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第十話:おっさんは黄金のピラミッドに挑む

 テントで夜を明かした俺たちはピラミッドの中に足を踏み入れた。

 ピラミッドの中は、壁に立てかけられている松明に照らされており、視界は確保できている。


「ユーヤ、このたいまつ不思議。なんでずっと燃え続けているんだろ?」


 ルーナが首をきょとんとかしげる。


「言われてみれば不思議だな。便利そうだし持ち帰るか」


 ゲームでは定番であり気にもしなかったが、永遠に燃え続ける松明なんて貴重で便利だ。

 たいまつをとりはずそうとしたが外れない。

 ……持ち帰れば高く売れると思ったがそうはいかないみたいだ。


「空気がよどんでるよ。なんていうか死体の匂いがする」


 ティルが顔をしかめている。


「ここは砂漠とは出現する魔物の系統が違うからな。アンデッド系の魔物がでるダンジョンはこんな匂いがするんだ。他にも毒をもった虫系の魔物やゴーレムも出て来るぞ」


 ルーナ、ティル、セレネの三人が嫌そうな顔をした。

 気持ちはわかる。アンデッドと虫は生理的な嫌悪が強い魔物だ。


 薄暗い石畳の上を俺たちはひたすら歩いていく。

 お宝のありかは最上階。このピラミッドは五層からなる。

 アンデッドや虫の魔物は厄介だが、それよりやばいのは罠の数々だ。


 ピラミッドとは支配者たちの墓であり、墓荒したちを撃退するために無数の罠が仕掛けられているものだ。

【黄金のピラミッド】も例外ではない。


「みんな、いつも以上に罠を警戒してくれ」


 みんながこくりと頷く。

 俺自身も、今までの経験全てを活かして集中力を上げて罠を探す。中級ダンジョンではなく、上級ダンジョンに挑むつもりで。

 ルーナと二人で先頭を歩き、ルーナが罠を見つければ褒めてやり、見つけられなければぎりぎりで見分け方と共に教える。


「難しい。でも、覚えた。ユーヤ、このタイプはもうだいじょーぶ」


 ルーナの成長速度は著しく教えていて楽しい。すでにいっぱしの盗賊になりつつある。

 ちょっと一休みをしようと考えていたときだった。ルーナのキツネ耳がぴくぴくと動く。


「天井! 魔物が這ってる」


 ……さっそく来たか、ピラミッド名物の魔物。数多くの冒険者を葬ってきた非常に厄介な魔物だ。


「フィル、ティル、頼む」

「任せて」

「あれ、やばい魔物じゃないですか!」


 二人が天井に矢を浴びせる。

 天井を這っていたのはサイレント・デススコーピオン。ルーナの頭ほどのサイズのサソリたち。

 戦闘力はさほど高くない。

 だが、厄介なのは名前の通り、音がないこと。鳴き声も足音も一切ない。そんな奴が天井を這って近づいてくる。

【気配感知】持ちがいないパーティでは、接近に気付かず、気が付けば天井から降ってきて尻尾の毒針で強力な麻痺毒を流し込まれ、意識があるまま喰われる。

 数多もの冒険者にトラウマを植え付けてきた。


「だめだよ。数が多いよっ、仕留めきれない。なに、こいつら雷撃が効かない!? 範囲攻撃が使えない」

「ティル、口だけではなく手を動かしなさい」


 もう一つ、サイレント・デススコーピオンには厄介な特徴がある。

 それはこいつらが群れで行動すること、その上、的が小さいうえに素早くて攻撃が当てにくい。いつもは必中のティルの矢も命中率は七割程度、並みの冒険者なら三割当てればいいほうだというのに。凄まじい腕だ。

