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第十五話:おっさんは裏口に挑む

 溶岩の川を氷結魔術で冷却し固めることで橋を作る。

 そうすることで、到達不可能な対岸へと至る。

 その先には、冒険者がたどり着けないゆえに手つかずの魔物と、運が良ければ宝箱が俺たちを待っている。


「ユーヤ、魔物がすごい勢いで近づいてくる」

「やつらの縄張りに入ったからな。追いかける手間が省けて好都合だ」


【紅蓮の火山】の魔物はそれなりに種類がいる。

 赤い肌をした二足歩行で剣を振るうトカゲ人、レッド・リザードマン。

 炎を操る赤サイ、レッド・ホーン。

 マグマを泳ぐ暗殺者マグマゲーターなどなど。


 できればレッド・ホーンに遭いたいものだ。

 名前の通り、巨大な角を持つサイなのだがなぜか牛肉(並)、そしてレアドロップで牛肉(上)をドロップする。この世界は蛇がウナギ肉をドロップしたり、オークが豚肉をドロップするのでつっこみは野暮だ。


 さあ、どの魔物が来るか?

 目を凝らしてみる。

 現れたのは七匹のレッド・ホーン。加速しての突進をしかけてきている。奴らの角は鉄よりも固く鋭利な上に、赤熱して威力を増している。

 奴らは、このレベル帯では頭一つ抜けた攻撃力を持つ。

 後衛のフィルやティルがあの突進をもろに喰らえば一撃死すらあり得る。


「幸先がいいな。いきなり牛肉をドロップする魔物だ。いつも通りのフォーメーションで行く」


 ルーナたちがこくりと頷く。

 そして、新入りのエルリクの鳴き声をあげる。


「キュイイイイイイイイイイイイイイイイ」


 フェアリー・ドラゴンのスキルが発動した。

【竜の加護】。

 戦闘開始時にパーティ全体の防御力・炎耐性・氷耐性をわずかだが上昇させてくれる。わずかであってもなんのコストも支払わず、消費もなしにステータスを向上させてくれるのはありがたい。


「ユーヤ、これがエルリクの力」

「そうだ。【竜の加護】。俺たちはエルリクに守られている」


 敵が視界に入った瞬間にはティルとフィルは詠唱を始めていた。

 先にフィルの魔術が完成する。ティルとフィルの矢が氷に覆われる。

【魔力付与:水】。水(氷)属性を付与しつつ攻撃力を1.2倍にする。

 レッド・ホーンの弱点を突きつつ、攻撃力を上げることができる有用な魔法だ。

 氷を纏う矢が降り注ぐ。


「お姉ちゃん、この魔物堅いよ!」

「ティル、詠唱に集中しなさい」


 レッド・ホーンはサイ型の魔物共通の性質、体力の多さ防御力の高さを持つ。

 並の魔物であれば、この矢だけで勝負が決まっていたが、レッド・ホーンは矢を食らいながらも突進を続ける。

 しかし、奴らを出迎えるのは矢だけではない。


「いっくよ! 【神雷】」


 ティルの上級雷撃魔術【神雷】により、広範囲に雷が降り注ぐ。

 矢で重点的に狙われていた四体のレッド・ホーンが倒れる。フィルの指示で【神雷】で止めを刺せるところまで追い込めば、他のレッド・ホーンにターゲットを変えてダメージ効率を上げていたのだ。

 生き残った三匹のレッド・ホーンはもう至近距離まで近づいていた。

 仲間が殺された怒りからか咆哮をあげる。


「グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 並の前衛なら、レッド・ホーンの速度が乗った突進を受け止めることは不可能だろう。

