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第九話:おっさんはジャングルに行く

 人形を購入したあと、宿に戻った。

 やはり、ギルドに案内を頼んだ宿はしっかりしている。サービスが行き届いているし、家具も揃っている。布団もお日様の匂いがしてふかふかでうれしくなる。

 ここを拠点にして継承の儀の直前までレベル上げをしていくことになる。ここなら、日々の疲れを癒してくれるだろう。

 

 荷物の整理をしてから、手に入れた人形をじっと眺める。

 ゲーム時代、この人形は不幸を肩代わりしてくれるアイテムとして非常に役に立ってくれた。

 その力が今も有効であることを信じて購入したが、その力が発揮されることはまずないだろう。


 ゲームでの性能は不幸フラグが付けられたイベントを、人形が壊れることで防ぐというもの。

 不幸フラグがつくイベントとして代表的なものとして、古傷が悪化してのステータス低下、ランダムで所持品一つが壊れる、詐欺にあって所持金が半分になるなどがあげられる。

 ゲームでは悲惨な目にあった。ダンジョンの奥深くで、よりによって魔法袋が壊れた。中身をぶちまけて、そのほとんどを持ち帰れずに地上に出るはめになったのはトラウマレベルの損害だった。


 ……ただ、現実となった今、不幸フラグがついたイベントという概念自体が存在しない。

 ゲームであれば、イベントメッセージが流れれば終わりだ。が、現実であれば過程が必要となる。

 今、例に挙げたものだって、古傷の悪化は体調管理をしていれば防げる類のものだし、所持品の破損は道具の手入れしていれば起きない。詐欺に至っては騙されるほうが間抜けだ。


 ただ、ゲームのときはおまけだった能力のほうは期待できるかもしれない。

 それは呪いを受けたときに身代わりになる力。

 一部の希少かつ高位の魔物は、呪いを使用できる。

 そして、魔物だけでなく人間も使える者がいる。スキルとしては存在しないが、一部の血族が使用でき、依頼を受けて要人を呪うことがある。


 なかなか、お目にかかれるものではないが、セレネは呪いを防げるアイテムは持っておいたほうがいい。

 手を汚さず、相手に害をなせる呪いは一部の権力者が使いたがる。政治の世界に生きるなら、呪い対策は必要だ。


「ユーヤ、可愛い。今日はユーヤをぎゅっとして寝る」


 ぎょっとして振り向くと、ルーナがベッドで寝ころびながら、俺の人形を撫でていた。

 どうやら、可愛いのもぎゅっとして眠るのも、俺ではなくあの人形のようだ。

 安心した。

 そんなルーナの横にティルも寝ころぶ。


「ルーナ、その人形すっごく気に入ったんだね。ずっと人形で遊んでるじゃん」

「ん。お気に入り。そういうティルだって、さっき、にやにやしながら撫でてた」

「別ににやにやなんかしてないよ。ユーヤ兄さんの前で変なこと言わないで」

「どうして恥ずかしがるの? 別に変なことは言ってない」


 俺と違い、ルーナとティルの二人は純粋に人形として気に入っているようだ。

 目の前で自分の人形を愛でられると少し照れくさい。


 まあ、二人が人形を気に入る気持ちはわからなくもない。

 俺もルーナやティルの人形は可愛いと思う。

 もっとも、俺が二人のように人形を愛でれば、絵面がまずいことになるので自重するが。


「キュイッ、キュイッ!」


 そんな二人のもとにエルリクが鳴き声をあげながら飛んでいく。

 そして、ルーナが撫でていた人形を蹴り飛ばした。


「エルリク、だめ!」

「キュイ……」


 ルーナが人形を拾い上げて、エルリクを怒ると、エルリクがしゅんとする。

 ルーナがむすっとしている。

 エルリクに甘いルーナがあそこまで怒るのは初めて見た。

 思わず苦笑してしまう。


「あんまり怒ってやるな。エルリクは嫉妬したんだ」

「嫉妬?」

「ルーナとティルが人形に夢中だから、二人を人形に取られたんじゃないかってな」


 少し前のことを想いだす。

 ティルが仲間に加わったばかりの頃、ルーナは俺を取られるんじゃないかと不安になり、必要以上にべったりしていたし、ティルを威嚇していた。

 あのときのルーナと今のエルリクは同じだ。


「……わかった。エルリク、ルーナの宝物を蹴ったのは、やっぱり悪い子で、めっ! だけど、ルーナはエルリクの気持ちがわかるから、これ以上怒らない」

「キュイッ!」


 ルーナがエルリクを抱きしめて頭を撫でると、エルリクが気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 少女と竜が戯れる姿はなかなか絵になる。

