第二十一話:おっさんは新たな魔法を放つ
一部のボスは追い込まれることで行動パターンがより攻撃的なものに変わる。
そして、中にはステータスまで向上するものがいる。
目の前にいる炎帝竜コロナドラゴンもその一体。
赤い巨体に炎のオーラを纏い、鱗に覆われた筋肉が膨れ上がり、牙をむき出しにする。
逆鱗状態だ。
熱気がこちらまで届く。
「ユーヤ、熱い」
「ルーナ、暑さで集中力を切らすなよ。フィル、【アイスベール】を頼む」
「ええ、任せてください。ここからはケチらず常にかけ続けます」
パーティ全員を冷気の守りが覆う。
あいつが炎を纏ったのはただの演出じゃない。
物理攻撃すべてに炎の追加ダメージがあるほか、近づくだけでダメージを受け続ける。
【アイスベール】がなければ通常攻撃ですら一撃必殺の威力になる。
奴が俺たちのほうを見た。
青い炎が口から洩れていた。
逆鱗モードに入るまえから使用していた爆発型のブレス。攻撃自体は前と変わらない。
問題は……数だ。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
一呼吸で七発もの青い火炎弾を同時に吐く。
あの数はさすがのフィルでも一人では打ち落としきれない。
「ティル、片っ端から撃ち落としなさい。私が合わせます」
「わかったよ!」
今まではティルがダメージディーラー。フィルが防御役だったが、ここからは二人とも防御役に回ってもらう。
コロナドラゴンの周囲でいくつもの爆発が巻き起こるが、奴はいっさい怯まない。逆鱗状態では生半可な衝撃では怯まないのだ。
爆風で巻き上げられた土埃で奴の姿が見えない。
見つけた。前じゃない、上にいた。滑空し、俺たちの頭上を越えて後衛のフィルとティルに一直線。
「【ウォークライ】!」
セレネが意識を自分に集めようとするが、効果がなくコロナドラゴンは相変わらず、二人を狙う。
逆鱗状態ではヘイト操作が難しくなる。
「UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
フィルがティルを突き飛ばしつつ、矢を連打してさらにヘイトを稼ぎ、コロナドラゴンに自分を狙わせる。
ぎりぎりまで引き付けてから横っ飛び、フィルをかみ砕こうとした奴の頭が石壁に突き刺さり、そこめがけてさらに矢で追撃。
「ふう、こういう戦い方は久しぶりですね」
フィルは後ろに跳びながら矢を放ち続けるが、壁から顔を引き抜き、突進してくるコロナドラゴンは異常なまでに早く、一瞬で距離を詰められる。
しかし、フィルは鮮やかに、コロナドラゴンの腕や足、かみつき攻撃を躱し、合間、合間で矢を放ち反撃する。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
奴は【咆哮】でフィルを硬直させ、尻尾で横殴りにする、フィルはぎりぎりで動けるようになり、上に跳んで躱すと、空中で身動きが取れないフィルに向かってコロナドラゴンは拳を突き上げる。
フィルはその拳を両足の裏で受け、膝を曲げて衝撃を吸収し、そのまま高く跳びあがり、助けに向かっていた俺たちの後ろに着地する。
これで、俺とセレネが前衛、ルーナが中衛、フィルとティルが後衛といういつものフォーメーションに戻る。
フィルの表情はいつも通りだが、俺には激痛を堪えていることがわかる。
フィルは膝だけでなく全身の筋肉を使っても衝撃を吸収しきれず足を傷め、【アイスベール】で冷気を纏っているにもかかわらず、逆鱗状態で奴が纏っている炎のオーラによる追加ダメージも受けていた。
「抜かれてすまない」
