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第十八話:おっさんは決戦へ赴く

 マグマロック・ドラゴーレムという中ボスを倒すことができた。

 あれを倒せたということは、ボスを倒せる公算が高いということだ。

 ……しかし、ぎりぎりすぎた。

 さらに強くならないといけないと痛感する。

 今日は、昨日できなかった裏口への別ルートの探索を行っていた。

 再配置まであと数日しかない。

 なんとか、あと一レベルだけでも上げておきたいところだ。


「ユーヤ、お腹空いた」


 ルーナがお腹を押さえながら、くいくいと俺の裾を引っ張る。

 時計を見ると、正午を過ぎていた。


「ちょうど、昼時だ。そろそろ休憩にしようか」

「ユーヤ兄さん、私も賛成!」

「見晴らしもいいし、このあたりなら警戒しやすいわ。休憩には最適ね」

「じゃあ、準備をしちゃいますね」


 フィルが、シートを広げ魔法袋からバスケットを取り出す。

 バスケットの中には、サンドイッチが詰まっていた。

 フィルと合流してから、昼食が味気ない保存食から手作り弁当に変わっており、みんな喜んでいる。


「いつもありがとう。フィルの弁当は元気をくれる」

「どういたしまして。みんな遠慮せずに食べてください」

「ん。ルーナもフィルのお弁当好き!」

「容赦なく、大きいのから食べるよ!」


 お子様二人組が早速、両手にサンドイッチを持ち頬張り始めた。俺も一ついただく。

 驚いた。絶品だ。


「フィル、すっごく美味しい!」

「お姉ちゃん、これ牛肉(上)だね!」

「正解です。ステーキやローストビーフを作るときの切り落としを、甘辛く煮て保存食にしました。味が濃いですし、サンドイッチの具にはピッタリですよ」


 甘辛く煮た濃厚な牛肉の旨味とパンの一体感がすごい。酒が欲しくなる。


「フィルさんは本当になんでもできるのね。あこがれるわ」

「セレネちゃん、褒めすぎですよ。ただ、みんなより少し経験があるだけです」


 照れくさそうに、フィルが微笑む。

 フィルはセレネの言う通りなんでもできるし、欠点らしい欠点がない。

 昔から、フィルを嫁にできる男は幸せ者だと思っていた。


 それにしても、牛肉(上)は切れ端でも感動的な美味しさだ。

 俺は今まで、こんなうまい肉を食わずに売っていたのかと思うと、悔しくなる。


 だが、仕方なかった。上へ行けば行くほどひたすら金がかかるのだ。

 強い敵と戦うにはいい装備が必要となり、強い装備は高い。

 非常に高価な上位回復アイテムも使うし、【帰還石】のような使い捨ての超高級品も使わざるを得ない状況に追い込まれることが多くなる。

 魔法のテントを初めとしたダンジョン産の便利グッズも、なんとしても手に入れたくなる。

 金がいくらあっても足りない。


 なのに、必ずしも上級ダンジョンに行けば稼ぎが増えるというわけではない。

 結局のところ、需要と供給の問題だ。

 強い魔物のドロップかどうかなんて、買い手からすれば関係ない。


 中級ダンジョンでも、需要が高い品を狙うことでその辺の上級ダンジョンよりも稼ぐことができる。

 フレアガルドのボス占有や、グリーンウッドの使い魔の卵狙いなどは、うまくいけば上級冒険者よりずっと儲けられる。


 そんな中、肉系のドロップの上級品は人間の手では作れない極上の美味で、上級ダンジョンでは手に入りやすく、高額で売れるため上級冒険者たちにとって、貴重な収入源となっている。……当時、これを自分たちで食べるなんて考えられなかった。すべて売ってしまった。


