介するわね。この人は、ユーヤ・グランヴォード。私の騎士よ」

「初めまして。私はユーヤ・グランヴォード。お見知りおきを」


 うろ覚えだが、ラルズール王国式の敬礼をする。


「私はアウレ・ラルズール。あなたのような有名人とあえて光栄ですわ」


 アウレ王女が微笑みかけてくる。

 男なら、誰もが一発で骨抜きにされそうな笑みだ。

 ……だが、俺には届かない。

 その微笑みが仮面に見えてしまう。


「ルトラ、お茶でも飲みながら、これまでのことを話してくださらないかしら。妹がどう過ごしていたのか気になりますの」


 そうして、お茶会が始まった。

 アウレ王女は聞き上手でルトラは楽しそうに今までのことを話す。

 適度に相槌を打ち、つなぎの言葉を挟み、ときにはより掘り下げる。

 あっという間に時間が過ぎていく。

 これは天性ものというより、鍛え抜かれた話術だ。

 ルトラは話さなくてもいいことまで話す。

 まるでアウレが情報収集しているように感じるのは気のせいだろうか?


「そんなことがありましたのね。行方不明になったことは心配しておりましたが、結果的にルトラが大きく成長しているのなら喜ばしいですわね」

「ええ、今の私なら兄上にも勝てるわ」

「ふふ、あなたが王になれば、きっとこの国はもっとよくなりますね」


 ルトラが王?

 もしかして、ルトラは王位を譲ることを話していないのか? ルトラの顔を見ると、こくりと頷いた。


「姉上、ずっと言おうとしていたことがあるの」

「話してください」

「私は、継承の儀で必ず優勝するわ。……そして、王位を得て、姉上に譲ろうと思うの」


 一瞬だが、アウレの表情が変わった。


「……へえ、なぜ、そのようなことを?」

「私は剣を振るうのは得意だけど、政治や経済については姉上に大きく劣るわ。ラルズールの未来を考えるとそうするのが一番いいの。変わってしまった兄上には任せられない。姉上が王になるのが一番いいわ」

「なぜ、今になって?」

「ずっと、そうするつもりだったわ。でも、兄上に勝てる自信がなかったの。姉上に気を使わせたり、期待させたら悪くて言えなかった。でも、ユーヤおじ様に鍛えてもらった今なら言えるわ。私が勝って姉上を王にする」


 それは、力強い宣言だ。

 俺の見立てでは、今のルトラなら勝率は七割というところ。

 アレクルト王子と対峙して、彼の強さは感じたが、俺が鍛えたルトラほどではない。

 俺に会う前のルトラなら勝算はほとんどなかっただろう。


「そう、そんなことを考えていたのですね。そこまで思われていたなんて嬉しいですわ」


 アウレはぎゅっとルトラの手を握り、感謝の言葉を伝えた。


「姉上は、兄上が変わってしまった後も、ずっと優しくしてくれたし、たくさんのことを教えてくれた。何度も助けられたわ。そんな姉上の力になりたいの」


 美しい姉妹愛だ。

 彼女たち二人が力を合わせて、ラルズール王国の未来を作り上げれば素晴らしい結果に繋がるだろう。


「……ルトラ、仮にですよ。もし、お兄様が昔と全然変わっていなくて、民と国を愛し、理想に燃え、努力し続けて成長して、悪評はただの噂で、実際はこの国のために活躍し、実績を積み上げ、政治や経済、外交能力も私をうわ回っているとしたらどうしますか?」

「あり得ない仮定だけど、それなら、この国を兄上に任せたいと思うわ」

「ふふ、能力さえ上なら、お兄様に捨てられて、泣いていたあなたを慰めた私より、お兄様を選ぶのね」

「……そうなるわね」

「そうね、昔からルトラはそういう子でしたわ。あなたはいつも正しい」


 ほんの僅か、笑顔の仮面が外れた気がする。


「姉上、意味のない仮定よ。姉上から変わってしまった兄上の性格も悪行もたくさん聞いているわ。昨日の夕食会では兄上に騙されそうになったけど、私は姉上を信じているの」


 信じてると言いつつも、ルトラの声が少し震えていた。


「ええ、意味のない仮定でしたね。それから、ちょっと意地悪を言っちゃいました。この仮定であれば、あなたの選択は正しいと思いますわ。だって、王族として民と国のことを考えるなら、情よりも能力を優先するべきですもの」


 そこで一度言葉を切る。

 そして、今まで以上に完璧な笑顔を何重にも張り付けてアウレ王女は口を開く。


「ルトラのそういうところが大好きよ」


 彼女はそう言って紅茶をすする。

 それからも雑談は続いた。

 昼食の時間になったとき、パンっとアウレ王女が手を叩いた。


「そう言えば、お兄様は昨日無理をして時間を作ったせいで、夜明けと同時に大急ぎで出かけて留守にしていますの。今なら、私の力で王宮のダンジョンをルトラが使えるようにできますわ」

「ありがたいけど、今からレベルを上げるのは無理よ」

「ええ、レベルはそうでしょう。ですが、王宮ダンジョンの一つ、【試しの門】をクリアすれば、王家ゆかりの者は力を得られますの。私も、お兄様もその力を得ている。あなたも得るべきですわ」


【試しの門】は俺も知っている。

 とは言っても、あくまでゲーム時代に探索したダンジョンだ。

 そのときは、イベントで仲間になる戦姫ルノアと一緒で、戦姫ルノアに力を与えるためにクリアした。


「そうね。継承の儀まで時間はあるわ。間に合わなさそうになったり、危険なら【帰還石】を使えばいいわね。姉上、力を貸してください」

「ええ、喜んで」


 そうして、【試しの門】に向かうことが決まった。

 俺は心の中で、アウレ王女がほぼ黒だと睨んでいた。


 どうしてもわかってしまうのだ。

 アウレ王女は、初めから最後までずっと仮面をかぶり続け、本心を何一つとして見せていない。


 そして、致命的なのが【試しの門】についてだ。

 いくつかの特殊ダンジョンでは【帰還石】を使用できない。

【試しの門】もその一つ。

 ルトラが【帰還石】を使えば何かあっても大丈夫と言ったとき、助言をしなかった。

 王家のダンジョン故に、【帰還石】を使えないということを知るものは少ないが、アウレ王女が知らないはずがない。

 ……ルトラを嵌めようとしているようにしか見えない。


 行かないという選択肢もあるが、ルトラはアウレ王女のことを信じている。

 アウレ王女が敵かもしれないと言っても伝わらない。

 それに、たしかに【試しの門】をクリアすれば強くなれることも事実だ。

 可能であれば、クリアしたいと思っていた。

 あえて、アウレ王女の掌の上で踊ってみよう。本当の敵が誰かを知るために。

 多少の問題が起こっても、俺がなんとかしてみせる。

 そんなことを考えながら、お茶会を最後まで楽しんだ。

 


 

 


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