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第九話:おっさんは砂漠を踏破する

 砂漠のなかを進んでいく。

 昨日よりもずっとペースが速い。ルーナたちは砂の上の歩き方を掴んできたようだ。

 みんな、センスがいい。

 ステータスは重要だが、体のこなしも大事だ。

 ……ステータス最底辺の俺でも技量を鍛え上げれば中の上ぐらいの強さになれたことからもそのことがわかる。


「ユーヤ、ユーヤ、昨日、卵が動いた!」

「そうか、卵が動き出したらもう生まれる準備ができている。あとは温泉に入れれば産まれるぞ」

「んっ! 楽しみ」


 ルーナが尻尾をぶんぶん振って鼻歌を鳴らす。

 卵と言っているのは使い魔の卵のことだ。抱いて温めることで、周囲の魔力や近くの人間の精神力を吸い取って大きくなっていく。

 ただ、大きくするだけでは孵らない。卵を孵すには霊力の宿る温かい水に浸ける必要がある。つまりフレアガルド名物の聖火の恩恵を受けた温泉だ。

 フレアガルドに来たのは使い魔の卵を孵すためでもある。


「楽しみだね。ルーナ」

「ん。ルーナたちとユーヤの子、きっと可愛い」


 ルーナとティルが盛り上がり、それをセレネが微笑ましそうに見ていた。

 セレネのお姉さんっぷりも板についてきた。最初はお子様二人組の元気さに圧倒されていたが、最近ではうまく手綱を握れている。

 ……そして、内心ほっとしていた。ルーナが昨日のことについて何も言って来ない。

 フィルと愛し合っているときに忍びこんできて、ごまかしはしたが、うまくごまかせていたかは不安だったのだ。


「昨日の探索で気になったのですが、ユーヤはあえて、ルーナちゃんたちに、魔物や罠について事前に教えていないですよね。なにか事情があるのでしょうか?」


 フィルの眼は誤魔化せないようだ。

 まさか、たった一日で気付かれるとは。


「私も気になっていたわね。ユーヤおじさまの知識と経験はすごいわ。その気になれば、ダンジョンを探索するまえに、私たちに危険な要素をすべて教え込むこともできるはず。そうしたほうが安全なのに」


 俺は薄く笑う。

 その指摘は正しい。

 特殊な習性を持っていたり、罠を仕掛けてくる魔物は危険だ。

 だが、事前に情報を知っていれば対処はしやすい。


「ルーナたちのためだ。いいか、たしかに事前にすべての情報を知っていれば、簡単に対応できるだろう。だがな、出現する魔物すべての情報を得て探索できるなんてことのほうが異常だ。そういう楽な探索をし続ければ成長できない。俺だって、すべての魔物のことを知っているわけじゃない。今のうちに危機感知能力、罠に嵌められても冷静に対処する力を鍛えておかないと、どこかで命を落とすぞ」