(上)ですら、この味だ。適正レベル40オーバーの魔物がレアドロップする(特上)はいったいどれほどの美味なのだろう。

 噂では、(特上)クラスの肉は食べるドラッグとまで言われている。

 昔、冒険者仲間に言われた警告を思い出した。


『ドロップした肉の(上)や(特上)は一度喰えば癖になって売れなくなる。上を目指すなら食うな』


 食べて納得した。

 次に手に入れても食べてしまえそうだ。


「ユーヤ、牛肉(上)をもっと食べたい!」

「うんうん、牛さん見つけたら絶対逃がさないようにしないとね」


 ルーナはたいそう気に入ったようで、じゅるりと涎を垂らし、ティルはうっとりした顔をしていた。

 俺も同じ気持ちだが、釘を刺しておこう。


「また食べたければ気合を入れて宝箱を探せよ。路銀が足りなくなれば、牛肉(上)を手に入れても売るからな」

「ん。がんばる! お肉を売らなくてもいいぐらいに宝箱いっぱい見つける!」


 握りこぶしをつくり、キツネ耳をぴくぴくと動かす。きっと【お宝感知】を使っているのだろう。

 ルーナの仕草はいちいち愛くるしい。


「さあ、食事の時間は終わりだ。先へ進もう」

「ん。わかった。お肉のためにお宝を見つける!」

「あっ、ちょっと待って最後の一切れ!」


 この子たちはいつも賑やかだ。


 ◇


 今日の狩りは順調だった。

 なんどか魔物と遭遇し、危なげなく倒している。

 レッド・ホーンも倒したが、ドロップアイテムが牛肉(並)ばかりで、そのたびにルーナとティルががっかりしていた。


「ユーヤ兄さん、ボス戦は余裕だね。私たちはあんなに強いマグマロック・ドラゴーレムに勝ったんだから」


 ティルが鼻を鳴らす。

 どうやら、いろいろと勘違いしているようだ。


「余裕なんてとんでもない。今のままじゃぎりぎりだ。まず、ここのボスはマグマロック・ドラゴーレムより強い」


 あくまで、マグマロック・ドラゴーレムはボスに準ずる力にすぎない。


「うっ。それはそうだけどさ」

「それとな、ティルはどこか【紅蓮の猟犬】を甘く見ていないか」

「あの人たちって、数を頼りに卑怯なことをしている人たちでしょ。裏口から入って対等な勝負なら余裕でしょ」

「冷静に考えろ。あいつらは俺たちが苦労したマグマロック・ドラゴーレムより強いボスを安定して倒せる実力者だぞ。それも、俺たちとは違い四人のパーティでだ。それだけじゃない、ボスを倒す役割はローテーションしている。あのクランには一級品の戦闘力をもった四人組が何組かいる」