 ……あいにくうちの前衛は並じゃない。


 恐ろしい勢いでせまりくるレッド・ホーンをまっすぐに見つめ、セレネが腰を落とし盾を構えた。

 セレネの装備、ルノアの盾はバックラー。小型の盾はせまりくる脅威に対してあまりにも頼りない。

 しかし、その盾には仕掛けがある。

 下部の孔から、スパイクが飛び出て大地に突き刺さり、地面に固定する。内部の液状魔法金属に魔力を込めることで、スパイクになり飛び出る仕掛けだ。


「【城壁】」


 セレネが得意の防御魔術を放つ。

 青い壁が盾を中心に顕現する。広範囲に展開しつつ自らの防御力を数倍に高めるクルセイダー専用スキルにして切り札。

 一度使うとしばらく使えないという欠点はあるが、非常に強力なスキルだ。


 レッド・ホーンの突進とセレネの盾が衝突する。

 セレネが歯を食いしばる。

 足が引きずられて数十センチ後退するも、一体ですら受け止めるのが難しいレッド・ホーン三体の突進をセレネは受け止めて見せた。


「よくやった。いくぞ、ルーナ」

「ん。アサシンする」


 セレネの後ろから俺とルーナが飛び出す。

 俺たちのパーティのそれぞれの役割は単純。

 フィルとティルが露払いをして敵を減らし、セレネが敵を一手に引き受け、俺とルーナが仕留める。


 厳密に言えば、状況によっては俺はセレネのフォローで壁を手伝うし、ルーナは後衛の守りに重点を置いている。

 俺の剣、ルーナの短刀が氷に包まれる。

 フィルが【魔力付与:(水)】を使ってくれたのだろう。

 ありがたい。

 俺の最高火力は【爆熱神掌】だが炎耐性があるあいつらには効果が薄い。

 氷を纏った状態であれば、別の手のほうが有効だ。


「【バッシュ】!」


 戦士、魔法戦士、両方が使える基本斬撃スキルを放つ。

 上段から放つ剛剣。発生が早く、隙も少ないのに攻撃倍率がそれなりに高い無難で使い易いスキルだ。

 俺の剣がサイの首を切り落とした。


「見えた、【アサシンエッジ】」


 隣のルーナも必殺のスキルを放っている。

 クリティカル時のみ超威力を発揮するスキル。【アサシンエッジ】。

 ゲームのときは、クリティカルの発生は運頼みだったが、今は違う。敵の急所に全身の力を集約した一撃を放てばクリティカルとなる。……とはいえ、超一流と呼ばれる剣士でもないと狙ってクリティカルなんて出せない。

 ルーナは俺の教えをぐんぐん身に付けて、成長している。


 今のルーナにとって止まった獲物にクリティカルをたたき出すことなんて朝飯前だ。

 ルーナの短刀がレッド・ホーンの脇腹に吸い込まれクリティカル音がなった。

 超火力の一撃で、レッド・ホーンが絶命して青い粒子に変わっていく。


【城壁】が効果時間の限界を受けて消える。

 その瞬間、セレネが盾を引き、さらに踏み込み左で掌底を放ち最後の一匹を吹き飛ばす。

 セレネとレッド・ホーンの距離が空いたことで射角が確保できた。フィルとティルの矢が降り注ぎ、レッド・ホーンにとどめを刺した。


「みんな、今回の連携は良かった」

「ん。すごく戦いやすかった」

「ふふん、この撃墜王のティルちゃんがいればどんな敵も余裕だよ」

「ティル、調子に乗らないで。あなたは昔から油断して失敗するんですから」

「私も自信がついてきたわね。……グリーンウッドで戦ったミノタウロスの突進に比べたら、どんな魔物の突進も怖いと思わないもの」


 みんないい経験をつめているようだ。

 隣で見ていてもわかる。レベルだけじゃなく、身のこなしや技も日々進歩している。

 そのことを俺は嬉しく思う。


「ユーヤ、エルリクが最初に何かした。あれは何?」

「【竜の加護】と言ってな。戦闘開始時にわずかだが防御力、炎耐性、氷耐性をあげてくれる」

「エルリク、すごい」

「キュイッ!」

「フェアリー・ドラゴンは他にも能力を持っていてな。【フェアリー・ブレス】といって攻撃力はゼロだが、スタン属性のブレスで敵の動きを止めてくれたり、怪我を負ったものがいれば、自動回復効果を付与する【妖精の祝福】をかけてくれる」


 フェアリー・ドラゴンの能力はこの三つだ。

 どの能力も一度使えば数分ほど使えなくなるが、彼が存在してくれるだけで戦闘が楽になるのは間違いない。


「へえ、この子可愛いだけじゃなくてそんなにすごいんだね。じゃーん、おやつに持ってきたドライフルーツ。エルリク、ご褒美だよ」

「私もエルリクにおやつをあげたいわ」

「キュイッ、キュイッ」


 エルリクがティルとセレネにおやつをもらって、嬉しそうに鳴き声を上げる。

 微笑ましい光景だ。

 さて、この子たちはエルリクに夢中で大事なことを忘れている。教えてあげよう。


「ルーナ、ティル、戦いが終わったのを喜ぶのはいいが、今日のお楽しみが転がっているのを放って置いていいのか?」


 モンスターを倒せばドロップアイテムが発生する。

 そして、レッド・ホーンはお子様二人組が涎を垂らして欲しがった牛肉をドロップするのだ。

 ルーナの【ドロップ率上昇】により、(並)ですらドロップ率が30%のはずなのに、七匹全部が肉をドロップしている。

(上)はドロップ率が1%であり、期待は薄いが一つぐらいはあるかもしれない。

【ドロップ率上昇】は、前提条件が探索系スキルレベル合計が20を超えること。【アサシンエッジ】以外をすべて探索に回しているルーナだからこそ習得できるスキルだけあって有用性が高い。


