第十三話:おっさんは王子様と出会う
夕方、セレネの国であるラルズールに到着した。
街に入る際にセレネが身分を明かしたため、大騒ぎになっている。
俺たちはラプトル馬車を彼らに預け、賓客用の部屋で待つことになった。
門番たちはセレネがルトラ姫だと確信しているようだが、ことは大ごとだ。
上に話したところ、ルトラが本物だと判断できるものを連れてきて確認するとのことだ。
その準備に手間取っているようで、二時間以上経っており夕暮れから夜になってしまっていた。
「ん。良かった。これで、セレネがお家に帰れる」
ルーナが出されたお菓子を摘まみながら、セレネに話しかける。腹が減る時間だろうと門番の人たちが気を利かせてくれて、用意してくれたものだ。
「そうね。でも、油断できないわ」
「セレネ……いや、もうルトラと呼ぶべきか。ルトラの言う通り油断できない。今が一番危ないかもな。悪意がある相手なら、ここで仕掛けてくることもありえる。ルトラのことを偽物だと言い張ったり、あるいは策略すら用意せず、ここで消そうとする」
ルーナとティル、お子様二人組の顔がこわばる。
それとは対照的にフィルは俺がこのことを口に出すまえから、警戒しており、いつでも戦闘に入れるようにしている。
セレネも驚きはしない。
フィルは人生経験から、そしてセレネはそういった汚い世界を知っているからこそ、俺の言ったことぐらいは想定済みだ。
「ん。わかった。セレネは安心していい。セレネを狙う悪い人は、ルーナがアサシンする」
「私もいるよ。……って言っても、この部屋の中だと、弓使いはあんまり力になれなさそうだけどね」
「きゅいっ!」
お子様二人組とエルリクが急にやる気を出す。
「ルーナ、ティル、エルリク、ありがとう。うれしいわ」
「やる気があるのはいいが、戦いになると感じたら、即座に【帰還石】を使え。殺し合いをするのは馬鹿らしい」
戦いになっても無事に切り抜けることはできる。
予め、全員に【帰還石】をすぐに取り出せるようにしておけと指示を出していた。
【帰還石】はダンジョンからの脱出に使うものだが、実はその能力は最後に入ったダンジョンの入り口に戻るというもの。
ダンジョンの外で使っても効果はあり、俺たちが使えば、最後に使ったダンジョンであるグランネルのダンジョン入り口まで退避できる。
今の俺たちはレベル40近い。
そして、ただのレベル40ではなく、俺とフィルはレベルリセットとステータス上昇幅固定で既にレベル50に近いだけの能力を得ている。
ルーナたちはレベル相応だが、ステータス上昇幅が神に愛されているのかと思うぐらいに高い。
なにより、全員がレベルだけでなく技量に優れている。
そうそう後れを取ることはないだろう。
「わかった。ユーヤの言う通りにする」
「【帰還石】って本当に便利だね」
「だから、くそ高いんだ。もっと安かったら、普段から便利に使用できるんだがな……それから、二人ともラルズール王国に来たんだ。セレネではなくルトラと呼ぼう」
「ん。でも、ちょっと違和感」
「だよね。ずっとセレネって呼んでたし」
二人の言い分にルトラが苦笑した。
「私も、最近ではセレネのほうがしっくりくるわね。それに、ユーヤおじ様がくれた名前だから。すごく好きなの」
うれしいことを言ってくれる。
ただ、ここからはルトラの時間だ。
周りの目もある。
「なら、ラルズールにいる間だけルトラだ。外にでればセレネと呼ぼう」
「ええ、そうしてほしいわ」
紅茶をすする。毒がないことは確認済だ。
そういうのを見破るマジックアイテムがある。敵の手が回っていれば、紅茶に毒や睡眠薬を混ぜるぐらいのことはするのでこういうものが必要になる。
紅茶を飲み終えるとノックの音が聞こえ、扉が開く。
護衛の兵士が数人と、白を基調にし豪奢ながらも嫌味なところがない服に身を包んだ精悍な青年が現れる。