「いえ、これぐらいは慣れていますから」
フィルは俺が鍛えた。近接戦の戦い方も心得ている。
その気になれば、剣士相手に至近距離でも戦える。
「お姉ちゃん、こんな戦いもできるんだ。こんなふうになりたい」
「なれますよ。ちゃんと毎日訓練すれば。ティルは私以上に才能がありますから」
ティルはまだ護身術を覚えているところ、こんな鮮やかな近距離戦闘は驚きだったのだろう。
コロナドラゴンが再度放った青い爆発ブレスを、エルフの姉妹が叩き落とす。
今度はこちらが攻める番だ。俺は全力で走りつつ詠唱を始める。
距離を詰め、剣を振るうが弾かれた。やはり固くなっている。その上、【魔力付与:水】と奴が纏う炎のオーラが相殺されるせいで、弱点属性の攻撃にならない。
奴が腕を振り下ろしてくる。
それを剣技で流し、さらに懐に入り、手を押し当てる。
詠唱が完成した。
「【永久凍土】!」
吹雪が吹き荒れる。
威力を犠牲にしているためダメージはろくにないが、【永久凍土】の範囲・効果時間はオリジナルを超える。
氷雪に包まれたコロナドラゴンを包む炎のオーラが消えていく。
初めからダメージなんて期待していない。
氷結魔法の範囲内であれば、炎のオーラは消滅する。それこそが狙いだ。
「チャンスだ。ルーナ」
ルーナが奴に向かって突進する。
そして、短剣を突き出した。
「【アサシンエッジ】!」
クリティカル音が響く。
この状況なら、【永久凍土】により炎のオーラが相殺し、【魔力付与:水】によって水(氷)属性になった刃で弱点をつける。
俺も【バッシュ】で追撃し、大ダメージを与えた。
コロナドラゴンの瞳が光り、炎が周囲が吹き荒れる。俺とルーナは必死で後退。
まだ効果時間が終わっていない【永久凍土】も燃やし尽くされ、周囲は紅蓮の地獄と化す。
「全員、セレネの後ろに隠れろ。やつの切り札が来るぞ。これを乗り切れば最大のチャンスだ」
逆鱗状態でしか放たない必殺技が来る。
後衛にも届く広範囲かつ、超威力の一撃だ。
炎帝竜の全身全霊の一撃。故に、これを放った奴は消耗しきって動きを鈍くし、弱点をさらけ出す
ここが勝負どころだ。防げば勝ち、防げなければ全滅。
セレネがスパイクを地面に突き刺し体重を預ける。
「守って見せるわ。私がこのパーティの壁役だもの……【城壁】!」
「私も、お手伝いします。【アイスベール】!」
青い壁が顕現し氷のオーラによって包まれるが、これでもまだ足りない。
あいつの全身全霊の攻撃を受けるには力不足だ。
だから、俺も力を使う。
ようやく取得した、新たなカスタム魔法。
魔法戦士の代名詞と言われる攻撃力倍化魔法【パワーゲイン】と対になる魔法。
防御力向上魔法【プロテクト】。
これは本来であれば一定時間、対象の物理・魔法防御力をわずかに上昇させる効果しかない魔法。
便利ではあるが、実戦を想定するのであれば、常に防御力をあげる必要などない。
極論を言えば、攻撃を喰らったときだけ防御力を上げればいい。
だからこそ、不要な効果時間の長さを削り、たった二秒に効果を圧縮することで高倍率の魔術に改変した。
俺はセレネの後ろに立ち、コロナドラゴンを凝視する。
タイミングが命だ。奴とシンクロして呼吸を盗む。
……カスタムマジックは一度カスタムすると二度ともとに戻せない。だからこそ、俺はレベルが最大になったとき詠唱時間がゼロになるように調整している。
おかげで現レベルでは若干の詠唱時間があり、相手の攻撃が届くタイミングを外すと意味をなさない。
【神剛力】も同じ欠陥を抱えているが、【神剛力】は自分で攻撃タイミングを選べるのに比べ、こちらは自分でタイミングを選べないため、より難易度は高い。