 だからこそ、俺はあえて事前情報は最低限にしている。

 知識だけでは一流にはなりえないし、実際に魔物の悪辣さと危険さを体験するほうが千の言葉で学ぶより血肉になる。


 過保護にしすぎれば、ルーナたちの成長を止めてしまう。

 何事にも例外はあって、シャレにならないものだけは事前にきっちり伝えている。

 たとえば、ミノタウロスの初見殺しの超火力体当たり、ああいうものはさすがに忠告をする。知らなければ即死しかねない。


「驚きましたね。ユーヤは教育者に向いているのかもしれません」

「ただの慣れだ、いったい俺がどれだけの冒険者を育てたと思っている」


 昔から人に教えることが多かった。

 レナードとフィルもそうだし、フィルと別れてから村の専属冒険者になったが、その間にもたくさんの弟子を持った。


「ユーヤおじさまに教えてもらえるってすごく幸運ね……絶対に強くならないと」


 セレネが拳を握りしめる。

 ……【選定の儀】。王位継承権をめぐる戦いの日はそう遠くない。

 俺も可能な限り、セレネのレベルも技も知識も経験も何もかもを鍛えてやりたいと思っている。


「やる気は十分でいいことだが、セレネの弱点を一つ教えてやろう。一つのことに夢中になりすぎて他がおろそかになることだ」


 セレネの肩を掴んで動きを止める。

 そして、数歩先をつま先で砂を突くと大きな落とし穴が口を開いた。

 ダンジョンの罠だ。

 暑さと単調さで意識が朦朧としている冒険者を狙ったもの。

 シンプルだがはまるときははまる。……この広大な砂漠に普通の落とし穴なんて想像し辛いからな。


「会話しながらでも常に周囲への警戒を忘れるな」

「ええ、気を付けるわ」


 セレネがこくりと頷く。

 まだまだ目的地は遠い、着実に進んでいこう。


 ◇


 俺たちはひと固まりになって背中を預け合い死角を消していた。


「ユーヤ、砂に潜られて攻撃が当たらない!」

「弓も魔術もきついね。ううっ、いらいらするよ」


 魔物の群れに囲まれていた。

 敵は、デザート・サーペントが四匹。

 いわゆる砂魚竜と言われている魔物だ。砂と同色の滑らかな肌に、魚のように立派なヒレとかぎ爪を持ち、砂の中を高速で泳ぐ。

 うっとうしいことに、砂と同色の肌は保護色の役割を果たし視認すら難しい。


「集中力を切らすな。こちらが砂の上からダメージを与えらないように、相手も砂の下からじゃろくな攻撃ができない! あいつらは俺たちが隙を見せるのを待っているんだ!」


 デザート・サーペントは警戒心が強く、頭がいい。

 俺たちの周囲をぐるぐると群れで泳ぐことで、威圧感を与えて消耗させることで隙を作り、攻撃の瞬間だけ飛びかかってくる。

 耳を澄ませる。

 砂から飛び出すときは派手な音がするのだ。


 さっそく来た。

 群れの一匹が、地中から一気に宙に舞い、飛びかかってくる。

 攻撃目標は俺か。


 斜め前に踏み込みむことで、デザート・サーペントの突進を紙一重で躱しつつ剣を叩き込む。

 俺の踏み込みと奴の突進、二つの速度で剣戟は威力が増す。

 黒の魔剣の切断力もあわさり、奴が通り過ぎていくと体が真っ二つに分かれて、地面に叩きつかれる。

 驚いたことに、真っ二つになった体で跳ねて見せた。すさまじい生命力だ。


「これが、デザート・サーペントの倒し方だ。攻撃の瞬間にカウンターをいれると楽に倒せる」


 無理に砂を泳ぐ奴らを追いかけても消耗するだけだ。

 奴らが襲ってきたときを狙う。


「ん。やってみる」

「ぶうぶう、敵が攻撃してくるのを待つなんてストレスたまるよぅ」


 ティルはあとで説教だな。

 一匹倒されたことで攻撃パターンが変わった。

 ぐるぐると回っていたデザート・サーペントの一体が深く潜る。


「一匹近づいてくる! 真下」


【気配感知】で敵を感じ取れるルーナが叫んだ。

 真下か……なら、俺ではなくセレネの出番だ。


「セレネ、おまえがやれ。ルーナ、セレネに細かな位置を教えろ。地上に出る一瞬前に合図を忘れるな」

「そういうことね」

「ちゃんと教える」


 ルーナとセレネが頷く。

 デザート・サーペントの狙いは見えている。

 足元から狙うことで、地上にでる時間を最小限にしようとしているのだ。

 その挙動を知られないために深く潜り音を消したが、残念ながらこちらには【気配感知】持ちのルーナがいる。

 そして、セレネの火力なら下から来るとわかっていれば多少の砂などものともしない。

 セレネが立ち位置を変え、ルノアの盾を構えた。


「【城壁】」


 薄い青の障壁が展開される。

 防御力を一時的に数倍にするスキル。この状況では意味がなさそうに見えるスキルだが、ちゃんと目的はある。

 ルーナの耳がぴくぴくと震える。


「3、2、1、今!」


 ルーナが叫ぶ。


「【シールドバッシュ】!」


 クルセイダーのユニークスキル。【シールドバッシュ】が発動する。

 防御力を攻撃力に変換して、超威力の一撃を放つ技。

【城壁】はこのために使った。


 ルノアの盾を真下に振り下ろす。腕が伸び切る直前、極太の鉄杭が炸裂音と共に飛び出す。

 その直後、爆弾でも降ってきたかのように地面が爆発する。

 ばらばらになった、デザート・サーペントの死骸が砂と一緒に落ちてくる。


「相変わらず、すごい威力だ」


 セレネは優秀な壁だが、奥の手として高火力技を持っているのだ。

 残りのデザート・サーペントは二匹。

 仲間が倒されて逃げるかと思ったが、まだ戦うつもりみたいだ。

 二体同時に、俺たちを挟むような位置取りで地上に飛び出る。かなり距離を取っており、口が大きく膨らんでいる。

 ブレス攻撃か。安全策に出たな。

 奴らはブレス攻撃に必要な滞空時間を稼ぐためにかなり高く跳んだ。

 ……それは俺たち相手には致命的だ。


「やっと、私の出番だね」

「こんな大きな的、目をつぶっていても外しません」


 姿をさらしたデザート・サーペントに氷を纏う矢が降り注ぐ。

 フィルの【魔力付与:水】の力を帯びたエルフ姉妹の射撃だ。前の個体をティル、後ろの個体をフィルが狙う。

 ブレスを放つことすらできず、二匹のデザート・サーペントが無数の矢に貫かれて絶命する。


「あの、お姉ちゃん。どうして、この距離であれだけ動いてる魔物の両目を一瞬で貫ぬけるのさ! それに地面に落ちるまでの数秒でどれだけ当ててるの!? なんか、途中から三本ぐらい矢を一気に放ってたよね!? なんでそれで狙いがつけられるのさ!」