 ティルの顔が引きつる。

 そう、【紅蓮の猟犬】は卑怯ではあるが弱いわけじゃない。だからこそ性質が悪い。


「もしかして、私たちより強い?」

「まあ、俺たちは適正レベル以下だからな。今はその可能性がある。だから、一レベルでも多く上げたい」


 裏口から入っても、しばらく先に進めば表との合流ポイントが存在する。

 一番俺が危惧しているのは、合流ポイントに先にたどり着いたとしても、合流ポイントの後で出会った魔物と戦闘しているうちに後続に追いつかれること。

 そればかりはどうしようもない。


「油断したらダメだってことだね。わかったよ。よーし、特訓して必殺技編み出しちゃおう」


 ……ティルに発破をかけたが、多少のレベル差があるだろうが俺たちのパーティが奴らに劣っているとは思えない。

 奴らがボスに勝てる理由もなんとなく察しがつく。

 勝つための戦略を考えておかないと。


 ◇


 ルーナがキツネ耳をぴくぴくさせる。

 このぴくぴくは敵を見つけたぴくぴくじゃないな。【宝感知】のほうだ。


「ユーヤ、お宝!」

「でかした」


 隠し宝箱だ。壁を叩くと軽い音が聞こえた。ケリを放つと壁が崩れて隠されていた宝箱が見つける。

 ルーナが【解錠】で罠を無効化すると、中には服があった。適正レベル30のダンジョンだけあって、それなりに防御力が高い装備だ。

 しかも炎耐性が存在する。今回のボス戦では役に立つ。


「これはティルが使うといい。精霊弓士の低い防御力を補える」

「私も賛成です。防御力が高い服なんてダンジョンじゃないと手に入らないですしね」


 鎧で防御力が高いものは、街でも作られるし売られるが、防御力の高い服というのはダンジョン産に限られる。

 防御力のステータスが低く、鎧を身に付けられないティルに装備させることにした。


「ユーヤ兄さん、お姉ちゃん、この服を売ればお金になるよ。路銀にしちゃおう。そしたら、また美味しいお肉が手に入ったら売らずに食べられるし。ルーナもそう思うでしょ」

「ううん。ティルが安全になるなら、そっちのほうがいい。お肉は大事だけど、ティルはもっと大事」


 ルーナは欲望に忠実だが、それ以上に仲間想いだ。


「ルーナ、愛してる」

「ルーナも」


 お子様二人組が、いつもの謎ダンスを始めた。

 微笑ましい光景だ。


「ユーヤ兄さん、ありがと。大事に使うね」


 そう言うなり、ティルが服を脱ぎ捨て下着姿になる。

 スラっとしているのに胸が大きい魅力的な肢体が露わになり、俺は目を手で覆った。


「サイズがぴったり! 見てみて、この服可愛いよ」

「サイズぴったりなのはダンジョン産の防具は魔法の力でぴったりになるからだ。……あとな、俺は男だ。ティルはもう十四だろ。少しは警戒しろ」

「だって、ユーヤ兄さんだし。無害、無害。あっ、それとも、私に興奮しちゃった? だめ、お姉ちゃんから恋人を奪っちゃう!? ううう辛い、魅力的すぎる自分が辛い」


 フィルがティルの前に現れほっぺを掴み引っ張る。


「ティル、あんまりおふざけが過ぎると本気でお仕置きしますよ。私も反省しないといけませんね。今まで甘やかしすぎました」

「いひゃい、おねえひゃん、いひゃい、ぎぶぎぶ」


 涙目でティルがタップを続ける。


「フィル、それぐらいにしてやれ。ティルも中身は子供だろうが、見た目は魅力的な少女であることを自覚しろ。いつか、襲われるぞ」

「ううう、わかったよ」

「ティルが魅力的? ねえ、ユーヤ、ルーナは? ルーナは?」

「ルーナも魅力的だ」


 ルーナもティルも超がつくほど美少女だ。

 十四と言えば、成人扱いで結婚もできたりする。……むしろ子供扱いする俺のほうがおかしいかもしれないが、中身が子供なので問題ないだろう。

 魅力的と言われてルーナとティルが喜んでいる。

 ……この子たちは娘のようなもので、見ていて心配になる。


「さあ、気持ちを切り替えて先に行こう。今日は、まだまだ狩りをするぞ」

「ん。わかった!」

「パワーアップしたティルちゃんの力を見せつけてあげるよ」

 

 何はともあれ、やる気があるのはいいことだ。

 今日もばっちり稼ごう。


 ◇


 それから、連日狩りを繰り返し、とうとう再配置の前日になる。

 零時になれば再配置が行われてボスも復活するため、夜になれば出発する。

 ルーナたちの奮闘と、俺がゲーム知識で穴場に案内し続けたことで、なんとかレベルを一つだけ挙げてフィルを除いた全員がレベル35になっている。フィルはレベルが二十後半だがレベルリセット特典と優秀な装備のおかげで戦力として数えられる。


 今は、消耗品の買い出しに来ていた。

 普段の狩りでは使わない非常に高価だが性能のいい回復アイテムを大量に買っておく。

 ボス戦で大事なのは一切ケチらないことだ。


 俺たちは二手に分かれて行動していた。

 俺とセレネはポーション関係、フィルたちは装備品。

 こっちのほうは必要なものはすべて買い終えた。

 待ち合わせ場所の喫茶店に行く。まだフィルたちは来ていないようだ。

 注文した紅茶が運ばれてくる。

 せっかくなので、二人じゃないとできない話をしよう。


「セレネ、継承の儀が近づいてきた。ボスの経験値を含めてもあと二つレベルを上げるのが限界だ。ボスを倒せなければ、あと一つしか上げられない。なんとしてもボスを倒したいと思っている」


