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第七話:おっさんはグランネルを目指す

 フレアガルドを出た。

 二頭立てのラプトル馬車が軽快に街道を走る。

 とんでもないスピードだ。


 次々に商人たちの馬車を抜いていく。

 ラプトルは気性が荒く扱い辛いが、馬の数倍の速さと体力を持っているため、一日の移動距離は馬車とは比べ物にならない。

 しかもエネルギーの変換効率が良く小食なのも素晴らしい。


 商人たちはラプトルの使用を避けているが、冒険者たちはよく愛用している。

 自分より強いものには敬意を払うという性質を持つし、一度懐いてくれれば尽くしてくれるから、上級冒険者であれば馬より扱いやすく感じる。


 馬車に取り付けた鈴の音があたりに響く。

 ダンジョンで得たアイテム【魔除けの鈴】の音色だ。

 この音を魔物は嫌がるため、道中で襲われることが少なくなる。

 ルーナが御者席にやってきて、俺の足の間にちょこんと座り体重を預けてきた。

 甘えているのだろう。


「ユーヤ、風が気持ちいい」

「そうだな。ラプトルじゃないとこの爽快感はない」

「ねえ、ユーヤ、この鈴をどうして【原初の炎を祭る神殿】では使わなかったの?」

「この鈴の音を嫌がるのはレベル30までなんだ。あそこに出る魔物には効果がない。だけど、こういう旅では役に立つな」


 ダンジョンの外に出てくる魔物のほとんどは低レベルなので、【魔除けの鈴】の効果は絶大だ。

 低レベルの魔物が出ても、俺たちは無事だろうが馬車やラプトルが襲われると悲惨だ。


「でも、ラプトルも魔物。嫌がらない?」

「調教師は幼いうちからこの音に慣れさせているんだ。野性のラプトルじゃない限り、苦痛にはならない」

「ん。良かった」


 ルーナは優しい子だ。

 きっと、ここに来たのは俺に甘えたかっただけじゃなく、ラプトルが心配だったからだろう。


 街道を走っていると、ルーナが周囲の景色に目を輝かせて、尻尾を振る。

 もふもふの尻尾がくすぐったい。


「ねえ、ユーヤ。次の街はどんな街?」

「あっ、それ、私も気になるよ。ユーヤ兄さん!」


 ルーナの質問に反応して、ティルも荷台からこちらにやってきた。

 ルーナに対抗意識を持ってか、後ろから抱き着いてくる。

 ティルは身長のわりにいろいろと発育がいいから、どうしても気になってしまう。


「そうされると重い。となりに座れ」

「うん、わかったよ。それで、どんな街?」


 今回は素直に俺の言うことを聞いてくれたようだ。


「そうだな。グランネルは王都が近いだけあってなかなか栄えている街だ。街の特徴としては、フレアガルドに来る前にいたグリーンウッドに近い。自然が豊かで農業が盛んだ。ダンジョンは森やジャングルがメイン、難易度はフレアガルドと同じぐらいだ」

「良かった。ルーナは暑いのが苦手。暑いのはもうやだ」

「うんうん、森がいいよ。森のエルフは無敵だよ」


 暑さが苦手な二人は嬉しそうにしている。

 気持ちはわかる。キツネ耳美少女のルーナはそのもふもふ尻尾では辛いだろうし、ティルの故郷は涼しい。あそこで育てば暑さは苦手になるだろう。


「ユーヤ、グランネルには温泉みたいな素敵なのはない?」

「あるぞ。グランネルは別名人形の街と言われるぐらいに人形作りが盛んでな。可愛いい人形やかっこいい人形がたくさん売っているし、オーダーメイドで自分に似た人形を作ってもらえる店もある。ルーナやティルの人形ならきっと可愛くできるさ」

「お人形!」

「あっ、それいいかも。でも、自分の人形って照れくさいね」


 熟練の職人が三十分ほどで、依頼主をデフォルメした人形を作ってくれる。

 それなりにいい値段はするが、一生の思い出になる。

 ……そして、ゲーム時代には所持品にするだけで隠し効果があった。

 この世界でも発動するかは謎だが試すべきだ。

 持っているだけでメリットがあるものを買わない理由がない。


「それにな、あそこの人形は持っていると災厄から守ってくれるという言い伝えもあり、恋人たちは自分に模した人形を作ってもらい、交換してお守りにするというのが流行っているんだ」