 フィルのほうは……バケモンだな。全弾命中。ときおり例の三本撃ちでそれぞれの矢を別の魔物に当てるなんて芸当を見せている。

 ティル、フィルの矢の雨を潜り抜け頭上に何匹かサイレント・デススコーピオンがたどり着いた。


「ルーナ、セレネ、そろそろ奴らが落ちてくるぞ。尾に注意しながら全力で叩き落せ。ティルとフィルはさがりながらうち続けろ」

「ん。がんばる」

「小さくて多いのは苦手ね」


 二人が落としきれなかった虫たちが次々に尾の毒針を掲げて落ちてくる。

 それらを斬る。耐久力は低く、当たれば一撃で倒せる。

 ……だが、一発でも喰らえば麻痺毒の餌食と言うのは心臓に悪い。


「ちょこまか!」

「あたらない!」


 ティルと同じように、ルーナとセレネも苦戦している。

 あれを使うか。


「二人とも俺の後ろに下がれ! 魔法を使う」


 十分、引き付けられた。敵全てが、範囲内だ。

 俺は剣を振るいながら詠唱を始める。

 俺が使うのは、中級氷結魔法【氷嵐】カスタム。

 詠唱時間を長くし、威力をほぼゼロにまで落とすことで範囲と効果時間を広く長くする。

 長い詠唱が終わり魔法が発動する。

 その名は……。


「【永久凍土】」


 天井が低く、狭い通路を冷気が埋め尽くしていく。

 密閉空間ゆえに、サイレント・デススコーピオンたちは避けようがない。冷気に飲み込まれて凍り付いていく。

 威力をほぼゼロにしているため、奴らを倒せていない。

 だが、これは敵を倒すための魔術ではない。


 氷結魔法は威力が低い代わりに優秀な追加効果がある。状態異常氷結による行動不能。氷結にならなくても攻撃範囲内の敵の素早さを低下させることができる。

 魔力のステータスが低い魔法戦士で威力が低い氷結魔法の火力を上げてもたかが知れている。

 だからこそ、火力を捨て、より広範囲の敵の動きを少しでも長く封じるための魔法へと改良した。

 威力を落としても氷結確率、素早さの低下に変化はない。【永久凍土】は非常に有用性が高い魔法だ。


「今なら楽に倒せる! 一気にいくぞ!」


 ちょこまかと動く小さな虫の魔物もこうなれば形無しだ。ほとんどは氷結状態、そうでないものも動きが遅くなっている。

 さあ、一気に狩ってしまおう。


 ◇


「やっと終わったよぅ」


 矢を拾いながら、ティルが疲れた声を上げた。

 矢は消耗品のため回収できるものは回収する。とくにフィルのレベルカンスト時に作った強力な矢は、貴重だ。


「ユーヤ、ユーヤ、レベルがあがった!」

「あっ、私もだ」

「そういえば、私も上がっているわ」

「レベルが低いからかもしれませんが、私は三つも一気に」

「サイレント・デススコーピオンは小さくて脆いくせに一匹一匹がレベル相応の経験値をくれるからな。群れを一掃すればレベルも上がるさ。これだけ効率がいいと、再配置のたびに来たくなる」


 サイレント・デススコーピオン。

 冒険者にとって、悪夢のような魔物だがレベル上げを考えるなら最高かもしれない。

 おかげで、フィルのレベルは15まで上がっている。

 ただ、ルーナたちの顔は若干嫌そうだ。気持ちはわからなくない。砂漠を乗り越えるのも、ピラミッドを歩くのも辛い。


「ドロップアイテムもしっかり拾えよ。この、【死蠍の劇薬】がクエストの収集アイテムだからな」


 瓶に詰まった紫色の液体を拾いあげる。

 ドロップ率が低いアイテムだが、ルーナの【ドロップ率上昇】のおかげで、一気にノルマ以上の数を確保できた。


「ユーヤおじさま、ろくでもない目的に使われる気しかしないのだけれど」

「そんなことはないぞ。毒と薬は紙一重だ。サソリ型の魔物がドロップする毒は薄めることで中級ポーションや解毒ポーションの原料になる。香水にも使われると聞いたことがあるな」