よく鍛えられており、体が日に焼けている。
大柄だが無駄な筋肉はない。あれは剣士が必要なところに効率的につけた戦うための筋肉。
顔立ちも整っていて、見るものを引き寄せるカリスマがあった。
彼はルトラを見つめる。
「間違いなく妹だ。ルトラ、よく無事に戻ってきてくれた。おまえが行方不明と聞いたときは血の気が引いた。……捜索隊を編成し、しらみつぶしに探しても何の成果もなく、半ばあきらめていたところだ。生きていてくれてよかった。本当に」
思い出した。彼がルトラの兄、アレクルト王子だ。
子供の頃の面影がわずかにだが残っている。
「兄上がわざわざ来るなんて驚きね」
「妹の無事を真っ先に確認したいと思うのは兄として当然だろう? さあ、王城に戻ろう。父上も心配している」
ルトラに向かって微笑みかける表情に、偽りはないように見えた。心の底から妹を心配している兄の顔だ。
「しらじらしい。今までさんざん嫌がらせや妨害をしてきたくせに。……兄上ほど腹芸が得意なわけじゃないからはっきり言うわ。私の騎士たちを脅して、事故に見せかけて殺そうとしたのは兄上の策略ね。騎士たちまで行方不明になっているのは口封じかしら? 私だけじゃなく、周りの人たちを巻き込むのはやりすぎよ。見損なったし、軽蔑するわ」
ド直球を投げ込む。
この場で糾弾するのはいい手だとは言えないが、どっちみち向こうがその気なら仕掛けてくるのだ。
とくに問題はない。
「なんのことだ? 俺が可愛い妹を殺すわけがない。妨害については認めよう。俺の持つすべての権力を持ってそうしている。ルトラの母が側室にすぎないことを利用してな。だが、怒るのは筋違いだ。そういう手を使うのも王の器量のうちであろう。一発勝負の継承の儀までに有利な状況を作る。それを含めての継承の儀だ」
殺害を否定し、まったく悪びれずに嫌がらせや妨害をしていることは認めた彼に対して、ルトラは怒り、拳を握りしめる。
「そして、ルトラを殺そうなんて考えたこともない。勘違いしないでほしいが……俺がルトラの妨害をしているのは、王になるために必要だからに過ぎない。ルトラのことは今でも好きだ。継承の儀さえ終われば、以前のように仲の良い兄妹に戻りたいと願っているし、妨害したことも償いたい」
「何を今更。そんなこと今まで一度も言わなかったくせに、数年前から、ろくに顔も合わせずに私の邪魔ばかりをして」
ルトラは口では否定しつつも、どこかアレクルト王子の言葉を信じているふしがあった。
「理由は二つ、一つ、おまえが死んだと思ったとき、嫌われたまま終わりになることをひどく後悔し、再会したらすべてを話そうと決めた。二つ、俺の本音を伝えるのも王になるための布石だ。優しいルトラは、俺の本音を知れば剣に迷いがでるだろう?」
そう言い終わってから、ルトラの兄は豪快に笑ってみせる。
ルーナたちは呆気に取られていた。
ルトラから聞いた印象とはあまりに違う、もっとねちっこい策謀タイプだと思っていたのだ。
「今の兄上の言葉は何一つ信じられない。あなただけは王にしない。姉上から、兄上の悪行は聞いているわ」
「悪行、俺が? たしかに王国の利益になるのであれば、汚い手も使ってきたが」
「そういうことじゃないわ。兄上は変わってしまった。私欲に走り、民を苦しめるような人じゃなかったのに」
アレクルト王子が手で目を覆う。
そして、しばらく考え込み、何かしらの結論が出たようだ。
「……なるほど、そういうことか。実にアウレらしい。非情に徹する以上、ルトラに会わないほうがいいと避けたところに付け込まれるとはな。俺もまだまだだ。やってくれる」
ぞくりとするような獰猛な笑みをアレクルト王子が浮かべる。