 ロマンチックな風習だが悪くはないと思う。


「ルーナはユーヤのお人形がほしい!」

「私も私も! 自分のより、ユーヤ兄さんのお人形がほしいよ」

「二人は俺の恋人じゃないだろ」


 俺は苦笑する。

 しかし、二人は納得がいかないようだ。


「ルーナを守ってくれるのはユーヤ」

「ルーナの言う通りだね。ユーヤ兄さんほど頼れる人なんていないもん。お守りにするなら、なおさらユーヤ兄さんだね」

「そこまで言うなら構わないが」


 まあ、本人たちが欲しがっているのならいいだろう。


「ん。お小遣い残しておいて良かった。高くても大丈夫」

「お金って使い道に迷うよね。無駄遣いしたらもったいないけど、使わずに溜めるだけっていうのももったいない気がしちゃう」


 ちなみにうちのパーティはお小遣い制だ。

 報酬で得た金額のうち八割はパーティの運用資金にして俺が管理している。

 運用資金というのは、宿代、食料、消耗品、装備品を初めとした旅に必要な資金、そして祝勝会などパーティ全員での娯楽費に当てられる。


 残り二割は全員に公平分配し自由に使っていい。

 二割でも、稼ぎが大きいので二人ともそれなりに金を持っている。

 ルーナはよく美味しそうなものを見つけたら買っているし、ティルは小物類を買っている。それでも、到底使い切れる金額ではない。

 今回の人形はいい金の使い方だと思う。


 お人形、お人形、と言いながらルーナとティルが立ち上がり、不安定でせまい足場で謎ダンスを始める。

 この謎ダンス、バリエーションが日々増えている。もはや曲芸だ。この二人じゃないと不可能な領域に差し掛かっている。

 その騒ぎを聞いてか、セレネとフィルも顔を出した。


「三人ともずるいわ。私もユーヤおじさまの人形がほしいわね」

「恋人として、私も要求します」


 大人な二人が、便乗してくるとは思わなかった。


「……待ってくれ。全員俺の人形を作ってもらったら変に思われないか? 俺の人形を四つ作ってもらうことになるぞ」

「それだけじゃないですよ。流行っているのは人形の交換ですよね。ちゃんと私たちの人形を受け取ってもらいます」

「ん。とうぜん。お人形のルーナもユーヤを守る」

「大事にしてね、ユーヤ兄さん」

「少しだけ恥ずかしいわね」


 フィルの提案に全員乗り気だ。

 四人は全員美少女だ。……いったい、周りからどんな目で見られるか。


「……わかった。やろう。みんなの人形は可愛いだろうしな。それにご利益がありそうだ」


 みんなが喜んでくれるのなら、多少の白い眼は耐えて見せよう。

 幸せすぎるというのも考え物だ。


 ◇


 ラプトル馬車のおかげでキャラバンでは一週間以上かかった旅も三日でたどり着けそうだ。

 三日目、朝食を食べたあと、ラプトルを走らせていた。

 そして、魔法袋から【世界樹の雫】を取り出す。


 ティルをパーティに加入させるときに報酬として本人からもらったものだ。

 瓶に透明な液体が入っており、それを毎日一滴口にする。


 口にした瞬間、ほのかな甘みがして力が湧いてくる。

 全身の細胞が喜んでいるがわかる。


 これは別名で、不老長寿の薬と言われていた。男性にしか効果がないが、一日一滴飲むだけで細胞が若返る。

 一滴飲めば、一日老化が止まり、さらに一日分若返る。


 三十の半ばを超えて、体が衰えつつあったが、これのおかげで力を維持できている。


 すでに約三か月飲み続けているから、この三か月間一切衰えず、さらには三か月若返っていることになる。


 残量を確認し、一瓶でどれぐらい持つかを計算すると二年だ。

 二年後には三十八歳になっているが、そのときの肉体が三十四歳になっていると考えるとすさまじい。

 不老長寿の薬と言われ、エルフたちが権力者に狙われるのも納得だ。


「あっ、ユーヤ兄さん。私のを飲んでるんだね」


 御者席にティルがやってきた。朝早いせいか寝癖がついている。


「……変な意味に聞こえるから、その言い方は止めろ。前から気になっていたんだが、原料はなんなんだ」

「エルフ汁?」


 あんまり細かいことを聞くのは止めよう。


「ユーヤ兄さんはラッキーだね。一瓶五年かかるけど、私とお姉ちゃんのを交互に飲めば、一生老いることはないよ」


 確かにそうか。一瓶で二年老化が止まり、二年若返るため、四年分の時間を稼げる。

