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第十九話:おっさんは炎の迷宮に挑む

 しっかりと腹ごしらえをし、体を休めた俺たちはいよいよ【紅蓮の火山】に向かう。

 再配置の時間が来るまでに裏口にたどり着かないといけない。


 再配置直前ということだけあって、冒険者たちが数多くいて表口である大理石の部屋を目指していた。


 みんな、ボスを倒して名誉とレアアイテムを手に入れたい。

 とくに、フレアガルドのボスの固有ドロップは非常に重要なアイテムであり、ドロップの他にもとあるおまけまである。

 絶対に一度は倒しておきたい。


「急ぐぞ。余裕をもって出発したが、トラブルが起こらないとも限らないからな」

「ん。がんばる!」

「ユーヤ兄さんは心配症だな。何回も来たことあるし、トラブルなんて起こらないよ」

「ティルは楽観的すぎる。慎重さが必要だ」


 昨日のうちに今日通るルートを改めて探索しており、念入りに魔物を狩っておいた。

 竜の扉の向こうに出現する魔物たちは、通常の魔物たちよりも強く消耗は避けられない。

 せめて、ボスに続く迷宮の前に消耗することは避けたい。


 快調に火山を駆け抜けていく。

 そして、表の門がある大理石の部屋にたどり着き、俺はため息を吐いた。横暴な声が響いている。


「おら! 最前列は俺たち【紅蓮の猟犬】のもんだ!」

「何日前から場所取りしていると思ってるんだ! さっさとどけ」


 テントを使い数日前から宿泊していた連中が、他の冒険者たちを威嚇している。

 そこに、追加のメンバーが続々と到着していた。


 七組のパーティ、合計二十八人。

 それらが【紅蓮の猟犬】のメンバーなのだろう。

 そいつらのうち、以前顔を合わせた連中が俺たちに気付いたが無視して、大理石の部屋を通り抜ける。

 なにせ、俺たちの目的地はこの先だ。

 ここで小競り合いをする必要もない。


「見てくださいよ。この前の情けないおっさんがボスの復活前だと言うのに通り過ぎていきますよ」

「よくいるハイエナ野郎だろ。俺たちみたいな一流がボスに気を取られている隙に、再配置で現れた宝箱やら魔物やらを漁りやがる」

「あ~あ、なんと情けない。プライドというものがないのですか」

「俺たちと違って弱いんだ。そう言ってやるな。そこの女ども、そんなおっさんじゃなくて、俺らと一緒に来いよ! なあ、無視するなんよ! ほら、ボス、前に言っていた上玉たちですよ」


 ボスと言われた男とそのパーティが前に出る。

 そのパーティ全員レベルが視えない。少なくとも全員レベル35以上か。

 ボス占有クランということは、ボスの莫大な経験値を独占している。高レベルであっても当然だ。


「ガハハハハ、どうせ、女に飢えたカルラのことだから話を盛っているかと思ったが、これは特上品だな。……一人は貴族だ。特有の気品がある。それにエルフが二匹に、コボルトか。どいつもこいつも、いい女だ。ベッドで泣かせてやりてえぜ。俺たち【紅蓮の猟犬】はいつでも歓迎してやる。おっさんの粗末なアレじゃ満足できねえだろう」


