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第十四話:おっさんは紅蓮の火山に挑む

【紅蓮の火山】へと移動する。

 入り口近くで大きな火山がもくもくと煙を上げており、火山の正面にはどうぞここから中に入ってくださいと言わんばかりにトンネルが開いていた。

 その中に入っていく。


「ユーヤ、山の中なのに明るい」

「溶岩によって照らされてるんだ。ちょっとこっちを見てみろ」


 火山の中は天然の迷路のようになっている。

 ただ、その迷路にはとんでもない罠が仕組まれているのだ。数千度の燃え滾る川……いわゆる溶岩だ。


「すごい熱気、ねえ、ユーヤ。落ちたらどうなるの?」

「溶けて死ぬ。火山エリアで一番多い死因だ」


 足場のすぐ近くを流れる溶岩には、少し足を踏み外しただけで落ちてしまうし、魔物との戦闘中に突きとばされて落ちることも多い。

 落ちれば骨すら残らない。


「危ないわね。ユーヤおじさま、足元と魔物の襲撃にはいつも以上に注意しないといけないってことね」

「それだけじゃ不十分だ。溶岩にも注意しないといけない……ごく稀にだが、溶岩を泳ぐ魔物がいきなり現れて、冒険者を溶岩に引きずり込んでくる。レアな魔物でごく稀にしかでないが、そのごく稀っていうのが厄介でな。警戒が緩むんだ」


 みんなが嫌そうな顔をした。

 ワニの魔物で、名前をマグマゲーターと言う。

 あいつは悪意の塊だ。

 やつに気付いていなければ不意打ちでマグマの中に引きずり込もうとするし、やつは冒険者に気付かれていることを悟ると、溶岩をこちらに飛ばしてくる。


 マグマの中なので近寄れないし、遠距離攻撃を仕掛ければマグマに潜る、あげくの果てに不利になればすぐに泳いで逃げる。

 そんな魔物なので、出会っても無視をしたいのだが、ドロップ品が良いというのが憎らしい。


「思い出しました。マグマゲーターですね。昔、痛い目に会わされました」

「レナードなんか買ったばかりの装備が燃やされて、数日へこんでいたな」


 俺とフィルが顔を合わせて苦笑する。

 今の俺たちは、ルーナたちを導く立場だが、かつてはさまざまな失敗をしたし、初めて会う魔物にはいいようにされていた。

 あの頃を懐かしく思う。


「思い出話はここまでだ。幸い、俺達には【気配感知】持ちのルーナがいる。滅多なことじゃ不意打ちはうけない。先に進もう。入口付近の魔物は狩りつくされているだろうしな」


 みんながこくりと頷き、先へ先へと進んでいく。

 入り組んだ道を、記憶に従い俺は歩いていく。

 少しぐらいは、倒されていない魔物がいると思ったが、なかなか魔物に出会えない。


 二時間ばかり歩いただろうか?

 火山の中に、不自然な部屋を見つけた。

 そこは四方が大理石で作られた部屋だ。自然そのままの火山エリアで唯一人の手によって作られていた。


 その中に入っていく。

 部屋の奥には竜の顔が描かれた土の壁があった。

 ここが今日の目的地その一。


「うわあ、ユーヤ。かっこいい竜の顔、エルリクも大きくなったら、こんな風になる?」

「キュイッ!」

「いや、フェアリー・ドラゴンは大人になっても今とそんなに大きさは変わらないな」

「残念……」

「きゅいぃぃぃ」


 ルーナとエルリクが落ち込んでいるが、そこが手乗りドラゴンと呼ばれるフェアリードラゴンのいいところでもある。

 大型の使い魔は連れ歩くのに不便だ。小さいからこそどこにでも連れていける。


「ごほんっ、この扉の先に火山のギミックを駆使したトラップ満載の迷宮と通常フィールドよりも強い魔物が待ち受けていて、その奥にボスがいる。この扉はボスがいるときだけ開くんだ。だから、【再配置】、直前になるとこの部屋に冒険者たちが集まり扉が開くと一斉に駆け出す。そして長い長い障害物競走に勝ったパーティが、ボスと戦える」


 この場所が決戦の場だ。

 ……同時に、ここしか入り口がないのが、ボス占有クランの妨害をやりやすくしている。


「ユーヤ兄さん、じゃあ、【再配置】の直前に私たちもここに来るんだね?」


 ティルの問いかけに首を振る。


「いや、そうはしない。この前話をした連中が数を武器に妨害してくる。なにせ、この扉を数人で塞いでしまえば、あとは誰も入れない。やつらの基本戦術はボスを倒すパーティを先行させつつ、残りのメンバーでこの入り口を塞ぐ。だから、隠された道を行く」