 いつまでも見ていたいが、そうも言っていられない。

 明日の準備が必要だ。


「さて、そろそろ明日の探索について話そうか。この街のダンジョンは初めてだ。フレアガルドのダンジョンとは勝手が違う。いくつか注意点を話そう」


 俺がそう言うと、全員集まってくる。

 グランネルにあるのは中級ダンジョン。

【原初の炎を祭る神殿】と比べれば難易度は落ちるが、それでも舐めてかかればあっという間に命を落とす。


 ダンジョンというのはそういうものだ。

 そもそも、俺たちのレベルを考えれば適性レベルのダンジョン、油断していいはずがない。

 俺はルーナたちの対応力を鍛えるために、あえてアドバイス最小限にしている。

 知らなければ取り返しのつかないことやグランネルのダンジョンを、しっかりと伝えておこう。


 ◇


 翌日、朝からダンジョンにやってきた。

 再配置の直後だけあって、訪れる冒険者の数も多い。

 みんな、目の色を変えてダンジョンの奥へと進んでいく。

 出遅れないようにしないと。


「ユーヤ、緑がいっぱい!」

「想像してたのと違う。なんか風がぬめってしてる。それにちょっと蒸し暑い、あんまり好きじゃないかも」

「ここは森っていうよりジャングルですね」

「どんな、魔物が現れるのか楽しみね」


 それぞれに感想をつぶやく。

 フィルの言う通り、グランネルのダンジョンは森ではなくジャングルだ。

 緑に溢れているのはグリーンウッドと同じだが、熱帯雨林で下草やつる植物が多く繁茂している。

 高温多湿であり、ティルが不快だというのもうなづける。


「全員、ちゃんと雨具は持っているな」

「ばっちり!」

「ちゃんといいのを市場で見つけてきたよ」


 ルーナとティルが道具袋からレインコートを出す。


「このダンジョンの最大の特徴は天候の変化だ。スコールが頻繁に起こる。雨具がないと辛い。雨を舐めたらダメだ。雨でぬかるんだ足場は体力を奪うし踏ん張りが効かない。冷たい雨は体温と体力を容赦なく奪う、遠距離攻撃は威力も精度も落ちる。いつも通りにできない焦燥で精神も消耗する。いつもなら、これぐらいは大丈夫なんて考えず、ちゃんと体の声を聞くように心がけ、辛ければすぐに口に出すこと」


 通常、ダンジョン内の天候は変わらない。

 だが、ここを初めとしたいくつかのダンジョンは天候が変化する。そういうダンジョンの多くは天候の変化を利用したギミックが仕掛けられている。

 ここも、天候の変化を理解しないと入れない隠しフロアがあり、そこには確定で宝箱が配置される。

 俺以外に知っている冒険者がいるかもしれないが、しっかりと見てくる予定だ。


「ユーヤ、わかった。でも、エルリクにはレインコートがない。……エルリク、雨が降ったらルーナのコートの中に入って」

「キュイッ!」


 出発前の確認はこれぐらいでいいだろう。

 先に進むとしよう。


「ユーヤおじさま。ギルドで受けたクエストは極楽鳥の肉の収集だったわね」

「ああ、このダンジョンには極楽鳥が出る。……魔物のドロップする肉の大半は、牛肉やら豚肉やら、おおざっぱにくくられるが、稀に固有名がつく肉がある。そういう肉はうまい。極楽鳥はその代表格だ。グランネルの超高級店に街の看板メニューとして並ぶ。俺は食ったことがないが、その名の通り、極楽に行ける味だと聞いたことがある」