 もう、継承の儀までほとんど日がない。そろそろ、ラルズールへ向かうための手配を進める必要がある。

 このレベル帯は滅多なことではレベルが上がらない。

 ボスの莫大な経験値はなんとしてでも手に入れたい。


「私は自分のためだけじゃなく、パーティのためにも勝ちたいと思っているわ」

「もちろん、この戦いはパーティのためでもある。だがな、セレネは自分のことを最優先に考えるべきだ。望みがあるなら言ってくれ。俺も力になりたい」


 俺の言葉を受けてセレネが微笑む。


「いつも私を気にかけてくれているのね。……言葉にならないぐらいに嬉しいわ。ユーヤおじさまには感謝してもしきれない。おかげで私はレベルも技量も精神も大きく成長した。王城で鍛え続けていたら、ここまで強くなれなかった」


 セレネは偽名。セレネはラルズールの姫、ルトラだ。

 ラルズールは次期王位継承者を決闘によって決める。

 セレネは兄弟の罠に嵌められ、グリーンウッドで謀殺されかけたところを俺が救った。

 今、王城に戻っても殺されるだけ。

 だからこそ、俺の元で鍛え継承の儀の直前に戻ることを選んだ。


 セレネは王位を求めているわけではなく、継承の儀に勝つことで、無能で我欲に溺れた兄が王位に付き国が退廃することを防ぎ、戦闘力はないが人格者であり王の資質を持つ姉に王位を譲るつもりだ。


 心の底から国と民を愛しているのだろう。でなければ、他人を王にするために死に物狂いになることなんてできない。

 だからこそ、勝たせてやりたい。

 レベルもステータスも、技量も約束の日までに限界まで上げてやる。


「俺が欲しいのは感謝の言葉じゃない。セレネの勝利だ。だから、もっとわがままを言っていいんだ」

「ユーヤおじさまは優しすぎるわ。わがままを言わないのは言う必要がないからよ。ユーヤおじさまは努力さえすれば強くなれるように、いつも導いてくれているもの。私はユーヤおじさまを信じているから何も言わないの。……すべてが終われば今までの恩に報いさせてほしい。ユーヤおじ様こそ、わがままを言って。私にできることならなんでもするわ。なんでもよ」


 セレネが喉を紅茶で潤す。

 なぜか、その仕草が色めかしく見えた。


「セレネ、恩返しなんていらない。なにせ、俺たちはセレネという最高の盾役と一緒にたくさんの冒険をしてきた。セレネがいたからここまでやれた。むしろ俺はセレネに感謝している」


 これほどの盾役はなかなかいない。

 セレネがいなければ、この段階でフレアガルドのボスに挑もうなんて思わなかっただろう。

 セレネが微笑む。透き通った綺麗な微笑みだ。


「その言葉が、うれしすぎて、この嬉しさを言葉にできないわ。ユーヤおじ様。今のパーティは最高ね。ずっと、ずっと、こうして旅を続けていたいと思ってしまうわ」

「俺もそう思う。セレネを失うのは俺たちのパーティにとって大損害だ」


 俺は叶わない願いと知りながら、冗談めかして……本音を言った。


「ユーヤおじ様たちとずっと、一緒に冒険する。それが叶えば、どれだけ幸せなのかしら……」


 ルーナ、ティル、セレネ、フィル。

 世界中探しても、これ以上のメンバーはいないだろう。

 喫茶店に来客が現れた。見知った顔たちだ。


「ユーヤ、こっちの買い物が終わった」

「掘り出し物があったよ。ユーヤ兄さんが装備できる耐熱装備!」


 フィルたちが手を振ってこちらに向かってくる。

 セレネと目くばせをする、二人の話は終わりだ。


「みんな、ここの喫茶店は本格的な料理も出すしうまい。たっぷり食って、力を付けてボスに挑むぞ」

「ん。たくさん注文する。このお肉の盛り合わせ美味しそう!」

「ユーヤ兄さん、私はこの大盛パスタを食べたい! それから特大パフェも!」

「ルーナちゃん、ティル、食べすぎて動きが鈍くなったら怒りますよ?」


 いよいよボス争奪戦が始まる。

 今日の戦い、俺たちのパーティのためにも、セレネのためにも、必ず勝ちたい。

 勝って、セレネの国ラルズールを目指すのだ。

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