第四話:おっさんはフィルとパーティを組む
フィルが新たなクラスを得た。
クラス名はドルイド。俺ですら伝承という形でしか知らず、性能を把握できていないクラス。
おそらくはエルフがレベルリセットをすることで解放されるクラスだ。
これだけ特殊な習得条件であるため、強力なスキルである可能性が高い。
早くその性能を知りたいがフィルは見てからのお楽しみと教えてくれない。
上機嫌なフィルと共に、初心者専用ダンジョンに入っていく。
俺たちがやって来たのはロックゴーレムがいるダンジョンだ。ここにはレベル上昇幅固定の隠し部屋がある。
ルーナと一緒に潜ったのがつい先日のように思える。
俺たちは二人で岩山を登っていく。
「急ぎましょう。だいぶ暗くなっています」
「だな。翡翠眼のあるフィルは苦にしないが、俺はかなり動きにくくなる」
視界が悪くなる夜は歩くだけでも苦労する。
そのくせ魔物の多くは嗅覚や聴覚などで、こちらを問題なく捕捉して闇を苦にしないため、探索の難易度があがる。
俺は剣を抜き、周囲を警戒する。
理想を言えば、魔物と遭遇せずに隠し部屋までたどり着くことだが【気配感知】なしにそれは難しい。
魔物と遭遇すれば俺がすべての敵を始末する。
フィルとパーティを組んでいないためフィルには経験値は分配されない。
フィルが定期見回りのクエストを手配してくれて助かった。堂々と初心者用ダンジョンに足を踏み入れられる。
フィルの実力であれば、レベル1でも隠し部屋にたどり着けただろうが、さすがに敵を一体も倒さずにというのは不可能だっただろう。
「ふふっ、こうしていると子供の頃を思い出しますね。あの頃はユーヤに頼りっぱなしでした」
「そうだな。フィルはいつも俺の後ろに隠れてびくびくしてたな」
今でこそ超一流の冒険者だが、俺とパーティを組んだばかりの頃のフィルは怖がりで世間知らず。
育てるのに苦労したものだ。
本当に一からすべてを教えた。
「今となってはいい思い出です。ユーヤ、向こうの奥に敵がいます」
「わかった。行ってくる」
フィルの目で見つけた敵のところへ走る。
さて、手早く済ませよう。
◇
何度か敵と戦いながら隠し部屋に繋がる崖にたどり着いた。
俺は崖の前で待機し、フィルが崖を下っていく。
ここから先に魔物はいないので一緒に俺が行く意味はあまりない。
他の冒険者がここにたどり着き、悪戯で縄を外す可能性もゼロではないので、ここに待機しておくのが一番安全だ。
休憩しながらフィルを待つ。待ちながらフィルのレベリング計画を立てていた。
この世界でパーティを組めば経験値は公平分配される。レベル差なども関係ない。
つまるところ、超高レベルのパーティに低レベルの冒険者が入れば一気にレベルがあがる。
……問題がないわけじゃない。低レベルの冒険者を適正レベルが高いダンジョンに連れて行けば、ほんのわずかな気の緩みで命を落とす危険性が高い。
フィルの安全を考えると、最低でも十レベルには届かせておきたいところだ。優秀な装備とレベルリセット特典を加味して、魔物の攻撃や罠を一撃だけなら耐えられるようにはしておきたい。
即死と、一発だけ耐えられる。この差は非常に大きいのだ。
「レベル上げのために、しばらくルンブルクに滞在するのは時間的に不可能だしな。ちょっと無理してでも、今日のうちにロックゴーレム狩りでレベルを上げるか」
再配置により、ロックゴーレムたちは復活しているし、初心者にロックゴーレムを倒すことは不可能なため手つかずで残っているはずだ。
そいつらをすべて狩ろう。
ロックゴーレムの経験値は低レベルの魔物にしては破格だ。
レベル10に届くかもしれない。そこから先はフレアガルドに向かいながら道中の魔物を倒すことでレベルをあげていく。
そうすれば、おそらくフレアガルドに着くまでにレベル12~14程度。フィルの装備なら適正レベルが30のダンジョンの魔物の攻撃を一発だけなら耐えられるようになるはずだ。