「お肉!!」

「すっごいお肉!」


 目の色を変えてルーナとティルがドロップアイテムを回収してくる。


「これは(並)、こっちも(並)、これも(並)。最後のも(並)だった。こっちは全滅。ティルはどう?」

「ちょっと待ってね、えっとね。一つ目は(並)だね。二つ目は……あっ(上)だよ。最後は(並)。ルーナ、やったね。すっごいほうのお肉が一つだけあったよ」

「すごいお肉!」


 ルーナとティルがハイタッチをして、その場でいつもの謎ダンスで喜びを表す。

 相変わらず、可愛らしい踊りだ。


「ユーヤ、牛肉(上)を売らなくていいんですか? 大商人なら、それなりの装備を買えるだけの金額を喜んで出しますよ?」


 フィルがぼそっと言うと、謎ダンスをしていたルーナとティルが肉をぎゅっと抱きしめて威嚇をし始めた。……なんて食い意地だ。

 ただ、残念ながらまったく怖くなく、むしろかわいい。


「いいんだ。俺たちで食べよう。言っただろう。ただ強くなることだけを求めるような旅は止めたんだ。俺たちは楽しみながら上へいく。いろんな街やダンジョンを訪れて、そこでしか楽しめないものを楽しんで、うまいものを食って笑いながら強くなる。じゃないと味気ないだろう?」

「他の冒険者に聞かれたら舐めてるって怒られますよ。……でも、賛成ですね。楽しいほうがいいに決まってます」


 フィルが微笑する。楽しんでほしいのはルーナとティルだけじゃない、フィルもだ。


「フィル、街に戻ったらあれでうまい料理を作ってくれないか。食材持ち込みで店に頼んでもいいが……これだけいい肉だとな。ちょろまかされないか不安だ」

「わかりました。存分に腕を振るいます。でも、一日では使い切れませんし、今日だけじゃなく、明日のメニューも考えないと」

「その必要はないだろ。この子たちを見て、たった2kgの肉がなくならないと思うか?」


 ルーナはすでに涎を垂らしてキツネ尻尾をぶんぶんとふり、ティルはティルで鼻をひくひく肉の香りを楽しみうっとりしている。

 ドロップアイテムの肉類は一律、一つ二キロ。

 五人でなら一人400g。特大ステーキですら300gだと考えれば、なかなか食べきれる量ではない。

 ……だが、この子たちの食欲はすごい。


「必要ないですね。ぱーっと使っちゃいましょう」


 街に戻ってからが楽しみだ。

 フィルの手料理はそこらのプロよりも上だ。

 横目でセレネを見る。

 ほっと胸をなでおろしていた。

 きっとセレネも食べてみたかったのだろう。でもルーナやティルほど素直にわがままが言えない。

 そんなところもセレネらしくて好きだった。


 ◇


 そのあと、道を先へ先へと歩いていった。

 誰もこの道を通っていないため、魔物が次々に現れる。

 先ほども戦ったレッド・ホーンやレッド・リザードマン、他にはマントル・グレアなど。

 おかげで、来る前に受注したクエストを達成するだけの素材が集まった。

 宝箱も一つ見つけたが、残念ながら中級の魔石で大した金にはならなさそうだ。

 そして、最奥へとたどり着いた。


「ユーヤ、これ、さっきみた竜の扉と一緒」

「これが裏口ってわけだね」

「そのようね。ここならさっきの人たちに邪魔されずにボス争奪戦に挑めるわ」

「ユーヤの悪口を言った人たちを見返せます!」


 よし、ゲーム知識だけで実際に来たことはなかったから少し不安だったが、無事裏口を見つけられた。


「ああ、必ず勝とう。だけど、油断するなよ。あくまで対等に競争できるってところまでたどり着いただけだ。勝つためには、再配置の日までに徹底的にレベルを上げて、技を鍛えよう……だが、そのまえに帰ったらご馳走だ。牛肉(上)。今まで食べたことがないレベルの肉だぞ、頬が落ちるかもな」

「ほっぺが落ちる肉!」

「お肉! お肉!」


 ルーナとティルが肉と連呼する。

 さあ、目的は果たした今日は戻るとしよう。幸い、ここには魔法の渦が設置されていて楽に帰れる。

 そして、明日もまたここに来よう。

 今日は通っていないルートでここに来れば、まだまだ魔物を倒せるはずだ。


 ……裏口を見つけたからと言って、争奪戦に確実に勝てるわけではない。

 表口と裏口の合流ポイントがあり、そこで鉢合わせすれば妨害されるだろう。

 まあ、それは後の話だ。今は極上の肉に集中しよう。

 牛肉(上)は俺も食べたことがない。いったい、どれだけの感動が待っているのだろう? フィルの特製料理が楽しみだ。

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