 五年に一瓶なので、その五年間で一年しか老化しないし、二瓶あれば永久に年を取ることはないどころかどんどん若返っていく。


「今飲んでいるのはティルを育てる報酬だ。二本目を受け取る理由がない。それに、エルフの乙女にしか作れない薬なんだろう? その、フィルとは、あれだ」


 フィルと結ばれたので、フィルはもう乙女ではない。


「あれ、お姉ちゃん言ってないの? エルフの乙女っていうのは処女か愛する人が一人だけって意味があるんだ。この力って長寿のエルフが他の種族と恋をして寿命の違いで悲しまないように、昔々のすっごく偉いエルフが施した祝福。だからね、短命の種族にしか効果がないし、二人以上の人と愛しあった、汚れた恋をしたエルフには二度と作れなくなる」


 そういう力なのか。

 長いときを愛する人と末永く暮らすために祖先が与えた祝福、それであれば愛し合えば作れなくなるのは矛盾する。

 そして、祝福であるがゆえに純粋な恋でなくなれば力を失うのか。


「ティル、その話はエルフだけの秘密と教わっているでしょう。他の種族に聞かれたら利用されるから」


 フィルも御者席にやってきて、ティルを注意した。


「あっ、お姉ちゃん。ごめん、でも、説明しておいたほうがいいかなって思って」

「ふう、仕方ない子ですね。ユーヤ、そういうわけです。実は今でも【世界樹の雫】は作っています。使う相手がいなかったので、三つほどすでに作り置きがありますし、四本目もいつかできます。全部ユーヤに使ってもらいますよ」

「エルフが体を許すとはそこまで深い意味があったのか。……俺以外の男を好きになっても、もうそいつの老化を止めるすべはない」


 今更ながら、フィルがどれだけの覚悟で俺に体を許したのかを知った。


「私はユーヤ以外の人を好きになることはないですから気にしないでください。それから、ティル。今の【世界樹の雫】がなくなれば私のを使ってもらいます。三つもストックがありますし、ユーヤは大丈夫です。ティルはいつか好きになった人のためにとっておきなさい」


 ティルが言ったように、ティルとフィル、二人に【世界樹の雫】をもらうのは魅力的だが、それはティルには悪い。

 ティルだって、いつか誰かに恋をするだろう。


「……あはは、それはわかっているんだけどね。うん、ユーヤ兄さん以上にかっこいい人と会ったら考えるよ。じゃ、私は荷台に戻ってルーナと遊んでくるね」


 ティルが荷台に戻っていった。

 フィルが難しい顔をしている。


「……ユーヤ気付いていますよね」

「あの年頃の子は、大人に憧れるものだ。ちゃんと弁えている」


 俺は鈍いほうだが、ティルの態度を見ていればさすがにわかる。それに、こういうのには慣れている。初心者を育てることが多い俺は少女冒険者に憧れを向けられることも何度かあった。

 憧れを向けられること自体に悪い気はしないが、その危うさを知っている。少女たちはただ広い世界を知らないだけなのだ。

 そして、少女の無知と純朴さに付け込むのは非道だ。


「安心しました。ここから先は独り言です。実はエルフって、一夫多妻制です。男の人が生まれにくくて、エルフ同士で結婚するには男の人が足りないので男の人がたくさんお嫁さんをもらいますし、それが嫌な女性は別の種族の人と結婚します。実際、私とティルもお父さんは一緒ですが、お母さんは違いますし」

「何が言いたいんだ?」

「そこまでは言いたくありません」


 俺は苦笑する。


「少なくとも、俺は心が子供な相手に手を出すほど鬼畜じゃないし、フィルのことを愛したいと思っている」

「恋人としては嬉しいです」


 フィルが隣に座って体を預けてくる。

 俺はその体重を感じながら馬車を走らせた。


 ◇


 グランネルの街が見えてきた。

 俺は銀級冒険者の証を取り出して首に吊るす。

 こういうものを見せびらかすのはあまり好きじゃないが、これがないと入場許可を求める行列に並ばされたあげく金をとられる。

【原初の炎を祭る神殿】では苦労させられたが、おかげで銀級冒険者に届き楽ができた。


「みんな、グランネルに着いた。さっそく宿を取り、ギルドに登録して、それから人形を買いに行こう」


 もうすぐ夕方だ。ダンジョンに潜るのは明日からにして、精一杯、今日は楽しむ。

 楽しそうな声が後ろから聞こえてきた。

 新しい街でも、存分に楽しみ、冒険者として成長しよう。

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