これで行こう。
さて、フィルがそろそろ戻ってくるころだ。崖の下を覗く。
ちょうど、フィルが昇って来ていた。身軽な動作で俺のところまでたどり着く。
「お帰り、フィル」
「ただいま、ユーヤ。無事、ステータス上昇幅を最大値にしてきました。ここからのレベル上げが楽しみです」
フィルが目がキラキラとしている。
一流の冒険者ほどステータス上昇幅最大のすごさがわかるのだ。
あれがあるのとないとでは全然違う。
俺もレベル上昇幅を最大にしたあとは興奮して、一秒でもはやくレベルを上げたくなったものだ。
……もっとも俺の場合は、レベルリセット前に最低の上り幅を引き続けたことも関係しているが。
「なら、手早く行こう。少し危険だがこれからロックゴーレム狩りをしようと思う。効率がいいし、初心者用ダンジョンでロックゴーレム以外の魔物を狩るのは新人たちに悪いからな。ロックゴーレムなら、どうせ新人たちは狩れないし良心も痛まない」
俺がロックゴーレムを選んだのは何も効率だけの問題じゃない。
俺のような高レベルの冒険者が低レベルの冒険者の狩場を荒らすのは申し訳ない。再配置があるとはいえ、魔物は有限リソースなのだ。
強くなりたいと燃えている新人たちの邪魔はしたくない。
「ユーヤならそう言うと思いました。できるだけ、魔物を避けながら登っていきましょう」
「フィルならわかってくれると思ったよ」
受付嬢をやっていただけあって、フィルには冒険者たちへの思いやりがある。
「フィル、パーティを申請する。許可してくれ」
俺がそう言うとフィルがにっこりと微笑む。
「やっと、ユーヤと同じパーティになれますね。ふふっ、嬉しいです。改めてよろしくお願いします。私はドルイドのフィルです」
フィルがあえて、形式ばったパーティ加入の挨拶をする。
俺はそれがおかしくて小さく笑う。
「こちらこそよろしく。魔法剣士のユーヤだ。共に最強を目指そう」
がっちり握手し、お互い照れくさくなって仄かに顔を赤くしてから手を離す。
そして、俺はフィルと共にロックゴーレムがいる岩山の頂上付近を目指して歩き始めた。
フィルが同じパーティにいると、やっぱりどこか懐かしく感じ、安心感があった。
◇
深夜に差し掛かり、星も月も出ていないせいで完全に視界が闇に覆われる。
地下型ダンジョンに潜るときのように、光水晶を取り出す。
少しは視界がマシになった。
「運よく、これまで魔物に遭いませんでしたね」
「それを運がいいと言っていいかは悩むがな……いや、やっぱり今日は運がいいな。さっそく目的の魔物が現れたぞ」
まだ、俺の目に敵の姿は映らないが重量感のある足音が聞こえてきた。
この足音、ロックゴーレムに違いない。
「新パーティの最初の獲物ですね。一気に倒してしまいましょう。ユーヤ、頼みがあります。スキル、魔法は使わずにロックゴーレムに挑んでください。ドルイドのスキルを使って勝たせてみせます」
無茶を言う。
ロックゴーレムは素の防御力が異様に高い上に最高クラスの物理耐性を持っている。
いくらレベル差があるとはいえ、物理攻撃だけでは勝てない敵なのだ。
「わかった。フィルを信じて突っ込もう」
フィルはドルイドのスキルで勝たせると言った。
今のセリフの意味を考えるとフィル自らが攻撃魔法でロックゴーレムを倒すわけではなさそうだ。
どんなスキルかを考えながら俺はロックゴーレムの足音がするほうに向かって走る。
しばらくすると、光水晶によって照らされたロックゴーレムの土色の巨体が映った。
ロックゴーレムは視力ではなく熱源探査で冒険者を捉える。この暗闇の中でも動きに迷いがない。
太い腕を振り下ろしてくる。受け流すことはたやすいが、あえて別の選択肢を取る。
「重い一撃だ。だが、今の俺なら受け止められるようだ」
レベルカンストをしていた頃よりも増した筋力を試したくなった。
だからこそ、あえてロックゴーレムの一撃を真正面から受け止めた。