「これで話は終わりだ。外に馬車を用意してある。簡易的にだがパレードの準備をしてある。国民たちにルトラの顔を見せて安心させてやれ。おまえは兄弟の誰よりも国民たちに愛されている……さっきの暗殺云々だがな、もう一つ、俺がルトラを殺さない理由がある。戦姫ルノアの生まれ変わりであるおまえは、民の求心力を集める道具として、俺の描く新たなラルズール王国に有用だ。もったいなくて殺せるものか」
こんな遅い時間に短時間で、よくパレードの準備なんてできたものだ。
王子という身でありながら、しっかりと権力を掴み、指揮系統を把握し、うまく人を使えないとこんな真似はできない。
間違いなく有能で人望もある。そもそも、ルトラと国民、両方に対する気配りがなければやろうとも思わない。
……これが、私欲に走り、野望に目がくらんだ人間にできることか? 何かがおかしい。
アレクルト王子が俺のところまで来て頭を下げる。
「お久しぶりです。【最弱最強の騎士】ユーヤ・グランヴォード様。あなたには、かつての争乱で国を救ってもらうだけでなく、此度は妹まで救っていただいた。ラルズール王国、第一王子として礼を。本当にありがとう」
洗練された動作でアレクルト王子が頭を下げる。
「……私はルトラを救いたいから救っただけです」
「それでも礼を。あなたがいなければルトラは死んでいました。さすがはルトラの騎士だ。できることなら、これからもルトラの傍にいていただきたい」
「考えておきましょう」
「いい返事を期待しております。名誉だけではなく報酬も用意しましょう」
「アレクルト王子、私に敬語を使う必要などありません。あなたは王子なのですから。あなたに、そうされるとどう反応していいか戸惑う」
「妹の命の恩人なのだから、敬語を使うのは当然でしょう? しかし、堅苦しいのが嫌いならやめましょう。……さあ、馬車がきた。あなたたちも一緒に乗ってくれ。パレードをしながら王城に案内しよう。王城には部屋と食事の用意がある。継承の儀までゆっくり過ごしてくれ」
そして、わけがわからないまま馬車へと連れて行かれ、パレードが始まった。
街道では兵士たちが道を確保して等間隔に並んで松明であたりを照らし、道の両脇には山ほどの人がいた。
そして、ルトラが手を振ると割れんばかりの歓声が響く。
ルノア姫の生まれ変わりである彼女の人気はすさまじい。
隣にいる俺まで熱烈な歓迎をされた。
どうやら、この短時間の間にかつての救国の英雄の一人であり、幼かったルノア姫の騎士になっていた俺が運命的にルノアと再会し、命がけで彼女の窮地を救ったという噂が流れている。
……大筋では間違っていないが、凄まじく脚色されているうえに、中にはすでに恋愛関係にまでなっているパターンまであるようだ。
そして、王城までパレードは続き、小高い丘にある白亜の城、ラルズール城内に入る。
いくつか、悪い予想をしていたが何事もなく城に入り、その後は夕食に呼ばれ、アレクルト王子も参加した。
彼はラルズール王を呼んだらしいが、今日は体調が優れずに食事には参加できないと告げる。
しかし、ルトラの顔を見せてやりたいらしく。
大勢で押し掛けると負担が大きいので俺とルトラ二人だけで会ってくれと頭を下げてきた。
それを了承したあとは、食事をしながらの雑談が始まる。
毒などが盛られることもなく、最高級のもてなしを受けた。ルーナやティルのマナー違反も寛容に許してくれている。
雑談の中で、彼は剣に関する話題を積極的に振り、俺の話に耳を傾け、何度も鋭い質問をした。
そして、継承の儀が終われば結果はどうあれ剣の稽古を付けてほしいと懇願されてしまう。
……彼と話した感触は、ルトラに似ていた。
俺の中にある違和感が膨らんできた。
職業がら、何十人、何百人も見てきた。かつてのパーティでは指名クエストを多く受けていたことから、権力者やら貴族といった連中とも何度も会っている。
だから、人を見る目には自信があるのに、アレクルト王子が悪い人間とはどうしても思えなかった。