【紅蓮の猟犬】のメンバーが爆笑するが、俺たちは足を緩めない。あいつらの声が聞こえなかった。


「みんな、口喧嘩じゃなくて行動でやり返すぞ。今日のボスは必ずとる」

「んっ。勝つ」

「うんうん、じゃないと頭に矢を打ち込むの我慢した意味がないからね」


 ……あいつらが俺たちのことをただのハイエナだと思っているのならありがたい。

 そのままボスをかすめ取らせてもらおう。


 ◇


 隠された裏口までやってきた。

 事前に魔物を狩っていたおかげで一度も戦闘をせずに済んだ。

 懐中時計で時間を確認する。

 あと十五分で再配置が始まる。


 全員、敵に緊張して呼吸を整えている。

 時計の音が周囲に響く。


 そして、とうとう再配置が始まった。

 ダンジョン全体が揺れる。

 魔物の鳴き声がとどろき、一部の地形が変わり、宝箱が出現していく。


 変化は俺たちの目の前でも起こっていた。

 竜の顔が描かれた扉、その瞳が赤く光り地響きと共に開き始める。


「行くぞ。ここからは競争だ」

「競争!」

「あんな人たちには負けられないから、本気で行くよ」

「これがボスに続く迷宮なのね」

「これ、かなり危ないです。気を付けないと」


 目の前に、ボスに続く迷宮が現れる。

 迷宮とは言っても、壁に囲まれているわけではない。

 見渡す限りマグマで、二、三人が並べる程度の細い道が入り組み、分岐し、続いている。

 落ちればマグマに真っ逆さま。

 そして、ここから見てもわかるぐらいに魔物がうろついている。

「ルーナ、分かれ道がくれば【気配感知】で魔物がいるほうを教えてくれ」

「ん。わかった。魔物を避けるため?」

「逆だ。魔物がいるほうが正解のルートで反対側は行き止まりだ」


 ボスに挑む前に消耗しないために魔物を避けたくなるという冒険者の思考を読んだ嫌がらせのような配置だ。

 逆に知ってさえいれば、広い迷路を迷わずに突破できる。

 さっそく分かれ道がやってきた。


「ユーヤ、右に魔物がいる。リザードマン」

「わかった。消耗を押さえるために、特殊な戦い方をする。みんなは手を出さないで見ていてくれ」


 足場がせまく、マグマに落ちやすいこの迷路、危険だがこの性質を利用できる。

 敵を視認した。


 俺と同じぐらいの身長で片手剣と片手盾を構えた蜥蜴人がこちらに向かって走ってくる。

 一般フロアにいたリザードマンの上位種、クリムゾン・リザードマン。

 攻撃力、防御力、剣技の腕が向上している。

 まともにやり合えば苦労するが、そんな暇はない。

 俺は剣すら抜かずに全力で踏み込む。


「ギャロロッ!」


 迎撃しようとリザードマンが剣を振り下ろすが、俺が懐に入るほうが早い、懐に入れば突進の勢いを利用してそのまま平手で押す。

 リザードマンの体が浮いて吹き飛ぶ。

 そこには地面などない。


「キュッ、キュアアアアアアアアアアアアア!!」


 マグマに落ちたリザードマンが溶かされ、青い粒子となって消えていった。


「こうやって、溶岩に叩き落せば一瞬で終わる。軽いものは、俺が全部叩き落す。矢も魔力もスキルも使わないでいい」


 この狭く、マグマに囲まれた地形を利用するのだ。

 敵が消えたのを確認し、そのまま先へ進み、ルーナたちがついてくる。

 走りながらルーナが口を開く。


「これなら楽。ユーヤ、かしこい」

「ねえ、ユーヤ兄さん。この戦法、今までもできたのになんでやらなかったの?」


 ティルの疑問はもっともだ。

 この方法は省エネだが重大な欠点がある。


「ドロップアイテムが回収できないからだ。これはあくまで急いでいるときの技だな」


 ドロップアイテムは大事な収入源だ。

 無駄になんてできない。今は時間とリソース優先の緊急事態だから例外だ。

 後衛で少し後ろにいるフィルが俺のとなりまで来る。


「ものにもよりますが、回収できるものは回収しますよ。ほら、この通り」


 フィルの手元には火炎蜥蜴の皮。

 たった今倒したクリムゾン・リザードマンのドロップがあった。

 その手には、フィルお手製の魔法の糸で結ばれ、やじりの代わりに吸着魔道具が着いた矢がある。

 青い粒子になり、ドロップアイテムが現れた瞬間に矢が着弾するように放ち、マグマに落ちる前に手繰り寄せた。半ば曲芸だ。


「そんなことをできるのはフィルぐらいだ。さすがに考慮していなかった。助かる」

「こういうところで地道に稼がないと、美味しいお肉を売らないといけなくなりますし、旅の先々で贅沢が出来なくなりますから。ユーヤが旅を楽しみながら上を目指すって言うなら、全力でサポートします」