「そうなの。……ちなみに、これをそのまま飲めば」

「量にもよるが、低レベルの冒険者なら即死、中級でも重度の毒状態だな」

「魔物の毒は危険なのね……取り扱いに注意しないと」


 そうして、ドロップアイテムと矢の回収を終えて俺たちは先へ進んだ。


 ◇


 ようやく、最上階にたどり着いた。先へと進んでいく。四階までをなんとか突破することができた。

 俺とフィル以外は、ぼろぼろで目が虚ろになっている。

 魔物と罠、単体でも悪質なのに【黄金のピラミッド】のうりは、魔物と罠のコンビネーションだ。

 魔物たちは、あの手この手で罠へと誘導するし、罠の解除行為自体が魔物を呼び寄せるキーになったりしていたりと悪質なものが多かった。


 三人とも気負い過ぎだ。警戒することは大事だが、行き過ぎると体力と精神力の消耗が激しくなる。


「これでも飲んで落ち着け」


 オアシスで補充したココナッツのジュースをみんなに飲ませる。

 甘い物を口にして少しは余裕を取り戻したようだ。


「ユーヤ、ここ、二度と来たくない」


 もふもふのキツネ尻尾をしぼませながら、ルーナが珍しく弱気なことを言った。


「気持ちはわかるが勉強になっただろ」

「……たしかに」


 これだけ、バリエーション豊かな罠を体験できるダンジョンはそうそうないのだ。

 盗賊のクラスを選んだルーナにとっては成長するチャンスだ。


「でも、ユーヤ兄さん、ようやくゴールだよね! あと少しで出られるんだよね?」

「まあな。だけど、こういうダンジョン定番でな。ゴールに近づくほど、容赦がなくなる」


 お子様二人組が抱き合って震えている。

 四階でのアンデッドトラップで二人はトラウマ寸前まで追いつめられていた。それがフラッシュバックしたのだろう。


「とにかく、前に進みましょう。ここで引き返すことになって、もう一度、来ないといけなくなるほうが辛いわ」


 セレネの言っていることは正しい。

 だが、セレネの悪いくせ。一つのことに集中すると、他がおろそかになるが発動している。

 ……たしか、この罠はあれだな。

 あえて、嵌ったほうがいい罠だ。いい薬にもなるし放っておこう。

 セレネが前に進むとカチリッと硬質な音がなった。


「あっ、これ、やってしまったのかしら?」

「ああ、やってしまったな」


 鈍い音を立てて、俺たちの背後から巨大な鉄球が転がってくる。

 五階は一本道かつ下り坂になっており、かなり遠くに曲がり角が見える。あそこまでたどり着けば巨大鉄球をやり過ごせる。


「走る!」

「みんな、急いで」


 ルーナとティルが慌てた声を上げた。

 その首根っこを掴む。


「きゃっ」

「ユーヤ兄さん、何やってるの!? このままじゃ死んじゃうよ」

「ルーナ、ティル、この一本道は無数の罠がある。鉄球から逃げながら、罠を見分けられるか?」


 二人が足元を疑わし気にみる。

 実のところ、この鉄球は囮だ。余裕をなくして走らせて本命に引っ掛けるための。

 鉄球から慌てて逃げた冒険者たちはより凶悪な罠に嵌ってしまう。


「セレネ、ここのフロアは天井が高い。盾をジャンプ台にして鉄球をやり過ごそう」

「できるの!?」

「やらなきゃ死ぬだけだ」


 もう鉄球は、すぐ近くまで来ている。

 セレネの眼の色が変わる。ルノアの盾を地面に対して斜めにしてスパイクを突き立てる。

 さらに、体を滑り込ませて盾に背中を預けて全身の力を預ける。

 うまくいけば鉄球が盾をジャンプ台にして俺たちの頭を飛んでいく。

 地響きがすぐそこまで来た。


「【城壁】!」


 セレネが【城壁】を発動する。青い壁が生まれる。盾と同じように斜めに。

 盾と鉄球がぶつかった。セレネが歯を食いしばり、渾身の力を込める。

 盾と【城壁】をジャンプ台にして、鉄球が俺たちの頭の上を超える。


 そしてごろごろと転がり続ける。

 その様子を見て、お子様二人組が顔を真っ青にして抱き合う。


 鉄球は転がりながら無数の罠を発動させる。

 槍で串刺しになり、矢で貫かれ、油浴び、火で炙られ、壁から湧き出たアンデッドたちにまとわりつかれ、毒液で濡れ、巨大なハンマーでひび割れ、突如現れた鉄柵と衝突し、雷撃を受けて……巨大な鉄球はみるも無残な姿になり、最後は壁にぶつかって砕けた。