ルトラを疑うわけじゃない。
いくつか気になる点がある。アレクルト王子はルトラを避けて会わないようにしていた、そして会っていない間は噂でしか彼のことを聞いていない。
……悪い王子を倒してすべてがハッピーエンド。そうなるとは思えなくなってきた。
何か、とんでもない陰謀が渦巻いているのかもしれない。
~???視点~
深夜、王城内の中でも取り分けて豪華な一室にて、とある人物が大仰に腰掛けていた。
手には書類の山。
その前には、情報部の人間が並んでいた。
その人物はわずか数分で書類の束を読み終えてしまう。
「まさか、ルトラを殺し損ねているとは……星喰蟲に喰わせたという報告はデマで、実際は逃がしていたということか?」
苛立たし気に、その人物は情報部を叱責する。
「いえ、星喰蟲に喰われたのは間違いありません。もともとルトラ姫付きの騎士たちは彼女に心酔しており、母側の実家が派遣していることもあり忠誠心が強い。ゆえに、信用などせず、情報部の人間に監視させ、星喰蟲にルトラ姫を喰わせるところを見届けました」
「だとするなら、ユーヤ・グランヴォードが星喰蟲の腹を裂いて、救出したとでも言うのか?」
「そうなるかと。あの英雄であればやりかねません。調査によると、何かしらの方法で唯一の欠点だった低ステータスを克服し、世界最高の剣技と高ステータスが組み合わさった今では、あの英雄レナードすら超えるかもしれないとの報告が」
ラルズール王国の情報部は優秀だ。
セレネという偽名を使っていたことが分かれば、そこから徹底的にありとあらゆることを調べ上げることができる。
「……ルトラがセレネと名前を変えてからの実績を見たが、にわかには信じられない。行方不明になったときとは比べ物にならない力を身に付けている」
書類の山はギルドから取り寄せた、ユーヤたちのパーティ【夕暮れの家】の達成クエスト一覧。
それだけでなく、ギルド嬢たちの評価や売りに出した素材からの狩りをした魔物の概算数まである。
他にも冒険者からの証言などがまとめられている。
それらを見れば、冒険者の力量など筒抜けだ。
もちろん、本来ならギルドは個人情報を漏らしたりはしない。
だが、それをするだけの力があった。
情報部の男が口を開く。
「驚異的なのは、クエスト達成実績から類推されるレベルだけではありません。数々の証言から、あのユーヤ・グランヴォードに鍛えられております」
「【最弱最強の騎士】にして英雄レナードの師匠……。彼に鍛えられたというのであれば……以前とは別人だと考えるべきか」
その人物は忌々しげに書類をにらみつける。
「ええ、彼は英雄レナードの師匠であることに目が行きがちですが、超一流の冒険者を数人生み出しております。半ば引退し、レックザールの専属冒険者になっていた間も、幾人もの有力冒険者を育て上げました。おそらく、教導という点では当代随一。もとよりルトラ姫は才に溢れるお方。最高の師匠を得て、どれほど成長したのか、想像するだに恐ろしい」
「まったく、王位継承戦の脱落者が一転して優勝候補になるなんてふざけている。天才が最高の師匠を得て、王宮ダンジョンをフル活用をした我々とレベルまで並ぶなんて。正攻法じゃ絶対に勝てない」
とある人物は書類を握りつぶした。
そして、策をめぐらせる。
このままではルトラ姫が王になってしまう。
今まで、水面下で動いていたのが無駄になりかねない。
……なら、やることは簡単だ。
排除する。
今度こそ奇跡が起こる余地がないほど完璧に。
迅速に動き始める。継承の儀まで時間がない。
あのユーヤ・グランヴォードが守っている。通常の方法ではルトラ姫を害することは難しい。
だが、この王城は自分の庭。
そして、自分であればルトラ姫を操れる。
さあ、始めよう。
この国の王になり、その先の目的を果たすために。