 わざわざ、極楽鳥を食べるためだけにグランネルを訪れるものも多い。

 例によって、手に入れても全部売っていたため、食べたことがない。どんな味かは気になる。


「ルーナは極楽に行きたい!」

「うんうん。私も食べたい。絶対狩らないとね。今日の晩御飯だよ!」

「二人とも、クエストの収集対象と言っただろう? クエスト優先だ。だが、クエストで求められる以上に手に入れば、俺たちも楽しめる」

「がんばる!」


 ルーナがキツネ耳をピンと伸ばして、周囲を探し始めた。

 食べ物が絡むと、やる気が五割増しぐらいになる。


「さあ、先に進むぞ。極楽鳥の肉を狙っているのは俺たちだけじゃない。なにせ、高額で売れるんだ。冒険者たちがこぞって狙っている。争奪戦だ」


 冒険者たちが、さっきから血相を変えてジャングルの奥へ向かっているのは極楽鳥を手に入れて金にするためだ。

 ここにいる全員が競争相手と言える。


 俺たちの武器はルーナの【気配感知】と、機動力。

 それと効率的にドロップアイテムを手に入れられる【ドロップ率上昇】だ。

 探索スキルを多く取得している盗賊というのは何者にも代えがたい。今日も、たくさん稼ぐとしよう。


 ◇


 ジャングルの中を歩いている。

 雨が多いせいで、地面がどろどろで足首まで沈んでしまう。


「動きにくい」


 ルーナが嫌そうな顔をしていた。

 素早さが武器である彼女にとっては辛いだろう。

 ルーナのキツネ耳がぴくぴくと動く。


「いたっ、鳥型の魔物! でも、おかしい。【気配感知】を信じるなら向こうの木にいるはずなのに。見えない」

「いや、ちゃんといる。よく見てみろ。あそこの木の枝だ」

「あっ、わかった。木の枝に鳥がぶらさがってる。葉っぱと同じ色と形」


 極楽鳥という魔物は、雄は派手な色合いをしているのだが、雌はこうして葉っぱに擬態する。

 そのせいで、雄は肉を目当てにやってきた冒険者に簡単に見つかりほとんど狩りつくされ、雌だけが多く生き残るというわけのわからないことになっている。


「ティル、ここから狙えるか? これ以上近づいたら気付かれる」


 距離はさほど遠くないが、泥で不安定な足場、しかも木々が密集しており、射線を通すには針に糸を通すように精密な弾道で矢を放たないといけない。


「ふふん、誰に言ってるの? この程度の距離、目をつむっていても当てられるよ。見ててね」


 自信満々なティルだが、後ろでフィルが心配そうにしていた。……いや心配そうにしているだけじゃない。矢に手を伸ばしている。


 ティルはいつも通り流麗な動作で矢を番えて放った。

 木々の間を綺麗に抜けて、極楽鳥めがけて飛んでいく。

 その矢はわずかに獲物からそれて枝に突き刺さり、枝が揺れた。


「ヂュンヂュン」


 極楽鳥が驚いて羽ばたき、空に逃げようとするが、即座にフィルが放った矢に貫かれ、地面に落ちるまでに、さらに二度フィルの矢に貫かれて絶命する。


「逃がしません」


 ティルが外すと確信していなければ、ここまで速く矢は放たれていない。フィルは妹が矢を外すことを予想していたのだ。

 ティルが悔しそうに弓を持つ手に力を込めて口を開く。


「なんでっ!? 私はいつも通り。風だって、ちゃんと読んで」

「いつも通りだから外したんです。たしかに風の強さは計算していました。ですが、風の重さを計算していません。ここは湿気がすごくて、風が重いんです。ティルは、こういう気候で矢を放ったことがないですよね」


 ティルが言葉に詰まる。

 そして、目を閉じて風を全身で感じた。


「……そういうことなんだね。私もまだまだ未熟だな。でも、次は外さない」

「ティルなら何度か打てば感覚をつかめます。大事なのは、いつも通りでいいかを毎回しっかり確認する習慣をつけることです」


 ティルが頷く。

 やっぱり、フィルは姉としても師匠としてもしっかりしている。安心してティルを任せられる。


「お肉……ない。残念」


 そんな姉妹のやり取りを後目に極楽鳥が墜落した場所にルーナが行き、しょんぼりしていた。

 ルーナはわりとマイペースなところがある。


 ドロップがないのは仕方ない。

 いくら、【ドロップ率上昇】があってもドロップする確率のほうが低いのだ。


「しょげている時間はないぞ。時間が経つほど、他の冒険者に獲物を取られるからな」

「ん。先を急ぐ」


 おそらく、雄はもう全滅している。

 雌の見落としがどれだけあるかだ。

 なんとか、俺たちで食べる肉も手に入れたいが、それは運しだいだろう。


 先を進んでいると、スコールが始まった。

 バケツをひっくり返したような雨に打たれる。

 ……ちょうどいい。たしかこのあたりに雨を利用しないと足を踏み入れられない場所がある。

 さっそく、そちらに行くとしよう。

 もし、そのギミックを知っているものがいなければ、その先にいる極楽鳥は手付かずなはずだ。

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