第五話:おっさんは最強装備の素材を手に入れる
地下七階にある真の【原初の炎を祭る神殿】の扉を開く。
入口と違って、魔物がいきなり襲撃してくるなんてことはない。
神秘的なオルガンの音色が鳴り響く。
神殿の中央には燭台があり、紅い光を放つ宝石が飾られていた。
「きれい」
セレネが感嘆の声をあげる。
あれこそが、【聖火の灯】。あれをフレアガルドの聖火に投げ入れることで、街の炎を維持できる。
早いところ、燭台から取り外してしまいたいが、それをできない理由がある。
最後の試練に挑まないといけない。
「みんな、わかっているな。最後の試練だ。この試練では手助けをしてやれない」
「ん。わかってる。ユーヤにたくさん鍛えてもらった。ルーナは一人でも大丈夫」
「うんうん、ユーヤ兄さんから聞いていたとおりの試験なら余裕だよ」
「そうね。ユーヤおじさまに教えを受けている私たちがクリアできないはずはないわ」
「ユーヤ、ルーナちゃんたちがクリアできて、私たちが失敗したら恥ですよ」
俺は苦笑する。
心配し過ぎた。今やれることは、この子たちを信じてやることだけ。
試練をクリアできるだけの鍛錬はしてきた。
「……頼もしいな。なら、行こう!」
さらに前に進むと、オルガンの音が激しくなる。そして、【聖火の灯】が激しく炎を放った。
その炎が女神を形どる。
炎の女神が微笑んだ。
『六つの試練を乗り越えた冒険者たちよ。これより、最後の試練となる第七の試練を行い、神の炎を授けるに値するかを試します』
この地下七階までの各階層が、試練であり、俺たちを試していた。
そして、第七の試練はパーティによっては今までの試練よりも数段難易度が高くなる。
『第七の試練が試すのは本当の強さ。あなたがたの力を示してください』
言葉が途切れ、地響きがする。
そして、奇妙な浮遊感。転移のときにいつも感じるものだ。
神殿の中ではなく、真っ黒な部屋だ。
ルーナたちが消えて、一人きり。
この試練は一人ひとりが個別に受ける。誰かひとりでもクリアできれば、【聖火の灯】を持ち帰ることができる。
だが、失敗したものは命を落とす。
「俺がビリだと格好がつかないな。さっさと片づけるとするか」
集中力を研ぎすまし、剣を構える。
目の前に俺がいた。
姿かたちは同じ、装備までもまったく一緒だ。
目の前の俺も剣を構える。そこで初めて違いがでた。俺と構えが違う。
炎の女神が試すといったのは、レベルやステータスの強さじゃない。
試すのは冒険者たちが積み重ねてきた経験と技術、精神力だ。
まったく同じ性能とスキルに加え、”一流”の技量を持つ存在と戦う。
ゲーム風に言えば、自分のコピーでCPUが強いに設定されているキャラとタイマンだ。
ここまで、レベルやステータス、あるいは装備の優秀さに依存して、余裕をもった冒険ばかりしてきて実力を磨かなかった冒険者たちは、一流の技量をもった自分に殺されてしまうだろう。
ゆえに、俺はルーナたちならクリアできると信じている。俺が鍛え上げ、幾度となく修羅場をくぐってきた。
同じ性能の一流程度に負けはしない。
合図もなく戦いが始まる。
俺と鏡写しの俺は走る。
お互いに手札は知り尽くしている。小細工など通じない。
剣の間合いに入った。次の瞬間、鏡写しの俺が【バッシュ】を繰り出してくる。
上段からの隙が少なく、威力が高い一撃。俺がもっとも多用する剣技スキル。
だが、この技は知り尽くしている。
いかに発生が早いとはいえ、技を放つまえの前動作によって、攻撃が来るタイミングと剣の軌道を先読みできる。
所詮は一流程度の甘い攻めだ。