「年季の違いです」


 ティルはともかく、低レベルのフィルがデザート・サーペントを仕留めたのは通常ではありえない。

 フィルは、レベルリセット特典があるし、ステータス上昇幅を最大にしてレベル以上の強さもある。

 限界まで育てあげた成長する弓という破格の装備、レベルカンスト時に作りためた【矢生成】による強力な矢、【魔力付与:水】で攻撃力補正をあげつつ弱点を突いた。

 これらだけではまだ足らない。容赦なく急所を貫いたことが強烈なダメージにつながっている。


 フィルは即座に両目を貫き、ブレスの発射直前に喉を貫いて暴発させ自爆ダメージを与え、さらには爆発で不規則に動きながら落ちる的に、矢を当て続けた。

 ……おおよそ、人間技ではない。


「悔しいよぅ。弓で負けるなんて」


 普段、ひょうひょうとしているティルが悔しがっている。

 弓に対してはプライドがあったようだ。


「心配しなくてもティルなら私に追いつきますよ。才能なら私以上ですし、今日も練習しましょう」

「うん、絶対追い抜く! あの三連撃ち教えて」

「あれ、今の私のステータスが低くて仕方なく使ってる技ですよ。私の攻撃力の八割が弓矢の武器によるもので、筋力補正が低くなっても構わないから有効なだけ。普通に筋力があれば、一本一本撃ったのとあまり変わりません。ティルが使ってもただの曲芸にしかならないです」

「それでもいいの! かっこいいから! 私も三本の矢を一気につがえて、どっかーんってやってみたいんだよ!」

「……わかりました。教えます」

「やった! お姉ちゃん、大好き」


 ティルがフィルに抱き着いている。美しい姉妹愛だ。

 これで、デザート・サーペントは全滅。

 ドロップアイテムを回収する。

 そして、俺は絶句した。ドロップのなかにとんでもないものがあったのだ。

 ウナギ肉(並)。

 この世界のドロップアイテムはわりと適当だ。イノシシだろうが、オークだろうが、豚肉をドロップする。

 ……まさか、蛇までウナギ肉とは。


「ユーヤ、今日の晩御飯、ごちそう!」

「やったね。ウナギ肉美味しいよね」


 お子様二人組は俺の釈然としない気持ちを知らずに、盛り上がっている。


「フィル、今日の晩飯を頼んでいいか」

「ええ、ユーヤの大好きな料理を作ります」


 考えるのはよそう。

 今は、うまい料理が食べられることを素直に喜ぼう。


 ◇


 それからも探索を続けた。

 そろそろ日が暮れる。

 水のストックを確認する。オアシスを見つけられたおかげで余裕がある。


 今日の目標は”アレ”のふもとまでたどり着くことだ。

 魔法のコンパスを定期的に見て方角は確認している。

 そろそろ見えてもおかしくないんだが……。


「あれ、なんか変なのが見えるよ。きらきらしておっきな三角の」


 ティルが目を細める。一番視力がいいティルが、最初に”アレ”を見つけたようだ。

 やっとたどり着いたか。

 自然と足を速める。


 そして、ティル以外も全員がそれを目にした。

 巨大な四角錐状の構造物。

 黄金に彩られた圧倒的な威容を放つもの。

 それを一言で表すなら……ピラミッド。


「よし、今日はここで野営にしよう。あれが今回の探索の最終目的地、【黄金のピラミッド】。あの最奥にある宝を取りに来たんだ。あそこはすごいぞ。最奥の宝以外にも宝箱がいくつか必ず出現する」


 黄金のピラミッドに隠された財宝。

 それこそが、パーティ上限を増やすために必要なもの。

 ルーナとティルがやっと砂から解放されると、いつもの不思議な喜びの踊りをしている。

 今はそっとしておこう。

 ……明日になれば砂漠のほうがましだと自然と言い出すだろう。

 これだけ美味しい条件がそろっているのに、他の冒険者との争奪戦にならないのはそれなりの理由がある。

【黄金のピラミッド】には砂よりも厄介な罠の数々と、厄介な魔物がうじゃうじゃ待ち構えているのだ。


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