 頼りになる。

 さすがはフィルだ。

 これなら、躊躇いなくどんどん魔物をマグマに突き落としていける。


 ◇


 道を塞ぐ巨大なゴーレムと対峙する。

 グランド・ゴレム。

 マグマロック・ドラゴーレムとは違い、ずんぐりとした体形で動きが鈍い。


 ただ、その巨体がうっとうしい。これではマグマに叩き落すことができない。

 俺の指示でフィルとティルの矢が下腹部に一点集中する。

 こいつのゴーレムコアはそこにある。

 何度も矢で穿たれ、ようやくひびが入った。

 これなら……。


「セレネ、任せた」

「ええ、決めるわ」


 セレネがグランド・ゴレムに向かって走る。

 彼女には強力だが魔力消費の激しい【城壁】の使用禁止を告げている。

 ゴーレムの剛腕の振り下ろしを盾で受け流す。

 スキルに頼らずともセレネは強い。

 射程に入った。


「【シールドバッシュ】!」


 セレネが腰をひねり、ルノアの盾を突き出す。

 腕が伸び切る直前、スパイクが勢いよく発射された。

【シールドバッシュ】の効果により、防御力を攻撃力に変換した超級の一撃と化す。


 スパイクはフィルとティルの矢でひびが入った個所を貫き、コアを打ち抜く。

 ゴーレムが崩れ落ちた。

 ドロップアイテムであり、【紅蓮石】を魔法袋に詰めて、先へ進む。


「ユーヤおじさま。あとどれくらいかしら。ちょっと疲れてきたわ」


 セレネの声には疲れが見え隠れしている。

 セレネだけではなくルーナとティルもだ。

 もう、迷路に入ってから一時間半ほど経っていた。今のゴーレムのようにマグマに突き落とせない魔物も多い。


「もう三分の二は超えた。終わりは見えてきている」

「それを聞いて安心したわ」


 ……距離は三分の一だが、ここから先はさらに強力な魔物が出てくる。

 なるべく俺が動き、他のみんなを楽にさせよう。


 そして、ついに来たか。

 表口との合流ポイント。

 左右の道が一つに交わり、長く広い直線。

 表口はこの迷宮の南東、裏口はこの迷宮の南西に存在し、二つの道はここで交わる。

 ここからは奴らと鉢合わせする可能性がある。


「ルーナ、先に敵はいるか」

「ん。【気配感知】のぎりぎり範囲内に敵がいる」


 前に敵がいるということは、現時点では先行している。

 このリードが守れるかが問題だ。

 俺たちはどんどん先に進む。広かった道はまた元の細い迷路に戻る。


「ユーヤ、敵、上から」

「みんな、気を付けろ。奴の火球のブレスは強力だ」


 ゴールが近づいたことで、この迷宮で最強の魔物がやってきた。

 フレア・ワイバーン。

 小型の翼竜だ。うっとうしいのは空から攻撃力の高い火球を放ってくること。


 セレネが前に出て盾で火球を受け止める。

 フレア・ワイバーンは火球を放つと即座に滑空する。

 これだけ早く動かれると、並の魔術士や弓士では攻撃を当てれない。


 だが、あいにく俺のパーティの弓士は並みじゃない。

 高速で飛行するフレア・ワイバーンの翼をフィルとティルが射抜いた。


「ギャアアアアアアアアアアアア!?」


 フレア・ワイバーンが落ちる。

 最後の意地なのか、こちらに向かって突進してくる。

 その突進の着弾地点に小さな影が割り込んだ。


「【アサシンエッジ】!」


 ルーナが短剣、バゼラートを柔らかい腹部に突き立てた。

 クリティカル音が鳴り響き、フレア・ワイバーンが青い粒子に変わる。ドロップアイテムである火竜の鱗を拾う。

 倒せはしたものの、時間を食った。


 少し先に進むとクリムゾン・リザードマンが三体いた。

 うっとうしい。

 さっそく、駆け出し。戦闘に入る。

 一匹を早々に突き飛ばしてマグマに叩き落し、残り二体に意識を向けようとした瞬間、殺気を感じて剣を構えると、鈍い衝撃。


「おっ、わりーな。手伝おうと思ったら手が滑った。許せよ」

「……なら、さっさとどけ」


 そこにいたのは、【紅蓮の猟犬】のリーダーの大男だった。

 魔物と戦っている間に追いつかれてしまったらしい。


「ガハハハ、わりいな。……なあ、答えろ。なんで、おめえらが先にいる。俺たちは扉を封鎖していたはずだ」

「飯のタネを話す冒険者はいない」

「ちげえねえ。無理やりでも聞き出したいところだが……俺の剣を受けるぐらいだ。多少はやるんだろう。ボスのまえに面倒なことはしたくねえ。おめえらはこいつらと遊んでな」


【紅蓮の猟犬】のメンバーが残り二体のクリムゾン・リザードマンをこちらに向かって投げてくる。


「おめえらも頑張ったが、あと少し頭と腕が足りなかったな。まあ、全部無駄だったってことだ。ガハハ」


 そして、先へと進んで行った。

【紅蓮の旅団】で攻略者として進んでいるのは三組、十二人。残りの四組は扉で他の冒険者の妨害をしているのだろう。


 フィルとティルの矢がクリムゾン・リザードマンの心臓を射抜いた。

 ルーナが駆け寄ってくる。


「ユーヤ、早く追いかけないと」

「追いかけたところで無駄だな。人数が違いすぎる。ボスに挑む一組以外が妨害をしてくる。それに、今抜いたところで、また魔物と戦っている間に追いつかれる」

「何言ってるんだよ! ユーヤ兄さん、あきらめるの?」


 俺はそこで笑って見せる。そして声を小さくする。


「そんなわけないだろ。このあたりで追い抜かれるのは想定内だ。最後の最後に抜くチャンスがある。やつらを追い抜くのはゴール直前、たった一度だ。それまではやつらの少し後ろを進む。せっかくだ、あいつらに露払いをしてもらおうじゃないか」


 なにも追い抜かれたことは悪いことだけじゃない。

 ゴールへ続く正解の道は一本だけ。

 あいつらが先に行って魔物を掃除してくれれば消耗を避けられる。


 俺たちは奴らの少し後ろにピタリとつく。

 やつらはボスを占有し続けているだけあって動きがいい。それにやり方がうまい。


 三組のパーティのうち、二組が連携して魔物を倒し、一組は体力を温存している。

 そして、その一組は金の力で手に入れたのだろう最上級の氷属性防具と武器で身を固めている。あの一式であれば炎耐性は極限まで上がっている。


 あの装備がボス相手に安定して勝てる大きな理由だろう。

 あれだけの氷属性装備、上級パーティでもなかなか手に入らない。パーティ全員分なんて夢のまた夢だ。


【紅蓮の旅団】は後ろにいる俺たちを警戒しているが、まだ仕掛けてこない。


 最後の最後、あいつらが仕掛けを知らなければ確実に抜けるポイントがある。

 そこで抜き去り、そのままボスに挑ませてもらう。

 今は好きなだけ馬鹿にするがいい。

 だが、最後に勝つのは俺たちだ。

 

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