ステータス任せの力技は、俺の戦闘スタイルとは真逆ではあるが、できることを増やし戦術の幅を広げることは重要なのだ。
フィルのほうを見る。
このまま、攻めに回っていいのかの確認だ。
「ユーヤ、全力で斬りかかってください」
「わかった」
物理耐性がほぼ無敵のロックゴーレムを全力で斬ろうとすれば剣と手首を痛める。
……だが、フィルがやれというのだ。ならやろう。理由を聞かずとも信じられる。
ゴーレムの手を跳ね上げ、剣を引き抜き、上段から力任せに剣を振るう。渾身の一撃だ。
その瞬間、フィルの魔力が高まった。
「【魔力付与:水】」
フィルの魔法が発動し、刀身に氷が宿る。
これは、魔力付与だ。
なるほど、ドルイドの特質はこういうものか。
剣が振り下ろされ、一瞬の停滞すらなくロックゴーレムを両断した。
種は簡単だ。
ドルイドのスキル【魔力付与:水】により俺の剣の属性が物理から氷属性に変わった。ロックゴーレムは物理に対してはほぼ無敵の耐性を持つが、氷属性は弱点でありダメージ判定が二倍となる。
「フィル、いいスキルだ。属性が変わっただけじゃないな。手ごたえがいつもと違う。攻撃力に補正があるな」
「これが私のクラス、ドルイドの力です。弓を使いながら魔法の詠唱をできるのは精霊弓士と同じですが、ドルイドが扱えるのは攻撃魔法ではなく魔力付与と回復魔法。魔力付与は属性を付与しつつ、1.2倍の攻撃力補正を与えます」
強力なスキルだ。物理属性の攻撃を炎・水・雷属性のいずれかにいつでも変えられる。
魔物のことを深く知る冒険者ほどうまく使用できるスキルだ。敵の弱点を見抜き、適切な属性を選べば一気にダメージを稼げるし、1.2倍の補正も大きい。
それに発動から一分たつがまだ剣を覆う氷のオーラが消えていない。効果時間も長い。
じっと剣を見ていると、氷のオーラが消えるまで90秒だった。
90秒も1.2倍の補正を与えた上での属性変更は弱いはずがない。
しかし、弱点もある。何も考えずに使えば敵が耐性を持っている属性に変えてむしろダメージが減ってしまうので実力者でなければ持て余すだろう。
「フィルにぴったりのスキルだ。超一流の冒険者で、受付嬢の経験も長い。フィルの知識ならほとんどの魔物の弱点がわかる。三種の魔力付与、全部習得したのか」
「いえ、習得したのは氷と炎だけです。攻撃力補正を上げるにはスキルレベルを最大まで上げないといけないので、二属性に絞りました。風属性はティルが攻撃魔法を使えるので、風属性が弱点の魔物と戦うときは火力は足りますし」
「それがいいな。フィルがスキルポイントを温存するってことは他にも有効なスキルがあるからポイントを温存したんだろう?」
フィルが今言った説明は間違ってはいない。
だが、風属性も使えるにこしたことはない。ならば、そうしなかった理由があるはずだ。
「ええ、魔力付与以外のスキルも今後は見せていきますので、楽しみにしておいてください。……今は見せたくても見せられませんしね。二属性の魔力付与と回復魔法だけでスキルポイントを使い切っちゃいました」
ペロッとフィルが舌を出し、俺は小さく笑う。
「その能力があれば、ロックゴーレムは倒しやすい。ここら一帯のロックゴーレムを根こそぎ狩るぞ」
「はい、がんばりましょう!」
ロックゴーレム狩りにはもっと時間がかかると思っていたが、ドルイドの魔力付与があれば想定よりずっと早く狩りが終わる。
これなら、ロックゴーレムをすべて狩っても、ちゃんと睡眠時間を確保できそうだ。
「ユーヤ、二体目のロックゴーレムを見つけました」
考え事をしていると、フィルが声を張り上げた。
「すぐ行く!」
やっぱり、フィルとの狩りは楽しい。
そんなことを考えながら、俺は剣を構え走り始めた。
ロックゴーレムたちを瞬殺したあとは、宿に戻ってフィルと愛しあってから体を休め、明日の朝にはフレアガルドに向かって出発するとしよう。