「面白いだろ? この道を何も考えず走り抜けるとああなっていたんだ」


 全部を回避するのはしんどいので、あえて鉄球トラップは止めなかった。

 鉄球による罠探知だ。


「ユーヤ、やっぱり、このダンジョン二度と来たくない」

「どれだけ殺意に溢れてるんだよ! 百回は死ねるよ!」

「その分、ご褒美もある。いくぞ」


 俺は苦笑する。

 そして、セレネに手を貸す。


「よくやったな。セレネのおかげで楽ができた」

「ええ……今回ばかりはほんとうに肝が冷えたわ」


 セレネがぎこちない笑みを浮かべる。手をしっかり握って立たせる。

 よほど怖かったのだろう。あとで、ケアをしないと。


 ◇


 鉄球による罠の探知のおかげで、わりと楽に最深部にたどり着けた。

 ……中途半端に残っている罠が逆にやばかったが、ルーナはここまでの経験からしっかり罠を見抜けるようになっていた。


「さあ、最後の試練だ」


 スフィンクスの石像がそこにはあった。

 良かった。このスフィンクスは試練を突破されると再配置まで消える。こいつが存在している時点で、この奥にある宝は無事だということ。

 スフィンクスの眼が光り、彼の声が頭に響き始めた。


『勇気と知恵を持つ者たちよ。よくここまで来た。最後の試練を与える。全員、我の前に来るがよい』


 スフィンクスの前には、おあつらえ向けの祭壇があった。


「行こう、全員が乗らないと試練が始まらない」

「ねえ、ユーヤ兄さん。もし失敗したら?」

「祭壇ごと、落とされる。なんと地下一階に真っ逆さまだ。安心しろ、地下は砂が敷き詰められているから死にはしない」


 そう言って見たが、ティルはまったく安心していない。一からどころか、マイナスからやり直しだからな。


『では問おう。冒険者たちよ。……黄金のピラミッドの主の名を、忘れられた王の名を我に示せ』


 ルーナ、ティル、セレネの顔が凍り付く。

 三人とも、答えを知らないから不安になったのだ。


「セネド、このピラミッドは太陽王セネドの墓だ」

『見事だ。よくぞ我が謎を解いた。このピラミッドは、太陽王セネドの墓標。永遠に己の存在を世界に刻むために作られた。太陽王セネドの名を知る者よ。そなたらのようなものがいる限り、太陽王セネドは消えぬ。感謝と共に祝福と財宝を与えよう』


 スフィンクスが砂のように崩れていく。

 そして、スフィンクスの背後の宝物庫が露わになった。


「ユーヤおじさま、どうしてわかったのかしら?」

「俺はここに来たことがある。……そのときはスフィンクスの謎に失敗して地下一階に落とされた。落とされた先にも無数の罠と魔物が待ち構えていてな。そいつらが何かかから遠ざけようとしているように感じて、あえて魔物をかき分けて進むと太陽王セネドについて記された壁画があったんだ」


 何が嫌らしいかというと、落ちてすぐに地上へ上がる階段があるのだが、登ってしまえば地下への道は閉ざされ、また地下にくるためにはスフィンクスの試練に失敗するしかない。

 ……魔物たちが露骨に背中にある何かをかばっているように見えるのはヒントではあるのだろうが、これを見つけろっていうのは酷だ。一度、地上に戻って体を休めようと普通は考える。

 その普通をせずに、疲れ果てた体と頭で違和感に気付き、魔物の群れに向かっていけるものだけが太陽王の真実を知れる。


「……ダンジョンの謎解きって悪意が溢れすぎている気がするわ」

「まあ、だからこそ他の冒険者たちと取り合いにならずに、知っていれば美味しい思いができる」


 隠し部屋に入る。

 そこには宝箱と、首飾りがあった。

 宝箱は通常よりもレアアイテムが出やすいレア宝箱。

 そして、首飾りには大きな宝石をはめ込む穴があり魔力を感じる。これこそが俺の欲しがったものだ。ようやく五人パーティを組める。


「みんな、お宝だ。【魔力の渦】もある。宝箱をゲットして、街に戻って酒とうまいものを楽しめば温泉だ!」

「やった!」

「冷たいジュースが飲みたいよ!」

「私は体を洗いたいわね」

「温泉なんて久しぶり。楽しみです」


 さあ、早く回収して地上に戻ろう。帰って酒場で冷たいエールを浴びるほど飲みたい。

 きっと、天国に思えるほど、今日飲む酒はうまいだろう。

 

 

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