セレネの肩が震えている。
目の前でコロナドラゴンの高まり続ける魔力を見て、恐れを感じているのだろう。
今まで、多数の攻撃を受け続けたセレネだからこそ、あれがどれだけやばい代物かがわかる。
だが、逃げずに立ち向かおうとしている。それは勇気であり、俺に対する信頼だ。
「セレネ、怖いか」
「ええ。でも、私は盾よ。絶対に逃げない。……ユーヤおじさま、手を肩に乗せてもらえないかしら?」
「わかった。俺も手を貸す。二人で凌ぐぞ」
彼女の肩に手を乗せる。
「……不思議、怖くなくなったわ。今ならなんでもできる気がする」
コロナドラゴンから噴き出た炎が巨大な火柱になる。
そして、竜を形どった。それも蛇のような東洋の竜。あれこそが、コロナドラゴンの最大最高の攻撃。
【ドラゴン・インパルス】。
そろそろ、来る。詠唱を開始する。
「GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
炎の竜が襲い掛かってくる。
セレネが盾を握る手に力を込め、俺の魔法が完成した。
防御力向上魔法【プロテクト】カスタム
その名は……。
「【絶対防壁】!」
たった二秒の絶対防御が完成し、セレネの防御力が数倍になり、【城壁】で生まれた青い壁が力強く輝く。
炎の竜と青い壁が衝突。
あたりが光と炎に照らされる。セレネが歯を食いしばり、その背中を俺が支える。ルーナが俺にしがみ付き、ティルの悲鳴が聞こえた。
周囲と背後の大地すら、灰になっていく、絶対的な死の炎竜。
炎と光が消え、【城壁】が砕けた。
「防ぎ、きった、わ」
炎帝竜コロナドラゴンが誇る最大最強の攻撃をセレネは見事防ぎきった。
そして、ピンチの後には最大のチャンスが訪れる。
「ここで決めるぞ! 赤い心臓を狙え!」
コロナドラゴンは炎のオーラを失い、さらには体が黒に変色し、心臓の位置だけが赤く輝いていた。
強大な力を放出した反動だ。
この状態でのみ、真の弱点である竜核を狙える。
さらに、炎の力を使い切った奴は、しばらくの間弱体化して動きが鈍い。
「もう、あんなのは撃たせないよ!」
「ええ、全力で撃ち続けます!」
フィルとティル、二人の氷を纏う矢が赤く輝く竜核に突き刺さる。
俺も走っていた。弱点を狙いたいが、この巨竜には届かない。
だから、ここもサポートに回る。
「ルーナ、こい」
「ん。わかった」
俺はコロナドラゴンの少し前で立ち止まり、振り向き腰を落とし、手を前で組む。
ルーナがこちらに突っ込んでくる。
俺の手にルーナの右足が乗った瞬間、思い切り腕を跳ね上げ、ルーナの体が宙に舞う。
ルーナが空中で体をひねり、短剣バゼラートを構える。
フィルの魔術により短剣が氷を纏う。
俺の攻撃力倍化魔術【パワーゲイン】カスタム【神剛力】によりルーナの攻撃力が数倍に跳ね上がる。
空中で不安定な体勢。
この状態で、全身の力を集約させた一撃を放つなんて、一流の剣士でも難しい。
それでも、俺はルーナなら確実にこの一撃を決めると確信していた。
「【アサシンエッジ】!」
ルーナが剣を突き出す。
その姿を美しいと思った、短剣は寸分たがわずコロナドラゴンの心臓に吸い込まれていく。
クリティカル音が響き渡る。
あの体勢から、ルーナは完璧な一撃を放ち、真の弱点である【竜核】を貫いたのだ。
奴は最強必殺を放った後の弱体状態で、真の弱点である【竜核】を貫かれた。
それも、氷属性を与えられた上、【神剛力】で数倍に跳ね上がったクリティカル限定での超倍率の一撃で。
いくら、ボスであろうと一たまりもない。
「GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
コロナドラゴンが悲鳴を上げて、青い粒子に変わっていく。
ドロップアイテムを落とした。
さらに、俺たちの体に何かが入り込み、力が湧いてくる。レベルアップもしたが、それだけではない。
……これこそが竜殺しに拘った目的の一つ。
「ユーヤ、レベルが上がった」
「あっ、私もだよ」
「さすがはボスね。それと、不思議な力を感じるの」
ボスの圧倒的な経験値により全員のレベルが上昇した。
そして、セレネはレベルアップ以外に得た力に気付いたようだ。
「【竜殺し:炎】の称号を得たんだ。【炎】【風】【水】、それぞれに竜のボスがいる。そいつらを倒すと一度だけ称号を得られて、それぞれの司る属性の耐性・ダメージボーナス、それから若干のステータス補正を受けられる。だから、三竜はどうしても倒しておきたかった」
倒すだけで称号を得られるボスは、三竜の他には、【試練の塔】にいるボス、そして【四聖獣】だけ。
だからこそ、三竜の一体である【炎】は早く倒しておきたかった。
強敵を倒した喜びに水を差したくないので口にしないが、三竜の中では【炎】は最弱だ。
コロナドラゴンは、適正レベル35のダンジョンだが、【風】の竜がいるのは適正レベル40、【水】の竜がいるのは適正レベル45だ。そして、【風】と【水】は【炎】のように、それぞれの属性だけで攻撃してくるわけではないので、無効装備を持っていれば楽に倒せるなんてほど甘くない。
「じゃあ、ユーヤ兄さん。早く【風】を倒しに行こうよ。私の雷撃魔術も風属性だし、魔法を強くしたいよ!」
「今すぐ挑めば百パーセント敗北するな。ただの自殺だ」
「うっ、それはやだな。じゃあ、セレネの国のあとは【風】の竜がいる街に行こうよ。そこで鍛えて、いつか挑戦しよ!」
「考えておく」
いつかは倒すが、レベル40まではもっと効率のいいダンジョンで稼いだほうがいい気がする。
「ねえ、ユーヤ、見て。すごい綺麗な装飾がついた宝石!」
「それも、今回の狙いだ。【紅竜の宝玉】。パーティ全員が一度もコロナドラゴンを倒したことがないときのドロップでしか得られないアイテムでな。単体ならただの観賞用の宝石だが、三竜の宝玉すべてを集めたとき、すごいことがおこる」
三竜のドロップは特殊で、一度も炎竜を倒したことがないメンバーで倒さないと、ボス共通テーブルのみからしかアイテムをドロップしない。
ただ、通常のボス共通テーブルよりもレア比率が高いので、稼ぎとしては優秀だ。
「すごいこと? 知りたい! ユーヤ、教えて!」
「それは私も知りたいですね。だけど、そもそも【風】と【水】の竜はおとぎ話だと思っていました。まだ誰も住処を見つけてすらいないはずです」
「それは、三つ集めてからのお楽しみだ。【風】と【水】は変なところにいるからな。普通の奴は見つけられない。それも今度でいいだろう。……今は、一刻も早く、奥へ行ってボス報酬宝箱をゲットして、ここを出るべきだ。ボスを倒して三分すれば扉が開く。【紅蓮の猟犬】と顔を合わせたくないだろう」
「ユーヤ兄さん、それ賛成!」
「ん。急いで解錠!」
お子様二人組が、宝箱に向かって走っていく。急いでいるせいか、いつもの謎ダンスはしない。
俺はその後ろ姿を見つつ、苦笑する。
勝てて良かった。
目的だった【紅竜の宝玉】、莫大な経験値、【竜殺しの称号】をすべて手に入れることができた。
今日の酒もうまそうだ。
帰ったら、お祝いをしないと。それから、ちょっとした【紅蓮の猟犬】対策をしよう。