 隠された道と聞いて、みんなが驚愕する。


「実はな、ここは表の入り口だ。一つだけ隠された裏口がある。裏口がちゃんと使えるかを見るのが今日の目的だ。裏口付近は冒険者が存在を知らず、近づかないから魔物も残っていて狩りもできる」


 表がダメなら裏からだ。

 裏口と言っても、別にボスまでの道のりをショートカットできるわけではないし、難易度がさがるわけではない。

 それでも、他の冒険者の妨害を受けずに進めるメリットは大きい。


「ユーヤ兄さんって、なんでも知ってるよね。どこでそんな情報を仕入れているんだか」

「それは私も気になりますね。私も裏口があるなんて知りませんでしたし」

「フィルと別れてから十年、いろいろとあったんだよ」


 さすがにゲーム知識とは言えない。

 フィルにはレベルリセットや、ステータス上昇幅のことを全て話したが、さすがに前世のことは話していない。

 話しても信じてもらえるとは思えない。


 足音が聞こえた。

 全員にサインを送り口を閉じさせる。裏口のことを聞かれたらまずい。


 部屋に入ってきたのは四人組のパーティだった。

 全員、軽量の魔法金属を使った高価な鎧を身に付けている。

 一般的に金属鎧は長期の探索に向かないが、軽量の魔法金属鎧であれば話は別だ。

 しかし、非常に高価なものであり所持できる者は限られる。

 ただ、気になるのはやたらと派手な装飾をしていること。成金趣味と言い換えてもいい。


「おい、雑魚どもそこをどけ」

「ここは僕たちのクラン、【紅蓮の猟犬】の指定席ですよ」


 男たちは俺たちを竜の扉から引き離すと、魔法のテントを四つ設置した。

 魔法金属の鎧よりもさらに高価な魔法のテントを四つ、凄まじい財力だ。

 そして、今の会話でこいつらが何者かわかった。

 ボス占有クランの連中だ。

 ご苦労なことに、【再配置】までまだ数日あるのに、今から場所取りをするらしい。


「ああん、何見てるんだよ。まさか、おまえら次の【再配置】でボスを倒す気か? やめとけ、俺らがいる限り、ずっとボスとお宝は俺らのもんだ」


 傲慢な口ぶりと言葉だ。

 きっと今まで独占し続けてきた自信がそうさせるのだろう。

 優男風の奴の仲間が俺たちに微笑みかける。


「彼は善意で言っているのです。あなたたちだって、怪我したくないでしょう。早くお行きなさい……いえ、よく見れば、可愛い子たちばかりじゃないですか。君たち、こっちに来て僕たちに酌をしないかい? そしたら少しぐらいサービスしてあげますよ」


 こいつ、いったい何を?


「ナイル、てめえ何言ってやがる。いや、いいな。これだけ上玉、それも四人もいやがる。大歓迎だ。夜の相手までしてくれるなら俺たちのクランに入れてやってもいいぜ。なにせ、普通の女は連れ込めねえからな。いい提案だろ。もちろん、そのおっさんはダメだがな。なあいいだろう、お嬢ちゃんたち、そんな冴えないおっさんについてくるよりずっといい目を見れるぜ」


 奴らが下卑た笑い声を上げる。

 ルーナが何かを言おうとしたので、手で、彼女たちを制する。


「俺たちは先へ行く」

「おいおい、女どもは置いていけって、おっさんはもう枯れて必要ねえだろ」

「ファルタ、そんなことを言ってはいけませんよ。可哀そうじゃないですか。弱い者いじめはよくありませんよ。どれだけ冴えなかろうが、情けなかろうが、年長者は敬わないと」