超一流同士では、確実に当てられる状況以外で攻撃スキルなんて使わない。読まれてカウンターを喰らうのがおちだ。
至近距離で、さらに高速の踏み込みを斜め前にすることで【バッシュ】を躱しつつ、すれ違いざまに首筋を剣で撫でると、噴水のように鏡写しの俺から血が噴き出る。
鏡写しの俺は止血もせずに、横薙ぎに振るってきたが、失血で鈍った一撃。それを受け流し、その流れのまま脇腹に剣を突き刺す。それと同時に俺の詠唱が完成する。中級火炎魔法【炎嵐】カスタム、【爆熱神掌】。
燃える掌が鏡移しの俺の下半身を吹き飛ばした。
「俺がステータスに頼らない強さで負けるわけがないだろう」
同じステータスを持つとはいえ、たかが一流ごときに殺されるぐらいなら、百回は死んでいた。
劣悪なステータスで上級ダンジョンに潜り続けるには超一流の技量が必要だった。
鏡写しの俺の姿が歪み、紫の粘土の塊のような魔物が苦悶の表情を浮かべて、青い粒子に変わり消えた。
……こいつこそが、この【原初の炎を祭る神殿】にしか存在しない魔物だ。
名前を、ミラー・クレイマンという。相手とまったく同じステータスになり、装備まで再現する能力を持つ。
もっとも、一部の神によって作られた装備はできないが。
こいつのドロップ品をどうしても手に入れたい。
残念ながら、俺が倒したミラー・クレイマンからはドロップしなかった。五人のうち、誰かがドロップしてくれるといい。
そんなことを考えていると転移が始まり、体が奇妙な浮遊感に包まれた。
さあ、一番乗りはできるか。
◇
神殿の中に戻ってくる。
どうやら、俺が一番乗りだったみたいだ。師匠の威厳を保てたようでほっとする。
しばらくすると、フィルが戻ってきた。
帰ってくるのは早かったが、満身創痍と言えるほどにボロボロだった。
「その傷はなんだ? フィルなら余裕だと思っていたが」
「半歩間違えれば死んでいましたね……というか、びっくりしました。まさか、あの技を開幕でやってくるとは」
「俺にも秘密にしている切り札か」
「ええ、ドルイドのスキルは三属性の付与と軽減魔術、回復だけじゃないですからね。禁じ手があります。それを使われて殺されかけました。でも、どういうスキルか実物を見られて良かったです。自分じゃ実験すらできないですから」
ドルイドについては、俺も知らない。
レベルリセット前の冒険でも、ゲーム時代でもドルイドなんてクラスを見たことがなかった。
「実験すらできないってことは代償系のスキルか。そんな物騒なものを取らなくてもいいのに」
「そんなところです。使うつもりはないですが、もしものときの保険ですね。中身は秘密です」
フィルが一流程度の相手に殺されるということは規格外の性能なのだろう。
いつか、フィルから聞き出そう。
次に戻ってきたのはセレネだ。
「さすが、ユーヤおじさまとフィルさん。戻ってくるのが早いわ」
「セレネも無事でよかった」
「たぶん、私が一番楽だったはずね。なにせ、ルノアの盾は再現できなかったみたい」
「ミラー・クレイマンがコピーできないのは、神か精霊かに作られた装備だ。ルノアの盾はそういう類のものらしい」
うすうすそうだろうと思っていたが、確信できたのはなかなかの収穫だ。
「さすがは戦姫ルノアの盾ね。この盾に相応しい騎士にならないと」
セレネがルノアの盾を撫でて、小さく微笑む。
「そう言えば、二人ともミラー・クレイマンはアイテムをドロップしたか?」
「私は駄目でした」
「こちらも駄目よ」
「やっぱり、ドロップ率がしぶいな」
確率的には、しょうがないがだんだん手に入るか不安になってきた。あとはお子様二人組に期待だ。