「ああん? 可哀そうなのはあんなおっさんと一緒にいるお嬢ちゃんたちだろうが。ほら、こっち来いよ。気持ちよくしてやるぜ」


 ルーナたちは怒っているが、俺の指示に従い黙ってついてくる。

 ルーナとティルが去り際にべーっと舌を出した。

 ……あいつら、好き勝手言ってくれる。

 この借りは次のボス争奪戦で返すとしよう。


 ◇


 部屋を抜けて、さらに火山の奥へ奥へと進んでいく。


「ユーヤ、なんで止めたの?」

「そうだよ。一発ぐらいぶん殴ってやりたかったのに」


 ルーナとティルがさきほどのことで愚痴を吐く。


「悪かったな。あそこで喧嘩をして、警戒されるのは馬鹿らしいだろう。それにな。あそこで言い返したり、殴るよりももっといい仕返しの方法がある。セレネ、わかるな?」

「もちろんよ。次の争奪戦で勝つこと。それが一番、効くわ」

「ええ、舐められたのなら実力で見返すのが冒険者です」


 セレネとフィルは何も言わなかったが静かに怒っていたようだ。


「ん。ぜったい、次のボスはルーナたちが倒す。ユーヤの悪口を言ったあの人たちを見返す」

「だね、がんばるよ!」

「ええ、今回ばかりは絶対負けられないわ。圧倒しましょう」

「はい、というわけでユーヤ、早く裏口に行きましょう」


 一瞬、茫然としてしまった。

 そして、胸の中が温かくなる。

 この子たちが怒っていたのは娼婦扱いされたことではなく、俺の悪口を言われたことだったのだ。

 そのことが嬉しくて、泣きそうになった。

 ……本当に俺には過ぎた子たちだ。

 この喜びは口には出さない。

 だけど、行動で示して行くのだ。俺はたくさんのことをこの子たちに教えてきたが、それ以上のたくさんのものをもらっている。そのことを改めて実感した。


 ◇


 しばらくすると、行き止まりがやってきた。

 対岸の岸が見えているものの、幅が二十メートル近い溶岩の川がある。


「ルーナ、この溶岩の川を乗り越えられるか?」

「無理、絶対落ちて死ぬ」


 だろうな。

 いくらレベルアップしてステータスで強化されているとはいえ、この距離は無理だ。


「実はな、裏口っていうのはこの溶岩の川を渡った先にある。そこには、手付かずの魔物もうじゃうじゃいてレベル上げもできる」

「いくら、美味しい狩場でも、いけないんじゃ意味ないよ」

「そうね。みんなが行けないからこそ魔物が残っているのだし。……裏口のことを気付く人がいないわけね」

「まあな。今のままじゃ行けない。だから、橋を架ける」


 俺がそう言うと、みんなが俺の顔を見た。

 早速、橋を架けるとしよう。


 俺は魔力を高め、詠唱を始める。

 俺が放つ魔術は、中級氷結魔術【氷嵐】カスタム。

 威力をゼロにし、詠唱時間を犠牲にした代わりに射程と効果範囲を得た魔法。

 その名は……。


「【永久凍土】」


 冷気と雪が吹き荒れて溶岩とぶつかる。

 もちろん、溶岩を凍り付かせるなんてことは俺の魔力では到底できはしない。

 だが、溶岩は冷えれば固まる。

 固まった溶岩は橋となり、対岸までの道となる。


「この橋なら向う岸に渡れる。この溶岩はな、めちゃくちゃ浅い。だから表面だけじゃなく底まで固まっている」


 他の溶岩が流れているフロアは最低でも水深が二メートルほどはあるのに、ここだけは30センチほど。

 ここだからこそできる芸当。他の場所でやれば表面だけが固まって踏んだ瞬間に沈む。

 ここだけ浅いのは意図的なものだろう。


「底まで固まっているから、俺が乗っても大丈夫なわけだ」


 手本を見せるようにして、俺は一気に向う岸まで渡ってしまう。だが、なかなかみんなついてこない。

 やはり、勇気がいるようだ。


「急いで渡らないと溶岩に戻るぞ」

「……ユーヤをバカにした人たちに勝つため、頑張る」

「じゃあ、私はお肉のため!」

「二人とも溶岩が溶けなくても足を滑らせたら危ないわ。走らないで」

「もう、危なっかしいんですから」


 覚悟を決めた顔で一人一人、固まった溶岩で出来た橋を渡っていく。

 渡り切った後は、暑さとは違う原因でルーナたちが汗をかいて息を荒くしていた。


「ちょっと、怖かった」

「うん、大丈夫だってわかってても、不安になるよね」

「まだ、心臓がどくどく言っているわ」

「でも、ちゃんと渡れてよかったです」


 よほど怖かったらしく、みんなどこか表情が硬い。

 だけど、この橋を渡ったあとにはご褒美がある。


「ユーヤ、奥にたくさんの魔物の反応」

「そうか、やっぱり俺たち以外はここまで来てないか」


 もし、ボス占有クランが裏口のことを知っていれば、【再配置】の後にここに来て、裏口も閉鎖するためにここの魔物が狩られているはず。

 それがされていないということは裏口を知らない。

 ボス争奪戦に勝ち目が出てきた。


「じゃあ、狩りの時間だ。この先には溶岩がない。思う存分狩りをしよう。きっと、この先に牛肉(上)を落とす魔物もいるぞ」

「すっごいお肉!」

「急に元気が出て来たよ!」


 俺の言葉にお子様二人組が元気を取り戻す。

 それを見たセレネとフィルもつられて元気になった。


 ここからは楽しい狩りの時間だ。確実に獲物を仕留めながら、最奥を目指し、裏口をしっかりこの目で確認するのだ。

 そして、牛肉(上)が手に入れば盛大なパーティを開き英気を養おう。

 

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