最後に現れたのはルーナとティルがほぼ同時。若干ルーナが早い。
ティルがびりだ。
「ユーヤ、お土産があるの! 見て」
ルーナが駆け寄ってくる。
その手には、光沢を放つ粘土の塊があった。
アイテム名を【無幻の粘土】といって、なんにでも変化できるミラー・クライマンの性質を残したものだ。
これの面白いところは、どんな性質にでも変化できる。
その性質を利用し、とある裏技を使えば最高峰の短剣、それこそ短剣の最終装備と呼べる代物を、作ることができる。
望む変化を持たすためには、特別な場所で加工する必要がある。いつか、その街にたどり着けば、俺が自ら作り上げよう。
「ルーナ、よくやったぞ。やっぱり【ドロップ率上昇】は強いな。これでルーナに最強の短剣を作ってやれる」
「楽しみ! ……でも、ユーヤにもらったバゼラートをずっと使いたい。ユーヤ、二刀流にしたらダメ?」
俺は苦笑する。
大事にしてくれるのは嬉しいが、あまりにも執着しすぎだ。
「二刀流は、メリットはあるが、デメリットが多い。とくに全身の力を集約して放つクリティカル狙いとは相性が悪い。そうだな、バゼラートを新しい短剣の材料にするっていうのはどうだ? ルーナの新しい短剣には一級の性能を持つ短剣が材料にいる。バゼラートを材料にするってことは、バゼラートが生まれ変わったのと同じだ」
「それがいい! バゼラートはユーヤからもらった宝物、ルーナはずっとずっと振るいたい」
ルーナが抱き着いてきて、キツネ尻尾をぶんぶん振る。
相変わらず、ルーナは可愛らしい。
後ろでティルがぶすっとしている。
「ううう、私がビリなんて」
「勝てただけでも十分だ。一流を超えた証だ」
「でも、悔しいよぅ。ユーヤ兄さん、もう一回やろ! 次は一番になるから。神殿から出て、入り直したらもう一回やれたりしない?」
「残念ながら、一生に一度だけだな」
……だからこそ、ミラー・クレイマンのドロップアイテムは貴重なのだ。
こんな、普通に入れないダンジョンで一生に一度しか戦えないうえに、ドロップ率は20%。
全員ドロップしない可能性すらあった。
「それから、私もドロップしたよ」
「それはいい。短剣以外の素材にもなるし、何か使い道を考えよう。ドロップを手に入れたのはティルだし、ティルの装備に使うか」
「やった! それじゃ、攻撃力あがるのがいい!」
「考えておく」
ルーナとティルが、新装備をゲットする期待からか、いつもの謎ダンスを始める。相変わらず変な踊りだが可愛らしい。
さて、全員が戻ってきたし、そろそろイベントが進むころだ。
炎の女神が再び出現する。
『見事、すべての試練に打ち勝ったあなたがたに聖火の祝福を。聖なる炎はあなたたちの未来を照らすことを祈っています』
女神が消えて、燭台の宝石がきらりと輝く。
それを手に取ると燭台が消えて、帰還するための青い渦が出現した。
「さあ、帰ろう。報酬を受け取ったら、また温泉でも行くか。明日には出発だ。やっぱり、最後に温泉に入っておきたいだろ」
「いくっ! 温泉で疲れとる」
「いいね。温泉に浸かって、冷たいジュースぐいってやりたいよ!」
「私は防具のメンテを依頼したいわ。今回、盾以外にもだいぶ攻撃をもらって、鎧がダメになりかけているの」
「いっそ新しいのを買うのもいいかもしれませんね。報酬はかなりありますし、フレアガルドなら一級品の防具もありますよ」
辛い戦いだったが、全員無事に乗り越えられて良かった。
ギルドの連中は、二日で俺たちがクリアして驚くだろう。
もしかしたら、俺たちが【帰還石】で戻ってくることを見越して来た、次の冒険者たちと鉢合わせをするかもしれない。




